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星の行方


 血に染まった衣のまま離れていく小さな背中は、真夜中の闇へと消えて行った。


 星華へ伸ばした手は(むな)しくも空気を掴む。燈惺はそれ以上動くことができず、痛いほど拳を握りしめた。


 燈惺が冷たい言葉と共に星華を置き去りにしていくことはあったが、星華が燈惺を残し去るのは初めてだった。


 いつも背中に感じていた彼女の視線、暗闇に残されたような孤独をいつも味わせていたのだろうか。


 頬に冷たいものを感じ、雨が降り出したことを知る。降り出した雨は容赦(ようしゃ)なく、燈惺たちを濡らし体温を奪って行く。


 あの状態で冷たい雨に打たれていると思うと、自分の判断が間違っていることを思い知らされる。


 蓮承が燈惺の肩を激しく揺さぶった。


「今すぐに星華さんを連れ戻そう。雨に濡れたら、余計に傷が悪化するぞ」


 玄士も蓮承に加勢する。


「ただでさえ体調が良くない様子でした。また、こんな夜中に女子二人など危険すぎます。連れ戻してきます」


「勝手に出て行ったんだ。必要ない」


 勢いよく走り出した玄士を燈惺は止めた。


「意地を張る所ではないぞ。君が黒龍に恨みがあろうとも、あの雨衣さんは無関係だ」


 蓮承の正論に、心が凍りついていくのを感じた。燈惺は冷ややかに口角を上げる。


「お前に私の気持ちがわかるとも思っていない」


 聞く気を見せない姿に、蓮承の目が怒りを帯びた。蓮承は我慢ならない様子で、決して自ら手を出さない彼が燈惺の胸倉を激しく掴んだ。


 普段の姿からは想像ができないほど、その手は怒りで震えている。長い間、視線を逸らさずに見つめあう。蓮承がこんなに感情を見せたのは初めてだった。


 今にも殴り合いが始まりそうなひりひりとした空気の中、蓮承から目を離した。荒々しく燈惺から手を離す。


「私は勝手にさせてもらう」


 そう言って、陵家から出て行った。


 蓮承を追おうしていた玄士には、睡月と星華達を(さら)った者の調査を言いつけた。


 今すぐ星華を連れ戻しに行く勢いだったが、玄士が主の命令に背くことはない。失望した様子で唇を噛み締め、捕らえた者達の元へ向かった。


 燈惺は冷たい雨に打たれたまま、詠星苑(えいせいえん)へと足を運んだ。


 星華と出会うまで、この場所に足を踏み入れることは決してなかった。星華がここに住むまで、亡霊が住むと言われていたこの場所は、星華が住み始めて変わった。あの時の詠星苑と似てきた。


 亡霊が出ると言われていたのは、この庭で人が亡くなった事実があるからだ。

 

 雨音だけが響く暗闇の中、詠星苑の庭を眺める。この庭で、母は亡くなった。


 母の美夜(みや)は謎に包まれた人だったが、とても美しい人だったのは覚えている。一目見たら忘れることができない美貌(びぼう)を持ち、人を魅了させる人だった。


 その容姿は、燈惺が良く受け継いだと言われているが、確かにそうかもしれないと自分でも思う。


 美夜は美しいが、とても寂しく冷たい目をする人だった。その瞳の奥で何を考えているのか、いつも知りたかった。


 親子でありながらほとんど触れあうことができず、燈惺たちは母の愛に飢えて来た。


 父の泰惺(たいせい)は美夜を(うと)み、屋敷の一番奥にある詠星苑に閉じ込めていた。美夜が詠星苑の外に出ないように、使用人や部下にまで見張らせていた。


 それでも、泰惺は側室を持たず、美夜は子三人の母親だった。


 二人の間に何があったのか知らないが、泰惺は徹底して美夜を遠ざけ、燈惺たちは詠星苑へ近づいたら厳しく叱られていた。


 それでも、母に会いたくなるのが子どもだ。


 兄の陽惺(ようせい)と良く隠れて、母の元へ通っていた。


 美夜は寡黙(かもく)な人で、いつも話す代わりに琴を弾いてくれた。その細長い綺麗な手から作られる音色は、目を瞑ると様々な風景をいつも見せてくれた。


 詠星苑を出ることがなかった美夜は、庭を手入れし季節に合わせた花々を咲かせ、花の香りに包まれた楽園のような場所だった。


 あの日も周りの目を忍び、燈惺と陽惺は美夜の元へと会いに行った。


 満天の星々が輝く夜の下、美夜は花々が咲き誇る庭で琴を弾いていた。


 美夜は琴を弾く手を止めて、驚いたように幼き二人へ目をやった。困惑した様子で立ち上がった後、まるで目に焼き付けるかように長い間、子二人を見つめていた。


 そして、美夜は二人へ駆け寄ると痛いほど強く抱きしめた。美夜の香りに包まれ抱きしめてもらえたことが嬉しかったが、あまりの力の強さにかすかな不安を覚えた。


 ゆっくり二人から体を離すと、美夜はその美しく寂しそうな瞳で微笑んだ。


 その後、もうここには来てはいけないと厳しく言いつけ、美夜は使用人を呼び二人を部屋へ戻した。


 美夜の様子に不安を感じたのは燈惺だけではなく、陽惺も何かを感じたらしい。二人は部屋を抜けだし、また詠星苑へ向かった。


 子どもしか通れない抜け道があり、そこから身を隠しながら詠星苑を眺めることができる場所があった。


 そこを通って遠くから詠星苑を眺めると、美夜はまだ庭にいた。母の元へ駆け寄ろうとした時、先ほどはいなかった使用人の女もいた。いや違うとすぐに気づいた。


 陵家の使用人の衣だったが、見たことない者た。頭には笠をかぶり、顔は布で目以外を隠しており、女物の衣としか認識できなかった。


 女は美夜に小さな木箱を渡しており、美夜をそれを受け取っていた。美夜はその木箱から何かを取り出し、夜空を長く見上げる。


 そのまま瞳を閉じて、その何かを口に含んだ。そのあと、美夜は苦しみ始め口元を手で隠した。口から血を吐き出し、白い美夜の肌が赤く濡れる。


「…母上!」


 燈惺はとっさに飛び出した。


 鋭い目が燈惺を一瞥(いちべつ)する。女は無機質な雰囲気を持っており、美夜が倒れても表情一つ変えていなかった。


 淡々と燈惺へ近づこうとした女の腕を美夜が後ろから必死に掴んで止めた。女は美夜を吹き飛ばそうとしたが、美夜は信じられない力で離さなかった。


 二人がもみ合った時、女の腕に見たこともない焼き印が見えた。


 そこで詠星苑で近づいてくる足音が聞こえ、女は美夜の手を振り払い身を振り返した。驚くような身体能力で塀を越え闇の中で消えて行った。


 倒れている美夜へ駆け寄ると、美夜は燈惺と陽惺の手を握り息絶えた。最後の力を振り絞り、子を守ったのだと悟った。


 母の亡骸(なきがら)にしがみ付き泣き叫ぶ燈惺の肩を陽惺が抱き寄せた。あの時、兄の顔が見えなかったが、兄の涙で燈惺の肩は濡れていた。


 今思うと、兄はあの時から何かを覚悟していたのかもしれない。


 美夜はあの女に渡された毒により亡くなったが、子二人の証言以外なにも証拠がなく。美夜の自死ということで処理された。

 

 夫に疎まれ遠ざけられ、死の真実され隠され、あまりに(あわ)れな人生だったと、子どもながらに美夜を想う。

 

 のちに燈惺の見た焼き印が、暗殺組織の影士隊、通称黒龍の印だと知った。


 当時、もう黒龍は解体されていたたが、黒龍は行き場のない母への想いをぶつける対象で、長年恨んできた相手だった。


 雨衣があの者と同じ黒龍だったと思うだけで、冷静に判断を下すことできなかった。


 燈惺は家族を奪った者達への復讐心で生きて来た。その想いを消したら、自分はどうなってしまうのか。


 しかし、星華は雨衣のために命がけで傷を負い、雨衣のために頭まで下げた。


 星華の肩を斬った感触に顔が歪む。軌道をずらそうとしたが、星華の咄嗟の行動に間に合わなかった。

 

『私はずっと、貴方に…信じてほしかった』


 その願いを燈惺は打ち砕いた。


 いつも光が差したような星華の瞳から光が消えた瞬間だった。


 右手を見つめ、自分を嘲笑(あざわら)う。


 あれほど星華を悪女と(ののし)ってきたくせに、燈惺の心に星華はいる。


『貴方は決して…本当の私を見ようとはしないのね』


 本当の星華の姿がどこにあるのか、燈惺の方が教えてほしい。


 星のように眩しく美しい瞳を持ちながら、燈惺にとって禁忌である詠星苑に住んで亡き母の衣を着たり、酒楼へ通ったりと悪女の噂に負けない行動で燈惺の心を乱したのは星華だ。


 それなのに遠ざけて傷つけるほど、その瞳に大きく心がかき乱され始めての感情に襲われる。


 心の奥どこかで彼女を信じたいと思いながら、裏切られることに恐怖を感じ、散々に傷つけるの繰り返しだ。


 星華は美夜と同じだ。燈惺は自分の父と同じように、妻を疎み追い出した。


 雨は夜明け前にようやく止んだ。衣を着替え書斎の扉を開くと、雨の香りが入りこむ。


 まだ外は暗く明かりがなければ何も見えない中、玄士が駆け込んできた。


「燈惺様。星華様達を救いだした際に、屋敷に着くまで雨衣から話をきいていたのですが、男たちは藍凛鳴(らんりんめい)が大金で雇っていたものでした。雨衣の話に嘘はありません。また、探っていくと藍凛鳴は他にも人と雇っていたようで、屋敷に侵入していた間者で間違いないようです」


「…わかった」


 星華は間者ではなかった。


 安堵と共に後悔に襲われながら、出かけようといつもの癖で剣を握るが、剣立てに戻す。それを玄士は、星華を連れ戻しに行くのをやめたと受け取ったらしい。


「燈惺様、私は命令に背こうと星華さんを迎えに行き…」


 最後まで聞かぬまま、燈惺は庭へと降りる。剣を置いたのは、燈惺なりの星華への謝罪だ。

 

 玄士は燈惺が剣を置いたことに驚きを隠せぬまま、後ろをついてくる。


 門を出ようとしたとき、まだ皆眠っているというのに荒い足音が近づいてきた。


「兄上!星華を追い出したって本当なの?」


 睡月は気を失っていたのが嘘かのような形相で走ってきた。体が辛いのか肩で大きく息をしている。


「体は大丈夫なのか?」


「私は平気よ。星華の話をしているの!なんで追い出したのよ!」


「あの女の侍女は、普通の侍女ではなかった。かつて暗殺部隊に所属していたものだった」


「嘘…。だからあんなにも強かったのね」


 睡月にも衝撃的な事実だったようだ。雨衣の正体にいっとき言葉を失っていたが、違うと頭を横に振る。


「…でも、彼女のおかげで私は助かったのよ。彼女を信じてあげて」


 こんな大人びた表情をするようになったのか。


 その真剣な表情は、今までの幼き妹ととは思えないような顔つきになっていた。

 

「侍女の件は簡単にすむ話ではない」


「いつまで疑い続ける気なの?もうやめて!兄上が星華を疑うようになったのは、すべて私のせいなのよ」


「…どういうことだ?」


「星華は…悪女なんかではないわ。全て…私が仕組んだのよ」


 そう言って睡月は泣きすぎて腫れた目にまた涙をためている。耐えるように唇を噛み、言いにくいのか下を向いた。


「…早く説明してくれ」


 気が付けば睡月の肩を掴んでいた。睡月は嗚咽(おえつ)を漏らし、口を開いた。


「星華は母上のことなど何も知らないの。詠星苑にわざと住まわせたのも、母の衣を着させたのも、酒楼へ連れて行きわざと兄上に対面するように仕組んだのも、(かんざし)を星華に盗まれたと見せるために、詠星苑に隠したのも全て私の仕業よ。それだけじゃない、食事もまともに与えず、使用人にも無視するように言いつけた」


「…何だと」


 取り返しのつかない過ちに、心臓がどくどくと波打つ。


「私が連れて行ったあの酒楼で、たまたま藍凛鳴が人を雇って陵家に間者を入れていたと知ったの。凛鳴は星華の様子を探らせ、星華を窮地(きゅうち)に立させるために間者に密書を忍ばせたのよ」


 もう言葉が見つからなかった。睡月の行動、そして藍凛鳴の恐ろしいほどの執着は理解を超えている。


「私達が信じていた星華の噂は全て、藍凛鳴によって流されたものだった。全て星華を悪者にするために作られた嘘よ。その噂を私達は見事に信じ、星華を悪女として扱い…酷い目に合わせた。私の行いで、余計兄上に悪女として疑わせてしまった…」


 信じられないと見つめる燈惺に、睡月は怒ったようにそう叫ぶと、涙で聞き取れないほど苦しそうに泣きはじめた。


 燈惺が見事に噂を信じたのは、星華がその噂を肯定(こうてい)するような行動を起こしていたからだ。


 彼女の信じてという言葉を燈惺は一切聞かなかった。星華の誠実でひたむきな姿が見えるほど、騙されないと彼女を否定し続けた。


 睡月の行いは最低だが、それを全て信じた燈惺が一番(おろ)かだ。


「酒楼にだまして連れて行った私を…星華は(かば)ったの。そして、兄上から…離縁書を渡された。藍凛鳴の星華へ行いに怒りがわいたけれど、私達も同じことをしていたのよ…。そんな私を雨衣は命に代えて、守ってくれた。何か事情があるはずよ。お願いよ私を信じて…」


 何も悪くない彼女に残酷な方法で離縁書を突き出した。もう戻れない過去に途方に暮れる。


 睡月は動こうとしない燈惺の腕を弱々しい力で引っ張った。


「早く星華を見つけないと!私を守るために大怪我を負っているのよ。凛鳴は顔以外の所を殴らせて、星華は血を吐いてたのよ。ねえ、星華…死んじゃったりしないわよね」


 だから、彼女はあんなにも血の気のない顔で憔悴(しょうすい)していたのだ。


 血を吐いていたというなら、内臓までやられているはずだ。その体に肩の斬り傷まである。傷は深くはないが相当の血が流れていた。


 あの体で雨に打たれたと思うと、眩暈(めまい)がした。


 そのまま門へ走り出す。いつでも星華を迎えに行けるように玄士が準備してくれていた馬に飛び乗った。玄士が駆けつけ一枚の紙を手渡す。


「蓮承様が二人の後を追い、場所を記してくれています」


「…助かった」


 まだ暗い中、人目を気にせず馬を走らせた。










 星華と雨衣が身を寄せたという場所は、都の端にある小さな麺屋だった。この場所には見覚えがある。星華が嫁ぐ前に、男と密会していたと報告されていた場所だった。


 麺屋自体は閉まっていたが、その奥が住まいとなっているようで、夜明け前と言うのに中の明かりがついていた。


 馬の足音を聞いたのか、住まいから白髪が混じっている五十才ほどの女性が出てきた。不審げな彼女に急いで名を名乗ると、彼女は琳と名乗った。


「こんな時間に申し訳ありませんが、星華という名の娘が貴方を尋ねてきていませんか?」


「知らないね」


 琳はそっけなく視線をそらしたが、眉がぴくりと動いた。ここに身を寄せたことは間違いないようだ。


 強張った表情ですぐに中へ戻ろうとした琳の前に回り込んだ。


「教えてください」


「たとえ、知っているとしてもあんたには教えないね」


「彼女は怪我をしているはずです」


 琳は怒りに満ちた目で燈惺を睨む。


「あんたはその娘の何だというんだ?」


 その問いは今の燈惺にとって酷なものだった。


「…夫です」


 琳は目を見開くと、信じられないというように眉を寄せ、燈惺を下から上まで見返している。


 形だけの夫婦、夫と名乗る資格などないとわかっている。星華のことを知ろうともせず、皮肉ばかりを投げつけ傷つけてきた。


 母を(うと)んで衛星苑と言う籠に閉じ込めてきた父を憎んできたが、自分は父と同じだった。


「あんまりじゃないか…あんな目に合わせて!あんたのとこなんかに戻すもんか!」


 琳は怒りと悲しみで表情を歪ませ、声を枯らせながら燈惺の胸へ拳をぶつけた。抵抗せずに、殴られるがまま唇を噛み締める。


 琳の力など大したことはないが、殴られるたびに自分の罪を刻まれるような重みがあった。琳の星華への想いと、燈惺への怒りが伝わり、胸が詰まって苦しくなる。


 息をするのが苦しくなるほど、このような胸の痛みを感じるのは初めてだった。


 込み上げてくる後悔にぎゅっと目を(つむ)り、琳の想いを受け止める。


 琳は手を止めると、(こら)えきれない涙を零してながら嗚咽(おえつ)を漏らした。あまりの痛々しさに耐えながら、深く頭を下げた。


「星華に…会わせてください」


「お前がやったんだろ?どんな酷い怪我できたと思う?ああいう状態で追い出すなんて、信じられない。あんなに美しい娘の衣の下は、痣や傷だらけで…見れたもんじゃなかった。見ていて…涙が止まらなかったよ」


 そんな体の状態で、雨衣を(かば)ったとは。

 

 喉に熱いものが込み上げてくる。憔悴(しょうすい)している様子に気づいていたのに、星華を案じる自分を隠すように、わざと目も向けず声もかけなかった。


「すぐに医者を…」


「必要ないよ。あの体で雨に濡れて、ここまで歩いてきたのも奇跡だ。町医者じゃ限界があるから、雨衣が若君を呼びに行き、今は若君のとこにいるよ。若君の所なら心配ないから…どうか邪魔しないでくれ」


 若君とは翔貴のことだろう。嫁いでくる前に星華が会っていた人物は翔貴のことで間違いない。


 拳を握りしめ静かに息を吐く。翔貴の所ならば、琳の言う通りどこよりも安心だろう。


「彼女はここに良く来ていたと聞いています。詳しく教えてくれませんか?」


 燈惺の言葉に、琳は(いぶか)しげに首を傾げた。


「聞いてどうするんだ?」


「あなたの言う通り、私は名だけの夫です。彼女がどのような境遇でどんな想いをしてきたのかも…知らなかった」


 妻のことを全く知らないと言っていることと一緒だ。琳はまじまじと燈惺を見つめ、何かを考えている。少し時間が経った後、覚悟したように大きなため息をついた。


「私はまだあんたと星華の関係を良く理解していない、二度と…星華を傷つけないと誓うか?」


「はい」


 深く頷いたのは確認すると、琳は燈惺を店の椅子に座るように促した。そして、遠くを見ながら思い出すように話しだした。



「ある日私がすりに襲われ、怪我をした時に星華が助けてくれたのが出会いだった。私の代わりに店を開いてくれてね。あの容姿だ。お店は繁盛し、お礼を渡そうとしたら代わりに麺を食べさせてほしいといった。それから、彼女達が店を手伝ってくれ後は、お礼に麺を振る舞うことになった。こっちは独り身だし、会い来てくれることが嬉しくてね。しかし、わかったことがある。どこかの屋敷に(かこ)われている子だと思っていたが、屋敷ではまともな食事を与えられていない。手伝った後に驚くほど麺を食べるんだ。時には…体に傷を作ってきた時もある」


 

 星華の笑顔は、苦労が見えない。あの笑顔の裏で、使用人以下の暮らしをしていたことに、頭を殴られたような衝撃を受けた。


 そんな彼女を我儘(わがまま)で好き放題に生きてきた令嬢だと思い、何度も酷い言葉を浴びせた。戻せない過去に燈惺は頭を抱え、琳の言葉に耳を傾ける。


 彼女とって、星華たちは実の子のような存在なのだろう。顔を歪ませる琳の目からまた涙が零れていた。



「屋敷でどんな目に合っているのか絶対に口を割らなかったが、酷い目に合っていることは想像できた。それでも、星華は何事もなかった様にいつも笑っていてね。雨衣が彼女のお付きだとはわかっていたが、星華は雨衣を本当の家族のように扱っていた。そして、ここに良く来る若君がいてね。若君は星華の事情をよく理解していたみたいで、いつもたくさんおかずまで頼んで星華に食べさせていた。その光景が微笑ましいのと同時に、星華のことを思うと胸が痛くてね…」


 燈惺の知らない絆が、星華と翔貴と雨衣にはある。


 琳にとっては美しいその絆を燈惺は何か企んでいると疑い続けて来た。


 辛そうに息を吐きだすと、琳は燈惺へ視線を戻した。


「今回のように屋敷を追い出されたと、一度だけ一緒に寝たことがある。彼女は両親の名を呼んで涙を流していた。悲しそうに、両親を殺されたと言っていたよ。そんな不憫な子にあんたは酷すぎるよ…」


 両親を亡くし叔父に引き取られたことは知っていたが、燈惺が聞いてきた話と全く違う物語だった。


『貴方は決して…本当の私を見ようとはしないのね』


 ようやく知った本当の星華は、とても不憫な娘だった。


 それなのに、明るく真っ直ぐに…あんなに美しい目をしていたのか。


 琳は私が口だすことではないが、と言ってちらりと燈惺を見た後、決意したように口を開いた。


「若君とは道ならぬ恋だと思っていたが、まさかこんな夫がいたとは驚いたよ。あんたが高貴な方だとは見てわかる。身分が高い者は愛し合って結婚する方が珍しい。しかし、あそこまで傷つけるのは人の道にそれたことだ。愛がなくても大切にできず、(しいた)げるだけなら…星華を離してあげてくれないか?」


 星華を残酷にも追い出したのは燈惺自身だ。星華の無実が分かった途端、連れ戻すなど卑劣(ひれつ)だとわかっている。


 琳の言う通り、星華を想うのなら離してあげるのが星華の幸せだろう。


 また、王弟には必ず星華を陵家に嫁がせた理由がある。燈惺は、兄と王弟夫人の死に関係しているとみている。


 星華は何も知らないとしても、巻き込まれる未来が見えている。もう十分に傷つけた。


 もし兄の死に星華が関係していた時、燈惺は耐えることができるだろうか。彼女を守りとおすことができるのだろうか。星華への想いと家族の復讐との想いが交差し、彼女をまた傷つけるかもしれない。


 胸の内で何度も、自問自答する。


 それでも、離したくない。それが燈惺の答えだった。







 


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