中隊長、驢馬と黄皮
天幕の外に出ると、驢馬の後ろに立っていた人物を見て、私は思わず目を細めた。
黄皮だった。
どうやら徐進の命令を受け、中隊長への任命を示す令状と、中隊長に与えられる乗り物を届けに来たらしい。
収尸総隊には、役職に応じた装備や待遇の決まりがある。
伍長には佩刀と簡易な個人用天幕、小隊長には便器を備えた天幕が与えられる。そして中隊長になれば、劣等馬や驢馬などの乗り物を一頭、配賦される資格がある。大隊長には馬が与えられ、千夫長ともなれば剣がその地位の象徴となる。
もっとも、こうした待遇がどこまで守られているかは別の話だ。
徐進が今回、わざわざ黄皮を使者に選んだ理由は分かりやすかった。顔良に取り入りたいのだろう。それに、今後出世するかもしれない私にも、良い印象を与えておきたい。黄皮が以前、私や老陳たちを死なせようとしていたことなど、徐進は知りもしないのだから。
一方の黄皮にも、別の思惑があったようだ。
龍と老陳が今どうなっているのか、自分の目で確かめたい。あわよくば、こちらに取り入る機会も探りたい。そんな好奇心と下心を抱えて、わざわざやって来たのだろう。
そして、肝心の乗り物についても、黄皮は余計な判断をしたらしい。
中隊長に与えられるのは、あくまで劣等の乗り物。その中から何を選ぶかは、本人の裁量に任されていたのかもしれない。しかし、黄皮は劣等馬を選ばず、驢馬を持ってきた。
それを見た老陳が、すぐさま声を荒らげた。
「待て。徐進が驢馬を選んだわけがないだろう! 中隊長には劣等の乗り物が配賦されるという決まりだ。お前が勝手に驢馬を選んだんじゃないのか!」
「い、いえ! そんなことはありません。これは徐千夫長のご命令でして……」
黄皮は慌てて弁解したが、老陳の追及は止まらない。
「嘘をつけ。お前が勝手に選んだんだろう!」
「本当に違います! 私はただ、命令どおりに……」
黄皮はなおも強弁を続けた。
しかし、私はそれ以上相手にする気はなかった。
驢馬であろうと、乗り物を一頭もらえるのなら十分だ。せっかく持ってきたものを突き返す理由もない。
「分かった。ありがたくもらっておく。お前も飯を食ってから帰ればいい」
適当にそう言って話を切り上げると、黄皮は何度も頭を下げ、ぺこぺこと腰を折りながら去っていった。
その背中を見送ったあと、夏がこちらに向き直った。
「頭。私に一つ考えがあります。もう少し練ってから、改めて報告します」
驢馬を手に入れたものの、乗りこなせなければ意味がない。
ところが、意外なことに、この体の本来の持ち主は乗り物の扱いにかなり慣れていたらしい。農家の生まれだったのか、それとも牧畜に関わる家庭の出身だったのかは分からないが、驢馬の背にまたがってみると、手綱の扱いも足の使い方も、身体が自然に覚えていた。
最初こそ少し戸惑ったものの、何度か試すうちに、どうにか乗りこなせるようになった。
周囲からは笑い声が上がった。
「頭、なかなか様になっているじゃないか!」
「馬ほど速くはないが、牛よりは何倍も速いな!」
そんな声を聞きながら、私は驢馬の背で姿勢を整えた。
たしかに馬のような速さはない。それでも、自分の足で歩くよりずっと楽だ。移動の自由が得られるだけでも、十分に価値がある。
その後、顔良と顔を合わせたとき、彼は私の乗っている驢馬を見るなり、からかうように笑った。
「お前が中隊長になった証が、それか?」
「まあ、そういうことです」
「もっと上等な馬をやろうか?」
顔良は冗談半分にそう言ったが、私は首を横に振った。
「いえ、驢馬で十分です。今の収尸総隊に、そんな余裕はありません。それに、将軍から馬をいただけるのなら、まずは運搬用の馬車を作るために使いたいと思います。今の私たちには、身分を示すために馬に乗る必要もありませんし、実用面でも馬を使う理由はありません」
顔良は私の言葉を聞いて、また笑った。
それからも、私たちは驢馬に乗る練習を続けた。
最初はぎこちなく、背中で揺られるたびに笑い声が起こったが、何度も乗っているうちに少しずつ慣れていく。気がつけば、数日も経たないうちに、隊の者たちは皆、私と驢馬が並ぶ姿にもすっかり見慣れていた。




