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星の涙 


 華やかな王宮で、黒を基調としたこの建物は異彩(いさい)を放っている。


 皇守衛(こうしゅえい)の仕事場となる守衛館(しゅえいかん)の執務室で、燈惺(とうせい)は部下からの報告書を眺めてた。


 集中できず、胸元に入れていた袋から小さな水晶珠を出す。表情を変えぬまま、水晶珠を手の上で転がしては眺めるを繰り返していると、執務室の扉が前触れもなく開いた。


 皇守衛は武官と言えど、特別な地位にあり、その指揮官となれば立派な高官だ。その部屋を勝手に行き来できる人物は限られる。


「長く休んでいたくせに、屋敷に帰らずここに(こも)るなんてどうしたんだよ?ここを夫婦喧嘩の避難場所にされても困るね」


 楽しそうに入ってきた男を燈惺は軽く睨んだ。


 皇守衛第一部隊指揮官の柳誠弦(りゅうせいげん)だ。色素の薄い珍しい髪色に、女性が好むような端正な甘い顔つきをしている。


 恐れられる皇守衛とは思えないほど、物腰も柔らかいが、燈惺と同じくらい腹の底が見えない男だ。


 見た目と噂から距離を置かれる燈惺に、ぐいぐいと近づきからかうことができる唯一の存在と言っていいだろう。


「長いお(いとま)を頂きすみませんでした」


「休んだ振りして、極秘調査の方に回ってくれたから助かったよ。若い娘を嫁に(もら)ったんだ。そういう時くらい屋敷で楽しめよ」


「楽しませてもらってますよ」 


 その淡々とした言葉に、誠弦は呆れながら来客用の椅子に腰かけた。


「それが楽しんでる顔かよ。まあ、真面目な話に入るが、公主がお前に警護してほしいと陛下に頼み続けている。そろそろ本格的に王族の警護になりそうだ。お前には想定内の話だろうがな」


 皇守衛は王の手足となり、王族をそばで守るために存在する。第一部隊は直接王の警護にあたるため、誠弦は王に最も近しい存在と言っていい。


「十分休ませてもらったので、命に従うまでです」


 星華の様子を探るため屋敷での任務を選んでいたが、もともと王宮を自由に行き来するために指揮官の座まで上り詰めた。


「それで嫁を見張ってどうだったんだ?」


 不躾(ぶしつけ)な問いに視線で答えると、誠弦はそんなに睨むなと言って、肩を(すく)めた。


「お前が兄貴のために、結婚を受けいれたことくらいわかってる。昔から無表情なくせに、兄貴のことは大好きだったからな。あいつは本当に…いいやつだった」


「それでも任務中に亡くなった兄は、皇守衛の顔に(どろ)を塗ったと言われています」


 皮肉(ひにく)めいた燈惺の言葉に、誠弦は顔を(ゆが)めた。珍しく真剣な顔を見せる。

 

「燈惺、俺はあいつに救われたことがある。お前があの事件を探るというなら手を貸す」


「貴方には私に仕事を振らず、上司としての仕事をきちんとしてもらえたらそれでいい」


 穏やかに見えて、誠弦は人使いが荒い。


 誠弦は心当たりがあるようで居心地悪そうに頭を()いたが、思いついたようににやりと笑う。


「じゃあ、女の扱い方を教えようか。藍星華はお前を惑わしているみたいだからな」


「何のことです?」


「他のやつにはわからなくても俺にはわかる。珍しく顔に出てるぜ」


 この男は冷静沈着(れいせいちんちゃく)と言われる燈惺の些細(ささい)な変化に目ざとく気づく。


「兄貴がいなくなった時くらい、お前の心は乱れてる」


「それだけ、悪女だったということですね」

 

 心を大きく乱されているのは確かだ。


 わざわざ離縁書まで渡した自分に呆れ、頭を冷やすため屋敷へ帰らなかった。わざと星華を挑発するような言動ばかりしているという自覚はある。


 星華と向き合う度、自分が自分でなくなるような感覚に陥る。


「お前まさか、藍星華にそんな皮肉ばかり言ってないよな。お前が他人にそこまで心動かされてるなんて、兄の代わりである俺は嬉しいが…相手が不憫(ふびん)だ」


「兄の代わりになってもらった記憶はありませんが」


(にら)むなよ。ちゃんと餞別(せんべつ)があってここまで来たんだ。陛下が藍星華に会いたいと言い出した。誰が入れ知恵したかわからないがな、もうすぐお呼びがかかるだろう。準備しておけ」


 ただからかうために来ただけではなく、誠弦はそのことを伝えに来たのだろう。


「皆、死神と悪女の結婚が気になるのですね」


 燈惺は冷ややかな笑みを浮かべる。皇守衛の妻をわざわざ王宮に呼ぶなど、おかしな話だ。


 公主の入れ知恵か、王弟夫人の姪と考えたらない話でもないが、明らかに何かが動いている。










 重たい腰を上げ屋敷へ戻ると、門の前に来客がいた。無視して屋敷に入ろうとするが、来客は無理やり燈惺の前に立ち通せんぼした。


「友よ機嫌が心底悪そうだな。噂の嫁と色々あったか?」


 腰までの長い髪を揺らし、文官のような優雅な身のこなしのこの男は燈惺の(くさ)れ縁だ。


 女性的で優しい顔つきの伯蓮承(はくれんしょう)は、こう見て将軍の息子である。今日も、将軍家とは思えない白の衣をなびかせている。


 次男のため跡継ぎは長男に任せ、詩を歌うのを趣味とし遊び歩いている変わり者で、このようにふらりと陵家を訪れては(わずら)わせていく。


「蓮承様…今その話題は」


 燈惺と共に王宮に上がっていた玄士は、ひそひそと蓮承に耳打ちするが余計に興味を引いたようだ。


「その面白そうな話を聞かせてくれ」


 あからさまに燈惺は嫌そうな顔をしたが、唯一の友と言っていい蓮承は、燈惺とは異なる考え方を持ち新しい思考をくれる。また、見た目に寄らず義理堅(ぎりがた)く、友を裏切るような者ではない。


 この男を頼るのは悔しいが、書斎に呼び星華との一連の流れを簡単に話した。


「なるほど。怪しぎる点は多いが、殿下の登場には驚きだな。よくここまで、藍星華の存在を上手に隠してきたものだ。まあ、王弟夫人の縁だと言われたら皆それで納得する。あの殿下が愛する女子を早く見てみたい」


「お前に話した私が悪かった…」


 燈惺が睨んでも、蓮承は気にせず扇子(せんす)で顔を(あお)いでいる。


「ちゃんと聞いている。確かに、藍星華は君を逆なでするようなことばかり起こしているようだが、間者の件は決めるつけるのは早いだろう。香花楼(こうかろう)の件も、その従姉妹(いとこ)がたまたま居合わせているというのが気になる」


「それは良く分かっている」


「なら、何に悩んでいるんだ?私の目から見て、何かにとても腹を立てている。見た限り妻が酒桜(しゅろう)で男遊びをしていると知って苛立(いらだ)っているってことでいいのか?」


「まさか。男遊びは許している」


 燈惺はさらに睨みをきかせるが、蓮承はおかしそうに笑う。


「では、なぜそんなに怒っている?君は、香花楼に藍星華がいたってことに腹を立てるんだ。教えよう、その感情を嫉妬(しっと)という」


「…嫉妬ではない」


 離縁書を渡した時の星華の顔が頭に浮かぶ。


 男遊びを認めた星華の目は、あの日も真っ直ぐに燈惺を見ていた。


 彼女の真っ直ぐな澄んだ目は、燈惺には眩しく見える。悪女の噂が嘘のような瞳をしている。


 怪しい行動がないか、星華をずっと観察していたのは事実だ。


 表情が良く変わり、いつも雨衣という侍女を気遣っている。黙っていることが嫌いなようで、部屋の外に出ている時は庭を歩いていることが多い。


 そして、朝は咲いている花を見ては笑顔を(こぼ)し、夜は星空を切なげに見つめている。


 噂で聞いていた姿と違うほど、星華が噂を肯定(こうてい)するような事を起こした時、いつもの冷静な自分ではいれなくなる。


 彼女に裏切られることをなぜか酷く恐れている。そう思うと、初めての感情に苛立ちだけが増していくだけだった。


「兄上たちの件が絡んでいるからと言って、珍しく君の綺麗な目が(にご)ってはいないか?愛とは失って気づくものだというが。私から見たら、目の前にある愛をみすみすと失うなど(おろ)かな行為だ」


 蓮承はそう口にしながら珍しく冷ややかな瞳を見せたたが、すぐにいつもの優男の顔に戻り茶をすすり始めた。


 対抗する言葉を見つけきらず黙り込んだ時、玄士が血相を変えて、荒々しく書斎へと入ってきた。


「大変です。睡月様と星華様が何者かに連れ去られたと…!」


 燈惺と蓮承は顔を見合わせ、すぐに立ち上がった。


 泣きながら屋敷へ帰ってきたという小葉(しょうよう)に状況を聞く。雨衣が星華たちを探しており、小葉は屋敷に伝えにいくよう雨衣から指示されたということだった。


 剣を握り屋敷を出ようとした燈惺の肩を掴み蓮承が止める。


「冷静になれ。きっと大丈夫だ」


「落ち着けるか。睡月だけは…何があっても守ると誓った」


 母を失った時、兄の死の知らせを聞いた時のことが頭の中をかけ巡る。もう家族を失うわけにはいかない。


 そして、離縁書を持ち立ちつくしていた星華の姿が頭から焼き付いて離れなかった。


 不思議なことに雨衣はどこへ向かっているのか、きちんと印を残していた。侍女が知るわけもない兵が使用する印のおかげで、後を追うのはたやすかった。


 小葉が雨衣から預かったという特殊な香り袋を持ち、その香りを辿っていくと、人気がない集落の空き小屋の前についた。


 空き小屋の中へ入ると、血の気を失った星華と視線が絡み合う。痛々しい姿になっても、どこか凛と(たたず)んでいた。


 星華へ駆け寄りそうになった体を理性で止める。


 何より先に星華の安否(あんぴ)を確認した自分を否定するように、彼女から視線を外した。


 星華の腕の中でぐったりと倒れている睡月の元に駆け寄り、その体を抱きかかえた。耳を澄まし息をしていることに安堵(あんど)する。その周りでは、男達が気を失っていた。


 意識のある星華のことは玄士に任せ、先に睡月をつれて屋敷へ戻った。

 

 蓮承が呼んでくれていた医者に睡月を診てもらい、睡月の部屋を出ると蓮承が立っていた。


「睡月は?」


「かすり傷程度だった。気を失って、良く眠っている」


「そうか…ひとまず無事で良かった」


 そう言って、蓮承は星華が戻った詠星苑(えいせいえん)の方へ視線を送る。星華も傷を負っているようで、憔悴(しょうすい)した様子で部屋へ入っていった。


 星華が体を引きずるようにして歩いていたのが気になったが、燈惺には何より先に確かめたいことがあった。


「蓮承。あの侍女に見覚えがあるのだろう?」


「いや…見間違いだ」


「嘘をつくな。お前の様子を見ていたらわかる。何者なんだ?あの侍女は男たちを一人で倒していた。全て急所をつき争った形跡もない。相当の手練(てだ)れだ」


 蓮承は屋敷に待機していくれていたが、戻ってきた星華と雨衣を見た途端に大きく動揺していた。


 あれだけ話していた星華ではなく、その視線は一心に雨衣へと向けられている。


「昔会ったことがある…美しかったから覚えていた」


「ふざけているのか…。真実を話せ」


 話そうとしない蓮承に詰め寄る。蓮承は目を瞑り苦悩したあと、重たい口を開いた。


「前王の時の秘密組織…覚えているか。影士隊と言って、通称・黒龍(こくりゅう)


「王のためなら人道に背くことも行うという、(きた)え抜かれた者達だ」


「今はもう解隊されたが、彼らは身寄りのない子達を集め、黒龍として育てていた。家族がいると、情が任務の邪魔をするからだと。子供の頃から恐ろしい特訓を受ける。私は父が任務で彼らに会いに行くという時に、一度勝手について行ったことがある。その時に見た顔だ」


「侍女が元黒龍だと…」


 あまりの可笑しさに(かわ)いた笑みが出た。勢いよく部屋を飛び出そうとした燈惺を蓮承が必死に止める。


「待て!何か事情があるのかもしれない」


「事情があるなら余計に怪しいだろ?」


「…冷静になれ」


「母を殺めた者には黒龍の証があった…」


 その言葉に、燈惺を止めていた蓮承の手から力が抜ける。その隙を付き、刀を握り迷わずにある所へ向かう。


 黒龍にいた者がこの屋敷にいると思うだけで、頭に血が昇る気分だった。


 








 星華は痛む体を押さえ、どうにか陵家へ着いた。


 燈惺は星華にも目もくれず、先に睡月を屋敷へと連れて行った。ただ、冷静沈着な男が心配そうに睡月を抱える姿には、胸が酷く締め付けられた。

 

 傷は衣で隠れているため見た目ではわからないが、星華は立っているのもやっとの状態だった。玄士と雨衣に支えられ、詠星苑の部屋の中へと入る。


「星華様、今回の傷は深すぎます」


「…大丈夫よ。少し横になりたい」


 お腹を殴られたため、呼吸するたびに痛みが走る。寝台の上に横になろうとした時、部屋の扉が勢いよく開いた。


 恐ろしい静けさで入ってきたのは燈惺だった。その後ろには初めて見る中世的な容姿をした青年もいる。


「何があったかは説明するから、傷の手当てを…」


 その先を言う間に、燈惺の剣の刃が雨衣へと向けられた。


「…何をするの?」


 星華は(かば)うように雨衣の前に立つ。


「その女は何者だ?ただの侍女ではないだろう。あれだけの男達を倒せるはずがない」


「…雨衣のおかげで助かったのよ」


 あまりに酷い仕打ちだ。困惑しながら見上げる星華を燈惺は冷たい瞳で見下ろす。


 覚悟していたのか、雨衣は星華の体を(いたわ)わりながら立ち上がる。


「外にでろ」


 その言葉に従い、雨衣は無言で陵家の広い庭へ出た。玄士に支えられながら、星華もその後を追う。


 燈惺は玄士が腰に差していた剣を奪うと、その剣を雨衣へと投げつける。雨衣は荒く投げつけられた剣をいとも簡単に受けとった。


 その瞬間、燈惺は雨衣へと斬りかかった。星華は必死にやめてと叫んだが、雨衣は燈惺の一手を容易(たやす)くよけた。


 追いつかないほどの燈惺の剣(さば)きをくるくると軽く交わしていく。その動きは機敏で無駄がなく、舞を踊っているかのように美しかった。燈惺と知り合いらしい青年も口を開け言葉を失っている。


「やはり元黒龍か。黒龍なら腕に印があるそうだ」


 燈惺は刀を地面に投げつけると、荒々しく雨衣の左手を握った。無理やり衣の袖を上げた。


「やめて…」

 

 星華の叫びも届かず、雨衣の細い左腕が(あら)わになる。その細い腕には、影士隊であった証の焼き印がしっかりと残っていた。


 焼き印を他人に見られるなど、あまりの(むご)さに星華は口元を手で押さえる。胸が苦しく眩暈(めまい)がするほどった。


「何が目的だ。誰の指示だ?星華だとしても、その後ろに誰かいるだろう」


「私の目的は、星華様を守ることしかありません」


 燈惺の問いに、雨衣は迷いなく応える。その声はこんな状況でも凛々しく嘘がない。


「やめて、本当なの!」


 星華は泣きながら雨衣の元に行くと、燈惺から守るように立った。


「侍女が黒龍だと知っていて隠していたのか?」


「知っていたわ。雨衣は黒龍を抜けた後、翔貴(しょうき)の元にいたけれど、翔貴が雨衣を私の侍女にしてくれたの。でも、黒龍だったのは昔の話よ。今は何も関係ないわ」


「また、翔貴殿下か?何を指示されている?」


「星華様を守ることしか指示されておりません」


「ふざけるな」


 そう言うと燈惺はまた剣を握る。雨衣も落とした剣を拾い、星華を後ろへ下がらせた。


 燈惺はもう容赦(ようしゃ)はしなかった。迷いなく向けられる剣を雨衣はその細い腕で受け止めている。


 耳をふさぎたくなるような刃のぶつかりあう音に、星華の瞳から一粒の涙が(こぼ)れた。


「星華様、危険です」


 今にも身を乗り出しそうな星華の体を玄士が押さえる。


「燈惺様と互角だ…」


 そう玄士は言うが、どんなに雨衣が黒龍だったとしても、燈惺は隣国との戦を勝利に導いた男だ。戦場で研ぎ澄まされた腕には、雨衣でも敵うはずがない。


 少しずつだが追い詰められている。


 燈惺の刀は相当重いのだろう。いつも表情を変えない雨衣が、唇を噛みしめながら、耐えているのがわかる。


 そして、とうとう燈惺の一手に雨衣の手から剣が離れた。燈惺は雨衣の肩を壁へ向かって押す。


 雨衣は勢いよく、塀の壁に背中を打ち付けた。


「最後に聞く。お前の目的はなんだ?」


 何も答えない雨衣に、


「なら、容赦しない」


 燈惺は刃を振り上げた。


「…星華様!」


 雨衣の悲痛の声が響く。星華が雨衣に(おお)いかぶさっていたのだ。風が血の臭いを運ぶ。


 燈惺は星華が現れたことに驚き、剣の軌道をずらしたが遅かった。剣は星華の右肩を斬りつけた。


「燈惺、やめるんだ」


 かけつけた青年が燈惺から剣を奪う。


 燈惺は茫然と、右肩を押さえる星華を見ていた。星華は顔を(しか)めながら、燈惺の前に深く(ひざまず)いた。


「私達は何も企んでいない。お願いだから、信じて」


「この状況でどうやって信じろと…?」


 衣には血が滲み、地面にぽつりと血が落ちる。


 地面につくほど頭を下げた星華にかけられた言葉は冷酷なものだったが、その声はかすかに震えていた。


 燈惺なりの葛藤(かっとう)があるのはわかるが、


「貴方は決して…本当の私を見ようとしないはのね」


 星華は自分でも驚くほど淡々とした声が出た。燈惺は目を見開いた後、星華から視線をそらした。


「普通ならその侍女は捕えているが、今回は睡月を救ってくれたことに免じて見逃す。そのかわり、この屋敷からすぐさま追い出せ。お前は早く傷の手当てをしろ」


「雨衣を追い出すなら、私も…出て行くわ」


「その体で…どこに行く?殿下のところか?」


「私には行くところはない。でも、雨衣と絶対に離れない」


 右肩から流れ出る血を左手で押さえながら、星華はまっすぐ燈惺を見上げたが、


「…好きにしろ」


 返ってきた言葉は想像通りのものだった。


 燈惺の瞳が悲しげに揺れたように見えたのは、きっと気のせいだ。込み上げてくる涙を(こら)えるために、震える唇をぎゅっと噛みしめる。


 星華はふらふらしながら立ち上がり、最後に燈惺の美しい顔を目に焼き付けた。


「私はずっと、貴方に…信じてほしかった」


 その途端、体から力が抜けたが雨衣がすぐに支えてくれた。雨衣に全てを任せ、燈惺の隣を通り過ぎる。


 玄士は必死に呼び止めてくれたが、星華は頭だけさげてゆっくりと前に進んだ。陵家の門を出て振り返った途端、(こら)えきれないものがあふれ出た。


 雨衣の頬にも涙が伝っていた。始めて見る雨衣の涙に、星華の涙は止まらなくなる。


 夜中に少女が寄り添い歩く姿は目立ったが、二人は構わずゆっくりと進み続けた。


「私のせいで…申し訳ありません」


「貴方は何も…悪くない…ごめんね…ごめんね」


 (のど)が奥が熱くなって、視界も零れ落ちる涙で(かす)んでいく。人目も気にせず嗚咽(おえつ)(こぼ)していると、頬に涙ではない冷たいものが落ちてきた。


「雨…」


 夜空を見上げても星が見えないわけだ。

 

 少しずつ強くなっていく雨と共に、涙も(あふ)れ続けた。泣きだすと止まらないもので、頬を伝っては新しい涙が零れ、雨と共に流れていく。


 こんなに悲しいなんて思わなかった。ただ信じてもらいたかった。


 ようやく自分が燈惺に何を求めていたのか痛いほどわかった。


 信じてもらえるわけないと思いながら、心の奥では燈惺に信じてもらいたいと願っていたのだ。







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