延津戦場へ収死隊員七十七人の出陣
顔良は、しばらく私のほうを見ていたが、やがて少し声を落として話し始めた。
「実はな、数日前から気になっていたことがある」
「何でしょう?」
「俺の配下にいる三千数百人の兵のうち、すでにまとまった二つの千人隊と、二人の千夫長を、袁紹様が張郃の配下に移すことを決めている。数日のうちに正式な配置換えが行われるそうだ」
私は黙って聞いていた。
「そうなれば、俺の手元に残るのは七、八百人ほどの残兵だけになる。しかも、俺に与えられたこれからの任務は、今いる戦場の一帯を守り、曹操軍が黄河を渡ってくるのを防ぐことだ。つまり、ここを動くなということだな」
顔良は小さく息を吐いた。
「もう、どうでもいいと思うこともある。延津だろうが、官渡だろうが、俺には関係のないことだ。ここに残された七、八百人の兵を率いて、命令どおりに陣地を守る。それだけだ」
その声には、怒りよりも諦めがにじんでいた。
「命令だからな。俺にできることもない。どうせ、今の俺は何の役にも立たない将軍なのだろう」
顔良はしばらく黙っていたが、やがて私に尋ねた。
「お前のところにも命令が来たのだろう。 中隊から一小隊を出せという話だ。お前はどうするつもりだ?」
私は周囲を見回した。
老陳、顧墨、鉄牛。さらに華陰と華安、ほかの小隊長や伍長たちもいる。
彼らの顔を一人ずつ見ながら、私は考えた。
袁紹軍と曹操軍の違いは、もはや明らかだった。
曹操軍は兵の配置も行軍も整然としている。楽進や夏侯淵のような将が、それぞれの部隊を率いて動いている。対する袁紹軍は、これだけの兵力と物資を持ちながら、上層部の都合で部隊を切り分け、将軍たちの意見さえまともに聞こうとしない。
このまま延津で両軍がぶつかれば、袁紹軍が大混乱に陥るのは目に見えている。
では、ここに残ればどうなるのか。
顔良のもとに残されるのは、わずか七、八百人の兵だ。曹操軍が黄河を渡り、こちらを包囲して攻撃してくれば、守り切れる保証などない。むしろ、全滅する可能性のほうが高いのではないか。
どちらを選んでも、危険は避けられない。
私は、徐進からの命令が届いた瞬間から、自分と部下たちの生死について、頭の中で何度も考え続けていた。
そして、一つの考えにたどり着いた。
どうせ危険な戦場へ向かうのなら、ただ命令された場所で待つよりも、自分たちの力で何かを変えられる可能性に賭けたい。
それに、あの名将、文丑を救い出す機会があるかもしれない。
私は顔良に向き直った。
「俺が連れていきます」
「何?」
「俺自身が行きます。俺と一緒に行きたい者は、自分から申し出てください。無理に連れていくつもりはありません」
そう言って、私は周囲の者たちを見渡した。
すると、顧墨がすぐに口を開いた。
「頭領、私も行きます」
鉄牛も大きな声で続いた。
「俺もだ! 頭領が行くなら、俺も行くに決まっている!」
老陳も静かにうなずいた。
「わしも行きます。ここまで一緒にやってきたんです。今さら離れる理由はありません」
ほかの者たちも次々と同行を申し出た。
結局、動ける収屍隊の兵は三百人ほどいたが、その九割以上が私と一緒に行くことを望んだ。
彼らにとっても、ここに残ることが安全だとは思えなかったのだろう。顔良の部隊そのものが縮小され、残された兵たちがどのような扱いを受けるのか、彼らもよく分かっていた。
私は同行する者たちの顔を見ながら、編成を考えた。
まず、鉄牛には警備兵二十人を率いさせることにした。そこには、武芸に自信のある孫江用と孫新港も加えた。二人は傷病小隊の仕事を手伝っていたが、もともと武芸にも自信があり、鉄牛のそばで力を発揮できるはずだ。ひとまず警備小隊に配置することにした。
華陰と華安には、医療救助を担当する二十人を率いてもらう。戦場では負傷者が必ず出る。彼らの力は欠かせない。
老陳には、遺体の回収や運搬を担当する三十人を任せた。
一方、顧墨には残ってもらうことにした。留守隊全般の面倒を見てもらう。他、情報収集や記録の仕事は、ここに残る者たちにとっても必要になるから。
鍛造や道具の組み立て、木工、縫製などを担当する小隊も、今回は陣営に残す。小隊長の夏天台は顧墨の補助役と指定した。彼らが整えてきた設備や道具を維持する者が必要だったし、残る者たちの生活を支える役割もある。
最終的に、私を含めて七十七人が出発することになった。
数日後、顔良の配下にいた二つの千人隊と二人の千夫長は、正式に張郃の指揮下へ移された。
そして、私たちも出発の日を迎えた。
こうして顔良の陣営には、収屍隊に残った者たちを含めても、千人に満たない兵しかいなくなった。
かつて三千人を超える兵を率いていた将軍のもとに、今や残されたのは、わずかな兵と小さな陣営だけだった。




