第四節:死体拾いの掟、そして闇夜の治療
それから数日間、俺の生活は地獄の十七層から十八層へと落ちていった。
昼間は以前にも増して重い苦役を押しつけられ、黄皮からの罵声と鞭打ちは日ごとにひどくなった。配給される食事も、もはや腹を満たすどころではない。水のように薄い粥をすすり、泥まみれの戦場を歩き回り、死体を運び続ける。
それでも、俺には一つだけ、誰にも譲れない仕事があった。
夜になり、ようやく臨時の兵舎に戻ると、俺は自分の食事を少しだけ残した。
そして、皆が寝静まった頃を見計らい、廃道観へ向かう。
顔良は、まだ目を覚まさない。
あの夜、俺が止血してからも、太腿の傷口からは何度も血がにじみ出た。全身に突き刺さった矢傷もひどく、鎧の破片が皮膚に食い込んでいる箇所もあった。
だが、矢を抜くのは危険だ。
深く刺さったものを無理に引き抜けば、かえって出血がひどくなることもある。俺にできるのは、明らかに邪魔な破片を取り除き、傷口をできるだけ清潔に保つことくらいだった。
もちろん、俺は医者ではない。
前世でも医療とは縁がなかった。ただ、母親が漢方に詳しく、子供の頃から薬草の名前や効能を耳にしていた。それに、企業の清算業務で身につけた習慣がある。
状況を確認する。使えるものを探す。無駄を省く。そして、限られた資源を最も必要なところに回す。
今の俺にできるのは、それだけだ。
まず、水を確保した。
廃道観の近くには、雨水がたまった小さな窪地があった。しかし、そのまま飲んだり傷口を洗ったりする気にはなれない。
俺は周辺を歩き回り、比較的きれいな水が流れている場所を探した。見つけた水を壊れかけた土鍋に入れ、火を起こして沸かす。しばらく煮立たせた後、冷めるまで待った。
それから、傷口を覆う布も用意した。
戦場から持ち帰った布切れの中から、泥や血が少ないものを選び、何度も水で洗う。さらに煮沸できるものは鍋に入れ、火にかけた。乾かす場所もないので、廃道観の比較的ましな梁に掛け、煙や埃が直接当たらないようにした。
こんなもので本当に十分なのかは分からない。
だが、汚れた布をそのまま巻きつけるよりはましだろう。
太腿の傷は、特に慎重に扱った。
一度巻いた布を乱暴に剥がすと、固まりかけた血まで一緒に取れてしまう。だから、古い布が傷に張りついているときは、少しずつ水で湿らせてから外した。
そして、傷口の周囲についた泥や汚れを、冷ました湯でそっと洗い流す。
その後、新しい布を当て、手でしばらく押さえ続ける。
血が止まったように見えても、すぐに安心はできない。少しでも動かせば、また血がにじんでくることがあった。
「……まったく。俺は死体拾い兵のはずなんだがな」
思わず、乾いた笑いが漏れた。
生きている人間を、しかも袁紹軍の大将軍を、誰にも知られずに治療している。
自分でも何をしているのか分からなくなる。
周囲の野山には、艾草もあった。俺はそれを少しずつ採って、乾燥させておいた。薬草としての効能をすべて理解しているわけではないが、母親から聞いた知識を思い出しながら、使えそうなものを選んだ。
ただし、傷口に何でも塗り込むような真似はしなかった。
今の俺に必要なのは、珍しい薬草ではない。
汚れを取り除き、出血を抑え、顔良の体力が戻るまで、できるだけ余計な負担をかけないことだ。
問題は、食事だった。
顔良は意識を失ったまま、ほとんど何も口にしていない。
俺は自分の配給から、わずかに残した薄い米湯を持ってきた。意識がないときに無理に飲ませれば、喉に詰まらせる危険がある。だから、最初は口元を湿らせるだけにした。
何度か試すうち、わずかに喉が動くことがあった。
そのときだけ、ほんの少しずつ、唇の隙間から米湯を含ませる。
一度にたくさん飲ませることはできない。
それでも、何も口にしないよりはましだと信じるしかなかった。
こうして、昼は死体を拾い、夜は顔良の傷を手当てする日々が続いた。
俺の顔には黄皮に殴られた痣が増え、体中には鞭の跡が残った。疲労と空腹で、廃道観まで歩くのもつらい日があった。
それでも、俺は休まなかった。
なぜなら、この男を救うことが、俺自身の命をつなぐ唯一の望みだったからだ。
そして、もう一つ。
この袁紹軍の異常な制度が、俺をさらに追い詰めていた。
そもそも、なぜあの戦場で、顔良のような大将軍が死にかけているのに、誰も助けようとしなかったのか。
理由は単純だった。
袁紹軍には、将軍を見捨てた者は死罪にするという、厳しい軍令があった。
だが、それは表向きの話にすぎない。
実際には、将軍の救出を命じられた兵士は、必ず生きたまま本陣へ連れ戻さなければならない。途中で将軍が息絶えれば、護送した兵士は「将を失った責任」を問われる。
たとえ本人が瀕死で、どれほど手を尽くしても助からなかったとしても、軍法会議で事情を聞いてもらえる保証などない。
救出を命じられていない兵士が勝手に運び出せば、それもまた軍令違反になる。将軍の身柄を勝手に動かした、あるいは混乱に乗じて略奪を働いたと疑われる可能性さえある。
つまり、こういうことだ。
将軍を見捨てれば死罪。
助けようとして途中で死なせても死罪。
命令を受けずに勝手に助けても処罰される。
誰も責任を負いたくない。
だから、兵士たちは見て見ぬふりをする。
死体拾い兵に至っては、なおさらだった。
俺たちの仕事は、死んだ兵士を回収することだ。生きている者を運ぶ権限などない。ましてや大将軍を勝手に連れ出すなど、普通なら考えられない。
あの夜、顔良を見つけた仲間が悲鳴を上げて逃げたのも、単に恐ろしかったからではない。
あれが顔良だと分かれば、関わっただけで厄介なことになる。
生きているのか、死んでいるのか。
それを確かめることさえ、彼らにとっては危険な行為だったのだ。
そんな中で、俺を手伝っている老陳も、決して善意だけで動いているわけではない。
あの夜、俺が銀を渡すと、老陳は何も聞かずに手を貸した。
だが、彼は顔良の旗を見ている。
あの男が誰なのか、薄々察しているのかもしれない。
顔良を救い出せば、後々、褒賞にありつけるかもしれない。あるいは、出世の足がかりになるかもしれない。
そんな下心があるのだろう。
数日が過ぎた。
ある夜、いつものように廃道観へ入ると、顔良の様子がいつもと違っていた。
「……うっ」
かすかな声が聞こえた。
俺が近づくと、顔良のまぶたがわずかに動いた。
「おい、聞こえるか?」
返事はない。
だが、今度は目が開いた。
焦点の定まらない目が、薄暗い天井をさまよい、やがて俺の顔に止まった。
俺は思わず息を止めた。
その目には、まだ強い警戒心があった。
当然だろう。
目を覚ました場所は見知らぬ廃屋。自分の体には包帯が巻かれ、目の前には、死体の臭いをまとった見知らぬ小男がいる。
しかも、俺の顔には殴られた痣があり、衣服も泥と血で汚れている。
「……水か?」
声にならないほどかすれた音が、彼の喉から漏れた。
「水だ。だが、いきなり飲むな。少しずつだ」
俺は小さな器に水を入れ、唇を湿らせた。
顔良は俺を睨むように見つめていたが、やがてわずかに口を開いた。
一口。
少し休ませて、もう一口。
それだけで、彼は疲れ切ったように目を閉じた。
「まだ動くな。傷が開く」
俺はそう言い、太腿の包帯を確かめた。
顔良は何か言いたそうにしていたが、声を出す力もないらしい。
「話は後だ。今は生きることだけ考えろ」
それから、顔良は時折、意識を取り戻すようになった。
目を覚ますたび、最初は俺を警戒した。だが、俺が水を与え、傷を確認し、必要なときには体を支えてやるうちに、少しずつ抵抗しなくなっていった。
彼はまだ、俺を信用したわけではない。
ただ、今の自分には俺の助けが必要だと理解したのだろう。
それで十分だった。
十日余りが過ぎた頃、顔良の命はようやく危機を脱した。
太腿の傷はまだ深く、周囲は腫れ、少し動かすだけでも激痛が走る。全身の矢傷も完全には癒えていない。体力は落ち、立ち上がることさえ難しかった。
それでも、傷口から流れ続けていた血は止まり、少しずつ食事も口にできるようになった。
死の淵から、ひとまず引き戻すことはできたのだ。
俺はようやく、胸の奥にたまっていた息を吐き出した。
だが、安心するには早すぎた。
死体拾い隊での俺の立場は、ますます悪くなっていた。
黄皮の嫌がらせは、もはや限界に達していた。
危険な場所へ真っ先に行かされ、食事は減らされ、少しでも手が遅れれば鞭で打たれる。
このままでは、顔良が回復する前に、俺自身が戦場で死ぬことになる。
そして、次の死体回収に出る日が近づいていた。




