始まりは知らぬ所で
――世界は綺麗なだけではない。
ああ、そうか。
人はそうして、弱き者を虐げる。
ただ黙っているだけでは、害しようという悪意を止められない。
法は彼等を守らない。
彼等はただ人の悪意が過ぎ去るのをじっと耐え、あるいは巻き込まれ踊らされる。
彼の者は罪を犯した者。
多くの罪を犯し、贖い、自らの命を捨てようとする。
自らに課した約束を守るために。
何者も守ってはくれない中、必死にお前達は目差す、最善の手を。
咎人よ。
他者の為に業を背負う者よ。
他者の為に傷つく者よ。
お前の道は知った。
お前の想いは知った。
お前を想う者の心は……知った。
俺には何も無い。
背負うものなどない。
もう十分背負ってきた。その後なのだから。
なら俺は――
沈痛な面持ちで男はテーブルに肘を突き両手で顔を塞いでいる。 外には子供達の笑い声が聞え。楽しそうに遊び回っている。だがそんな愉しげな声も男の気分を晴らす事はできなかった。
頭の中で何度も何度も先程まで話していた男との会話が蘇る。
それが男を悩ませている原因だった。
男は首を振る。
誰に相談ができようか。
こんな事は誰に相談出来る訳もない、それは男自身が一番分かっている。
誰にも相談できない中、ただ時間だけが無情にも過ぎていく。
「先生、大丈夫ですか?」
突然呼びかけられて、男は顔を上げ、部屋にはいってきた女性を見る。部屋にはいってきた事すら気がつかない程、深く悩み込んでいたのかと内心自分に呆れてしまう。
顔にでないように男は注意する。気付かれてはいけない、自らの悩みを気取られれば、無用な心配を掛けてしまう。まだ若いシスター達では、抱え込んだ苦悩を内側だけに止めるのは難しい、だからこそ男は笑顔を浮かべる
「大丈夫です。心配を掛けてしまいましたね、シスター」
「いえ、院長、さっき来ていた人は……」
声に少し緊張が入る彼女の声は、先程訪れた男から滲み出る恐怖を感じた為か、未だに抜け切らないのだろう。無用に殺気を振りまく彼等はこの孤児院にとって毒にしかならない。そんな奴等と知己である自分が少し恨めしい。
男は敏感に彼女の緊張を察すると申し訳ない気持ちになりながらも、安心させるために努めて優しい声で答えた。
「少々昔馴染みの人でしてね。気にしないで大丈夫ですよ」
「そうですか、でもあまり無理はしないでくださいね」
「ええ、気をつけるようにしますよ、ありがとう」
恐い目にもあったにも関わらず、彼女は男を慮ってくるのが分かる。
優しい女性なのだ。
彼女だけではない、この孤児院にいる者は皆やさしい、犯罪特区にあってここだけは別世界のように感じる。
だが、ここ犯罪特区は弱者にどこまででも残酷だ。
優しさなど欺瞞や犯罪の横行する犯罪特区では格好のカモである。
簡単に欺かれ、金を、体を、命を奪われる。
そんな場所で、この孤児院が成り立っているのは奇跡に等しい。
それも男がなんとか裏で手を回してきた甲斐あっての事。
だがそれもいつだって危うい場所に成り立っている。
男は立ち上り。外へと出る。
外に出れば子供達が寄ってくる。
先程まで泥だらけになるまで遊び熱中していたのが、皆男の方へ集まってくる。
邪気のない笑顔を浮かべ。男に向ける笑顔を見て、自らも笑顔になる。
自らに出来る事など少ない。
だがこの場所を守る為ならば。
この笑顔を守る為ならば。
この命すら、惜しくは無い。
ギルドオルフェウスのホール。
目の前にある巨大な剣を見て、ファラクは神妙な面持ちで手に取った。
巨大な牙、そんな印象をもった。
緩い湾曲をもった片刃、根本から先にいくほど細くなり、その切っ先は返しがついたかのように尖っている。長身のファラクを超える程の長さに、その根本は女性の胴回りほどはあろうかという太い刀身はタイラントの頑丈さと凶暴性を彷彿とさせる。
そう、この刺刺しいデザインにその禍々しいまでの漆黒の大剣は、暴君の力を研ぎ澄ましたもの、見るものを、対峙するものを圧倒する迫力と力を備えている。
だがその中で穏やかなものが一つ。
剣先から伸びる複雑な模様が柄まで繋がり、黒い魔石を介し中央に銀色の魔石と思われるものが一つ
鋭利で凶暴なその剣を見つめていた。
そっと柄に填め込まれた魔石を撫でた。慈しむように。
「どうだ? 我ながらの大作だぞ」
「ああ、そうみたいだな。ありがとう」
視線を合わせずにファラクは剣を見たまま。礼を失した訳ではない、目が離せなかったのだ。
ぎゅっと握りこんだファラクは二度、三度、ファラクは軽く剣を振ると満足そうな笑顔を浮かべる。
手に吸い付くように馴染む感触は以前使っていたツヴァイハンダーよりも上だ。
「いいさ、久しぶりに珍しい素材を使わせて貰ったしな、それより魔剣の特性までは決められる訳じゃないからな、それはおいおい自分で確かめるんだな」
「特性とは?」
「核になった魔石、魔石には個性がある。俺は魔石にその生物の元となったものの魂が宿っていると思っている、それが力を発現させる、まぁ白魔石じゃ大した力は持ってないだろうがな」
「魂か」
「ただの魔鉱鍛冶士の持論よ。本気にしないでいいのよファラク」
そう言ってマリーはやれやれと手を振る。
否定され、声を荒げたのはクラマだ。
「おい!」
「だって本当の事でしょ?」
意外に真剣な表情でマリーが詰めよる。
「ま……まぁ裏付けがある訳じゃねぇけどよ」
「ほらみてみなさい」
二人のやりとりを聞いたファラクはだが、
「いや」
目を瞑り、剣の柄をぎゅっと握ると満足そうに頬笑んだ。
ならばこの魔石はレーメの魂そのものであるのかもしれない。
背中に剣を収めるとクラマが満足そうなファラクを見てにっと笑んだ。
「ああ、それでその剣、名前は何にする? やっぱり元はタイラントだしな、タイ――」
「レーメだ」
こればかりは譲れない。
「うん?」
「剣の名前は――レーメだ」
晴れやかな声。
クラマを遮り、ファラクはこれしかないだろうと、皆に告げた。
(……世界を背負う竜にレーメね、偶然だろうなぁ)
クラマは内心頭に過ぎった考えを打ち消した。
「そうね、それがいいんじゃない」
「ああ」
事情を知るマリーやエヴァン、シンディはやさしげに微笑み。クラマは笑う。リーゼロッテは少し寂しそうに目元を伏せた。
そんなリーゼロッテが気になったのか、クラマが長い包みを取り出すと元気付けるかのように声を掛ける。
「よっし、あいつの剣もできたし、あと嬢ちゃんにはこれな」
「なんだ変態?」
……何か氷凍て付く刃のように冷ややかな声が聞えた。クラマの顔がぴしりと凍り付く。
大剣をまじまじと見ていたファラクはうん? っとリーゼロッテを見てみるが、
「どうされましたか? ご主人様?」
嬉しそうな眼でファラクに応えるリーゼロッテ。ファラクは目を擦り再びリーゼロッテを見るが嬉しそうにファラク一直線の様な純粋な瞳を見ると先程のは勘違いだったのだろうと流す事にした。
「ま……まぁ、嬢ちゃんには余った素材でそれを作っておいた」
そういって長い包みから取り出したのは一本の槍。
「これは……」
ファラクのそれと同じように真っ黒な刀身を持ち、薙刀のように反りを持つ、切っ先の返しが剣よりも長く、刈る事にも使えるるのであろう。剣と同じく模様が囲まれているが、魔石はない。
手渡されたリーゼロッテはとても大切なものを扱うかのように槍を受取りじっと見つめている。
「そっちが、レーメだから、こっちがタイラントって所か、魔石はまだ使っていないが、後から魔石を填める事ができる」
だが受け取ったリーゼロッテはきょとんとした顔で槍を見た後、恐る恐るファラクへと尋ねた。
「ご……ご主人様、私などが武器を持ってもいいのでしょうか?」
「駄目なのか?」
「い……いえ、私の物はご主人様の物ですからこの槍もご主人様の物ですけど……」
よく分からず首をかしげているとマリーからフォローがはいった。
「奴隷が武器を携行することは主の許可が必要よ」
「ああ、そうなのか。構わないだろう、もし何かあった時の為にも持っておいた方がいいだろう」
縦に首を振り、さもなんともないように応えると、リーゼロッテは槍をぎゅっと胸に抱いた。何やら瞳が潤んでいるような気がする。
素材になったタイラントは自らを自由にするためにファラクが命を賭して退治しに行った魔物である。その魔物から出来た槍はまるでファラクとの絆に思えた。そんな槍を自分に預けて貰えるのである。
「は……はい! ありがとうございますご主人様。大事に使います」
長身でスタイルの良いリーゼロッテが持つととても様になっていた。
そうしてファラクとリーゼロッテは自らの武器を手に入れたのだった。
昼間。
この陽気な季節のせいか、はたまた手に入れた大剣のせいか、ファラクは上機嫌で街を歩く。
ここ数日の休日のお陰で疲れも大分抜けてきた。最初は思った以上の疲弊にさらにクラマと試合のようなものまで行い、ファラクの体は悲鳴を上げ、ついには初の病気に掛かりリーゼロッテに看病されるなんて初体験コースが待っていたのだが、お陰で全快したといっていいだろう。
そんなファラクはギルドから出て、一人のんびりと歩いていた。
リーゼロッテは槍の訓練をする事となった、ファラクに着いていこうと必死だったが、まだファラクとの実力差が顕著な今は着いていくよりも別の依頼をこなして力を付けた方がいいと周りの説得とファラクの後押しが決め手になり、マリーと二人で簡単な討伐依頼を受けに行った。あまり普段仲が良くないのですこし心配ではあったが、これを機にすこしは仲良くなってくれればいい。
そんな事を考えながらもファラクは広場から逸れ、裏路地へとはいっていく。
活気だった気配が一転して暗い雰囲気となる、ここから先の犯罪特区では表の人間は立ち入らない。
やや感傷に浸る思いもあり、すこし表情を引き締めると、かつてファラクが壊した倉庫へとたどり着く。
そこにあるのは瓦礫の山。
大剣の核に使った魔石の持ち主、レーメが亡くなった場所だ。
その場所はファラクが行った破壊そのままに残され瓦礫の山と化した倉庫は人も寄りつかず殺伐としている。
そんな中ただファラクはじっと悼むように佇んでいた。風はファラクの頬を撫で、長い髪が風に揺られる。
すっと背負った大剣レーメを持ち眼前にもってくる。
どうした事か剣を受け取った後、自然と足が向きファラクはこんな所に来ている。
何故自分がこんな所まで来たのかは分からなかったが、剣を受け取り真っ先にこようと思った場所がここであった。
出来る事ならレーメの父であるペドロにも会っておきたかったが、彼はもう家には来ないようにと、マリーから伝えられている。今頃どうしているのだろうか。
「レーメ」
つぶやき、ファラクは一人その場で彼女を思い出し、時を過ごす。
やがて日が傾きだす。ファラクは元来た道を歩き出した。
感傷にひたる事を知らず知らずに学んでいたが、それを振り払うかのようにファラクは確固たる足取りでその場を立ち去った。
まだまだやるべき事は沢山あるのだから。
裏通りの一本の細道へとさしかかり、表通りへと向けてファラクが歩いていると、
ドン。
と、一人の少年がぶつかってくる。
「ごめんよ!」
何やら慌てた様子で走り抜けていく少年を見た瞬間、ファラクは咄嗟に少年の右手を掴み挙げる。
「な、なんだよ? 急いでるんだ! 離してくれよ」
ぼろの衣に身を包み焦るように告げる少年。
ファラクはしかし手を離さず、のほほんとした顔で彼を見る。
「カードを返してくれたらな」
「な……なんの事?」
すっとぼける少年は明らかに狼狽している。上擦った声にファラクの掴む右手首から僅かに震えているのに気付く。だけど、恍けられるなら仕方がないとファラクはおもむろに少年の懐をまさぐる。
「や……やめろよ」
だからと言って制止してやる理由もない、これがスリと言うものか、なんて考えながらそのまま手探りでカードを探し出す。
「あ……」
「ほれ、あっただろう、嘘はいかんぞ、少年」
「――どうする気だよ?」
「ん? 何がだ?」
「警邏騎士団に突き出すのか? それとも奴隷にするのか?」
きっとファラクを睨め付けているが、恐怖がファラクの手まで伝わってくる。警邏騎士団に突き出されれば犯罪特区に住むものなどそのまま処断される事は間違い無い、犯罪奴隷として売られる事もよくある、それでなくてもそのまま切り捨てられても文句は言えない状況であった。
戦戦恐恐とする少年を余所にファラクは欠伸を一つ噛み殺すと、少年の胴に手を回しそのまま担ぎ上げる。
「ちょ……なにすんだ……よ!」
「こら、暴れるな」
じたばた暴れぽこぽこと殴られるが何の事はない、必死に逃れようとするが何をしてもファラクが放さない事に気がつくと、少年は諦めたようで大人しくなる。
そのままずんずんと歩き、広場までさしかかるとファラクはいつもの出店の前に立つ。
「いらっしゃい、ってファラクさんじゃない。っていうか。またなんかあったの?」
また、と言われた。致し方がないのだろう、以前この店で似たように男を引っ掴んで連れて来た事がある。近く薫る肉の香ばしい匂いに担ぎ上げた少年の腹がなった。売店の少女も最早ファラクの突拍子の無い行動に対して思う事も無くなったのか、子供を担ぎ上げていても何も言わない。
「うん、肉串を11本くれ」
「あいよ、11本だねいつもあんがと」
肉を受け取ると、ファラクはベンチの傍まで由ると少年を下ろし、腰を下ろす。
肉串を袋から一本取り出し、齧り付く。
「ほら、お前も喰え、美味いぞ」
「え?」
残りがはいった袋を少年に手渡すと少年を放置し、がしがしと肉に齧り付く。
すぐに食べ終えて少年を見たが、まだ少年は肉串に手を付けていなかった。
「なんだ? 冷めるぞ、肉串は暖かいうちが美味いぞ」
「……なんでこんな事するんだよ?」
「ん?」
「おいらお前のカードを盗もうとしたのに」
「腹が減ってたんだろう?」
がりがりに痩せた少年を見てファラクはそう思った。犯罪特区ではその日食べるものを探すのも苦労する始末。かつて一緒にいたレーメがそうであったように。過去聞いたことがある、犯罪特区についてマリー達に聞いた時、自らの食べるものを得る為に、凶行に及ぶ者達がいると。
表の住人であれば、国からの援助で細細とではあるが生活する事が可能ではある、だが彼等裏の住人に援助なんてものは出ない、そもそも住人としての登録すら彼等は行う事ができない。定まった居住がなければ住民として登録できず、そして犯罪特区の地区を伝えた所で住民登録を断られてしまうのだから。
だから身近に関わったこの少年への対応はシンプルに考えた。
「腹が減ったせいで悪い事を考えたんだろう? なら腹を満たせれば問題解決だろ、まぁそれでも喰って元気だせ」
毎日の事など知らないが、関わった縁で飯を奢る位は悪くないだろうと考えたファラクは残る肉串を渡すと立ち上がり、その場を去ろうとする。
「あ、まって」
「うん?」
「お礼がしたいんだ、何もできないかもしれないけど……孤児院まで来てくれないかな?」
◇◆◇
目の前でがつがつと肉を食べる少年少女達を見ながら、ファラクは一口だされたコーヒーを啜っていた。
小さな子供達。
シンディも痩せてはいるが、ここの子供達よりは随分ましだろう。ファラクの持ってきた肉串を貪るように食べる様はファラクからしても圧倒される程だ。
けれども其にしては皆。
良い笑顔をしている。
犯罪特区で見掛ける者はみな何処か虚ろな目で無表情な者が多い中、皆笑顔でいるのは知っている。彼等が達が何を失ったかは知らない、だがファラク自身もあの顔には覚えがある、大切な少女を失った時一時倦怠感が身を覆い、無気力な状態になった覚えがある、彼等もそう、ファラクには分からない自身の大切な何かを失ってしまったのだろう。そう思っている。
ファラクを連れ帰った少年などは自分の分を自らよりも小さな子供達に分け与え、皆が笑いあっている。
そんな子供達の行動を見ているだけでもファラクは何だか胸が暖かくなってくるのを感じる。
「ほら、みんな。そんなにがつがつしないの、ちゃんとファラクさんにお礼を言いましょうね」
「「「「「おじちゃん、ありがとう!」」」」」
見た目は明らかにまだ若いのだが、おじさん呼ばわりされる、特に年齢について意識がある訳では無いので特に気にはならないが、マリー辺りなら怒っていたかもしれない。
なんて思ってるとおじちゃん遊ぼうと手を引かれ、わらわらと子供達の魔の手が忍び寄る。
周り一帯子供達に囲まれ、どうしたらいいだろうかと考える間にもみくちゃにされた。
わ~、きゃー~と遊び回って子供立ちはファラクの両腕にぶらんとぶら下がったり座ってみれば膝に座ってきたり。髪の毛を引っ張られたり、遊んで攻撃に圧倒されてきた。
そんな中見ていたシスターがファラクに向き直ると頭を下げてきた。
「本当にありがとうございます、ファラクさん、何もお返し出来ず……」
リゼリア、と紹介を受けたそのシスターはここで育った者らしい。
「いや、気にしないでいいぞ。あの少年に買ったものだしな」
「ありがとうございます」
「すいません、ちょっといいですか?」
男が部屋にはいってきて、キョロキョロと周りを見るとファラクを見付け、尋ねてきた。
神父服に身を包み、白髪の交じる中年の男。ほっそりした体にほほにざっくりと縦傷がはいっている。
「ああ、なんだろうか?」
子供が一人ファラクの首にぶら下がったままだが気にすることなく立ち上がると男に向き直る。
「子供達に食事を持ってきてくれたとの事でありがとうございます。私はここの神父を勤めておりますガトーと申します。あなたに神の恩恵があらんことを」
久しぶりに聞いた神という言葉に友人を思い出したが違うだろうと立ち上がると手を伸し握手を交わす。
「ファラクだ。オルフェウスの冒険者をやっている」
「そうですか、オルフェウスさんの」
「知っているのか?」
「ええ、その昔は有名なギルドでしたから」
「そうか、俺は新参者だから知らないが、そうだったらしいな、それよりも孤児院と言うのを初めて見たが、良いところだな」
「良いところ? ですか? そう言って頂けるのは有り難いですが、何分皆を食べさせる事にも苦労するような状況ですからね」
ファラクは視線を逸らすと子供達をみる。
「子供達が笑ってる。皆痩せてはいるが。この辺りの者であんな風に笑っていられるのはここが良い場所という証拠だろう」
「そうであればいいですね、いえそうしなければといつも考えています」
眩しそうに目を細めて、ガトーは子供達を見ると頬笑む。
「大事なものなんだな」
「大事なですか?」
「子供立ちを見る目、とても大切そうな、そんな目な気がした」
「そうですね、とても大切です……」
目尻をさげ、やさしげにガトーは、
「あなたが宜しければ、たまにでも顔を見せてあげてもらえないですか?」
「俺がか?」
「ええ、」
すっとファラクの首元を指さす。先程までぶら下がっていた子供はいつのまにかファラクに背負われ、寝息を立てはじめている。
「随分ここの子供達に懐かれていたようですから、来て貰えたらみんな喜びます」
「喜ばれる事は嫌いじゃない、依頼が無いときにでもいいのならよろう」
「……ありがとうございます」
何度目かの感謝の言葉を吐き。ガトーは立ち去っていった。
◇◆◇
「指名依頼?」
「そうよ、ファラクを指名して依頼がはいってるの」
ギルドのホール内、皆が集まって談笑する中で告げられた声。
「しかも指名相手は貴族だそうだ」
「貴族? なぜ貴族が?」
今までこなした依頼主かと思ったが、そうではないようだ。
今まで接した事の無い相手が指名。怪訝にも感じてしまう。
「さぁ、言ってみたらわかるんじゃないかしら」
「さぁって良いのか? あまり貴族とは関わり合いにならない方がいいって言っていたと思うが?」
「相手によりますね、今回指名してきている方は学園の運営などもされている人格者です。貴族のお手本とも言える方ですね」
それにしたって行き成り指名されるいわれはないと思うのだが。
「それで内容は?」
「護衛です、暫く家で護衛して欲しいらしいですね」
力を見込まれたと言うことか?
だとするなら……
「倉庫を壊した一見が貴族達にばれたのか? 後はタイラント……」
「そうね、でも大丈夫、倉庫の事はあまり大きくなっても問題にならないだろうし、タイラントは『暴君』が倒したって事になってるから大丈夫よ」
「!」
反応したのはリーゼロッテだ。ファラクの隣で甲斐甲斐しくファラクの食べる料理を取り分けていた彼女はばっと立ち上る。
「手柄を横取りされたと言うことですか!?」
ご主人様が私の為に倒してくれた魔物なのに! と憤慨を露わにする。
ファラクはファラクで、ん? とマリーの言ってる事が分からずファラクが首をかしげていると、エヴァンが説明してくる。
「ファラクさんは姫勇者アカネを知っていますか?」
「いや、知らないな」
「以前ファラクさんはジャイアントオーガの討伐をしましたよね?」
「ああ、したな」
「もう今から20年以上も前、あるハイランカーの魔人が魔物化しました、彼は変異型で、魔物を統率する力を持っていたんです」
変異型。
赤魔石を吸収せずに自らの魔石を暴走させ魔物化した者が赤魔石を吸収した魔物を差す。その力は魔物の中でも群を抜いている。
「万を超える魔物を引き連れ、世界の全てを滅ぼそうとした彼は魔物の王、『魔王』と呼ばれるようになりました」
テーブルに置かれた肉を手に取り齧り付くファラク。
「当時戦争中だったアルクール皇国は戦下で疲弊して居た所を突かれ国が滅びる手前でした」
そこで現れたのが姫勇者たるアカネ。
勇者と呼ばれた彼女は兵をまとめ強力無比な様々な種族の友と共に魔物を退け魔王を打ち倒した。
話を聞いていたファラクはいつになったら話が戻るのだろうかと肉を噛みしめている。
「うむ、それで暴君とは?」
エヴァンが熱く語り初めてこのままでは話が終わらないと思ったので聞いてみた。
「そ、そうでしたね。その彼女の息子が暴君を倒したとされて【暴君】と二つ名を付けられています」
「よく分からんがどうしてそいつが倒した事になるんだ?」
マリーが横から注釈を入れてくる。
「政治的なものでしょうね、貴族となった彼女に子供がいるとはずっと言われていたけど今まで表に出てこなかったのよ、そこで何十年も討伐がされなかったタイラントが倒された」
「ほうほう」
隣のテーブルでがつがつ飯を食べていたクラマが間にはいってきた。
「っま誰が倒したかわかんねぇから御披露目に丁度いいってこったろ。倒したって事にすればそれこそ英雄扱いされる。誰も倒せなかったタイラントを勇者の息子が倒した。箔が付く」
「許せないです」
いつの間にリーゼロッテは槍を持っていたのだろうか、ぎゅっと握り締めてわなわなと震えている。彼女はタイラント絡みの一件は特に大事な思い出らしいのでファラク以外の者が倒したと騙る等許せることでは無いのだろう。
「まぁ、嬢ちゃんの怒りもわかるけどな。それを望んだのが本人かどうかは分からないしな」
「…………」
ファラクはこのとき全く別の懸念を抱いた。
そんな世界を滅ぼそうとするような存在が現れた時、『神』は何をしていたのだろうと、その昔古代神の友は何か世界に危機が訪れた時あれこれと忙しくしていた筈だ。
巨大隕石が落下してくる等と言う時は確かファラクから魔力を借りに来たりもしていた。
――まぁ、いいか。
食に走ってる時の彼は何事も流す性だった。
「そ、だからファラクが倒した訳じゃないって事になってるからファラクの引き抜きなんかは今の所気にする必要がなくなって事」
食事を終えたファラクは気を取り直して話を戻した。
「で、貴族が相手だけどこの依頼は受けた方がいいのか?」
◇◆◇
貴族街。
アルクール公国の首都プロメシア、その街の中心部には公城が位置し城壁の周りをぐるりと貴族街が円を描くように位置し、更に第二都壁が築かれている、その外側に位置するのがファラク達の一般区画や犯罪特区だ。プロメシアの民は呼びやすく城壁内を第一層、貴族街を第二層、その外側を第三層などと呼んだりもする。
貴族街にはいるためには都門をくぐる必要があり、カードの提示が義務となっている。
曰く第二層は別世界なのだと聞いた。
その別世界の理由をファラクは今日知る事になる。
第二層への検問を終えたファラクは広がった景色を見て驚く。
鋪装された道をゆくのは魔石技術で作られた四つの車輪をもつ乗物。魔動車と呼ばれる乗物だ。馬車に魔石装置が付けられ、自らの魔力で走らせる事ができる。
街路の隅々に魔光装置が立ち並び、夜になれば明るく照らすそうだ。
一体どれほど魔石を使っているのだろうか、一般の者では魔石を使った物など魔光装置、魔冷箱、カード、これくらいである。それがここではそこかしこに魔石製と思われる物が立ち並んでいる。
視界を何処に動かしても魔石の結晶が見える。
吸収、武器作成、日用品、様々な用途に使われる魔石はとても需用が多く値が張る物だ。それがここまでふんだんに使われている。
「ほ~、確かに別世界だな」
感嘆の声がでる、だがしかし胸を打つ程ではない。森や野原を見た時の方が感動が大きく、またどちらに居たいかと言われれば後者だ。
「失礼、護衛依頼を請けられたファラク様でしょうか?」
声の方に振り向く。
一人の老人だった。
執事服を身に纏い、白い髪に白い髭。背筋一つ曲がっていない老人は真っ直ぐな視線を注ぐ。
「そうだ、俺の事だが」
「お迎えに上がりました。マリー様より家名は伏せるように言わていましたので無礼をお許しください」
「そうか、そういえばマリーは何かにこにこしていたな」
「よろしいでしょうか? それでは魔動車を用意してありますのでお乗りください」
言われ、導かれるまま乗り込む。執事が前に乗り込むと、魔法紋の描かれたハンドルを握る。
どこどこと不思議な音を立て車が走る。馬と同じ位の速さだろうか。
「俺にも操作できるのか?」
車が動く不思議な感覚にファラクが興味を持った。
「そうですね種類にもよりますが、魔力が黄以上あれば馬と同じ速度でおおよそ8時間程運転できるでしょうか」
「魔力で動かすのか」
「ええ、その辺りは他の魔石装置と同じです」
「そうかいつか運転してみたいものだな」
「それなら早めにされた方がいいかもしれないですね。まだ魔動車は開発されて間もなくあまり普及していませんが、操作を免許制にするかどうか議論されておりますから」
「それまでに乗れるといいな」
「そうですな。旦那様がお許しになればこの車の運転もできるかもしれません」
――なるほどそれなら一度掛け合ってみるのもいい。
色々期待を膨らませ始めていると、車が止る。
執事が先に降り、ドアを開けて出てみると目の前には。
「でかいな」
「ほほ、そうですな。三層に親しんだ方からすれば大きく見えるかもしれません」
「では室内に入るに辺り、護衛の任務をお受けされるまの間武器をお預かりさせて頂きたいのですが宜しいでしょうか?」
「ん、あぁ」
背負った大剣を執事に渡すと優にギルドの数倍はありそうなその建物を見上げる。
それではこちらまで。と案内されると執事は屋敷の扉を開ける。
目についたのは巨大な魔光式シャンデリア、一つ一つが加工された魔石結晶でできたそれは豪勢の一言に尽きる。
ファラクはシャンデリアに目を奪われる。
だから気がつくのが遅れた。
背後に忍び寄る影に。
たたたっと背後から音がする。
気がついた時には振り向くには遅く。
がしっとファラクの首元に誰かが飛びついてくる。
「なんだ?」
後ろを振り向こうとも振り向いてもぴったりと体をくっつけられているせいで顔が見えない。僅かに香る特有の匂いと、背中に当たる柔らかい感触から女性だと分かる。首を捻り見るそこには長い銀色の髪が僅かに映った。
「だ~れだ?」
喜びに染め上がったその声、高く綺麗な声は確かに聞き覚えがあった。
「……ポーラ」
「…………」
ぎゅっと背中に張り付いた少女が無言でぎゅうぅぅっと締め付けてくる。全く苦しくないのだが、無言の抵抗というものだろう。
どうやら不機嫌にさせてしまったようだ。冗談とはむずかしいなんて思っていると、
「……忘れちゃったの?」
悲しそうな声。どうやら本気に捉えられてしまったらしく、少女は手を放し地に降りた。
そういえば彼女と一緒の時は冗談などまだ知らない概念だったか。
「冗談だ、久しぶりだな。アリシア」
答えた後、振り向き彼女を見た。
そこにいたのは世界に来て初めて会った少女がいた。顔を俯かせていた彼女は名前を呼ばれた事に気がついた。
「うん! うん! 久しぶり! ファラク!」
シルクの様な銀髪を振り回し、目の前の少女は何度もコクコクと頷く。
マリーの友人にしてファラクが試練の塔を目差す一応の理由となっている少女である。そんな少女が目の前にいるということは。
「ここはテーネロイア……子爵家だったか」
「そうだよ、びっくりしたかな? だとしたら成功かも!」
「そうだな、驚いた」
「お嬢様、その辺りに」
見覚えのあるメイドがアリシアを窘める。
「後で話す時間はあります、今は次のスケジュールを」
「……うん、わかった、また後でねファラク。冒険者のお話聞かせて?」
「ああ、良いぞ」
「ほんとだよ? 絶対だからね!」
メイドに連れられてしきりに振り返りながらアリシアは去って行った。久々の知人にあう、ある種の高揚感を感じていると、執事に声を掛けら、向かった先は応接間であった。
――恐らく冒険者が……4人。
風貌からそう察したファラクは彼等を一瞥すると執事に言われるまま待機させられる。
彼等は扉からはいってきたファラクを一瞥すると皆すぐに興味を失ったかのように顔を背けた。
あるものは嘲るような笑いを向けてきたがファラクはのほほんとしたまま皆が立ったままのそこで一人ソファーに座る。
ぴりっと何か首筋にちりちりとした気配を感じるが、特に何か言ってくる気配なかった。
やがて待っていると扉が開かれる。
銀髪の髪を後ろに流した美丈夫はアリシアの父だろう。
「うん、皆強そうな者達が集まってくれたな」
と椅子に座ったファラクを一度見た後、目をぱちくりさせ、他の4人を見てからそういった。
かつかつとファラクの対面のソファーの背もたれに手を添える男。
「私が皆を雇ったバリー、バリーテーネロイアだ。今回の依頼にあったようにこの家と私や家族を護衛して貰う事になる」
冒険者の一人が口を開く。
「護衛するのはいいんですけどね、何から護衛しなくちゃならんのか教えて貰えますかね? こちらにも相手によれば準備も必要ですからね」
「うむ、恐らく暗殺の部類だとは言っても確実に暗殺者が来る保証はないが、最低でも三日程になる」
ぴくりと、軽装の女性が怪訝そうな顔で、
「何かやばい事に巻き込まれるのなら勘弁して貰いたいんだけど」
「その可能性は低い、偶然私が得てしまった情報の為と言うことだがある程度の権力が持った者が使わねばまるで意味のないものだ、君達冒険者が知っていても何も変らない事でもある」
「ふ~んなら聞いてもいいのかい?」
別の大柄な男が尋ねる。彼は興味がある様子だ。
「簡単に言えば癒着だ。ある組織と組織のね、それを暴き立てようとする事が相手に知られれば恐らく暗殺者が仕向けられるだろう」
「分かりやした。先をどうぞ」
「うむ、護衛対象は私と娘のアリシアだ、この中でファラクと言う者はいるか?」
「ん? 俺だが?」
急に話を振られ、少々ぼーっとしていたファラクが声を上げる。
「……本当か? 爺」
訝かしげにファラクを見たバリーは再度確認まで取る。
「ええ、確かに彼がファラク様です」
「……君は娘のアリシアからの指名だ、アリシアについて娘を守っていてくれ」
頷くファラクだが、なぜだかとても残念そうな顔をしながら言われたのが気になる。
「それとガルムというのは誰だ?」
「俺だ」
中でも最もがたいの良い男が声を出す。威風堂堂たる姿だった。
他の二人が「炎獄のガルム」とかなんとか。恐らくギルドで聞いた『暴君』のように何か渾名がついているという事だろう、それだけ有名であり、実力も確かと言うことだ。
「うん、君がそうか、君は私の護衛をメインで行ってくれ、それと他の三人、女性の方はファラク君の補助を、娘に男の護衛では不便な事もあるからね、君はガルム君の補助を、それと君は屋敷の警護を、ただ、補助の二人は屋敷の警護も兼任してくれ、では解散」
ぞろぞろとファラクを含む冒険者達は応接室を出て行く。
取り残されたバリーが執事へと告げた。
「爺、あのファラクと言う男大丈夫なのか? 何の雰囲気も感じない、本当に娘が言うように強いのだろうか?」
「私には分かりかねますが武器はかなりの業物を持っているようですが……」
「だとしても不安だ。そうではないと信じたいがアリシアがただ懸想しているだけ等とは……」
「その辺りは大丈夫かと思われます、聡明なアリシア様の事ですから婚約者が居る身で滅多な事はされますまい」
「そうか、そうだな」
全く強そうには見えない男が娘の護衛に選ばれた事に一抹の不安を感じるのであった。
外に出たファラクは自らの武器を返して貰っていた。
「ファラクさんでよかったんだよね?」
後ろから声が掛かりファラクが振り返ると応接室で見た軽装の女性が声を掛けている。同じく武器を返して貰ったのだろう、魔銃を腰に帯びている。初めて見る武器にほ~っと見ながらファラクは答えた。
「ああ、呼び捨てでいい、一緒にアリシアの護衛をするんだったな」
「ええ、そうよ。私はナチ。それにしてもあんた大丈夫なの?」
「大丈夫とは?」
「見た限り集まった5人の中じゃあなたが最弱。それなのに恐らく一番大事なポジション」
「大丈夫じゃないか?」
「あんたねぇ、この依頼は言わば連帯責任があるわ。誰が失敗しても依頼完了にはならない。なのに一番弱いであろうあんたが重要なポジションにいるのは分かってる?」
ファラクは目線を上に上げる。腕を組むと、
「分からん、何が言いたい?」
人として経験値の少ないファラクには分からなかった。
「人質を取るために娘が襲われる可能性もあると言うことだ」
横からはいってきた男はガルム。武器を帯びては居ないが両腰に手を覆うガントレットを帯びている。恐らく拳士なのだろう。
「そういうものか」
言葉自体は知っている。ファラクは想像するかのように腕を組んだまま目を瞑っている。
「そうだ、バリー氏はその癒着を暴く気なんだろう、それを辞めさせる為となれば娘を狙われる可能性は高い」
暗殺者が来るかもしれないと言ったが、実の所貴族を闇に葬ろうとするよりも、脅しの材料としてアリシアが狙われる公算は高い。
「そうなると俺の役目が重要と言うわけか」
にも関わらず他の者から最も弱いと評価されてしまっているのだから他の者の懸念は当然であった。
「ええ、それにあなたの武器。屋内で振り回すにはあまり向いてないわね」
実力を見せれば済む話ではあろうが、ファラクは『力を誇示』する事を知らない。ファラクにとって力とは『打ち倒す為に必要なもの』であり『誰かに見せる』意味に気がつかない。深い常闇の中で唯一の存在としてそにあったファラクには争う相手もおらず、外敵から身を守る、または生殖相手を競争の元に手に入れる行為に根差す『威嚇』と言う本能が無かった事もあり、ファラク自身、自分の意志で相手を怯えさせたのは一度きりである。
大剣を背に納め、留金を掛けるとファラクは困ったように唸る。
「そうだな、アリシアとは顔見知りでな、恐らくそれが原因だと思う。ナチだったな。おまえとアリシアがよければナチがメインでもいいと思うのだが?」
「……あなたがそれでいいのなら」
きゅっと口を引結び若干の逡巡があったがナチはファラクの言葉を呑んだ。より責任が増した事にはなるが冒険者であれば望む所なのであろう。貴族からの依頼、覚えが良ければ報酬が増したり今後も良い依頼にありつける。
「そうか、そうと決まればアリシアの所へ行こう」
ガルムも他の冒険者も後は何も言わず。ナチが率先して二人でアリシアの元へと向かった。
「来たのですね害虫」
部屋にはいって開口一番、辛辣な言葉を浴びせるのはいつか見たメイドだ。今にも猫のようにふしゃぁ!っと飛びかかってきそうだ。腰に手を当てるとファラクを威嚇するかのように綺麗な目元をむむっとつり上げ、睨み尽くす彼女はアリシアとほぼ同年代。ファラクからすれば子猫がじゃれついているようにでも見える。因みに獣人では無い。
さらに因むとナチは外で待機している。
そういえば彼女は以前見た時もファラクを詰っていた気がする。
「依頼だしな、それは来るだろう。あと俺は虫ではないぞ?」
「は、例えも分からないんですかこの男は、やはり冒険者なんて頭の悪いものばかりなんですね」
「ふむ、それでどうして害虫になるんだ?」
「お嬢様を誑かす間男だからです」
「間男とはなんだ?」
「っ――婚約者のいるお嬢様に近寄る男と言うことです!」
「そうか、それを間男と言うのだな、害虫と間男はどう繋がるんだ?」
「ば……馬鹿なのですかあなたは? 近寄ろうとする男を悪い虫というでしょう!?」
「ほうほう、そうなのか。いや、勉強になった。ありがとう」
「…………」
メイドの詰りはファラクの不思議ちゃん力となんでちゃん化に寄って封殺された。メイドが幾ら詰っても、ファラクが反発しなければそうそう詰る事を続けられる訳はなかった。
アリシアがくすりと笑う。相変わらずだと思っただろう。
「メアリー。もう、その辺にして。折角ファラクと久しぶりに会えたんだから、ゆっくり話をしたいよ」
「……少しだけですよお嬢様?」
糠に釘うつか如くメイドの罵詈雑言が通用しないと悟ったメアリーは「手応えが……」と最初みた勢いを消沈させ、とぼとぼと部屋から出て行く。
扉の前で立ち止る。
くるり。
「ほんとうにちょっとだけですからね!」
バタン。
……
「さて、う、うん。久しぶりだねファラク」
アリシアは一つ咳払い、声の調子を整えると恥ずかしそうにはにかむとファラクを椅子に座らせる。決してメイドの行動が恥ずかしかった訳ではないだろう。
「そうだな、一ヶ月と少しといった所か、そう考えると久しぶりと言うには早いのかもな」
アリシアはファラクの座る椅子の肘掛けに腰を掛けるとファラクへと向く。
「一ヶ月は十分久しぶりだよ」
「そうか?」
「うん、ファラクの感覚ってたまにおかしいよね」
「そうか、体感的にも違うが、前は一ヶ月など時間で考えるとほんの僅かな時だったからな」
「それって竜のって事かな?」
「そうだな」
「ねね、そういえばファラクって歳幾つになるのかな?」
ずいずいっとアリシアは身を乗り出す。
「う~む。考えた事がなかったな。時間の感覚が以前とまるで違うが――」
腕を組むと首を横に倒し考えるファラク。古代神の友はなんと言っていたか。わくわくと興味げにアリシアはファラクの返答を待っている。
「――恐らく数十億歳だ」
「――億!?」
「そうだ、確か友人がそれくらいと言っていたからな。俺とその古代神はほぼ同世代だ」
とは言っても数百数千歳くらいは違うかもしれないが彼等にとっては大して意味のない事だった。
「途方もない話だね、あ! じゃあねじゃあね、ファラクっておじいちゃん?」
「若いつもりだぞ?」
……筈だ。竜の肉体の方もまだ相当に若い、というより不老の体だった。
アリシアは悪戯を思いついたようにあ! と小さく声を上げるとファラクを見て顔を近付ける。
にぱっと笑うと口を開いた。
「ファラクおじいちゃん」
「……若いんだぞ? 本当だぞ?」
「ふふ、言ってみたかっただけだよ~。でもね、凄いね。一ヶ月前までのファラクだったらそんな事言わなかったよ」
「そうだったか?」
「そうだよ。マリーの家に居た時のファラクだったら多分~『そうか、数十億歳はおじいちゃんと言うのか』で終わってたよきっと」
にこにことアリシアはファラクの身振り手振り声振りを真似しながら言う。
「アリシアもそうじゃないか? 久しぶりだからか前よりも元気だな」
元気だと言うよりも傍から見れば甘えてる。ようにも見えるのだが二人は気付いていない。
「もしかしたらそうかも、あのね今ってね、学園に行ってそれが終わったら花嫁修業みたいな事ばっかりさせられてね。ちょっと疲れちゃってたのもあるかも」
「学園? と言うと確か」
「うん、貴族が通う学園なんだけどね、お父様が学長なの。最近ちょっと楽しくないんだ、あ……でも」
思いついたかのようにアリシアはファラクを見てにやっとする。
「うん?」
「ファラクが学園に来てくれたら少しは面白くなるかも」
「学ぶ所なら面白そうな所ではあるけどな」
「ふ~ん、じゃあじゃあなんとしてでも入れちゃわないとなぁ」
「まぁ無理じゃないのか? ギルドもあるしな」
「貴族の力を舐めないで!」
「それは不正を働くと言うことじゃないのか?」
「うん!」
「力強く頷いてるが駄目だろう?」
「だってファラクが居た方が絶対たのしいもん」
「その時間と方法があればな……ん?」
ねっとりした気配を感じたファラクは会話を中断するとみた。
扉の方にそれはいた。
それは般若の様な顔でこちらを見つめ、もうひとつはジトッとしている。
メイドと銃士だった。
――お前らいつまでしゃべってくれちゃってるんですか? ちょっとって言ったいいましたよね? ああ、言いました確かに言いました。この害虫が! ふしゃ!
――さっさと私を紹介しろよ、いつまでくっちゃべってんだこのあほ。弱いくせに何やってんだ話が進まないだろうこのぼけ。
とファラクはまるでその目から直接言葉が放たれているような気がした。
アリシアとの再会でついつい話し込んでしまったファラクであったが、仕事を思い出した瞬間であった。




