忠義の将軍と、苦笑する軍師
顔良は、かつて袁紹軍の上将軍を務めた男だ。
しかし、ここしばらく接してきて、俺には彼の人柄がよく分かるようになっていた。情に厚く、裏表のない、北国育ちの実直な男。豪快なところはあるが、決して冷酷な武人ではない。
そんな顔良が、今は軍営の門前に無表情で立ち尽くしていた。
怒っているわけでもない。郭図や審配に文句を言うでもない。ただ、何を考えているのか分からない顔で、ぼんやりと前を見つめている。
まるで、自分がここで待つことこそ当然だと、疑いもせずに思っているかのようだった。
そばにいた兵士たちも、そんな顔良の姿を見かねたのだろう。どこからか椅子を一脚運んできて、彼の前に置いた。
顔良は椅子を見下ろし、少し間を置いてから、黙って腰を下ろした。
その動作には、何の感情も感じられなかった。
かつて袁紹軍を率いた将軍が、今は主君の返事を待つためだけに、門前で椅子に座っている。
俺は早く自分の軍営へ戻りたかった。
しかし、顔良が袁紹に対して抱いている忠義の深さを知っている。ここで彼を一人置いて帰るわけにもいかなかった。
結局、俺もその隣に立ち、待ち続けることにした。
どれほど時間が過ぎただろう。
太陽が高く昇り、軍営の門を出入りする兵士たちも、俺たちの姿を見慣れてしまった頃だった。
一人の文官らしき男が、こちらへ歩いてきた。
五十歳を少し過ぎたくらいだろうか。痩せた体つきで、飾り気のない衣をまとっている。歩き方にも、どこか疲れがにじんでいた。
男は顔良に気づくと、少し驚いたように声をかけた。
「顔将軍、どうしてここにおられるのです?」
その声を聞いた顔良は、まるで夢から覚めたように顔を上げた。
「ああ……沮授軍師。実は、延津のあたりで少々気になることがありましてな。主公に直接お伝えしようと思い、ここまで来たのです」
沮授は顔良の言葉を聞き、しばらく考え込んだ。
そして、静かに口を開いた。
「主公は、今のあなたの話を聞こうとはなさらないでしょう。将軍は、もう少し主公から距離を置かれたほうがよい」
顔良は何も答えなかった。
沮授は彼の手にある書状へ目を向けると、あっさりと言った。
「その書状は、私が届けておきましょう」
そう言って、顔良から書状を受け取ると、そのまま軍営の中へ入っていった。
俺たちは再び待つことになった。
昼を過ぎても、沮授は戻ってこなかった。
ようやく姿を現したのは、日がかなり傾き始めた頃だった。沮授は遠くからこちらを見つけると、手を上げて合図した。
「将軍! もうお帰りください!」
顔良はそれを見て、何も言わずに立ち上がった。
そして俺を連れ、軍営の門から離れていく。
しばらく歩いたところで、顔良がぽつりと口を開いた。
「沮授軍師にまで、主公は耳を貸さなくなったそうだな」
沮授は苦笑した。
「私と将軍、それに田豊。もう、あまり余計なことは言わないほうがよさそうで、今の主公の心には、我らの言葉が入り込む余地もないのでしょうな。」
そう言うと、沮授は軽く手を合わせるように拱手し、振り返って自分の軍営へ戻っていった。
その背中を、俺はしばらく見送っていた。




