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VS暴君

 タイラントの生息する山、いつからか死の山と呼ばれるようになったその山をファラクは登っている。

 

 

 イリスの道案内を受けて死の山まで到達した後、「ここからは一人でいい」と背負ったイリスを下ろし尋ねたのだがイリスは首を横に振って今に至る。 

 

 その後は後ろを付き従うかのようにイリスは着いていくる。

 何故彼女が未だについてくるのか。ファラクには分からない。


「近くまでじゃなかったのか?」

「まだついていく、もう少し近づいたら帰る」


 震える声が恐怖を伝えてくる。


「恐いのに何故ついてくる」


「こここ……恐くなんて……なななないからね」


 膝が笑ってるぞおいとは、口には出さない。少し面白いと思っているのは秘密だ。


「言っておくが、今回は勝てる保証はないようだ」


 タイラント相手に勝てる保証もないだろうとイリスは思うが取りあえずファラクの続ける話を聞く。


「今の俺よりも確実につよい、首の後ろがぞくぞくするからな。まだ対峙してないのにこれだけ感じるとなると相当な強さだと思う。帰るなら今だぞ?」


 勝てないと言ってるようなものだ、じゃあどうして立ち向かうのか。


「策はあるの?」

「そう呼べる程のものはなにもない」


 ファラクに説明はできかった。レーメが死んだ時に怒りにまかせて放った一撃。あれが出せれば良い勝負はできるかもしれない。だがどうやって出したのかも分からなかった。


「まぁ近くまできたら本当に逃げろよ」

「意外に優しい?」

「いつも優しいつもりだが?」

「あはは、そうだね。でも、大丈夫。私もちょっと目的ができたから」


 無理しているのは気付いたが、そのまま先を促した。


「無事で帰ってきたらお願いがあるんだよね。あんたあのとき組んでたマリーって人以外パーティはいるの?」

「いや、いないな」

「じゃあさ、一緒に行くから戻ったらお願いを聞いて」

「ん? まぁ良いが――」

 

 

 深い森の中、さらに濃密な気配。

 

 ファラクは口を閉じ、目を向ける。雰囲気ががらりと変る。

 

 びりびりとファラクの肌が粟立つ。これが本当の恐怖というものなのだろう。アレスやその他。ファラクに一時ぞくりと感じさせたようなそれとは明らかに違う。足を前に進ませようとするがなかなか一歩踏み出せない。


 心臓を鷲づかみされるように動悸が激しくなる。


 右手を見てみた。


 震えていた。

 かたかたと手は震える。

 拳をぎゅっと握り、また離す、何度か繰り返し。深い息を吐いた。 

 少し落ち着き。心配になり隣にいたイリスを見てみれば顔が蒼白に染まっている。


「ここからは一人で行く、この先にいる」


 自ら鼓舞し、ファラクは何事か話し掛けてくるイリスを無視して足を前に進めた。

 



 タイラントの寝床だろうか。

 ぽっかりと深い森に穴が空き。巨大な魔物が鎮座している。

 こちらの事など気にも止めない。


 眠っているのだろう。地の底から出てくるような低い唸り声をあげながらゆっくりと呼吸している。


 先日ファラクが腕に乗れる程巨大であったジャイアントオーガ。

 あれよりもさらにでかい。タイラントの前足から伸びる爪。それだけでファラクと同程度の大きさだ。目算で立ち上がれば10メルトルは超えるであろうか。


 黒色のその体は禍々しいまでに深い闇色だ。


「眠っていてこれか」


 粟立つ肌が、焼け付く喉が、吹き出す汗が危険を告げている。

 ファラクの全身が、この竜は自らよりも強いと告げている。


 ファラクは眼を瞑る。


 思い出すのはリーゼロッテと交わした約束だ。彼女との約束を果たすにはこれ以外方法はない。次にふっとレーメの顔が思い浮かんだ。すると僅かにファラクは笑みを作る。


 眼を開けろ。

 呑まれるな。


 背のツヴァイハンダーを抜く。


 ぴくりと、タイラントが身動ぎししその瞳を開いた。


 赤魔石を吸収した魔物特有の赤い瞳。そして爬虫類を思わせるその眼光がファラクを貫く。


「随分おいたをしたようだな」


 自らの末であるはずの暴竜に、ファラクは声を発する。

 ずんと、敵意をむき出しにタイラントは立ち上がり、天を劈く咆吼を上げた。

 

 ファラクも自らを押しつぶそうとするタイラントからの重圧を撥ね除けるように咆吼し、タイラントへと駆けた。

 


 

 ◇◆◇



 

 ファラクの身長を超える程の巨大な火球が迫る。

 ざん、と縦に剣を叩き下ろし、火球を真っ二つに割る。

 二つに割れた火球はファラクの両脇に落ち、爆発する。

 だがファラクは既にいない、疾駆しタイラントの後ろ足に剣を横薙ぎにたたき込む。


 どん、とこれまでに無い感触が手に伝わる。金属ではない、だが切ること能わず、鈍い感触と反動が手に伝わり痺れる。


 まるで意に返さず、タイラントは右前足を袈裟斬りに振り下ろす。寸で身を低くし躱す。


(これならどうだ)


 体を落とし込んだ反動を利用して剣を突き上げる。


 だが渾身のその突きさえ、鈍い音を鳴らし手には衝撃が伝わる。

 足回りでちくちくと攻撃されるのが鬱陶しいのか、タイラントの顎が迫る。


 軽く一飲みにできるその顎と、防ぐことはできないと、後ろに飛び跳ねた。

 ファラクがタイラントを倒すには心臓か、脳を破壊するしかないだろう。だがその巨体ゆえ届かせるには跳躍するか、足を破壊する必要がある。

 だがファラクの持つツヴァイハンダーで鱗を傷付ける事は叶わない。鱗そのものが剣の強度をはるかに上回っている。ファラクの剣速を持ってしてもその強度を上回ることはできない。魔石を利用した魔剣と呼ばれるような特殊な武器を使えば覆せる事もあるが、あいにくとファラクの武器はこの剣一本。

 

(どうする?)


 僅かに考える、だがその僅かな時間に再び火球が襲う。

 一つ、二つ、三つ、

 続く火球を右へ左へと躱していく。

 

 あちこちで火球が爆発し、轟音が森の中で響き渡る。

 

 躱しながらファラクは左手で魔方陣を描いた。

 貫通力では剣以上の力を生み出せない。

 描くのは全てを焼き尽くす業炎。

 

 愚者の炎。

 

 書き終えた魔方陣に魔力を通し炎を顕現させる。

 タイラントの身の丈を超える程の業炎が大蛇となり、タイラントへと絡み突き、全身を火の手で包み尽くす。

 マリーに教わった魔法の内、炎を操るものでもっとも高火力を持つ魔法だ。


 ツヴァイハンダーを青眼に構え。様子を見守る。と気づき、すぐさまファラクは動いた。

 ごぅっと愚者の炎を突き破るように、火球がはき出され、先程までいた地面に着弾、爆発した。


 咄嗟の事でよけはしたが、右半身がちりちりと爆発の余波をうけ熱を感じる。

 

 ファラクは舌打ちと共に剣を構える。


(効いてないのか)


 巨大に立ち上る炎からうっすらとタイラントの影が浮かび上がり、ばさりと巨大な翼を広げ、はためかさせる。たったそれだけ、それだけの事で絡み付く炎が全て四散していく。

 


 業火が消え、再び現れたタイラントはファラクを見据えると、咆吼を上げた。


 威嚇なのか。

 びりびりと大気が震え、木々が揺れ、ファラクの肌が震える。




 勝てない。

 手がないのだ。

 逃げるしかない。

 殺される。

 死にたくない。


 

 タイラントに挑み、そして死に、あるいは逃げた者達が感じたであろう恐怖。

 人種族が挑める相手ではそもそもないのだ。暴虐の王と向かい合った全ての者はそう感じた筈だ。


 

 だがファラクは……


「ふ……」

 不意に漏れた

「はは……ははははは」

 止らない。狂ったか。

 いや、違う。

 

 時折感じた総身だつような悪寒。その先にあるものがこれだ。


 恐怖。


 レーメを失った今なら分かる。

 その恐怖から先にあるものが死だ。

 レーメはあの時この恐怖を感じたのだろうか。

 失った彼女と同じもの得た。また新しい感情を理解したのだ。

 

 生まれた時から強者として位置付けられてしまっていたファラクが知らなかったこと。自分を圧倒する存在を得て、始めた体感した恐怖をファラクは噛みしめる。

 

 そしてもう一つ。

 思い出したことがある。


 恐怖に呑まれかけたファラクを現実に引き戻すもの。


 瞳だ。


 己に自分の身を買えと告げてきた少女。


 あの言葉を放った彼女の瞳は縋るように。

 期待するかのように。

 怒りの中にほんの僅かにそんな色を見た。

 

(期待にはこたえんとなぁ)

 

 総身に受ける恐怖を振り払う。

 ぐっと力をいれ大地を踏み抜く。

 歯の根の合わぬ口の中をぐっと噛みしる。

 ツヴァイハンダーを両手で絞り込むように握った。


 

 未だ倒す手段は浮かんでいない。

 手に持つ武器の威力では鱗を傷付けられない。

 効果のある魔法も無い。

 


 だが、

 だが、

 

 逃げるわけにはいかない。

 

「行こうか、暴虐の王、タイラントよ」


 腰を落とし、ぐっと力を入れ再び足下へと飛び込む。

 

 迫る竜の爪を避け、懐へと潜り込むと咆吼を上げる。

 

「はぁあああああ!」


 めきめきと自らの筋肉がねじ切れる程深く、深く体を捻りこむ。

 ため込んだ力全てを解放するように、全力で剣を振った。


 タイラントで無ければ形を一瞬に失う程の一撃。

 

 剣線が竜の鱗とぶつかる。

 先よりも明らかに鈍い音が耳に残る。

 

 切れない。

 両手を使った全力の強撃。それでも……


 だが、ファラクが笑みを作る。悲壮にではない、鬼でも乗り移ったかのような壮絶な笑みを浮かべ再び体を捻りこむ。

 

 タイラントも黙って見てる訳ではない、強大な爪がファラクへと振り下ろされる。

 足下に纏わり付く虫けらを捻り潰そうと、



 だがファラク避けない。 


 咄嗟の判断だったのか。

 再び体を捻り込み、続けて強撃をタイラントの足へ叩きつける。


 全力の一撃がファラクの位置をずらす。

 そして振り下ろされる爪。


 位置がずれ、ファラクの肩筋を掠め地面へと爪が叩きつけられる。飛散した礫がファラクの額や全身に穴を穿ち血が飛ぶ。

 肩から額から、あちこちから血が滴る。


 だがファラクは笑みを深める。


 避けずに放った一撃。

 二度目の寸分違わず打ち込んだ強撃が鱗を割り、肉へと食い込んだ。


 (行ける)

 

 極限まで避ける事を止め、両手で全身の溜めを使えば。


 半ばまで切りつけたその刃を返し、鱗を剥ぎ取るかのように肉を抉りはじき飛ばした。


 

 痛みは感じているのか、タイラントから呻くような声が上がる。

 ファラクは止らない。振り下ろした前足。その前足を踏み台にして飛び上がる。

 

「おぉおおおおお!」


 タイラントの足から跳躍し、その顔へ体を捻転させ、宙で突きの構えを取る。

 めりめりと背筋が引きちぎれるかと思う程力を溜め、突き放つ。


 巨大なタイラントのその右目を穿ち、そのまま水平に薙ぐ。

 

 タイラントの巨大な瞳から飛び散る体液がファラクを濡らす。


 痛みでタイラントは暴れ出す。

 顔を振り。

 左右にファラクを弾き飛ばさんと。


 ファラクが必死にしがみつこうとするがまるで重力が後背に移ったかのような勢いに突き刺した剣ごとファラクがはじき飛ばされた。

 

 はっとした時には遅かった。

 巨大なタイラントの顔を一瞬見、ファラクの勘がそうさせるのか、横を見た。

 

 自らを突き刺さんと、巨大な大爪がファラクに迫る。


 ぞくぞくと背中に戦慄が駆け巡る。

 

 衝撃に備え、剣を前に構え。直に来る衝撃を待つ。

 咄嗟に上着に描かれた魔方陣へと魔力を通し、防御力を上げて水平に繰り出された爪を受けた。



 めきめきと体が悲鳴を上げ、体内からごきごきと耳障りな音が聞える。


 

 視界には空が広がる。



 吹き飛ば――

 考える間もなく、背中に衝撃。

 べきべきと木が折れる音を聞き。頬や体に何度も木の枝が打ち付けられ。最後に背中を強打。


「が……は……」


 吹き飛ばされ、木へとぶつかり、そのまま地面へと叩きつけられ、それでもなお生きているのはファラクゆえか。

 

 しかし起き上がろうとするが体に力がはいらない。


 僅かにまだ動く左手で支え上体を起こす。

 右手と両足が曲がっている。

 右手にもった剣を見る。

 

 苦痛に歪んだ顔が更に歪む。

 

 剣が折れている。 




「ぐ……」

 

 力を抜き、背中を地にけると現状を把握する。

 結構な距離を飛ばされてきたのか、タイラントの姿は見えなかった。


(――ま……まずは体を)

 

 唯一動く左手で魔法陣を描く。 

 指は震えいつもよりも明らかにゆっくりと分かる動きで魔方陣を書いていく。


 血を失っては拙い。

 先に肩や額、全身に受けた裂傷や抉れた穴を塞ぐ。

 傷は見る間に回復するが、問題はここからだ。


 内部の骨折の治療は多少時間がかかる。タイラントが来るまでに治るかどうか。あれは既にファラクを敵として見ている。必ず追ってくるだろうと。

 早る気持ちを感じながらも時間を掛けて体を直していく。


 ぐっと力を入れて体の状態を確かめる。


 (まだやれる)


 相応の体力は失ったが治療し体はまだ五体満足だ。

 剣は半ばほどで折れていはいるが未だショートソードと変らぬ程の長さはある。

 

 タイラントの気配の方へ向き直り足を踏み出そうとすると、

 

「ファラク!」


 どこから来たのかイリスがいた。

 走ってきたのか、荒い息でファラクを見つめてくる。


「お前何故ここに?」

「それより、無事なの?」

「ああ、この通りな」

「まだやる気? 逃げようよ」

「いや、こちらへ向かってくるのを感じる、逃げればそのまま森を降りてくるかもしれないし、俺はあれを狩りに来たんだからな」

「剣! 折れてるじゃない!」

「そうだな、だがまぁやれない事はない。なんでお前は泣きそうな顔をするんだ?」


 何故だろうか、たった数日一緒にいた見知らぬ他人の為に。

 

「そんなんじゃないわよ。お願いを聞いて貰えるまで死んで貰ったらこまるから」

「そうか」

 

 近づいてくる気配に、ファラクはそれだけ言うと折れた剣をじっと見る。

 決心するようにファラクが口を開いた。


「タイラントがこちらへ向かってくるのを感じる。イリス、頼みがある」

「何? 何でもいって?」

「武器を買ってきてくれ。イリスの持てるだけ、なるべく重く威力のあるものがいい」


 ファラクは気がついていたのだ。ツヴァイハンダーの損耗が限界に達していた事に、爪を受ける前、三度に渡って鱗を切りつけた事で剣は限界に達していた。ただの鉄製でしかない武器では倒しきる前に武器が持たないのだ。

 

「ファラクはどうするの?」

「タイラントと戦うさ」

「もつの?」


 この森を出た先にある村。そこに武器屋があるはずだが、問題は距離であった。往復を含め、戻りは重たい武器をいくつも持つとすれば一日はかかる。


「もたせるさ、だがなるべく早く頼む。俺の方も時間がない」


 ファラクの中に生まれた闘争の本能が凄絶な笑みを作る。

 イリスが僅かに体を硬直させ、


 彼女を置き去りに、ファラクはタイラントの方へと駆けていった。




 

 ◇◆◇



 

 汗を流し、イリスは山道を歩く。背中には斧が二本交叉され、大剣を引き摺るように一本。さして体格の大きくない彼女には重くのしかかり。苦悶の顔を滲ませながら歩く。

 夜も空けそうな薄暗い森の中。灯火の魔法で辺りは照らされ、虫一匹いなくなった森の中を歩いている。


 疲れ果てて今にも崩れ落ちそうだったが足を止める事はない。

 ファラクに頼まれ武器を手に入れに村に戻ったが、直夜も明ける。気がつけば13時間ほども経っているのだ。


 だが足を止める気はしなかった。

 どうしてそこまでするのだろうか。

 

 分からない。

 お願いを聞いて貰う為、かと言ってイリスがここまでする必要はない。

 

 だがそれでも足は止めない。

 もう死んでるかもしれない。

 

 ――それはきっと無い、だって身が竦むようなタイラントの気配がここまで漂ってきてる。

 

 絶対に彼はまだ戦っている。

 そう進じてイリスは歩き続ける。

 

 気配を辿り、歩き続けると見えてくる。

 イリスは武器を下ろし何時でもファラクへ渡せるように手に抱えながらすぐ目の前のと思われる、繁みを手で遮りながら戦場へと足を踏み入れた。


 絶句した。


 辺りの木々はなぎ倒され、燃え尽き真っ黒となり炭化している。

 タイラントの周囲は既に草気一本生えておらず。あれの火球のせいだろう、所々大地にクレーターが穿かれていた。


 暴君はこちに気付く様子はない。いや、もしかすると、こちらへと意識を払う余裕がないのかもしれない。

 

 片目がない。

 左の後ろ足の肉は抉られている。

 更に右の爪が切り落とされていたのだから。


 手傷を負い怒りを映す残った赤い瞳はじっと一人の男へと注がれていた。

 

 男は――ファラクはタイラントの正面で中程で折れたツヴァイハンダーを片手に持ち佇んでいた。

 纏った服はぼろぼろになり、その顔も体も血と泥が固まり、もはや本来の肌色を見付ける方が難しい。



 何度も怪我をしたのだろう。

 何度も治療をしたのだろう。


 

 どう見ても満身創痍。

 だが、未だ生きている。


 一撃を貰えば即座に死に繋がりうる。

 そんな戦闘の中、一日戦い続けいまだ生きているのは信じていたとはいえ、驚く。

 

 

 どれだけの攻防を繰り返したのだろうか、イリスに注意を払う事もなく、咆吼を上げ火球を放つ。


「危ない!」


 咄嗟にイリスは手に持った武器を落とし叫んでいた。

 ファラクが動く様子がないのだ。


 ぴくり、とファラクが声に反応した気がした。

 ゆらりと緩慢な動きでファラクが動く。

 炎が揺らめくように動く。

 

 昨日までのファラクの力を爆発させるような動きとは違い、無駄を排除し、水が流れるように動く。

 遠目からは一見緩慢なうごきに見えた。


 しかし、速い。


 気がつけばタイラントの左足に到達し、傷ついた後ろ足に折れた剣を突き刺している。

 何を思ったのか、ファラクは長剣を突き刺したまま手放し、バックステップで距離を取る。



「マリー……武器を……」


 マリー? もしかして意識が混濁してる?


 気がつけば足取りはすこし覚束ない。

 さっきよりも近づいて気がついた。どこかその瞳には力がない。


 だが声を受けてイリスははっとし、手に持っていた斧をファラクの方へと投げた。

 だがその間を見計らいでもしたのか。タイラントの火球が打ち出される。


 しまった、イリスがそう思ったときは遅かった。

 ファラクが斧を取ると同時、火球がファラクに迫る。

 避けられないと悟ったのか、ファラクが左半身から火球に突っ込んだ。


「ファラク!」


 相手が魔物だからと言って油断した。タイラントが魔物でありながら知能を残している、そう聞いてもいたし、どこかファラクと真っ向勝負しているような気がしていた為、イリス自身そう思っていた筈だが、そんな僅かな隙を狙ってくるとは思っていなかった。

 

「ファラク……ファラク!」


 ファラクを呑み込み、その場に留まる火球を見てイリスは何度も叫んだ。


(え? 何かおかしい)


 そういえば火球は着弾と共に爆発していた。

 だが未だその場に留まっている。

 見ていると火球が歪に形を歪め、呑込まれたファラクとは逆側に爆発した。

 爆煙が吹き荒れ、風に流されるとその場にファラクは居た。


 左手を前に、いつの間に斧を下ろしたのか、右手で魔方陣を描き左手を治療している。

 

「ファラク! 無事なの?」


 火傷に爆発の裂傷、左腕がまたしても血だらけになっているが治癒魔法のおかげか、それ以上の血は流れておらず傷が見る間に塞がっていく。


 ファラクは火球の中心にある炎の核を左手で押さえ込んだのだ。

 それが爆発を生み出す、周囲にある強大な炎の固まりはその余波で生み出されているもの。より危険なのはその核の爆発だ。左手一本と引換にその爆発から身を守った。

 

「呆けてたようだ。痛みで大分しゃっきりした……今倒す」


 多くの血を流し、蒼白な顔をしつつもファラクはしっかりとした言葉を返す。地に刺した斧を引き抜き肩に背負った。


 イリスが来るまでの間何度となく死ぬ思いをしたが、こうして生きている。力が大分抜けているが、死闘の中でより効率の良い動き、振り方を覚えた為、体力もまだ若干保つし、戦力は多少良いかもしれない。


 だが油断はできないと、斧を構えタイラントを睨む。

 

 タイラント。


 これだけ長く戦った相手などいなかっただろう。魔物と化したその暴竜は知能がある、隙を見せれば突いてくる。

 昨日のように不用意に顔を狙おうと思えば宙にはじき飛ばされ無防備になった所に一撃を貰う。

 失った瞳も、その抉り取った足も、なんとか切り落とした爪もタイラントには大した傷ではない。強力な全てを恐れ戦かすプレッシャーもそのままだ。


 突然現れた敵対者。武器をへし折り、何度火球を受けても何度爪を浴びても立ち上がり回復し戦い続けた相手。

 タイラントは称賛していた。いと小さきこの人種は自らを傷付けるだけの力を持っている。


 タイラントが感じていたのは歓喜だ。

 暴走する前は死と魂を司る黒竜であった。世界の根元である世界竜ファラクから生まれた亜竜であり、死した者から発せられる変質したマナ、人が魔力と呼ぶそれを浄化し世界へ戻す役割を果たしていた。

 しかし暴走し自らの闘争本能の固まりと化した竜は役割を外され、神により世界へと放り出された。神の意図は竜にはわからなかったが、然したる問題ではない。


 戦いたい。

 それが赤魔石に身を犯された暴竜の望みなのだから。




 火球が放たれ、つぎつぎとファラクは避けていく。

 体を捻転させ、しならせ、全身の力をため込みながらもなんとか躱す。

 ファラクが待っているのはそれではない。

 火球では駄目なのだ。


 鉄製のこの武器は長く持たない。何度も打ち付ければすぐに折れる。

 限界まで剣速を出せるようにファラクは力をため込んだ。

 

 やがて待っていた一撃がくる。

 唸り上げて右爪が振り下ろされる。


 ファラクは避けない。

 手に握った重みと斧の厚みで分かった。これならいけると。


 より速く、より強力に。


 神経を磨り減らすような一日にも及ぶ戦いはファラクの技量を底上げしていた。

 自らの体を限界まで酷使し、全ての力を斧に乗せる。


「がぁぁあ!」


 声を出す方が力が乗る。

 叫び、間近に迫った巨竜の前足に、自ら踏み込み斧と叩き下ろした。


 どす、っと地に何かが落ちる。


 深淵の奥から見えるような黒い鱗に覆われた巨竜の前足。

 そして遅れて斧の刃が地に突き刺さった。

 

「イリス、斧を!」


 再びファラクは叫び、イリスから斧を受け取る。

 狙いは左前足。


 痛みの咆吼を上げ、苦悶するタイラントへとファラクは跳躍する、


「あぁああああ!」


 宙を駆け、ファラク飛び上がり様、斧を上段から真っ直ぐに振り下ろす。

 寸分違わずファラクの狙い通り左前足を切り落とし。斧も同様にして根本から折れる。


「イリ――」


 着地と同時告げる前に弧を描いて自らに迫る大剣を宙で取る。


 一瞬阿吽の呼吸で大剣を寄越したイリスに微笑んだ。

 興奮しているのかイリスは目を見開き両手を強く握り締めていた。


「やっちゃえ!」

「あぁ」


 興奮した様子で戦いを見守るイリスに答え、


 左手で地へと魔法陣を描く。


 書き終えたトラップ型の魔法の上に足を置き。


 ぐぐっと膝を曲げ跳躍の準備をする。


 見上げるはタイラントの貌だ。

 両前足を失ったタイラントは残った赤い瞳でファラクを見据えながらその顎を開いている、その奥からは火球が徐々に大きく膨らんでいく様が見える。

 

(これで最後だ)


 全ての力を持って倒す。


 ファラクは設置型魔法陣を声でもって発動した。


「イグニション」


 同時跳躍する。


 ファラクの全ての力を込めた跳躍に苛烈な爆発の衝撃波が更に上乗せされる。


 足が吹き飛ぶかと思う程の衝撃を受ける。


 その魔法はファラクの足を砕き、肉を裂き、ずたずたにするが、ファラクを一本の矢へと変えた。


 タイラントが火球が放つ。

 ファラクは迫り来る火球に対し、大剣を突き放つ。



 最後の渾身の一撃。


「あああああああああああ!」


 火球の核を捉え、打ち砕く。

 そのまま矢と化したファラクは吸い込まれるようにタイラントの残った左目へと突き刺さった。

 

 

 両前足、両目を失ったタイラントは暴れ悶える。

 

 ここではじき飛ばされればもう、体力は残っていない。

 

(倒す!倒す!倒す!)


 額の鱗の端を掴む。

 はじき飛ばされないようにするとともに更に奥深くへと突き刺そうと力を込める。

 

 眼球からでた体液がファラクの体を濡らし、歯を食いしばりながら奥へ、奥へと剣に力を込める。


 ずぶ、ずぶ、と不快な感触を手に残しつつファラクは剣を押し込んでいく。


 

 ばさっと大気を掻き回す音が聞えた。

 

(何の音だ?)


 そう思った時にはもう成されていた。


 タイラント翼をはためかせ、ファラク共々中に浮いていた。


 何度も両翼をはためかせ上下に揺れる。

 鱗にしがみつき、ファラクは必死にしがみつくしかできない。

 

 上下の揺れが上手く力を乗せられないのだ。剣を押し込められない。

 

 気がつけば死の森は遠く、立ち並ぶ木々が点に見える。

 耳に空気を切り裂くような轟音がけたたましくなっている。




 イリスを一人そこに残し、タイラントはファラクを運び去った。

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