第十七節:物乞いの収尸隊と知らぬ文丑将軍のやさしさ
翌朝、俺はすぐに伍長たちを呼び集めた。
老陳、鉄牛、顧墨をはじめ、今では俺の指示で動く者も少しずつ増えている。
「今日から全員で、運搬用具を集めるぞ」
「運搬用具ですか?」
顧墨が聞き返した。
「そうだ。負傷兵を人の背中だけで運ぶのは限界がある。荷車、牛車、馬車、それに一輪車も欲しい」
三国時代といえば、諸葛亮の木牛流馬が有名だ。しかし、あれはもっと後の時代の話だ。車輪を使った運搬具そのものは、すでに昔から存在している。一輪車もあれば、二輪や四輪の荷車もある。
俺たちに必要なのは、立派な軍用輸送車ではない。
一人でも押して動かせる一輪車。負傷兵を横たえて運べる牛車や馬車。壊れかけでも構わない。車輪や車軸、荷台の部材だけでも手に入れば、こちらで組み立て直せる。
それから、肝心なのは動物だ。
牛、驢馬、そして戦馬としては使えなくなった老馬や小馬、体格や脚力が劣る馬でもいい。荷物を引かせるだけなら、十分に役立つ。
「まずは車輪だ。木製で構わない。車軸や金具も、使えそうなものがあれば全部集めてくれ。壊れていても捨てるな。直せるものは直す」
「しかし、どこから集めるのです?」
老陳が困った顔をした。
「それを今から探すんだ」
俺たちは早速、顔良の陣営を出て、袁紹軍の各軍営を回り始めた。
ところが、話はそう簡単ではなかった。
曹操軍との戦いが続いているため、どこの軍営も物資を余らせてはいない。荷車や牛馬は兵糧や武器の輸送に使われ、車輪一つでも貴重品だった。
「余っている車輪はありませんか。壊れた荷車でも構いません!」
「ない。ほかを当たれ!」
「牛や驢馬は? 老馬でも構いません!」
「そんなものが余っているわけがないだろう!」
何度も追い返された。
中には、俺たちの格好を見て鼻で笑う者までいた。
「顔良将軍のところの死体拾いだと? そんな連中に渡す物資などない!」
まるで物乞いだ。
いや、実際に物乞いをしているようなものだった。
それでも諦めるわけにはいかない。俺たちは軍営を一つずつ回り、不要になった車輪や壊れた荷台、使い古しの車軸を探し続けた。
ようやく車輪をいくつか手に入れたものの、今度はそれを引く牛や馬がない。
顔良からは以前、馬を五頭も譲ってもらっている。これ以上頼るのは気が引けた。
それに、あまり多くの物資を顔良の陣営に集めれば、面白く思わない者も出てくるだろう。
収尸隊のくせに、馬や牛を集め、荷車まで作っている。
そんな話が郭図や審配らの耳に入れば、また余計な讒言をされかねない。
「龍隊長、今日はもう戻りますか?」
鉄牛が尋ねた。
「いや、もう一つ先の軍営を見てみよう」
そうして、俺たちはさらに十里ほど離れた軍営へ向かった。
そこは、これまで回った軍営とは規模が違っていた。
天幕が広大な範囲に並び、兵士たちが絶え間なく行き交っている。軍旗も多く、馬の数も桁違いだった。
少なくとも五万人はいるだろう。
袁紹軍の中でも、かなり大きな軍営らしい。
入口の衛兵に止められた俺たちは、いつものように事情を説明した。
「俺たちは顔良将軍の配下にある収尸隊です。負傷兵を運ぶため、余っている車輪や牛馬を探しています」
「収尸隊だと?」
衛兵は俺たちを上から下まで眺めた。
「そんなものを探して、わざわざここまで来たのか?」
「はい。余分なものがあれば、譲っていただきたいのです」
「ない。帰れ」
やはり同じだった。
俺がもう一度頼もうとした、そのときだった。
軍営の奥から、一人の大将軍が歩いてきた。
背が高く、痩せた体つき。表情にはほとんど動きがなく、無駄な動作もない。近くにいる兵士たちが自然と道を空けるほどの威圧感があった。
彼は中軍へ向かう途中、俺たちの前で足を止めた。
「どこの軍営の者だ?」
低く、短い声だった。
「顔良将軍の配下です」
「顔良?」
その名を聞くと、大将軍は俺たちを一瞥した。
「余っているものをやれ」
それだけ言い残し、彼は再び歩き出した。
「はっ!」
衛兵たちは慌てて頭を下げた。
俺たちは何が起きたのか分からず、顔を見合わせた。
しばらくして、倉庫から運び出されてきたものを見て、俺たちは目を丸くした。
車輪が十個。
馬が十二頭。
牛が五頭。
ほかにも、壊れかけた荷台や車軸、木材など、使えそうな部材がいくつもあった。
「こ、こんなにいただいていいのですか?」
「将軍の命令だ。余っているものを渡せと言われたのだ。遠慮せず持っていけ」
衛兵はそう言って、手続きを進めた。
俺たちは何度も礼を言い、物資を受け取った。
帰り道、鉄牛は馬の手綱を握りながら、満面の笑みを浮かべていた。
「龍隊長! すごいぞ! 馬が十二頭だ!」
「牛も五頭だ。これなら何とかなる」
老陳も、珍しく興奮していた。
「しかし、あの将軍はいったい誰だったのでしょうな」
俺も気になっていた。
帰り際、衛兵に尋ねてみると、彼は何でもないことのように答えた。
「文丑将軍だ。知らなかったのか?」
「文丑……」
俺は思わず振り返った。
あの無口で、威風堂々とした大将軍が文丑だったのか。
顔良将軍と並び称される猛将。先ほどは、俺たちに一言も余計なことを聞かず、ただ必要なものを与えてくれた。
結局、俺たちは彼と言葉を交わすこともなく、そのまま別れた。
しかし、あの一言で、俺たちの仕事は大きく前進した。
顔良の軍営に戻ると、すぐに作業を始めた。
顧墨には材料と必要な部品の整理を任せ、老陳には木工に詳しい兵士を集めてもらった。鉄牛たちは車輪や木材を運び、俺も自分で寸法を測り、荷台の構造を考えた。
立派なものを作る必要はない。
壊れにくく、修理しやすく、誰でも扱えること。それが一番大切だ。
車軸を調整し、木材を組み合わせ、車輪を取り付ける。荷台には負傷兵が横になれるよう板を敷き、揺れを抑えるために藁や布を重ねた。
一輪車も、荷物を運ぶものと負傷者を運ぶものに分けて作った。
もちろん、最初からすべてがうまくいったわけではない。車輪が歪んだり、車軸が外れたり、荷台が傾いたりもした。
それでも、何度も修正を重ねた。
数日後、俺たちの収尸隊には、馬車、牛車、そして独輪車が並ぶようになった。
数を合わせれば、運搬用具は数十台に達していた。
「龍隊長、これなら負傷兵を運ぶのもずいぶん楽になりますな」
老陳が、完成した一輪車を押しながら言った。
「そうだ。これで人の背中だけに頼らずに済む」
俺は並んだ車両を見渡した。
まだ粗末なものばかりだ。立派な軍の輸送隊には遠く及ばない。
だが、俺たちにとっては大きな一歩だった。
救える命を増やすには、兵士の勇気だけでは足りない。
人を運ぶ道具が必要だ。
そして、その道具を動かすための牛や馬も必要だ。
ようやく、俺たちの収尸隊にも、少しずつ組織らしい形ができ始めていた。




