次の朝――曹操軍の援軍
翌朝、目を覚まして陣地の外へ出ると、対岸の坂の上には、昨日までとは少し違った光景が広がっていた。
春先とはいえ、朝の空気はまだ冷たい。夜の間に降りた露が草の葉に残り、ところどころに茶色い冬枯れの草が見える。黄河から吹き上げてくる風には、まだ冬の名残が感じられた。
空はよく晴れていたが、遠くの地平線には薄い霞がかかっている。川面には朝日が反射し、ゆっくりと流れる水の上を、小さな波が幾重にも広がっていた。
私はいつものように周囲を見回し、曹操軍の陣地に目を向けた。
「ん……?」
何かが違う。
昨日まで、曹操軍の主力は坂の向こうにある本陣を中心に陣を構えていた。兵士たちの姿も多く、遠目にも整然とした陣営が見えていたのだが、今朝はその左右に、別の部隊が加わっているようだった。
よく見ると、坂の向こう側から二つの部隊が移動してきている。
それぞれ数千人ほどだろうか。大軍というほどではないが、隊列を崩さず、ゆっくりと曹操軍の本陣に近づいていた。
やがて二つの部隊は、もともと一万人ほどいた曹操軍の左右に分かれて陣を構え始めた。
兵士たちはそれぞれの持ち場へと進み、槍や盾を並べ、馬をつなぎ、荷車を運び込んでいる。遠くから眺めているだけでも、昨日までとは違う動きが感じられた。
「援軍か?」
私がつぶやくと、近くにいた兵士が鼻で笑った。
「援軍といっても、たいした数ではないだろう。せいぜい二、三千人といったところだ」
「そうそう。あんな人数で何ができるというんだ」
別の兵士も同意する。
「曹操もずいぶん苦しいらしいな。あれだけしか援軍を呼べないとは」
周囲からは、そんな声が聞こえてきた。
確かに、こちらから見れば、それほど大きな援軍には見えない。曹操軍の本隊と合わせても、せいぜい一万五千人に届くかどうかというところだろう。
一方、こちらには文丑将軍の軍を中心に、五万近い兵力がある。
数だけを比べれば、圧倒的な差だった。
だが、そのときだった。
曹操軍の新しい陣地に、二本の大きな軍旗が掲げられた。
一つは「張」。
もう一つは「徐」。
旗は朝風を受けて大きく広がり、青空の下で力強くはためいている。
私は思わず目を細めた。
張……徐……。
「おい、あれは……」
隣にいた徐進が、旗を見つめたまま声を漏らした。
「張遼と徐晃か。曹操も、なかなかの者を送り込んできたな」
その声には、いつもの気軽な調子とは違う、少しばかりの感嘆が含まれていた。
「張遼と徐晃?」
私は聞き返した。
「そうだ。どちらも曹操軍では名の知れた将だ。張遼は武勇だけでなく、兵の扱いにも長けている。徐晃もまた、戦場での働きには定評がある。二人とも、ただ兵を率いているだけの将ではない」
徐進はそう言って、もう一度、向こうの陣地を眺めた。
なるほど。
張遼と徐晃か。
三国志の世界に来てから、私は数多くの将軍の名前を耳にしてきた。顔良や文丑のように袁紹軍で名を知られる者もいれば、曹操軍にも優れた将がいる。
その中でも、張遼と徐晃は後々まで名を残す人物だ。
もちろん、今の私にとっては、まだ歴史上の有名人という感覚が強い。実際にどれほどの実力を持っているのか、目の前で確かめたわけではない。
ただ、徐進の反応を見る限り、少なくとも侮ってよい相手ではなさそうだった。
「しかし、名将が二人加わったところで、どうということもないでしょう」
そのとき、後ろから孫江用の声がした。
振り返ると、彼は腕を組み、いかにも余裕ありげな顔で曹操軍の陣地を眺めていた。
「張遼も徐晃も、確かに名のある将でしょう。しかし、こちらには文丑将軍がおられます。あの二人がそろって相手をしたところで、文将軍なら十分に渡り合えるはずです」
孫江用は、まるで当然のことを述べるように続けた。
「それに、兵の数を考えてください。向こうは曹操の本隊と援軍を合わせても、一万五千にも届かないでしょう。こちらは五万です。三倍以上の差がある。これだけの兵力差があれば、よほどのことがない限り負けるはずがありません」
私は彼の話を聞きながら、もう一度、対岸の陣地を眺めた。
曹操は兵力で劣っているからといって、正面からぶつかることだけを考えるような人物ではないはずだ。
私は首を横に振った。
曹操軍の二つの部隊は陣地を整え終えると、それぞれの旗を掲げたまま、静かに兵を配置していた。
張と徐の旗が、春の風を受けて揺れている。




