なんと顔良の爆笑
今回の訓練に先立ち、私は華安と何度か予行演習を行っていた。
華安は招魂の儀を執り行った経験があり、銅鑼や大太鼓の扱いにも慣れている。そこで、私が命令を出し、華安がそれに合わせて銅鑼や戦鼓を鳴らす役を担当することになった。
「銅鑼の第一の合図! 後方へ撤退!」
華安が力いっぱい銅鑼を打ち鳴らす。
――カァン!
甲高い音が響くと、前列の兵士たちはすぐに後ろへ動き始めた。
ところが、後方にいた者たちは命令を聞き取れなかったのか、それとも意味を理解できなかったのか、動きはばらばらだった。後ろへ下がる者もいれば、私の顔を見つめたまま、立ち尽くしている者もいる。
ほんのわずかな間に、きれいに並んでいた隊列は、あちこちに折れ曲がった何本もの列へと変わってしまった。
「止まれ! よく聞け! 銅鑼が鳴ったら後ろへ下がるんだ!」
私はもう一度、声を張り上げた。
今度は先ほどより少しだけ整った。もっとも、素早く下がる者もいれば、のんびりと動く者もいる。後ろから勢いよく下がってきた兵士に押され、動きの遅い者が尻もちをつく始末だった。
訓練場の周囲で見物していた兵士たちから、早くもくすくすと笑い声が漏れ始める。
私は振り返ることなく、続けて第二、第三の銅鑼の合図を指示した。
音を聞くなり、方向も確かめずに動き出す者がいる。隣の兵士が左へ進むのを見て、自分もつられて左へ向かう者もいた。その結果、本来なら右へ撤退するはずの小隊まで、そろって左へ流れてしまった。
私は何度も訓練を止め、そのたびに規則を説明し直さなければならなかった。
三十回、四十回と繰り返すうちに、ようやく兵士たちも撤退を示す三種類の合図を、少しずつ理解し始めた。
次は戦鼓だ。
ドン! ドン! ドン!
太鼓の音が訓練場に響き渡る。
「全員、前進!」
今度は兵士たちの反応が、やけに積極的だった。
ただし、勢いよく走り出す者もいれば、なかなか動こうとしない者もいる。
中には、気合が入りすぎたのか、一人だけ真っ先に最前列まで駆け抜けてしまった兵士もいた。後ろを振り返って誰もついてきていないことに気づき、慌てて立ち止まると、仲間を探してきょろきょろと辺りを見回している。
左前方、右前方への進撃を指示する二種類の合図になると、混乱はさらにひどくなった。
左へ向かう者、右へ向かう者。中には、どちらへ進めばよいのかさっぱり分からず、前の兵士について、そのまま正面へ突っ走っていく者までいた。
そして、私を最も悩ませたのが、華安とその補助役が銅鑼と戦鼓を同時に鳴らす合図だった。
本来なら、これを聞いた兵士は全員、今の行動を止め、隊列の中央へ集合しなければならない。
銅鑼と戦鼓が、ほぼ同時に鳴り響く。
――カン! ドン! カン! ドン!
訓練場の兵士たちは、一瞬ぽかんとした。
すぐに足を止める者もいれば、まだ前へ走り続けている者もいる。慌てて向きを変え、隊列の中央を探そうとする者もいた。
さらに困ったことに、あちこちに散らばっていた兵士たちは、なぜかそれぞれ別の場所を中央だと思い込んだらしい。互いに違う方向へ走り出してしまったのだ。
たちまち人影が入り乱れ、隊列同士がぶつかり合う。あちこちで人が折り重なり、何人もの兵士が地面に転がった。
誰が撤退していて、誰が進撃しているのか。あるいは、誰が隊列の中央を探しているのか。もはや私にも見分けがつかない。
「待て! そっちは違うぞ!」
「あっちが中央じゃない!」
「押すな! まず止まれ!」
私の叫び声は、銅鑼と戦鼓の音、そして兵士たちのあちこちから上がる叫び声に、あっという間にかき消されてしまった。
中でも、ひどい目に遭った兵士が一人いた。
もともと方向感覚があまりよくないらしく、先ほどから何人もの兵士について、あちらへ行ったりこちらへ戻ったりを繰り返していた。しまいには、その場でくるくると回り始めてしまったのだ。
ようやく足を止めた時には、すっかり目を回していた。両脚から力が抜け、そのまま地面にへたり込んでしまう。
近くにいた兵士が慌てて手を差し伸べ、彼を助け起こそうとした。
ところが、立ち上がったその兵士の背中に、今度は別の者が後ろから勢いよくぶつかってきた。
二人はそろって転倒し、さらに隣にいた兵士まで巻き込んで、次々と地面に倒れ込んでいく。
私はその光景を眺めながら、いったい誰に、どこから止まるよう命じればいいのか、分からなくなっていた。
ふと、顔良が見物していたことを思い出した。
私は何気なく、彼の座っている方へ目を向けた。
顔良は相変わらず椅子に腰掛け、両手を膝の上に置いていた。表情も、いかにも真剣に訓練を見守っているという顔つきだ。
最初はわずかに眉をひそめ、兵士たちの動きを注意深く観察しているようだった。
ところが、ある兵士が左へ走り出したかと思うと、突然右へ向きを変え、正面から来た仲間とまともにぶつかった。その瞬間、顔良の口元がぴくりと動いた。
さらに別の二人がぶつかり合い、手にしていた武器まで地面に落としてしまう。
顔良の肩が、かすかに震え始めた。
その様子を見て、私はふと思った。
もしかして、何か悪いものでも食べて腹を壊したのではないだろうか。見物の最中だから席を立つわけにもいかず、必死に便意をこらえているようにしか見えない。
顔良は顔を伏せ、どうにか表情を隠そうとしているようだった。
だが、その顔は見る見る赤くなっていく。
もともと黒みがかった赤い顔をしているのだが、今はそれがいっそう濃くなっていた。相当つらそうだ。
そんな時に限って、また一人、中央へ集合しようとした兵士が方向を間違え、別の隊列の真ん中を突っ切っていった。
ぶつかられた兵士たちは、たちまち左右に崩れ、まるで積み上げた薪が倒れるように、ばたばたと地面に転がった。
ついに、顔良も我慢の限界を迎えた。
「はははははっ!」
彼は大声で笑い出した。
最初は何とか抑えようとしていたようだが、すぐにそんな余裕もなくなったらしい。片手で椅子をつかみ、もう片方の手で腹を押さえながら、肩を震わせて笑い続けている。
周囲で何とか笑いをこらえていた兵士たちも、その声を聞いた途端、とうとう堪えきれなくなった。
顔を伏せてこっそり笑う者もいれば、腹を抱えてしゃがみ込む者もいる。
銅鑼や戦鼓を担当していた者たちまで、訓練場の惨状を目にして、ついに笑い出してしまった。
訓練場は、あっという間に笑い声で満たされた。
私はその光景を前に、ただ困ったようにため息をつくしかなかった。華安に手を振り、訓練を終えるよう合図する。
今回の信号訓練は、とても成功したとは言えない。
それでも、少なくとも兵士たちは銅鑼と戦鼓というものを知った。
あとは、合図を聞いて正しく動けるようになるかどうかだが……。
こればかりは、まだまだ時間をかけて、少しずつ訓練していくしかない。焦っても仕方がなかった。




