まさか、楽進が自ら袁紹軍の大軍に入り込んでいたとは!
徐進の天幕を出た私は、自分たちの駐屯地へ戻ることにした。
先ほどの話を思い返すと、どうにも気分が晴れない。曹操軍の動きが気になる。延津周辺の地形を見れば見るほど、こちらの陣形には不安が残る。だが、私にできることは限られていた。
せめて自分の部隊だけでも、負傷者を運ぶ準備を整えておこう。
そんなことを考えながら、駐屯地へ続く道を歩いていると、前方に数騎の騎兵が見えた。
また、あの連中か。
私は足を緩めた。
この数日、彼らの姿を何度か見かけている。今日で三度目だった。
いつも三人ほどで馬を連ね、私たちの駐屯地近くにある沼沢地の脇道を通り過ぎていく。彼らは袁紹軍の兵士と同じような装備を身につけており、特に目立つところはない。周囲の兵士たちに混じっていても、誰も気に留めないだろう。
ただ、先頭を走る男だけは、少し印象が違った。
三十代半ばほどだろうか。体つきは引き締まり、目には鋭い光が宿っている。普通の兵士の装備を身につけているのに、馬上での姿勢や手綱さばき、周囲を見渡す仕草には、隠しきれない将軍の風格があった。
彼らは今日も、沼沢地の脇を抜けていった。
私はしばらく、その後ろ姿を眺めていた。
そして、ふと胸の中に小さな考えが浮かんだ。
――一度、後を追ってみるか。
もちろん、危険なことは分かっている。だが、彼らがどこへ向かうのかを知ることができれば、何か手掛かりが得られるかもしれない。
私は周囲を確認し、少し間隔を空けて歩き始めた。
彼らは三騎。私は徒歩だ。
馬に乗った者を追いかけるのだから、普通ならすぐに引き離される。しかし、彼らは急いでいる様子もなく、袁紹軍の陣地の中を巡回するようにゆっくり進んでいた。
私は道の脇に生い茂る草や低木を利用し、できるだけ姿を見せないようにした。
そうしているうちに、いつの間にか三里以上も歩いていた。
ここまで離れると、その灯火もずいぶんまばらになっていた。大営の中心部に近い場所ではまだ明るいものの、外縁に向かうほど火の数は減り、暗闇に沈んだ場所が目立つ。兵士たちの話し声や馬のいななきも、風にかき消されるように遠ざかっていた。
やがて三人の騎兵は大営から十分に離れたところで速度を落とした。周囲にはもう、忙しく行き交う兵士たちの姿もない。彼らもようやく気を緩めたのか、馬を止めて道端へ寄った。
一人が馬から降り、用を足し始めた。
私は慌てて身を隠した。
道端に生えていた小さな木の陰にしゃがみ込み、枝葉の隙間から様子をうかがう。心臓が少し速くなった。
一人は用を済ませている。残る二人は馬上で待っていた。大営から離れたせいか、先ほどまでの緊張感は薄れているようだった。
やがて男は馬に戻り、鞍にまたがった。
そのとき、別の騎兵が先頭の男に声をかけた。
「楽進将軍、左側も一度見ておきますか。それとも、このまま戻りますか?」
私は思わず息を呑んだ。
楽進将軍?
今、楽進と言ったのか。
曹操軍の愛将、楽進。
まさか、あの男が?
先頭の男は周囲を見渡し、声を落として答えた。
「左側か……あそこは劉備が連れてきた援軍の隊列だ。戦局とは直接関係が薄い。わざわざ確認する必要はないだろう」
その言葉を聞いた瞬間、私は全身に緊張が走った。




