夜陰の行軍――楽進、夏侯淵、曹操、そして関羽
草むらに身を伏せたまま、私たちはおよそ二刻もの間、じっと動かずにいた。
暗闇の向こうから、曹軍が絶え間なく行軍する音が聞こえてくる。
最初の半刻ほどは、足音も比較的小さく、行軍の速度も速かった。兵士たちの足並みは軽く、隊列もそれほど重々しいものではない。
ところが、その後の半刻になると、様子が変わった。
足音は明らかに重くなり、地面を踏みしめる音が響いてくる。大地のかすかな震動まで、私たちが身を隠している場所に伝わってきた。
その次に聞こえてきたのは、ざわざわとした音だった。
馬の蹄が地面を打つ音が混じっている。おそらく騎兵の一隊だろう。
そして最後に通過したのは、歩兵と騎兵、さらに戦車を組み合わせた部隊だった。複数の兵種が入り交じっているにもかかわらず、その行軍は驚くほど整然としていた。
夜が明け始める頃、私は暗がりの向こうに、四頭立ての大きな馬車を何台か、かすかに目にした。さらに、その近くには曹の大旗が翻っていた。
やがて、私たちは陣営へ戻った。
顧墨の天幕に集まると、私は眠気で目をこすっている鉄牛たちに、先に休むよう命じた。ここから先は、顧墨と老陳を交えて話し合えばよい。
二人が残ったのを確認してから、私は顧墨に尋ねた。
「顧、さっきの行軍について、どう見た?」
「頭領も聞いておられたでしょう。今夜、曹軍は三つの部隊を移動させています」
顧墨はそう言うと、手元の記録を確かめながら説明を始めた。
「最初の部隊は足音が軽く、行軍速度も速かった。おおよその人数を数えましたが、歩兵が三千、騎兵が千ほどです」
「次の部隊は戦車隊です。馬に牽かせた戦車が百台以上、それに騎兵が千五百から二千ほどついていました」
「最後の部隊は、騎兵が千、歩兵も千ほど。そして、十数台の乗用馬車がありました」
私は黙ってうなずいた。
顧墨は続けた。
「これまでに集めた情報と、回収した曹軍兵士の遺体や装備、それに敵将に関する情報を照らし合わせると、最初の歩兵部隊は、楽進が率いる精鋭部隊である可能性が高いと考えています」
「楽進か……」
「はい。さらに、二番目の戦車隊ですが、こちらは曹軍の夏侯淵が率いる西北方面の軍勢ではないかと見ています。収屍隊が回収した曹軍の書簡にも、夏侯淵に関する記述がありました。本人が今夜の隊列にいたかどうかまでは分かりません。しかし、彼の軍の一部が延津へ向かっている可能性は高いでしょう」
私は内心、驚きを隠せなかった。
あれほど暗い夜の中で、遠くから聞こえる足音や蹄の音だけを頼りに、部隊の規模や構成をここまで推測するとは。
顧墨の観察力と分析力には、改めて感心させられた。
私が考え込んでいると、顧墨はさらに言葉を続けた。
「ただし、最後の部隊については、少し気になることがあります」
「何が気になる?」
「およそ二千人の兵に、十数台もの乗用馬車です。しかも、隊列が非常に整っていました。あのような馬車を伴いながら、あれほど規律正しく行軍する理由は何なのか……」
顧墨は一度言葉を切り、私の顔を見た。
「考えられる答えは、ただ一つです。曹操自身が、今夜の行軍隊列に加わっているのではないでしょうか」
私は思わず息をのんだ。
今夜、私たちが目にした曹の大旗。四頭立ての馬車。そして、最後の部隊の異様なまでの整然とした行軍。
それらを考え合わせれば、顧墨の推測にも十分な説得力があった。
しかし、このときの私たちは、まだ知らなかった。
今夜の行軍隊列にいたのは、曹操だけではない。
関雲長もまた、その一隊の中にいたのである。




