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クラマ

 ファラクは目覚めると目の前に映る目玉の様に映るそれを寝惚けながら見る。

 天井に映る木目がまるで目のようだ、なんてなんとなく考える。

 ギルドの石造とは違い木造の家だからだろうか、部屋の中にかすかに漂う木の香りは不思議と心が休まり、ベッドから出て地面に足を付ける時になるぎしっとなるその音も心弾むものがある。

 

 ぐっと盛大に伸びを一つ、新しい部屋の中をぐるりと見渡すと着替えて外へとでようとする。

 だけどリーゼロッテに呼び止められた。行って来ると言うと、酷くショックを受けたようで、一緒に連れて言ってくださいと、何度もせがまれた。

 ファラクとしては自分の用事だから連れて行かなくてもいいと思っていたのだが、置いて行くの? もしかして私を置いて行くの? と言わんばかりに捨てられた犬の様な顔で問い詰められた。

 

 武器を造りに行くだけなんだから別について来る必要は無いぞ。なんて言ってみたのだが、

 

「いついかなる時でもリゼはご主人様と一緒です!」


 と両手を胸の前で硬く握り締め、断固着いていきますと顔に書いてあった。ファラクとしてはどちらでも良かったのだが、頭をぼりぼりと掻く姿で否定されると勘違いしたのか、リーゼロッテはかっと目を見開くとキッチンから何かを持ってきて天高く掲げた。

 

 それはあまりにも大きすぎた。

 大きく、

 長く、

 硬い。

 それはまるで杖のようだった。

 


 バケットサンド。

 

 ファラク一押しの朝食メニューだ。

 

 はっと! 我を忘れたようにファラクはバケットサンドを見る。

 杖の名を冠するパンを使ったそのサンドイッチはファラクに空前絶後な欲求を生み出す。


 ファラクの目の前で右へ左へサンドをぷらんぷらんと踊らせるリーゼロッテ。ファラクお好みのかりかりに焼いたベーコンにレタス、半熟卵にした目玉焼きが載せられ、黄みとソースを絡めてパンで挟んだサンドだ、焼きたてのパンとべーコンに僅かに残る脂の匂いが芳しく、ファラクの目線もリーゼロッテがパンを動かすと同時についっと目が動いてしまう。味を思い浮かべると急に腹が減ってきた。

 

 リーゼロってはしてやったりと人の悪戯が成功した子供のような笑顔でファラクをみてくる。

 ファラクはそのサンドが織り成す味を思い浮かべる。

 

「ふふふ、さぁ! ご主人様。 このバケットサンドが欲しければ、私も連れていってください」

 

 リーゼロッテのぎらぎらとした瞳がファラクを射貫く。リーゼロッテの着るフリル付きのエプロンがふわりと風に揺れる。アヒルの様に突き出した口元は一体何を訴えようとしているのか。


 リーゼロッテはファラクに連れて言ってもらう事に彼女の全てを掛けていた。

 

 だがファラクとて本気だ。

 

 ファラクはゴクリと唾を飲み込み、リーゼロッテの瞳を見る。

 互いの視線が絡み合い。ファラクは……

 

 

 一も二も無く、瞬きする暇も無い程の速さで頷いた。彼の強靱な身体能力が如何なく発揮された瞬間だった。既にリーゼロッテに半ば餌付けされていたファラクである。仕方がない、朝食を人質に取られては言うことを聞くほかないのである。


 と、そんなこんなでファラクはリーゼロッテをお供に、バケットサンドを口いっぱいに頬張りながらもぐもぐしながら歩きギルドへと向かう。


 食べ終える頃には広場を過ぎ去り、ファラク達はギルドへと到着する、新しい家からギルドまではおよそ10分ほどの距離でのんびりと歩いている間に頭も冴えてくる。


 ギルドへと入るとファラクはカウンターに控えるエヴァンと話し、リーゼロッテはシンディと話している。いつの間に仲良くなったのか、シンディはリーゼロッテの膝の上に据わり上機嫌となっている。だけど案の定肝心の人物はまだ着ていないようだ。 

 

 テーブルに座り、リーゼロッテにあれこれ世話をやかれながらコーヒーを飲んでいるとようやく待ち人が到着した。


「ごめん、遅くなった」

 遅刻常習犯のマリーだ。朝が弱いマリーは寝過ごしてしまったのだろう、藍色のその髪はいつかみたように所処跳ねている。


「いいさ、急ぐものでもないしな」

「まぁ、マリーさんなら仕方がありませんね」

「はねはね~」

「…………」


 それぞれがマリーに感想を述べる。因みにリーゼロッテは何故か勝ち誇ったように笑みを浮かべている。 

 じろりとマリーが睨むとリーゼロッテは素知らぬ顔をするのだ、やはりマリーとリーゼロッテは何故か仲が悪いようだ。


「それじゃあ行きましょうか。気をつけて置いて欲しいんだけど、かなりの変人よ」


 腕はいいのだけど、説明するマリーの歯切れは悪かった。ファラクはタイラントとの一戦で武器を失った為、手に入れた素材で新たな武器を作って貰いに行く手筈なのだが、腕の良い鍛冶屋はエヴァンやマリーの知り合いなのだそうだ。

 

「行くぞリーゼロッテ」

「はい!」


 今度は置いてけぼりではないと、リーゼロッテが喜びの声を上げ、マリーの転移魔法でギルドから飛んだ。

 


 どこか、深い森の中だった。

 日の光りを受け、緑豊かな木々が建ち並ぶのどかな風景。

 

「あの小屋よ」


 そんな森の中にぽつんと一軒の小屋がある。 

 小屋はファラクの家と同じ木造ではあるのだが人里離れたこの場所で丸太を組んで作ったようなその小屋はどことなく情緒がある。

 思えばマリーもそうだ、彼女の家は、ファラクの目覚めたテトラの森手前に位置し、人気の無い場所で暮らしている。エヴァンは足が悪いせいか街で暮らしているが彼女やこの鍛冶屋はどうしてわざわざ人里から離れているのだろうか。


 少しだけ気になったが特に困る事もないのでさっくりと流すと

 ファラクは歩き出し、ノックした。

 

 暫く待ってみたが、ドアが開くよう様子はない。


「マリー?」

「いる筈よ」


 再びドアをノックするがやはり返答はない。

 仕方がないと、ドアノブを捻りドアを空け、誰もいない事を確認すると、一歩踏み入れる


 ぞくりと背筋に冷たいものを感じ、

 同時に視界一杯に何かが頭上に襲い掛かってくる。

 

「ご主人様!」


 だん。

 何かひたすら重たい物を地面に叩きつけたような音が響き、慌てた様子でリーゼロッテが駆け寄る。


「大丈夫だ」


 落ち着くようにリーゼロッテを宥める。

 がっしりとファラクは左手で頭へと振り注いだ巨大な物体――ハンマーを防ぎ。その持ち主を見た。


「何故こんな事を?」


 男は口元に笑みを作る。


「ごうか~く」

 

 ハンマーを片手でくるくると回し肩を乗せると豪快に笑いだした。

 男を見る。

 巨大なハンマーをで担ぐ男は、この辺りでは見慣れない多彩な色調の服、確か着流しというらしい。そんな出で立ちにに腰には反り曲がった得物を身に帯びている。長身のファラクよりもさらに高い身長に、細身ではあるが良く鍛えこんであると分かる体。長い金髪を後ろで束ね、片目に眼帯をしている。白い耳が頭から伸びているので獣人だろう。


 華のある男だな。

 ファラクがそう考えていると。男はその露出した胸をぼりぼりと掻きながら説明をしだした。


「いやな、あのちっちゃな小娘だったマリーが男を連れてくると言うからよ~ちょっとおっちゃん的な試験をな」

「そうか」

 

 特にファラクは先の暴挙に思う事はなかったが、我慢ならない者がいた。


「貴様……ご主人様に不敬な!」

 激怒したリーゼロッテがファラクの目の前まで躍り出て男へと殴りかかった。

「おっとこっちの嬢ちゃんは竜人か?」

 拳をさらりとよけ、リーゼロッテを肩に担ぐ。ついでに尻をなで回している。早技である。因みにリーゼロッテは丈の短いスカートだ、つまり……生だ。


「き……きさま! ご主人様以外に――きゃっ!」


 何やら妙な事を口走りそうになったリーゼロッテを男は放り投げる、ファラクは咄嗟に動くとリーゼロッテをそのまま受け止めた。

 リーゼロッテを無視して男はファラクに向き直るとどこか興味と、値踏みを混ぜたような目を向けてくる。

 初見では豪快な印象だったが、向けるその視線は真逆のものを連想させた。じっっと見つめてくる男はふっと口元を緩めると口を開いた。

 

「へ~竜人が主人と仰ぐような男なんて有望だな」

「クラマ、その辺に」

「おう、嬢ちゃんか」

「いい加減嬢ちゃんはやめて。もう26よ、私だって」

「おおいつの間にか嬢ちゃんから年増になったわけだ。それはまぁ――」

「焼くわよ?」


 マリーが恐い、目が座っていらっしゃる。背後からおどろおどろしい何かが飛び出てきそうでクラマが一歩後退った。


「そ、それはそうとお前ら、入れよ。酒くらいだす」


 見事に無かったことにしようとクラマは踵を返してテーブルへと歩いて行く。

 

「またあんたは」

「硬いこというな。久しぶりに会ったんだしな、酒くらいのませろ」


 にやりと笑う男をファラクは好ましいとも感じる。

 先程の視線は気になるが、敵対の意志はなく気の良い男のようだ。

 家の中へと入り全員がテーブルへと着くとクラマが酒瓶をダンっとテーブルに置いて皆に変った形のコップを差し出してくる。


「これは?」

「おちょこっつーんだよ。俺の地元の酒にはこれが一番だ」


 なみなみと注いだ酒を一息にあおり、ぷはーっと。

 ファラクもそれに習って同じようにぷはーっと。

 口当たりが柔らかく、呑みやすい酒であった。


「お! いける口だな、お嬢ちゃん達は?」

「私は遠慮するわ」

「私も結構です!……後で殺す……必ず殺す……」


 リーゼロットが返答した後、小声でぶつぶつと恐い事を言っている。今度はリーゼロッテの据わった目が少々恐い、うちの女性陣は皆恐いなんて思っていると、

 

「で? 実際の所今日は何用だ?」


 クラマは頬に手を、肘を付きながらおざなりにマリーに尋ねた。

 その目に若干の違和感をもったが、口にせず、マリーの言葉を待った。


「ファラクの、彼の大剣を作って欲しいのよ」


 そのままマリーはクラマに説明をしていく。タイラント討伐の話になるとクラマは目を細めて、何か考えるようにして聞いていた。


「と言うわけなのよ」


 ファラクとリーゼロッテはただ聞いてるだけだ。


「そのタイラントの素材は?」

「これだ」


 ファラクが背負っていた素材をテーブルの上に広げる。じっと見ていたクラマはそれが本物と知ると、


「まじかよ……」


 いよいよもって考えるように口数を減らした。


「これでファラクに武器を作ってくれない?」


 マリーの声にはなぜか懇願するような色が含まれていた。

 ファラクはその二人の視線での裏の会話、のようなものがあるのか、ファラクとリーゼロッテの立ち入れぬ不可侵の領域が存在しているように思えた。


 腕を組み。目を瞑って考えていたクラマは暫くの沈黙の後、


「駄目だ」


 まさかの拒絶の言葉を返した。


「どうして!?」


 だんっとテーブルを両手で叩きマリーは立ち上がる。



「タイラントを単独で倒せるようなやつに俺の作るえげつない武器を持たせて、何をさせようってんだマリー?」

「それは……」

「また試練の塔に登ろうとしてるんだろう?」

「…………」


 クラマの真剣味を帯びた言葉にマリーは黙り、視線を逸らす。


「ほれ見たことか」

「でも……」

「でもじゃねぇよ、そいつがどんだけ強いかはこの際関係ねぇ、いい加減諦めろよ」


 マリーは押し黙り、椅子に座る。作って貰えるまでここを一歩も引かないと言うようにクラマを睨んでいる。


「……たく」


 ため息と共にクラマが言葉を零すと、ファラクへと視線を動かした。

 じっと見てくる視線に何か訴えるような気配を感じるがそれはなんなのか分からない。


「おめえさん、ちょっと二人で話しがある、ついてこい」


 クラマが立ち上りハンマーを担ぐと、ファラク手招きし、二人で外へでる。

 散歩でもしようかと、そのまま連れられて行く。

 ざくざくと歩き、やがて森の中、木々の生えない広場へと進むと、足を止めファラクへと向き直った。


「で? おまえさんは一体何者なんだ?」


 ハンマーを肩に背負い、着流しを着崩して着るクラマの風貌はゆるみきっている、だがその表情。口元から笑みは消え、凄みを感じる。敵意ではない、だが肌をひりつく緊張感が辺りに漂う。強い。そう感じる。先程と比べると弛んだ紐が一気に引っ張られぴんと張り詰められたような空気にファラクの顔が引き締まる。


 嘘は許さないと言外に告げていた。

 どうする。

 ファラクは腕を組みクラマを見る。先程の言葉の意図はなんだ。

 

「どういう意味か聞いても?」

「おまえさん、ただの人じゃ無いだろう? タイラントを倒した? 魔人でもないただの人にあれに勝てる訳ないだろう。それにお前の纏う空気。魔人のそれでも人のそれでもない、凡庸でもない、得たいがしれないぜ」

 

 魔石を吸収し強くなった者は独特の空気を身に纏う。吸収した魔石らの命を背負うからか、抑えていても他者を威圧するかのような重厚な空気。勿論ファラクは吸収したことなどなく、そういった空気とは無縁だ。だが、ファラクの身に纏う特殊な空気は確かにある。彼自身は知らないその強大な気配、それは大気に満ちているそれと等しく、そしてそれよりも殊更濃い、だが生まれてきてから常に周りにあるそれに敏感な者以外は気がつかず、他に気付くとすればファラクの意志により指向性を持って叩きつけられた時だけであろう。

 

 だがこのクラマはそのファラクの異常さに気がついているようだ。

 マリーの知人、武器作成を頼む相手。

 

 得策では無い。

 だからファラクは、

 

「俺はかつて世界を背負っていた竜だ」

 

 

 ぴくりと眉を寄せるクラマに、ファラクはこれまでの事を伝えた。

 やがて話を終えるとクラマは呆気に取られていた顔を崩し、


「くっく……」


 笑い出した。


「なるほどなぁ、だからマリーはあれだけ自信ありげだった訳だ」

「さぁな。俺には分からんが。マリーはいつもあんな感じじゃないのか?」

「あいつがガキの頃から知ってるがな、あんな目をしてたのは10年前までだ」

「ギルドか?」

「ああ、俺やマリー、あとは組んでた他の連中で塔に潜ってたときまでだな」


 そっと左手に付けた眼帯に手を触れ。クラマはかなしげに笑った。そして一つだけ残った世界を映す瞳は遠く、決して手の届かなくなった先を見ているように思える。


「この目は喰われたんだよ、エヴァンの足もな。五体満足で助かったのはマリーだけだ」

「そうか」


 クラマはオルフェウスの者だったのだろう。今は外れているかどうかは知らないが、依頼は請けていないだろう。皆で試練の塔へ挑み、失敗したと言うことだろうか。

 

 どこか湿っぽくなりかけた空気を嫌ったのか、クラマは一笑に付すとハンマーを下ろすと寄りかかる。

 

「まぁ、いいさ、それで。世界を背負ってきた竜神様が人になって何をするつもりだ? タイラントの素材で武器なんて作ればおまえさん鬼に金棒というやつだ。そんな武器を持って何をする?」


 何処か皮肉気な態度ではあったが真剣な言葉だった。

 だけどファラクは思う。

 

 的を外してる。

 何故彼がそんなに真剣に口を告ぐのか、ファラクは首をかしげる。


「何がって……何もしないが?」


 クラマは一人頭の中で反芻したのか、少し間を置いた後まさしく間の抜けた声を上げた。

 

「はぁ?」

「そもそも言った通り俺は世界を見たくて人になっただけだぞ?」

「なら剣なんていらないだろう?」

「自分で狩ってきた素材を使って自分の武器を造るのは楽しそうだと思ったんだが」


 とやけに俗っぽい願望を口にしたファラクは残念そうに言うと、おっ!と思いついたように先を続けた。


「そうだな、後はタイラントに挑んだ時な。あの隣にいた娘。リーゼロッテを助ける為に戦った訳だがな」


 話題を変え胡乱な目を向けてくるクラマだが一先ず話を聞こうと思ったのか相づちを打つ。


「魔法は通じず、剣は一度切り裂いただけで折れ、苦労したな」

「まぁあの鱗に普通の武器じゃ通用しないだろう、一度でも手傷を負わせられたのなら御の字だな」

「あの時はなんとかなったが、なんとか成らなければリーゼロッテは助けられなかった」

「あぁ当たり前だわな」

「そうだ、当り前だ。必要になった時、足りないのは困るな」

「マリーがお前に助けを求めたら?」


 やっぱりそこなのかと、ファラクは頷く。


「まぁ、クラマはあれなんだな、マリーに胸を揉み過ぎていると言う事だな」

 

 ファラクから飛び出た爆弾発言にクラマは目を丸くする。

 

「は? はぁぁぁぁぁ? 何? 乳?」

「そうだ、胸を揉みすぎだ」

「なんでだよ。なんで俺がマリーの胸を揉む?」

「『の』じゃない、『に』だ」

「マリーに乳を揉む?」

「『胸』だ、なんだ知らないのか?」


 ふふんとファラクは得意げな顔となるとさもしょうがない、教えてやろうと口を開く。


「ふむ、心配しすぎだなと言う意味だ」

「……気を揉む……だろそれは」

 

 ……硬直した。

 ファラクの眉が情け無く垂れ下がると手をわきわきと。


「……やめろ。気を揉むだ」

「……胸を揉む……」

「だから違う! というかなんでそんな間違いを」

 

 虚空でもみもみと動く手がその悲しさを物語っていた。

 

「……エヴァンから教わったのだが――」

 

 そうか、違うのかとファラクはしゅんと項垂れた。折角覚えた言葉を上手に使えてどうだ! と男前な顔になっただけに情け無い事になってしまった。頭の隅で武器ができあがったらエヴァンにお礼をしにいこうと考えながら、


「……クラマはあれなんだな、マリーに気を揉み過ぎていると言う事だな」


 めげない男であった。

 

「無かったことにしようとするな!」

「……クラマはあれなんだな、マリーに気を揉み過ぎていると言う事だな」


 声に哀愁が漂う。


「押し通す気かこの野郎……まぁいい――」

 

 勝った。危ない所であった。敵はどうやら追及を諦めてくれたようだとファラクは先を促す。

 

「それで、俺がマリーの心配をしすぎてるって?」

「そうだ、お前がマリーを大事に思ってるのは分かったが、マリーも相当強いだろう? 一緒に依頼をこなして知っているし、クラマも一緒に組んでいたのなら知っているだろう」

「それでも、だ。あいつらは俺らの娘みたいなもんだった、幾ら強くなっても心配しちまうんだよ」

「そうか、家族というものは知らないがそういうものか、ならマリーをおいて俺が一人で行けばいい話だな」


 ぽかんとクラマが口を開いた。

 クラマの胸の内は分からないが、ファラクは黙ったままのクラマが何か言うより早く先を続けた。


「そもそも俺のしたい事と言えば世界を見る事だ、試練の塔にも一度登ってみたいとは思っている。マリーがついてこようともこまいとも俺は恐らく登るだろう。約束もあるしな。それと――」


 不思議に思っていた。

 何故そうしないのかと。


「――お前もエヴァンも、マリーを大事にしているなら見てるだけじゃなくて手伝えばいいんじゃないか? 自分達の手で」


 クラマの顔が苦虫をかみつぶしたかのように歪めると、そっと自らの眼帯に手を触れるとぼそりと呟いた。

 

「それができれば苦労しねぇよ」

「そうか、出来ない理由があるのなら仕方がないがな」

「まぁな」


 ファラクから視線を逸らしたクラマは何処か遠くを見つめる。


「しかし困ったな。俺は剣を作って貰いたいがこのまま話しをしても決着がつかないな――それなら賭をしてみるのはどうだ?」

 

 ファラクの提案にクラマは再び視線を絡ませる。


「賭?」

 

 クラマの目の奥に力がこもるのが分かる。


「ああ、勝負して俺が買ったら剣を作ってギルドに戻れ。俺が負ければそちらの言うことをきこう」

 

 その言葉にクラマは間髪を入れず、


「のった」


 不敵な笑みを浮かべた。二人の間に一転してぴりぴりとした緊張感が漂う。

 クラマがハンマーを肩に背負い、威圧するかのようにぎらぎらした目を向けてくる。

 周囲の虫達の鳴き声が一斉に止る。

 一般の者であれば見られただけで畏怖する瞳を受けて、それでもファラクは笑顔を向ける。

 

「お前の武器は?」

「いつだって武器がある状況ではないだろう?」

「良く言った!」


 素手でやると告げるファラクにクラマが飛込み、ハンマーを振り上げた。



 ◇◆◇


 地を揺るがすかのようなクラマの一撃。


 強力な脚力を持ってファラクへと一瞬の元へと駆けたクラマが飛込み様たたき込んだのだ。


 だがそこにファラクはいない。

 打ち付けられた地面が粉塵を上げ剛爆した。

 爆発の波が辺りを襲い数百の鳥たちが驚き空へと飛び立つ。

 

 ファラクは?

 

 思うと同時背後からぞっとする気配を感じ、瞬時の判断でクラマが振り向きハンマーを水平に叩きつける。


「ぬ!?」


 避けられた。


 そう感じた時は既にファラクはいない。後ろに飛び退き距離を取っている。

 

 

 だがそれだけではなかった。

 すとんと着地したファラクがそのまま今度は反転。飛び込んでくる。


 一瞬で懐まで潜り込んでくると唸るような拳が顔面を打ち貫こうと真っ直ぐ突き放たれる。 

 頬を掠めながらぎりぎりで避けると、ショートレンジは分が悪いと飛びのこうと――


 「うぉ!」 


 咄嗟に首を後ろへそらす。鋭い音を立てて蹴りがクラマ顔面を過ぎ去る。目前を過ぎる空気を切り裂く刃の様な蹴りを躱した。

 


 再びとん、っと後ろへ飛びファラクが構える。

 安心するのは早かった。

 今度はファラクの体がゆらゆらと動く。肩からも力も抜け、完全に力が抜け駆け出したと思ったら。

 ふと気がつけば目の前にいた。

 咄嗟の事で攻撃できず、ファラクから繰り出される左から回り込むように放たれた拳を紙一重で回避する。


 だんっと、飛び退いたのはクラマだ。


 なんださっきの動きは?

 過去数多くの戦いを経験してきたクラマはファラクの戦い方に驚いていた。

 ファラクの様な大剣をメインに戦うものは、どっしりと構え体幹がぶれないよう大地に根を張るか如く重厚な動きをする。

 だがファラクの動きは無軌道極まりない。まるで軽装な戦士、拳、短剣、あるいはレイピア等の細剣。そういった武器を扱うもののような身軽な動きだ。


「てめぇ、重剣士じゃなかったのか?」 


 あれは大剣を使う者の動きではないだろうとクラマが苦苦しく告げた。


「体の動かし方が大きく変るわけじゃない」


 何事もなく答えてくる。

 

 (馬鹿言うなよ)


 複数の武器の習熟は時間がかかる、ファラクの様な若い――寧ろ武器を扱いだして間もないこの男が型も何も無くはあるがこれだけ鋭い打撃を放てるのは驚くしかない。

 

 実際の所ファラクのステータスはクラマに及ばない。

 クラマはマリーと同じ魔人だ。

 人種は黒魔石へと至り魔人へと変化する。

 ベースは元の種族によるが、その魔人の上級とでもいえるレベルに達しているクラマに未だ魔石を吸収したことのないファラクがどれだけ基礎能力が高くても勝てない。だがファラクの言葉を信じるなら高々戦い方を覚えて間もないこの男は僅かな時間でこれだけの動きを見に付けている。それはステータスに由るものではない。


 タイラントとの一戦。長時間に及ぶ戦闘と、その状況がファラクにステータスに頼らない戦い方を身につけさせた。

 それは剣がなくなっても変らなかった。

 クラマにして幸いだったのは拳や蹴りを使った攻撃そのものはあまり使ってこなかった事だろう。動きの応用で鋭い打撃は放てても、攻撃のレパートリーは少ない。

 それゆえクラマにはなんとか紙一重の所で避ける事ができている。それでもクラマでなければ危ういものがあるが。

 

 掠った頬がじりじりと焼けるように気になる。

 

 (面白い、あんときを思い出すなぁ)


 一線で活躍していた頃、今はもう諦め鎮火した筈の情動が体を満たしていく。

 枯れたと思っていた自分にまだ燻る者があるなんて思わなかったが、自然と笑みが浮かび、身を戦いの愉悦が浸していく。


「タイラントを倒したのは伊達じゃないってか」


 だが魔物は倒せても、人を倒せないと言うことはままある。


 ――こんな風にな!

 クラマが飛込み様ハンマーを叩きつける。

 さっと横に躱し、拳を突き放とうと構えるファラク。

 クラマはハンマーに魔力を通し、捻る。


 かちっと手に感触が伝わり、クラマはそのまま薙いだ。

 だんと、踏み込んだファラクの顔が変った。

 

 驚いた。

 これがなんなのか、初めて見る筈なのに、

 

 ファラクが更に踏み込む。

 最も危険なその先に当たる前に自ら踏み込み、拳ではなく、肘を突き出してくる。

 

 はぁ?


 クラマは額で受け、首がもげるような衝撃に耐える。

 ファラクはクラマの薙いだその柄を同体に受け、はじき飛ばされながら着地する。

 

 人間咄嗟の事になれば回避に回るものである。

 それがこの男は……

  

(避けずに更に踏み込んできた)


 正気なのだろうか?

 性格と違って意外に攻撃的な側面を見て呆れる。

 まぁ良ければ吹っ飛ぶ程度ではなかったのだが。

 

 やや苦悶の顔を上げファラクがクラマの手に持つそれを見て言葉を投げかける。

 

「槍か?」

「ああ、まさか更に踏み込んでくるとはな驚いたな、痛くはないのか?」

「痛いさ、だがそうしなければ切られていたのだろう? 面白い武器だな」

「だろう、自慢の一品だ」


 いつものクラマの手。

 ハンマーを見せておけば力押しの得意な相手だと錯覚してくれる。

 だがクラマのスタイルは本来そうではない。


「そこに居ていいのか?」

 

 にやりとクラマが笑う。


 ファラクは目を見開き驚くと身構えた。

 槍だったそれは形を変え、弓のようなしなりを作っていたからだ。 

 クラマが左手に持つその弓を引く。

 弦の張られていない筈のそこには光る糸の様なものがみえ、引き絞る。

 ぱん、と弾く音。

 咄嗟にサイドステップでファラクは距離を取ると横へ、横へと降り注ぐ光の矢を躱し続ける。


「厄介な武器だな」


 自分のいた場所に魔法の矢が突き刺さっているのを見てファラクが唸る。


「威力は魔法に劣るが速射は折り紙付きだ」


 何せ引き絞るだけだ。

 

 絞り、

 放つ、

 

 技量も相当なものなのだろう。

 あまりの速さにファラクは距離を潰せない。潰させない。


「ほら? どうする?」

 

 クラマは再び引き絞り矢の雨を降らせる。

 

 避けに徹するファラクはしかし、その目に焦りは映していない。

 何かを狙っているのか、徐々にファラクは避ける動作をより少なくしていく。

 その放たれる距離。目で追うのも困難なその距離でこの男は身捌き一つで避け始める。

 

 完全に見えている。見て避ける、この10メルトルにも満たない距離で降り注ぐ光りの矢を。

 魔銃と呼ばれる武器がある、恐らく武器の中で最速の攻撃をたたき出すその速度には及ばないが、光の矢はこの距離であれば視認する事もむずかしい。クラマはかつてこの距離で避けられた経験などないが目の前の男はそれを成す。内心の驚嘆を打ち消すかのようにクラマは弓を引き絞り続ける。


 ざくざくと魔法の矢が地を穿ち地面に突き刺さるファラクにはまだ一度も命中していない。

 気がつけば段々とファラク動きが鋭角から揺らめくような、たゆたうような動きに変っていく。

 

(さっきの妙な動きか)

 クラマにその動きの原理は分かっていない。

 静から動へ、或いは動から静へ。

 

 やがてファラクが動きだす。

 

 緩急を付け、クラマの目を欺いて、ファラクが迫る。

 動きの読めないクラマは弓を捨てる。

 先程は気がつけば懐に入り込まれていた。

 見えてはいる、その動きは速くない、だが気がつけば目の前にいるのだ。

 拳での攻撃である以上槍よりも近く懐にはいってくるのは分かる。


 きた!


 と目の前に突如現れるファラクに懐から取り出したそれで切りつける。


 だが、

 クラマに残されたただ一つの瞳が驚愕に染まる。


 二本のそれ、上下にから繰り出した二本のナイフはファラクを素通りする。


 目の前にいるのに。

 ファラクがにやりと笑みを浮かべた。

 そしてクラマは気付く。


 ああ、すでにばれていたか。


 自らの弱点を既に気付かれた事を悟ったクラマは目の前にいる男に屈託の無い笑みを向ける。


「これで、俺の勝ちだな」

 

 (ああ、お前の勝ちだ、お前なら――)


 がん、っと頭部に衝撃を受け、クラマの視界は黒く染まっていく。不敵な笑みを浮かべるファラクの瞳には晴れ渡った空が映っていた。

 

 

 

 気がつく頭痛。

 薄く目を開けると森の木々が、その先に蒼蒼とした空が映る。

 

 自らの家ではないと次いで気がつき、そういえば負けたんだったな、とクラマは笑みを浮かべる。どこか清清しいものを感じる。人里を離れ、胸の内に潜む鬱々としたものがない、頭は痛いが。

 

 クラマが顔を横に向けると男が横に映る。まぁ自分が横に寝ているのだから仕方が無い。見ればその場にマリーとリーゼロッテも来ていた。空の様子を見れば、気を失ってからそれほど時間は経っていないだろう。喧嘩を終えるには丁度良いタイミングだったなとクラマは思う。


「気がついたようだな」


 恍けた顔でファラクが尋ねてくる。のほほんとしたその顔は先程まで喧嘩していた顔とは雲泥の差がある。

 

「よかった、これで安心ね」

「もっと寝てれば止めがさせたのに……」


 一人不穏な気配を発している嬢ちゃんがいるがそれはさておき。

 クラマはその場で起き上がると、胡座をかくとファラクを見た。


「しょうがねぇ、賭はお前の勝ちだな」


 クラマはすっきりとそういった。賭でよかった、そうも思う。でなければ自ら前に進もうとは誰に背中を押されようとも動かなかっただろう。賭に負けたのだからしょうがない。それを自分への言い分けにできる。

 

「まだ全力じゃなかったみたいだがいいのか?」


 腰に帯びた刀を見ながらファラクが告げてくる。


「ああ、これを使っても多分負けてただろう――」


 ナイフが通り過ぎた時点で弱点に気がつかれていた事は分かった。後は時間の問題だったのだ。


「片目の俺じゃあ、遠近感が掴みにくい。そこを突かれれば俺は脆い」


 格下相手であればそれも罷り通る。だがファラクのような実力者や、試練の塔での魔物、肉薄した相手、自らを超える相手は難しい。

 特にクラマの様な遠距離から接近戦までをこなすようなタイプであれば尚更遠近感は重要な要素だ。

 ファラクが行ったような、目を騙すような緩急はクラマの最も苦手とする戦い方であった。それがクラマが一線から退いた理由でもある。

 

 そっと眼帯に触れるクラマに、ファラクは腕を組むと尋ねてきた。

 

「目、治せないのか? 目を治す魔法なら覚えているが?」

「無理だな、ほら」


 クラマが眼帯をずらす。


 そこにはなにもなかった。

 傷も、怪我をした後も。

 そして瞳も。

 ただのっぺりと、眼帯のしたには皮膚が広がっているだけだった。


 その光景にマリーが目をそらし、リーゼロッテが目を見開く。


「無かったことになったんだよ。元々ないものを治す事などできないからな」


「そうか」


 かかか、っと何事もなかったように豪快に笑いながらクラマは眼帯を元の位置に戻す。だがこれが無くとも、クラマは一線を退いていただろう。責任を取る為に。


 (だけど、まぁ良いさ。おまえさんに出来なきゃ誰にもできんだろうな)

 

 今目の前にいる男がここに居るのは偶然か必然か、クラマはマリーを見る。

 当時の全てを諦めたような顔をした少女はもういない。代わりにいるのは希望を見付け前を向く逞しい妙齢の女がいる。

 ファラクが生み出す結果、それが良い物になるか、或いは悪い物になるか、だけど前に進む事だけは確かだろう。


「さて、賭は俺の負けだしな、お前の剣を作ってやる、ギルドにも戻る、だがマリーの件を納得したわけじゃないぞ?」

「ああ、取りあえずそれでいい」

 

 頷きながらファラクが手をさしのべてくる。

 

 時間の問題だとは思う。僅かな経験でこれなのだ、こいつと組むのが最もマリーにとって安全かもしれない。だからと言って今は素直に良しなんて言ってやるつもりは無い、手の平を返したように態度を変えるのも癪に障る、なけなしの抵抗ではあるが。


 豪快な笑みをどこか照れ臭いような笑みに変え、クラマは差しのばされた手を取った。


 

 ファラク達はクラマに連れられ、家へと戻ると、奥へと案内される。 鍛冶場なのだろう、巨大な炉やハンマーを打ち付ける金床。他にも何に使うのか分からない魔石製の結晶機械なども見受けられる。


「で、おまえさんの武器の素材はこれで良いとして、核に使う魔石はどうする?」

 

 タイラントの鱗と牙を持ちながら、クラマがファラクに向き直る。

 

「どうするとは?」

「核になる魔石を決めるんだよ」

「核?」

「ああ、作るなら魔剣がいいだろう。魔剣を作るのに、魔石をいくつ使っても構わないが、核にする魔石でその能力が変るなんて言われてるな、この黒魔石一つでいいのならこれで作るがな」


「まて」


 ファラクが思いついたように左腰に付けた鞄をごそごそと手を入れると、一つの魔石を取り出した。


「これを核にしてくれ」

「ファラク、それは……」


 クラマに魔石を渡すとマリーが尋ねた。クラマは興味深そうにしげしげと見詰め、リーゼロッテはかつて自らに預けられた魔石を笑顔で見つめる。


「ああ、レーメのだ」

 マリーはそれ以上黙り何も言わなかった。


「銀色の魔石なんて初めて見たが、力のある雰囲気じゃないな? 恐らくそっちの黒魔石を使った方が強力な能力がつきそうだが」

「構わない、それでやってくれ」


 力強い言葉を返す様に、クラマはそれ以上何も聞かず頷いた。魔石に思い入れがあるなんて事は良くあることだ。ただ武器とは戦う為のものだ、強いに越した事はないとクラマは悪戯を思いついた子供のような笑顔を浮かべる。

 

「分かった、それじゃあこれを核に魔剣を作ろう。使う素材が素材だからな、七日ほど必要だ、できあがったらギルドまで持って行く」

「分かった。じゃあ頼んだ」


 肯定を返すと、ファラク達はクラマを残し外へと出る。

 転移でギルドまで戻り。その場で、エヴァンとシンディを交え、剣の事とクラマがギルドに戻る事を話すとエヴァンは喜んでいた。

 その後、今後の方針を立てた。

 今は武器のないファラクは討伐系の依頼は請け負わない事となり、新しくリーゼロッテが増えたこともあり。暫く休む事となった。

 

 エヴァンへのお灸はマリーと共に喜悦しながら行われた。

 

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