第十九節 鍛造組的誕生
このところ、私たちは戦場に残された武器や装備、さまざまな資材を回収し続けていた。
しかし、いくら分類して整理し、運び込んだところで、それだけでは物資の価値を十分に引き出したとはいえない。
柄が折れただけの武器もあれば、刃こぼれした刀もある。鎧も、鉄片が何枚か外れただけなら、留め直せばまだ使える。大量に集まった鉄器や木材、皮革も、少し手を加えるだけで、新しい道具に生まれ変わる可能性があった。
もし、鍛造を本職とする者が一人でも加わってくれれば、状況は大きく変わるはずだ。
私は夏天臺のもとへ歩み寄り、心から称賛した。
「夏兄弟、武芸だけでなく、こんな腕まで持っていたとはな!」
しかし、彼は照れくさそうに手を振った。
「龍隊長、褒めすぎですよ。私の武芸など、この鍛冶の腕に比べれば大したものではありません」
そう言って、修理された道具を眺め、それから私に視線を戻した。
「実は、私から一つ提案があるんです」
「何だ? 遠慮なく言ってくれ」
「今、あなたの収尸小隊は人手が足りないんでしょう? もしよければ、私は十夫長の職を辞めて、そちらで鉄工として働かせてもらえませんか。やはり、自分の本来の仕事に戻りたいんです」
私は一瞬、意外な申し出に言葉を失った。
「兵士になる前は、この腕一本で食べていました。毎日、武器を持って人と殺し合うのは、正直なところ、私が本当にやりたかったことではありません。こうして鉄を打ち、道具を修理しているほうが、よほど性に合っています。槍や刀を手に、何もせず陣営で過ごすより、ずっといい」
それを聞いて、私は嬉しくなった。
「君のような人材なら、こちらからお願いしたいくらいだ。ただ、今の上官は許してくれるのか? 顔良将軍はどう思われるだろう?」
夏天臺は笑った。
「顔良将軍は、もうあなたを我々の部隊の要だと思っていますよ。最近は、こちらの兵が何人もあなたのところへ手伝いに来ていますが、将軍は止めるどころか、むしろ良いことだと考えているようです」
彼は少し間を置いてから続けた。
「私の直属の上官については、百夫長に話を通せば済むはずです。そのあたりは私が自分で何とかします」
私はうなずいた。
思っていた以上に、話はすんなり進みそうだった。
数日後、夏天臺は鍛造の心得がある兵士を数名連れて、本当に私たちの陣営へやって来た。
百夫長の許可はすでに得ており、この話を偶然耳にした顔良将軍と千夫長からも、賛成の言葉をもらったという。
顔良将軍に至っては、こちらで武器の修理や鍛造を学びたい者がいれば、無理に引き止める必要はない、とわざわざ指示してくれたそうだ。
私はすぐに鍛造班の編成に取りかかった。
もともと五、六十人ほどいた収尸小隊の中から、鍛造に興味を持つ者や、鉄器の加工を多少なりとも経験したことのある者を四、五人選び、夏天臺のもとで技術を学ばせることにした。
夏天臺は、もともと顔良軍の十夫長だった。そこで、いきなり高い役職を与えることはせず、まずは見習い伍長として、鍛造班の日々の仕事を取り仕切ってもらうことにした。
もちろん、私たちの小隊の規則に従い、彼にも専用の佩刀を一振り渡した。
特別に優れた名刀というわけではない。だが、それは彼が正式に私たちの隊に加わった証でもあった。
夏天臺は佩刀を受け取ると、しばらく手に取って眺め、それから腰に差した。
その仕草から、彼がこの刀を大切に思っていることが伝わってきた。
それだけではない。
私は隊の中から木工の経験がある者を何人か選び、馬車や牛車、車輪、車軸などの修理と製作を担当させた。
さらに、縫い物や補修ができる者には、皮革や布地、衣服、天幕などの修繕を任せた。
こうした木工や縫製の担当者も、ひとまず鍛造組の管理下に置き、夏天臺がまとめて指揮する体制にした。
鍛造組が正式に動き始めると、その効果はすぐに現れた。
最初は、数人の兵士が炉の周りに集まり、道具を修理しているだけだった。ところが、ほどなくして、壊れた武器を手にした兵士たちが次々と訪れるようになった。
こうした品々は、普通の兵士に扱わせても、修理する術がない。結局、使わずにしまい込まれるか、そのまま廃棄されてしまうことが多かった。
だが、夏天臺の手にかかれば、再び使えるようになる可能性があった。
彼はまず損傷した箇所を確かめ、それから鍛え直すのか、別の部品を継ぎ足すのか、それとも部品を取り外して交換するのかを判断した。
修理した武器の中には、元の品質には及ばないものもあった。それでも、実戦で十分に使えるものは少なくない。中には、使い勝手を考えて手を加えた結果、以前より扱いやすくなった道具さえあった。
木工や縫製も負けてはいなかった。
馬車や牛車、手押し車の修理に加え、新しい車輪や木箱、荷物を運ぶための台なども作り始めた。さらに、負傷兵を運ぶための簡易担架の製作にも取りかかった。
私は彼らに、担架や運搬道具は、ただ頑丈であればいいわけではないと念を押した。
実際に使うときの扱いやすさも考えなければならない。特に負傷兵の場合、骨折している者もいれば、深い傷を負っている者もいる。運ぶ途中で激しく揺さぶられれば、本来なら助かるはずの命まで失われかねない。
そこで、担架には簡単な固定帯を取り付け、布や皮革を使って身体への衝撃を和らげる工夫も試してみた。
一つ一つは、取るに足らない小さな改良にすぎない。
だが、そうした工夫の積み重ねが、収尸小隊全体の作業効率を大きく押し上げていった。
やがて、顔良軍の兵士たちも、修理が必要な武器や道具を次々と持ち込むようになった。
ある兵士が折れた槍を持ってきたかと思えば、数日後には別の仲間を連れてやって来る。破損した鎧の部品を持ち込む者もいれば、軍馬の鞍具を直せないかと尋ねる者もいた。
中には、すでに使い物にならないと判断されていた軍用器具まで、私たちのところへ運び込まれてくるようになった。
こうして、私たちの陣営では、朝から晩まで炉の火が絶えることはなくなった。




