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救う男、救われる少女

 リーゼロッテ。

 かつての名を喪失した竜人の彼女はオークレア大陸南東に位置する集落に住んでいた。

 僅か13名程が済む集落。

 竜人である彼女達は獣人の中でも一際数が少ない。

 世界の理だとでも言うように、極端に他の種族よりも子供が産まれにくい竜人は世俗とは離れ細々と生活していた。


 竜人は好戦的な者が多く、血を好むと他種族から恐れられる竜人ではあるが、身内に対する情愛は深い。その集落ではリーゼロッテが唯一の子供であった。集落に住む皆から我が子のように扱われ、大切に育てられてきた彼女は、

 


 今、両足に鎖を付けられていた。


 足から伸びる鎖をどこかぼんやりとしながらリーゼロッテは見る。

 全身に倦怠感を感じる。ここ数日ろくに睡眠を取ってもいない。

 着せられたひらひらのスカートを見る。純白のドレス。一般の奴隷に着せるものではない、ようは見栄えなんだろう。


 強力な力と類い希な美貌を持つリーゼロッテを少しでも見栄え良く、よりよい商品に見えるようにと着せられ、無理矢理化粧された。


 案内された一室にはオークションで競売される奴隷達が詰め寄っている。リーゼロッテとは違い、他の者に椅子など用意されていない。皆床に座り込んでいる。

 そんな中、リーゼロっては空ろな目で一人、手の平を転がる魔石を見ていた。

 

 銀色の魔石。

 これだけは死守した。全てを奪われる中、これだけは没収しないで欲しいと何度も頼み込み、未だ自分の手に中にある。

 

 ――あの人……どうなったんでしょうか……

 

 ファラクと名乗った男。

 

 奇しくも人族でありながら、彼女達竜人が崇拝する『竜神』と同じ名を持つ男。

 

 奴隷や御者に料理を振る舞い、変らないからとわざわざ鎖を断ち切り。激昂した彼女にも怒らず、笑顔で自分を買って自由にしてやると言い放った男。さらには自分にリーゼロッテと名前をつけまでした。

 

 あの男は魔石を相手に贈る意味を、竜人族の風習を知っているのだろうか。


「リーゼロッテ」


 胸に針を突き刺すような痛みが走った。痛みは胸から込み上げ、波及し彼女の瞳を潤ませる。

 油断した。ぐっと涙がこぼれ落ちぬように目を瞑る。


「……駄目」


 振り払うように彼女は首を振った。


 無理なのだろうとリーゼロッテは思う。

 ファラクと名乗った冒険者。豪奢な服を着ては居たが、お金を持っている風には思えない。お金があれば奴隷の護送なんて依頼を引き受けるものか。鎖を衝撃もなく断ち切った腕前と、巨大な剣を片手で振り回す腕力は竜人の彼女にして瞠目に値するものではあったが。彼女は奴隷として売られるのだ。金がなければ意味がないのだ。

 

 そうして時を過ごしていると、奴隷商人が入って来る。小太りした嫌な男で、彼を見ているだけでリーゼロッテは嫌悪感が込み上げてくる。

 

「もうすぐ出番だ。お前の買い手も見付かる、ちゃんと教えた通りご奉仕するんだぞ」


 にやにやと下卑た笑みを浮かべている。


 ――穢らわしい。


 売り物の為、貞操は奪われていないが、それ以外の事は散々され、させらもした。男の絡み付く視線が純白のドレスから除く豊かな双丘を絡み付くように見ているのも相まり、沸々と怒りが込み上がってくる。

 

 だがぐっと歯を噛みしめ、その視線に耐えながらリーゼロッテは口走ってしまっていた。


「……依頼を受けた彼はいらっしゃっていましたか?」


 直接話を聞いた訳ではないが、奴隷商の男にもファラクがオークションの話を聞いてきたことは耳にはいっている。十分な金さえ用意すれば誰であろうが文句はないとも言っていたので聞いても問題はないだろう。


「来ていませんでしたね」

「そう……ですか……」

「そうそう、ある冒険者が命知らずな事にタイラントの賞金を狙ってあるギルドを訪れたらしいですよ」

 

 奴隷商の男はリーゼロッテの心が折れていないのに気がついている。またそれが依頼を頼んだ男を当てにしているものだとも。

 鎖を切り、彼女を買うと宣言した男。彼女の折れない態度を考慮に入れれば、彼女が彼に期待していると想像するのは簡単だった。

 だから彼の行方を気にするようにしておいたのだが、好材料が手にはいったとほくそ笑んでいた。

 

 タイラントに勝てるものなどいない。そしてそれは倒しでもしなければ金がない事を意味している。

 

 彼女の調教は失敗していたと言って良い。

 だがそれはここまで、の話だ。


 奴隷隷属の魔法紋があるとはいえ、奴隷は従順な方がいい。態度には表さないがあきらかに反抗の意思が有る彼女の根本を叩き折る為に、今ここで、告げるのを待っていた。

 

「名前はなんでしたか、たしか……ファラクとか言いましたか」

 

 ちゃりんっと鎖が鳴った。

 奴隷商の男は笑みを深くした。

 彼女は背もたれに身を預け。魂が抜けたかのように茫然と虚ろな目をしている。


 完全に折れた。


 手放す前に調教が完了したと確信し、男はその様子に満足し、部屋を出て行った。

 

 

 ◇◆◆

 

 ――私は罪を犯した。

 

 人の気持ちも知らないで、そう思った。

 何も知らないくせに、そう思った。


 だって彼は事も無げに言い放ったから。


 何が楽しいだ。

 

 だから怒った、自分を自制できなかった。

 

 だけど、

 だけど、


 彼の言葉に期待してしまった。

 彼の眼差しに期待してしまった。

 

 もしかしたら、もしかしたら。


 だから、あんな事をいってしまったのだろう。

 

 期待なんてしちゃ駄目なのに。

 頼ったりなんかしたら、駄目なのに。

 


 ファラクと言った、彼の人。

 鎖を切った、あの人。

 優しくしてくれた、あの人。

 名前をくれた……彼の人

 

 彼は行ってしまった。

 私のせいで、行ってしまった。

 勝てない相手に挑んでしまった。


 私の為に……

 

 僅か数日一緒に居ただけの私の為に。


 ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……

 

 お礼すら、言えなかった。

 ありがとうと、言えなかった。

 

 酷い事を言ってしまって……ごめんなさい。

 






 空ろになった意識を取り戻したのは。オークション会場に案内され、ステージに立ったときだ。


「さぁ、本日お越しにくださった皆さま。これが本日の目玉商品です」


 ざわざわと場内が揺れる。


「こちらは有名なあの竜人種、16歳と言う若さでこの美貌、勿論生娘です。戦闘でも夜のお供としても確実にご満足頂ける事でしょう、こちらは特別な一品でございますので始値は10万から開始となります」

 

「15万」

「20万」

「25万」

「35万」


 次々と会場の各所で手が上がり値を宣言していく。


 各オークション参加者は一旦カードを回収され、専用の機械に設置し番号を振り分けられる。振り分けられた番号のカードを渡され、そのカードを持って宣言することで残高をチェックされながらの落札となる。 

 

「40万」

「50万」

 

 全てが、何処か遠くに置き去りにして、自らの行く末を決めるこのやりとりをリーゼロッテは傍観していた。


(もう……いい……もう……もうどうでもいい……)


 自分の値段を告げられ、ステージに上げられたリーゼロッテは視線を落としたまま。誰が競り落とすか等もう興味はない。

 顔さえ上げるつもりは無い。

 

 だって彼はいないのだから……


「60万」


(ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……私があんな事いったから……私が期待したから……私が助けを求めたから……私が……)

 

 何度も何度も……ただ一心に心の中で謝罪した……彼はもう帰ってこない。彼の真剣な表情に期待した。もしかしたら……そう思った。だが彼は挑んでしまった。不可能を成そうと。勝てない敵に一人向かっていったのだ。


 自分が殺したようなものだ。優しくしてくれたのに……助けようとしてくれたのに……名前を付けてくれたのに……

 

 後悔が渦巻き。自己嫌悪が胸の中を占める。

  

 そんなリーゼロッテを差し置いて、彼女の進退だけが勝手に決まろうとしていた。


「60万……さぁ今せんか? 60万、居ないようでしたら」

 

 60万の手を上げたもの。

 貴族であろうか。


 呆けた面で、ただその顔を見詰めた。


 歪んだ笑み。 


 これから先自分はあの男の物として生きることになるのだろうか。

 だけどいい。それでいい。

 

 これからの人生は一人の男を狂わせてしまった自分への罰だ。


 どんな辛いことでも耐えよう。

 ぎゅっと握った魔石を感じながらリーゼロッテは全てを諦めていた。 

 

 やがてくる未来を想像し、リーゼロッテは自嘲的な笑顔を浮かべ。男を見た。

 

 そう、あれが自分の主人になるのだからと。



「70万、だ」

 

 全てを諦めたリーゼロッテの耳に、届いた声。

 

 ばん、とリーゼロッテの正面。段となり扇状に広がるホール内。入口の扉を蹴破って。男が入り、告げた声だ。

 

 リーゼロッテは入ってきた男を見た。

 いや、会場中の者がその男を見た。

 

 場内はざわざわと揺れる。

 

 そんな理由など知らないと、男は無造作に参加番号の書かれたカードを取り出し皆に見せると共に歩き出した。


「70万と言ったぞ」

 

 ホール内に供え付けられたランプが、点灯する。その男が70万を所持している事を表すものだ。

 

 

「7……70万です。70万がでました。さぁ、他にはいらっしゃいませんか?」

 

 司会者が、驚きながらも叫ぶ。

 突然の乱入に最高額を競っていた貴族の男は顔を歪め叫んだ。

 

「は……80万だ」

「90万」


 男は即座に返してみせると、ゆっくりとした足取りを止める事もなくステージへと一歩、また一歩と歩く。


 リーゼロッテの視界が歪んだ。

 はっきりと見たいのに、その男がぼやけて見える。

 

「ぐっ……100万! 100万だ!」

「――110万」


 100万の大台になり会場中が響めく。


 リーゼロッテは歪む視界中、必死になって男を見た。

 豪奢だった衣服。あちこちが切り裂かれ布切れと化していた。

 全身に血と泥がこびりつき。その顔は蒼白に染まっている。

 重そうに、だが確りとした足取りで、その男は一歩一歩。ゆっくりと近づいてくる。

 

「120万!」

「130万」


 張り合って告げる貴族に悩む事もなく男は値をつり上げる。

 貴族が顔を歪ませ。値をつり上げる男はただステージへと歩き続ける。

 

 会場に満ちる熱気はその男が全てを呑込んでいる。

 誰も彼もが、ステージへと歩む男から目が離せなかった。

 その痛ましいまでの風体と、彼が放つ研ぎ澄まされた気配が他者を黙らせているのだろうか。

 

 男と、それに張り合う貴族。そしてステージに立つリーゼロッテ。その三者だけを残し会場は固唾をのんで見守っている。

 

 そうする内、いつの間にか男はステージへと上がると、リーゼロッテの目前で足を止めた。


 貴族の男が忿怒の表情で顔を歪めると口を開き、


「140――」

「240万だ」


 ステージに立った男はさもなんとも無いように告げた。

 告げた内容に、場内が再びしんと静まりかえる。

 

「はい?」

「聞いてなかったか、司会者。240万だ」

「しょ……少々お待ちください」


 司会の者が確認の為慌しく裏手へと戻っていく。

 貴族の男は青い顔をしている。

 

 240万等手が出せる金額ではない。

 

 一生を遊んで暮らせるだけの金額を奴隷の為にぽんと出したのだ。

 

「はぁ……遅くなった、すまんな」


 ほっと一息つくと、血を失い青くなった顔で男は微笑みややのんびりとした口調で話し掛けてくる、だが隠せぬ困憊が顔から滲み出ている。

 

 

「もう……もう駄目なんだと思っていました……」

 あなたが無事で、そういう意図だったのだが男は勘違いしたのか、

「約束しただろう……遅れたが……」


 拭っても拭っても頬からは涙が伝う。最早前を見られず。床を濡らす自らの涙を見て。顔を上げた。


「あなた様のお名前をお聞きしても宜しいでしょうか?」


 泣きながら満面の笑みが自然と浮かんだ。


「ん? 名乗っただろう? ファラクだ」

「……ファラク様……私はリーゼロッテです。あなた様から頂きました……リーゼロッテです……」

 首をかしげるファラクはその言葉の意味に気がついていないだろう、だけど構わない。

 そうしたいと思うよりも前に体が飛び出していた。

 ファラクの胸に飛込み。愛おしくなり頬を胸にすり寄せる。


「おい、汚れるぞ、折角のドレスが」

「…………」


 答えは返さなかった。

 代わりにぎゅっと自分の想いを伝えるかのように、全力で彼を抱きしめた。

 

 上を向いて彼の顔を覗き込む。

 戸惑いながらも浮かべるその笑顔を、リーゼロッテは生涯忘れることはないだろう。


 リーゼロッテの手の平で、銀色の魔石は輝いていた。

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