戦場を見渡して
文丑の軍でも、数日後に予想される戦いに備え、陣形の組み替えが始まっていた。
朝から陣中は慌ただしい。兵士たちが隊列を整え、各部隊の旗が次々と移されていく。馬のいななき、将校の怒号、兵士たちの掛け声が入り交じり、広大な野営地はまるで巨大な生き物のように動いていた。
遠くから眺めると、その光景は壮観だった。
袁紹軍の旗が風にはためき、幾重にも連なる兵列が地平線の向こうまで続いている。兵士の数だけを見れば、曹操軍など押し潰してしまいそうなほどの大軍である。
しかし、私はその陣形を見て、どうにも落ち着かない気持ちになった。
最前列に配置されているのは、数千ほどの歩兵だった。
その後ろ、第二陣には文丑自慢の騎兵約八千が控えている。騎兵たちは馬上で槍を構え、いつでも出撃できるように整列していた。さらにその後方には四万近い歩兵が続いている。
劉備が率いてきた一万の兵も、その第三陣のやや左後方に組み込まれているようだった。劉の軍旗は周囲の旗よりもひときわ高く掲げられ、遠くからでもその位置を確認できる。
総勢五万近い大軍。
旗の数も、兵の列も、圧倒的だった。
それなのに、私は最前列を見つめながら首を傾げていた。
「……なぜ、歩兵を一番前に置くんだ?」
普通に考えれば、文丑の騎兵こそが軍の最大の武器だ。あの八千の騎兵を先頭に立たせれば、敵陣に強烈な一撃を与えられる。歩兵を後ろに置き、騎兵の突撃に続かせる方が自然ではないだろうか。
もちろん、騎兵を温存する理由があるのかもしれない。
袁紹の側近にいる参謀たちが、何らかの作戦を立てているのだろう。文丑もその指示に従って陣形を整えているのだと思う。
だが、どうにも腑に落ちなかった。
文丑自身、この延津周辺の地形を十分に把握しているとは思えない。まして、曹操軍の伏兵が積極的に突撃してくる可能性について、袁紹本陣の参謀たちから詳しい説明を受けているのかも疑わしい。
おそらく文丑は、敵が正面から出てくれば、自分の大軍で一気に撃破できると考えているのだろう。
しかし――。
私は改めて、曹操軍がいる方角へ目を向けた。
あの男は、ただ兵力の差だけを見ているのではない。
戦場の地形を見れば見るほど、そう思えてくる。
延津の周辺には、平坦に見える場所ばかりではない。ところどころに起伏があり、丘陵や森が視界を遮っている。そして、敵味方が接近することになる道の一つは、狭い坂道へと続いていた。
そこは、まともな攻撃する側には不利な場所だった。
坂の両側には地形の起伏が迫り、道幅も限られている。しかも、坂の先にはさらに高低差のある土地と森が広がっている。
大軍が一斉に押し寄せようとしても、狭い道では全員が同時に攻撃できるわけではない。
たとえ敵がこちらの数倍いたとしても、実際に正面でぶつかる兵の数には限界がある。
そして、もし坂の上や森の中に伏兵が潜んでいたら?
敵の先頭部隊が不意打ちを受け、崩れたとしたら?
後方の兵士たちは、何が起きたのか分からないまま前へ押し出される。前からは敗走する兵が押し寄せ、後ろからは味方が進んでくる。命令が届かなくなれば、隊列は乱れ、混乱は後方へと伝わっていく。
どれほど大軍であっても、統制を失えば、その兵力を十分に発揮することはできない。
むしろ、兵の数が多いほど、混乱したときの被害は大きくなる。
私は、そんな光景を頭の中に思い描いていた。
「知彼知己者、百戦不殆……」
ふと、孫子の言葉が口をついて出た。
敵を知り、己を知れば、百戦して危うからず。
曹操は敵のことを知ろうとしている。こちらの兵力だけでなく、指揮官の性格、軍の配置、そして地形まで考慮しているのではないか。
私はもう一度、文丑の陣形を眺めた。
あの歩兵の先陣が崩れたとき、後方の騎兵はどう動くのか。騎兵が出撃しようにも、前方から敗走兵が押し寄せてくれば、思うように進めないかもしれない。
そして、その後ろには四万近い歩兵がいる。
一度混乱が始まれば、止めるのは容易ではない。
「……まずいな」
思わず呟いた。
私はもう一回徐進にその心配を報告した。
彼は黙って聞いていたが、やがて困ったように眉を寄せた。
「お前の言いたいことは分かった。だが、俺から上に話を通すのも難しい」
結局、徐進もそれ以上は動けなかった。
誰も、私の話に耳を貸そうとはしなかった。
私は、遠くに並ぶ袁紹軍の旗を見つめた。
風を受けて、無数の旗が一斉に揺れている。
その光景は、どこまでも雄大で、頼もしくさえ見えた。




