帰営の道で
帰営する道すがら、顔良はずっと黙ったままだった。
先ほどから一言も口を開かず、馬の手綱を握ったまま、ただ前を見つめている。
このままでは気まずい。俺は何とか話題を変えようと、先ほど軍営から出てきた二台の馬車を思い出して尋ねた。
「ところで、先ほどの二人の女性は、いったいどなたなのですか? あれほど大勢の護衛を連れて、ずいぶん立派な行列でしたが」
顔良は少しの間、黙っていた。
やがて、低い声で答えた。
「主公の正室である劉夫人と、二公子・袁熙の妻、甄氏だ」
「甄氏……」
「ああ。主公は三公子の袁尚をことのほか可愛がっている。そのため、大公子の袁譚も二公子の袁熙も、面白く思っておらぬところがある」
顔良は馬を進めながら、続けた。
「今回は袁熙が幽州から三万の兵を率いて援軍に来た。主公も父親として、鄴城に残っていた甄氏を呼び寄せたのだろう。甄氏は、袁熙が幽州へ赴いた後も、鄴城で姑にあたる劉夫人のそばにいた。夫婦をしばらく一緒に過ごさせるのも、主公なりの好意の表れなのだろうな」
顔良はそれ以上、何も言わなかった。
俺は内心、ひそかに驚いていた。
家族を再会させるために、三千もの白馬を揃えた精鋭騎兵を動かし、これほど大掛かりな儀仗を整える。
それなのに、軍の命運に関わるかもしれない情報を持ってきた上将軍は、軍門の外で何時間も待たされたのだ。
袁紹は、兵士たちがこれをどう受け止めるか、考えたことがないのだろうか。
いや、そもそも考えていないのかもしれない。
俺は小さく首を振った。
前世の会社もそうだった。
ある時、システム障害が発生し、現場の社員たちは夜通し復旧作業に追われた。俺もほとんど眠らず、原因を調べ、データを照合し、何とか朝までに業務を再開できる状態にした。
ところが翌朝、上司は役員への報告で、自分が的確に指示を出して問題を解決したかのように説明した。徹夜で作業した現場の人間の名前など、一人も出てこなかった。
失敗すれば現場の責任。成功すれば上司の手柄。
あの時も、俺たちがどれほど苦労したかなど、上の人間にはどうでもよかったのだろう。
袁紹も同じなのかもしれない。
目の前にある立派な行列や華やかな儀仗には気を配る。だが、その軍を支えている兵士たちが何を考え、何に苦しんでいるのかには、目が向いていない。
俺はもう一度、小さく息を吐いた。
帰営すると、顔良とはそこで別れた。
その後、彼の様子が気になって、少し離れたところから見ていたのだが、顔良はまたしても胡兵に酒を持ってこさせていた。
結局、俺には何も言えなかった。
慰めの言葉をかけたところで、今の彼に届くとは思えなかったからだ。
俺は顧墨を呼び、収屍隊の前線へ向かった。
今は、顔良のことを心配しているだけでは何も変わらない。延津で何が起きているのか、こちらも情報を集めなければならない。
俺たちは各部隊の報告を確認し、集められた遺品や書状にも目を通した。
そして、夕暮れが近づいた頃、ようやく軍営へ戻ってきた。
ふと目を向けると、少し離れた場所で顔良が鉄の棒を手にしていた。
向かい合っているのは鉄牛だ。
どうやら、また二人で手合わせをしているらしい。
顔良の表情は、まだ完全に晴れたとは言えない。それでも、鉄牛の大きな体に向かって鉄棒を構える姿には、昼間の門前で見せていた虚ろな様子はなかった。
俺はその様子をしばらく眺め、ようやく少しだけ胸をなで下ろした。




