第五節:危機一髪の賭け
前世、職場で逃げ場のない窮地に追い込まれたとき、俺が学んだ唯一の法則がある。
どうしても直属の上司に潰されそうになったら、最後の手段は一つ。
――そいつを飛び越え、さらに上の人間に直接話を持ち込むことだ。
もちろん、成功する保証などない。むしろ失敗すれば、今よりひどい目に遭うかもしれない。
だからこそ、機会は一度きりだ。
そして今、俺はこの世界で、その最後の手段を使おうとしていた。
顔良をあの廃れた道観に運び込んでから、すでに十日以上が過ぎていた。
傷はまだ癒えていない。腿の傷口は腫れ、身体を少し動かすだけでも顔をしかめる。自力で立ち上がることなど、まだ到底できそうになかった。
それでも、最初に運び込んだ頃とは明らかに違っていた。
意識を取り戻し、水を飲み、少量ながら粥も口にできるようになった。熱も少しずつ引いている。少なくとも、今すぐ命を落とすような状態ではなくなった。
俺は毎日、傷の具合と顔良の様子を確かめていた。
「龍、今日はどうだ?」
道観に入ると、老陳が小声で尋ねてきた。
最近では、俺が聞く前に老陳の方から顔良の様子を報告してくれることもある。食べた量や、夜中に目を覚ました回数まで、いつの間にか気にするようになっていた。
最初は銀を受け取ったから手伝っていただけの男だ。
今だって、俺のことを心から信頼しているわけではないだろう。顔良を救った功績にあずかりたいという打算も、きっと残っている。
だが、それで構わない。
人間関係など、最初からきれいな動機だけで成り立つものではない。
「今日は粥を半碗食べた。水も自分で飲めた。傷はまだひどいが、もう少し持ち直している」
「そうか……。なら、そろそろか」
老陳はそう言って、道観の入口から外をうかがった。
最近、彼はこうして周囲を気にするようになっていた。俺がここへ来る前には、誰かが近づいていないか確認する。俺が食料を持ってくれば、何も言わずに半分を顔良のために残す。
いつからそうなったのかは分からない。
ただ、もう彼は、俺を見捨てて自分だけ逃げようとはしていないようだった。
「老陳。そろそろ、顔将軍を軍に引き渡そうと思う」
俺がそう告げると、老陳の顔がわずかに強張った。
「本気か? あの軍令を忘れたわけじゃないだろう」
忘れるはずがない。
袁紹軍には、まったく理解しがたい決まりがあった。
将軍の救出を命じられた兵士は、何としても将軍を生きたまま連れ帰らなければならない。もし途中で将軍が死ねば、救出を担当した兵士たちは重大な責任を問われる。場合によっては、命をもって償わされる。
一方、救出命令を受けていない兵士が勝手に将軍を連れ出すことも許されない。軍令違反と見なされ、勝手な行動によって戦場の指揮系統を乱したとして処罰される可能性がある。
まして、俺たちは収尸兵だ。
死者を回収することは許されていても、生きている将軍を救出する権限などない。
だから、あのとき誰も顔良に手を出さなかった。
救えば責任を負わされる。放っておけば、少なくとも自分の責任にはならない。
誰もがそう考え、誰もが見て見ぬふりをしたのだ。
「分かっている。だが、今なら話は違う」
「何が違う?」




