死の宣告
僕は思考回路が停止してしまう。ツーサイドアップに整えらえれたふんわりとした桃色の髪。身長は一五〇センチちょっとくらいだろうか。細く美しい手足にほんのりと白い肌、いかにも少女のような体格だが、少し大人びた顔立ちをしている。そんな女の子。そんな子の口から王家暗殺とかいうとんでもなく物騒な言葉が出てきている事に、僕の驚きという感情が一周ほどして無感情になってしまう。
「……」
完全に固まってる僕のことなど気にも留めず、女の子は淡々と話を続ける。
「ま、言いたくないこともあるでしょうから、聞くのは辞めとくわ。私はアリガ。よろしく。ロビルガ」
「よ、よろしくお願いします……」
「あーあーあー。変にかしこまらなくていいわ。別に、私は大した身分の人間じゃないわよ」
アリガさんは首を振りながらそう言うと、先程のように僕に詰め寄ってくる。しかし今度は少し違う。ちょっと楽しそうに、いやらしそうに、悪い笑顔をしていた。
「それで、何したの? 凄い良いとこ出身の学生が……あ! もしかして性欲のままに生徒を襲いまくったとか?」
この人、サディストかなんかなのかな?
「冗談よ、そんなムッとしないでよ。それで……ふんふん、殺人ってところかしら? ……何人? 何人やったの?」
僕は頭の中で何かがはちきれるのを感じた。もしかして、この人は、自分が可愛い女の子ってのを利用して好き放題言ってる嫌な奴なんじゃないのか? 年齢的には、どうだろう。体は完全に十三歳ほどの少女だが、顔だけ見ると十七歳くらいだろうか?
「……」
「んんー。……思い出したくもないって感じね。わかったわ。変におちょくってごめんなさいね。とりあえず、魔術師じゃない事だけわかれば、それでいいわ」
「ありがとうございます……」
僕があのトラブルに巻き込まれたのはここに来る、大体一週間ほど前だ。この空の色の変化と、一日のサイクルが同じであれば、空が暗くなった回数でわかる。罪が決まったのが確か五日前。ここに来て何日経ったかおおよそでしかわからないけれど、三日ほどしか立っていないだろう。幸い右手の骨折は少し楽になってきたし、特に魔族や魔物との戦闘もなかったので、僕は何とか生きてこれた。しかし、それでもやはり、心に負ったものが大きすぎる。僕の脳が、あの時の事、あの頃のことを思い出さないよう、記憶に鍵をかけているようだ。思い出そうにも無理やり止められてしまう。しかし、記憶の方が無理やり出てくるのだ。出てきて、棘になり僕を突き刺す。
「でさ、アンタにとって安全かはわからないけれど、もしよかったら、私のトコに来ない? こんなとこじゃさ、話し相手とかもいないし、ね?」
アリガさんは先程の謎の生物を、腰に差していた大きなサバイバルナイフで解体しながら、僕にそう言った。見ず知らずの冴えない少年を匿ってくれるなんて、この人は何て優しい人なのだろう。そう思いかけて、僕は思い出した。謎の生物。人。人でない何か。魔族。
「ま、魔族……」
「ん?」
つい言葉が漏れてしまった。幸いアリガさんは僕の言葉を聞き取れていなかったらしい。僕は全身を震え上がらせていた。あの謎の生物を殺し、何でもない顔で僕と話せる余裕がある。明らかにおかしい。先ほどの身体能力。一応僕は、魔法は一切使えないけれど、魔法を使用する際に必要な魔力の流れを少しだけだが感じる程度は可能だ。そしてあの時、強力な魔力さえもわずかにしか感じ取れない僕でさえ、アリガさんからとんでもない魔力を感じていた。多分身体強化系の魔法を発動させていたのだろうが、あれほどの魔力、人間業とは思えない。しかし、魔法も魔力も人間が発見したものだ。魔族は使えない。いや待て。もし魔族に体を弄られ、人間から魔族へと変わったら、魔法も使えるのでは無いのか?だけれど先程の身振り手振りを見て、人間だと確信できた。だから僕は安心できたのだ。しかしそれも人間から魔族に変異を遂げたなら……この世界への恐怖心が、僕の中の安心を不安に塗り替えていく。
「あのさ……隠す気ある? 全く失礼ね。何も、アンタを襲って体をいじくって改造人間を作ろうなんてしてないわ。それに、私もあなたと同じよ」
僕は一瞬だが、本当に死ぬと思っていた。しかしちゃんと人間だったようだ。本当に助かった。だが、一つだけ引っかかることがあった。
「僕と、同じ?」
僕のその呟きを聞いたアリガさんは、少し悲しげな表情を浮かべた後、笑顔で話し始める。
「私ね、小さい頃に、人を、その、殺しちゃったのよ……事故よ。私がしたくてしたんじゃない。きっと……そう。確か五歳くらいの時。私、結構良い所の生まれでね。それに、魔力適性もその当時の子供の中で最高峰だったらしいわ。周りのひとは私を沢山褒めたりしてくれた……」
アリガさんはサバイバルナイフを腰の鞘に差すと、背負っていたリュックのような形の布? に解体した肉らしき塊を入れる。
「やっぱり、それをよく思わない人がいたみたいで……そーゆー人たちに毎日のように虐げられてたわ。私の両親がすごいのを知っていたから、あくまで偶然を装って。私が遊んでる近くに花瓶を置いて、それに魔法を当てて花瓶を割られたり、私が水たまりとかの近くを通った時とかに……まあ、内容を言う必要は無かったわね」
アリガさんはリュックを背負い、「こっち」と、歩き始める。僕はそれに、着いて行く。彼女の僕と同じような。辛く冷たい話を。
「しょうもないわよね。まさに生まれて数年の子供がやることって感じだし。でも私もその時、その程度で凄く嫌な気持ちになっちゃうような子供だったわ。ある時ね。私の中で限界を迎えちゃったみたいで、我慢できずに……魔法を……使って、使って……手加減せずに……そしたら、その人……」
アリガさんの顔は全く見えてない。けれど、きっと今、アリガさんの顔には涙が流れている事だろう。それを察した僕も、とても悲しくなってしまった。
「わざとじゃない……その人が転んだ先に、あんな……それで私、私……親に、捨てられちゃった……」
魔族を秒殺という言葉がふさわしいと言えるほど俊敏な動きで撃破したアリガさんが、体を震わせ涙を流している。かなり取り乱しているのか、話の脈絡がない。僕はいつの間にか、アリガさんの肩に手をかけ、落ち着かせるように、肩を撫でおろしていた。
「でもね。私は頑張ったわ。毎日一人で、ずっとこの暗い檻で、危険と闘ってきた。どれくらい経ったかわからない。きっと何年も。その間何人か私と同じくここに送られた人と出会ったわ。でも大抵おかしい人か、ここの空気に慣れずに死んじゃう寸前だった……貴方、気づいてる? ここの空気ってほんのり赤い粒子みたいなの飛んでるでしょ?」
僕は辺りを見回してみた。本当だ。おそらく夜になった時に発生するあの赤いモヤの正体はこれだったのか。しかし、そのことを聞いて、意識して探してようやくわかる程度のものだった。普通に生きていれば、こんな小さな粒子を知覚することは不可能だ。
「アンタ、ここに来てどれくらい?」
「わかりませんが、多分、一週間ほど」
「そう。この粒子はね、体内に摂取した生物の体の細胞を完全に破壊するっていうものよ。一瞬ではなく、ゆっくり時間をかけて、いつ死ぬかは人によって違う。でも、最低でも二週間は影響は出ないわ」
「唯一助かる方法は、確証はないけれど、抗体を付けることよ。私みたいにね。でも、これは完全にその生き物の細胞の作り次第。完全に運ね」
「そんな……」
僕の手は震えていた。死ぬ。あと一週間、もしかしたらもっと短いかもしれない。怖い。いつその時が来るのだろう。わからない。わからないから怖い。わかっていたとしても、きっと怖いだろう。そう思いながら俯いていると、アリガさんが僕の手をそっと掴む。そして僕の目を見る。
「だから、せめてそれまでは、私が全力で。あなたの人生を楽しませてあげたい。きっとアンタの体はここに適応できる。信じて」
この人は本当に優しい人だ。確信した。この人の目と言葉には、本物の優しさを感じることが出来た。僕のあの生活では感じることのできないものを。この人になら、僕の事を、これからを任せたい。そう思い、僕は何も言わず、こくりと頷いた。厳密には、言葉が出てこなかった。僕は泣いていた。恥ずかしさは無かった。寧ろ清々しささえ感じる。
「決まりね! 貴方は絶対生き延びる。賭けてもいい!」
「ふふ、僕が死んだら勝ちも負けもないんじゃ?」
「そ! 私が必ず勝てる最高の賭け! 私が勝ったらそうね……何してもらおうかしら?」
僕たちは、笑っていた。相変わらず空は真っ暗。それに、これから夜が来るのか、どんどんと暗くなっていく。しかし、僕の心は、少しだけ明るくなった。
久しぶりに、笑った気がした。
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書き直したよ印をつけておきます。このあとがきをとても消したいです。あしあととして残しておきたくない




