第二十一節 新たな任命
鍛造班と傷病班が少しずつ軌道に乗り始めてから、私たちの陣営の日常も、以前に比べてずいぶん安定してきた。
今では、私の指揮下にいる兵士は三百六十人余りにまで増えている。もっとも、その八割以上は、いまだに負傷兵だった。大半の者は順調に回復しつつあるものの、完全に元の身体を取り戻すには、まだ時間がかかる。
それでも、彼らは救助されたばかりの頃とは違っていた。以前は一日中、天幕の中で横になり、誰かの世話を受けるしかなかった者たちも、今では少しずつ自分の力で動けるようになっている。
傷の軽い者の中には、物資の運搬を手伝ったり、道具を整理したり、あまり体力を必要としない仕事に加わったりする者も出てきた。
一方で、気がかりなのは顔良将軍の様子だった。
彼の傷は順調に回復し、身体にはもう大きな問題はなさそうだった。しかし、戦場を離れてからというもの、すっかり以前の覇気を失ってしまったように見えた。
朝、私が陣営を歩いていると、天幕の外に座っている彼の姿を見かけることがある。昼になっても、たいていは同じ場所にいる。夕方になり、夜が更けても、彼の手元には決まって酒壺が置かれていた。
軍務を完全に放り出しているわけではない。部下が軍中の報告や日々の状況を伝えに来れば、一応は耳を傾ける。しかし、返事はいつも短く、必要最低限の言葉を返すだけだった。そして話が終われば、また酒に手を伸ばす。
ある日、私は顔良の様子を見に行った。
案の定、彼は天幕の前に腰を下ろし、いつものように酒を飲んでいた。
「将軍、ずいぶんとお暇そうですね」
私が冗談めかして声をかけると、顔良は顔を上げ、こちらを一瞥した。それから、手にしていた酒壺を持ち上げ、一口飲んだ。
「まあ、それも悪くない」
淡々とした口調で、彼は言った。
「お前がいなければ、この軍営はとっくに逃亡兵ばかりになっていただろうな」
私は苦笑した。
「将軍、それは少し大げさですよ。皆、今はたまたま新しい命令を受けていないだけです。将軍の身体が完全に回復すれば、いつかまた弟兄たちを率いて戦場に立つ日も来るでしょう」
顔良は答えなかった。
ただ、手にした酒壺を見つめている。
私はさらに、酒を少し控えて身体を大事にすること、傷をしっかり治すこと、そして軍中のことにも少しずつ目を向けてほしいと話した。
しかし、どうやら私の言葉は、彼の心には届いていないようだった。
その場を離れるときも、顔良は同じ場所に座ったまま、黙々と酒を飲み続けていた。
正直なところ、私にも彼をどう励ませばよいのか分からなかった。
顔良ほどの猛将にとって、戦場は単に戦う場所ではない。自分の力を発揮し、部下を率い、将軍としての存在意義を確かめる場所でもあったはずだ。
それなのに、今では命こそ助かったものの、かつての戦場も、指揮する権限も失ってしまった。自分の部隊でさえ、思うように動かせない状態にある。
その落差は、身体の傷が癒えたからといって、簡単に埋められるものではないのだろう。
そんな日々が続いていたある日、思いがけない人物が私たちの陣営を訪れた。
徐進である。
彼は袁紹軍の収尸総隊に所属する千夫長だった。
初めて彼と顔を合わせたのは、私が戦場で顔良将軍を救助したときのことだ。当時、徐進はまだ大隊長だったが、あの一件で私たちとともに救助活動に関わり、その働きが認められたこともあって、今では千夫長にまで昇進していた。
そのため、私たちの間には以前から多少の縁があった。
また、徐進は顔良将軍に対しても、以前から礼を失しない態度を取っていた。顔良が今では冷遇され、袁紹軍の中での影響力も以前ほどではなくなったとはいえ、かつて袁紹の配下で重要な役割を担っていた猛将であることに変わりはない。
今回、徐進がわざわざ私たちの陣営まで足を運んだのも、どうやら顔良から相談を受けたためらしい。
二人はしばらく近況を話し合い、やがて軍中の人事について話題を移した。
私は少し離れたところで、その様子を眺めていた。自分には関係のない話だと思っていたのだが、意外にも、話はすぐに私のことへと移った。
徐進は私のほうを見て、顔良に向かって言った。
「顔良将軍がそこまで彼を評価しているのであれば、私も一つ、力になりましょう」
そう言ってから、彼は自分の立場について説明した。
「私は今、収尸総隊の千夫長を務めています。中隊長以下の任命であれば、私の裁量で決めることができます。ただし、大隊長を任命するとなると、上官の承認が必要になります」
そして、今度は私のほうへ向き直った。
「今日から、お前を収尸総隊の中隊長に任命する。今後も顔良将軍の駐屯地に配置し、引き続きここで部隊を指揮してもらう」
私は思いがけない昇進に、少し驚いた。
これまで、手元の兵士は増え、担当する仕事も以前とは比べものにならないほど広がっていた。それでも、自分の官職については、あまり深く考えていなかった。
だが、正式に中隊長へ任命されたとなれば、話は別だ。
自分の部隊を率いるうえで、これまで以上の裁量を得られることになる。何より、今まで進めてきた活動を、軍の中でも正式に認められたような気がした。
私はすぐに姿勢を正し、徐進に礼を述べた。
徐進は笑って手を振った。
「礼には及ばない。これからも、しっかりやってくれ」
その後、彼は顔良と二言三言交わしてから、私たちの陣営を後にした。
徐進を見送ったあと、私は顔良のところへ戻り、改めて一礼した。
「将軍、このたびは私のために取り計らっていただき、ありがとうございました。これで私の役職も上がり、指揮できる人員や仕事の範囲も、少しは広がりそうです」
顔良は私を見たが、その表情には相変わらず、あまり変化がなかった。
「その程度の権限では、お前にはまだまだ足りないだろう」
そう言うと、彼は再び酒壺を手に取り、一口飲んだ。
しばらく沈黙が続いた。
やがて、何かを思い出したかのように、顔良はぽつりと付け加えた。
「いつか、お前には俺たちの軍を率いる主将になってもらいたいものだな」
私は一瞬、返す言葉を失った。
しかし、顔良はそれ以上何も言わなかった。
ただ視線を落とし、また一人で酒を飲み始めた。
まるで今の言葉など、酔った勢いで何気なく口にしただけだとでもいうように。




