静寂の中に現れた張郃と高覽
顔良と鉄牛の勝負は、四十合を過ぎてもまだ続いていた。
五十合近くになる頃には、さすがの二人にも疲れが見え始めていた。
鉄牛は大きく息を吐きながら、両手で鉄槌を握り直す。顔良も呼吸こそ乱れていないものの、先ほどまでの余裕は少しずつ薄れていた。
周囲で見物していた者たちも、いつの間にか声を上げなくなっていた。
最初は賑やかだった稽古場が、今では妙に静まり返っている。
誰もが二人の動きに集中し、次の一撃を見逃すまいと目を凝らしていた。
聞こえてくるのは、鉄槌と鉄棍がぶつかり合う音だけだった。
ガン!
ガァン!
重い金属音が響くたび、見物人たちの表情にも緊張が走る。
そして、六十合に近づいた頃だった。
「好!」
突然、少し離れた場所から大きな喝采が聞こえてきた。
その声に、周囲の者たちが一斉にそちらを振り向く。
そこには、十数人の騎兵がいた。
いずれも装備が整った精鋭らしく、馬も兵士もよく鍛えられている。その前には二人の将軍が並んでいた。
一人は三十五、六歳ほどの男だった。
身体つきは筋肉質だが、どこか痩せて見える。文醜にも似た雰囲気があるものの、文醜のような大らかで少しぼんやりした表情とは違っていた。
その目は鋭く、静かに周囲を見渡している。
まるで獲物を見定める狼のような、冷静で隙のない眼差しだった。
もう一人は三十歳前後だろうか。
こちらは一回り大きな身体をしており、立派な髭を蓄えている。顔つきにも力強さがあり、いかにも豪傑といった印象だった。
二人とも、ただ者ではないことは一目で分かった。
だが、そのときだった。
それまで集中して鉄槌を振るっていた鉄牛が、突然、動きを止めた。
どうやら、先ほどの喝采に驚いたらしい。
鉄牛の手が止まった、その一瞬を顔良は見逃さなかった。
顔良は相手の反応に気を取られることもなく、手にした鉄棍をそのまま前へ伸ばした。
そして、鉄牛の胸元でぴたりと止める。
「お前の負けだ」
顔良は微笑みながら言った。
鉄牛は一瞬、何が起きたのか分からない様子だったが、すぐに大きく息を吐いた。
「はあ……。危なかった……」
ようやく緊張が解けたのだろう。
鉄牛は鉄槌を下ろし、顔良に向かって頭を下げた。
「顔将軍の力、拝見いたしました。私の負けですね」
「ははは。俺を相手に六十合近くも打ち合ったんだ。大したものだぞ」
顔良はそう言って笑った。
そして、先ほど喝采を送った二人の将軍には目も向けず、そのまま自分の天幕へ向かって歩き始めた。
まるで、そこに誰もいなかったかのようだった。
こうして比武は終わった。
俺たちも道具を片づけ、稽古場を後にした。
帰り道、隣を歩いていた老陳が、先ほど現れた二人について教えてくれた。
「あの二人の将軍、分かったか?」
「いや、誰なんだ?」
「あの大男が高覧将軍だ。そして、その前にいた、狼みたいな目をした将軍が張郃将軍だ」
「張郃と高覧……」
どちらも袁紹軍では名の知られた将軍である。
老陳は少し声を落として、さらに話を続けた。
「袁紹様の命令で、あの二人は顔良将軍の部隊の大半を引き継いだんだ。今では、あちらの指揮下に入っている兵も多い」
俺は思わず、先ほど二人が立っていた場所を振り返った。
「そうだったのか……」
「ただ、あの二人は普段からあまり素直なところがないらしい。顔良将軍とも、文醜将軍ほど親しいわけじゃない」
老陳はそう言って、顔良が去っていった方向に目を向けた。
俺は何も言わなかった。
先ほど、顔良が二人に一瞥もくれず、まっすぐ天幕へ戻っていった理由が、少し分かったような気がした。




