邂逅
貴族街に屋根に幾たびもの金属音が響いていた。
剣を鍛えるかの如く鉄を打ち付けるかの様な音が夜の静寂の中木霊する。
その暗闇の中、時折ちかちかと光りが生まれる。
外灯の届かぬ視界の中何度も何度も火花が散りばめられているのだ。
――思っていた以上に。
ファラクは暗殺者の後を追い、見付け様剣を叩き下ろした、そのまま戦闘が開始されたかと思えば、黒衣の男は身を翻し避け、今に至る。
リーゼロッテ邸で対峙した時はそれほど難しい相手だとは感じ無かったはずなのだが今こうして対峙している相手は確かな強さを秘めていた。現にファラクの首筋にちりちりとした圧迫感がある。
敵対した人種としては今までで最も強いかもしれない。ファラクが凶悪な魔物であったタイラントに勝てたのは相性による所が大きい。強力な威力を持った大剣を得物とし、長期戦であっても絶えない魔力。相手取るこの暗殺者のスタイルではタイラントには勝てないだろうが、人対人の今の状況ではファラクとの実力は伯仲している。
さらに言えばこの敵は上手い。
二本の短剣を上手く使い巨大な大剣を受け流し、攻撃のくる角度やタイミングも隙を上手く縫って突いてくる、そんな印象だ。どうも逃げに回っている印象だが、攻勢に出られれば危ないかもしれない、そう考えながらもファラクは追い、男は避ける。
光の少ない夜での戦闘、全身を黒に染め上げた男の敏捷さも上乗せされそれは、視界に止めておくだけでも一般の者では無理がある。
――強い。
宙に飛んだ男をファラクは追随し、大剣を上段に構える。男は血のように赤いダガーを交叉させファラクの一撃を受けるとその勢いのまま着地。宙に魔法陣を描き出すと、魔法陣に手に持った真紅のダガーを突き立てた。
目の前で怒った事象にファラクは目を見開く。
「な?」
ファラクの知らない魔法の使い方であった。
魔法陣にその赤のダガーが触れた瞬間、ファラクの周囲を焔でできたダガーが囲む、血のように赤い数百ものダガーはファラクを取り囲むようにして一度に襲い掛かってくる。宙に居るファラクに方向を変える術はない。
――回避? いや!
一瞬の思考、最早勘といっても良いほどの判断でファラクは大剣を前に体を丸めて落下していく。
ザクザクと背中や側面に魔法でできた短剣が刺さる。頭部や心臓など重要な部分だけは守り。身を切り刻まれる激痛に歯を食いしばるファラク。
「おぉおおお!」
ダガーの嵐を突っ切るままにファラクは剣を打ち下ろした。
男は半身になり避ける。
にぃっとファラクは笑う。捉えた。そう思った。
打ち下ろされた剣をそのまま、くんっと跳ね上げ男を逆袈裟に切り上げたのだ。
だが、
ざっと男が咄嗟に仰け反り距離を取った。
そして傍で落ちるもう一つの音、
からんからんと音を立てて、白い仮面が落ちていた。
男は、はっと素顔を腕で隠し、ファラクは一瞬見えたその顔に瞠目した。
「おまえ――」
「おい! そこのお前!」
急な呼びかけにファラクが一瞬気に取られた。
咄嗟に声の方に視線を移してしまう。
銀色の甲冑を着た一団が道に集まっている。外灯が一団を明るく照らしその銀の甲冑が明るく目立つ。
その先頭、赤茶色の髪をした男がこちらへと怒鳴り散らかしているのが分かった。
気付いた時には遅かった。黒衣の男へと視線を戻すと、既に男は消えていた。
ファラクは剣を下ろし立ち竦む。はぁ、と逃がしてしまった事にため息をつくと、落ちていた仮面を拾う。
耳には先の甲冑を着た一団が降りてこいと未だに叫いていた。
大剣を背負い、留金を掛けると、ファラクの表情は緩み、
「う~む、どうしたものか」
本当に困っているのか? っとでも言われそうなのんびりとした声でファラクは嘆きながらも、空に浮かぶ月を楽しむ事にした。
表通りを逸れた裏路地、犯罪特区で体を引きずるようにして歩く男が一人。
夜も深まったこの時間。整備すらされていないこの場所に第二層のように外灯がある訳でもない
静かな夜の中、荒い息遣いだけが響く。
男は闇に溶け込むような黒衣に身を固め、腰に携える二本の赤いダガーがだけが暗闇の中浮き立っていた。
(私も腕が鈍ったものです……それにしても……)
強かった。男は先程の戦闘を思い返し苦笑を浮かべる。まさかあんな所で再会する等とは思ってもみなかった。
それもまさか苦戦する等とは……油断は無かったが、それでも相手を見くびっていた自分を恥じる。
初めて見た時は全く強そうではなかったのだが、魔人でもなさそうな彼がまさか自分の動きに追随してくるとは思わなかった。しかもあの手に持った大剣も厄介だ。刃を返してはいなかったがそれでも受け流すのに失敗すれば自慢のダガーでさえ折られていたかもしれないし、全てを避けきるには彼の剣速は尋常では無かった。
(厄介過ぎる相手ですね)
男は下唇を咬む。顔を歪ませるのは痛む体が原因ではないのだろう。
(門前の虎、後門の狼などと言いますが……前途多難ですね……)
このままでは誰も救えない。
いざ覚悟をして動いてみれば、相手取るのは厄介な相手。良くて相打ちか、運良く勝てても無傷ではいられないだろう。先の事を考えれば分が悪い。
と、壁に寄りかかっていた男は弾かれたように踏み出すと振り向く。
「ヴォルキン……分かっていますよ、出てきなさい」
真っ暗な視界の先、誰もいない筈のそこから声がする。
「へ、さすがに気取られるか」
声と共に、虚空から男がゆらりと姿を見せる。
「マルク……」
現れた男の隣へに声を掛ける。そこにも一人。
「先生……すみません……」
脇腹を押さえ、男と同じ黒衣を着る青年は顔を伏せている。脚を引き摺っている事からも軽症ではないだろう。
首を横に振ると。彼に声を掛けた。
「いいんです、いいんですよ。仕方がありません」
「で? 首尾はどうなのよ?」
二人の会話に興味はないと、口を挟んでくるヴォルキン。
「どうやら厄介な相手がいます。私でも勝てるかどうか分かりません」
男の声は硬質に尽きる。出来る事なら目の前のにやついた男とは話したくもない。
「へ~そんな相手が居るとはなぁ、マルク、どうなのよ?」
「……厄介なのは一人だけ、他はなんとかなる」
ヴォルキンは面白そうに、マルクは俯かせた顔を上げもしない。責任を感じているのだろう。だがそんな必要はない。全てはふがいない自分が悪いのだから。
ヴォルキンが近づいてくる。男の目前まで来ると身を低くし、伺うように男を視線で舐め回すと踏ん反り返る。
にたりと、歪んだ冷笑を浮かべるヴォルキン。口を開き。
「じゃあ、話は簡単だな。おまえが殺れ」
ヴォルキンは見下すように言い放つ。その瞳に宿るものを男は知っている。
憎悪。
身に覚えなどない。あってたまるか。
逆だ。憎悪を持っていたのは、こちらなのだから。
男に刻まれた皴が、かつて自らの大切なものが、かろうじてヴォルキンへの憎悪を薄れさせた。だから男はまだ生きている。大切な者を両手に乗せて。生きているのだ。
だが、この男は未だ自分に執着している。もうとっくに忘れ去った筈の過去、だが男と違い、憎悪の目を向けてくるヴォルキンにとり、過ぎ去った時はその増悪を一相燃え滾らせる薪でしかなかったようだ。
ヴォルキンの隣に立つマルクは拳を握り締めているのか、小刻みにその拳を揺らす。
若さゆえか、気配を殺し損ねている。その殺意が膨れあがる刹那。
「やんのか? マルク」
マルクへと振り返りぎろりと睨め付けるその視線。いつでも受けて立つとヴォルキンは殺意の固まりをぶつける。魔人特有の押しつぶすかのようなプレッシャー。
「……いや」
そう、マルクはそう応答するするしかない。逆らってはいけないのだから。歯が軋みそうな程すりあわせ。悔しそうな顔でマルクはだそう返した。
「は、そうだろう、なぁおい」
哄笑を上げヴォルキンがマルクへと近寄ると背中をばんばんっと叩く。浮かべる笑いは薄ら寒いものを感じさせる。
「じゃあ、俺はいくがよ、そいつの処理は頼んだぞ、ギルドマスター、おっと元、だったな。悪い悪い」
男を嘲笑うかのように告げ、ヴォルキンは闇に紛れると姿を消す。マルクも顔を俯かせ。男から視線を逸らすと立ち去っていく。
男は壁にもたれるとずるずると膝を折り。座り込む。
はぁっと深く長いため息が夜の闇に溶ける。だがそこにある顔は、意志は決して敗北者の顔ではない。
何か……
何か出来ることがあるはず。
――さほど時間も変らない頃。
「で? お前さんあそこで何してたのよ?」
銀色の甲冑に身を包む男に詰問され、ファラクはどうした事か、と困り果てていた。
「……依頼中に襲ってきた黒服の男と戦っていた」
「へぇ~あんな夜更けに? あんな騒音たてながら?」
「う……うむ。その辺りは済まなかったがどうしても捉える必要がな」
だんっと机を叩く男。、ファラクは目をぱちくりさせ男を見る。
そ……そんなに怒らなくても。なんて思ってみるがなんとなく言っては拙い事は分かった。
「まぁ仕事だっつ~なら仕方が無いけど? でもさ、ちょっとあれはないんじゃないかなぁ?」
あれだろうか? やっぱりあれの事なのだろうか。ファラクは半ば予想をしつつも聞いてみる。嫌な汗を掻きながら。
「あれ……とは?」
男は半眼でファラクを見るとすーっと息を吸い一息で告げた。
「屋根を破壊された貴族邸13件、他壁が破壊されたやら公共施設が破壊された件数21件……おまえさん弁償できんの?」
ファラクは頭をぽりぽりと掻くと視線を泳がせる、身を小さくする様はファラク初めての経験かもしれない。題すれば、ファラクおしかりを受ける。だろうか。
確かに黒服の男との戦闘中家屋を色々と破壊したかもしれない。しかも実際に破壊しまくったのはファラクであった。戦っていた戦闘スタイルの違いだったのか。ファラクは剣や踏み込み、跳躍等でばんばんと家屋を破壊しまくっていた。
あきらかにやり過ぎである。
「いくら程だろうか?」
「……はぁ、今方々駆け回って確認取ってるから、取りあえずお前さん今日は帰れると思うなよ?」
と言う銀の甲冑に身を包む赤茶色の髪をした男。
警邏騎士団副団長、イースレイ、それなりに有名な男らしい。
ファラクが彼の呼びかけにより黒衣の男を逃がしてしまった後、彼の話を聞きに下へと降りた所。
『はい、確保。続きは留置所で、そんじゃ宜しく。いこうか』
と手に魔力を封じる鎖を付けられたファラクはうん? と首をこてっと倒すのだが。大の男がやっても如何ほどにも可愛くなく。そのまま一団に連行されてきた。
帰れない上に弁償と聞いたファラクは冷や汗を流す。
リーゼロッテと二人。普通に暮らす分にはお金に余裕があるが、弁償となると金が足りないかもしれない。
あれで中々リーゼロッテはお金の管理に煩い。実の所ファラクは度々食べ過ぎで使い過ぎた事に注意を受けた事もある、実際ファラクには節約の心得はゼロである。色々な面でだらしないファラクには丁度良い位なのではあるが。
それはさておき、イースレイはファラクを見て大きなため息をつく。
「まぁ貴族様を守る為だったんだから? 大分免除されるかもしれないが覚悟はしといた方がいいぞ」
「そ、そうか」
思えば自らの力一本で何もできないと言う経験は初めてかもしれない。お金がないのにお金を請求されるなどどうしたらいいのだろうか。等と考えて見るが方法は思いつかなかった。ぽりぽりと頬を掻く事しかできない。
「まぁ、そんじゃちょっくら飯でも取るか、お前さんも腹減っただろう?」
イースレイの優しさが垣間見れた瞬間であった。依頼の延長上による過失なので酌量の余地もあるし目の前に座るファラクが悪い男に見えなかったのもあるだろう。
飯の事を考えるとファラクは腹がぐぅっとなると共に瞬時にイースレイを見る。現金な男である。
いいのか? とファラクはイースレイに尋ねると、『おうっ遠慮するな、奢って言やる』と返事が来る。戦いの後は腹が減る。だからファラクは、
「肉串5本とバケットサンドを二本、ローストチキンの香草焼きを一匹とシーザサラダに燻製肉とラム酒を樽で――」
つらつらと食べたいものを頼んでいくとイースレイが、
「おいおいおい、ちょっとどれだけ食べる気だ、しかも何さりげなく酒とツマミまで入れてんの!? 何? 留置所で酒飲もうとするやつおじさん初めてなんだけど!」
「うむ、酒があると楽しいからな」
腕を組むとうんうん、となにやら頷くファラク。酒とつまみを頼む事は決定事項だと思っていた。むしろなぜそこに突っ込んできたのかわからない。
「いや、そういう問題じゃないよね! しかも俺の金! しかも留置所!」
「うん? 夜に男と二人きりになる場合は酒を飲んで語り明かせと聞いたことがあるんだが」
「初対面のお前と何を語り合えと!?」
「確か、好きな女の事を聞くのが盛り上がるからいいと聞いたな」
「留置所来てそんな事話そうとしたやつ初めてだよ!」
「そうなのか? まぁそういう時は飲めばいいときいたな」
「だから呑まねぇよ!」
「そうなのか?」
「そうだよ!」
ぜぇはぁと荒い息をつきながらイースレイは突っ込みを終えると息を整え椅子に座った。きっとこいつを育てたやつは脳が湧いているに違いない。マリーとアリシアはこの時ぶるっと悪寒を感じた……かどうかは知らないが。
そんな無益なやりとりをしていた二人だったが扉が開かれる。
「イースレイ様、テーネロイア家の者が参りました、こちらへの面会を希望されていますがどうしますか?」
「ああ、それならいい、入れてくれ」
「はっ!」
騎士流の敬礼なのか指示された男は長剣を僅かに引き抜くと、鞘とかちあわせ鐔鳴りを起こす。そのまま部下らしき男は戻る。
暫くまっていると再び扉が開いた。
そ~っと顔を扉から覗かせ辺りをきょろきょろと見渡す少女が一人。
「ファラク~?」
アリシアだ。
ファラクを見付けると満面の笑みを浮かべる。
「良かった、ここに居たんだ。連絡が来た時はびっくりしたよ」
「俺も警邏に捕まったのはびっくりした。それよりもナチは?」
アリシアはファラクの傍までよると安心させるように、
「うん、大丈夫、もう全快したよ。負けたのがかなり悔しがっていたけど」
ファラクへと告げるとイースレイへと視線を移しきりっと表情を引き締めるアリシア。初めて見る表情であった。
「今回の冒険者ファラクに関わる被害は我がテーネロイア子爵家が受け持ちます。また、彼は依頼を全うするために最大限の行動を行ってくれた結果であり、我がテーネロイア子爵家は彼の即刻の釈放を要求します」
普段と違うアリシアの言葉や態度にファラクは目を丸くする。何度か思った事であるが、人は状況によってその態度や言葉遣いが変るのは凄いものだと感心していた。
なんとかファラクは借金を背負わずに済むことになり、釈放され外にでる。イースレイにはもうしないようにと、念を押して言われた。食事が出る前で少し残念だったファラクであった。
外に出ると、マリーやリーゼロッテも来ておりファラクは二人からお小言を貰いながらテーネロイアの邸宅へと戻ると報告を済ませた。ついでに調べたい事があるからと翌日一日休みを貰い長かった一日をようやく終える事ができた。




