第十六節:目の前の不足品から(運搬用具)
陣営に戻ると、俺たちは休む間もなく負傷兵の手当てに取りかかった。
鉄牛や老陳たちに負傷者を運ばせ、俺は顧墨とともに兵士たちの状態を確認する。傷の洗浄、止血、包帯の交換、煮沸した布の準備。重傷者は別の場所に移し、意識のある者には少しずつ水や粥を与えた。
背負って連れ帰った兵士のうち、一人は途中で息を引き取っていた。二人は依然として意識が戻らず、予断を許さない状態だった。
それでも、四人はどうにか持ち直した。
まだ衰弱は激しいが、薄い粥なら口にできる。ひとまず命をつなげたと言っていいだろう。
俺は一通りの指示を終えると、今度は顔良の天幕へ向かった。
顔色は以前よりずっと良くなっていた。太ももの傷も、骨折していたとは思えないほど順調に回復している。完全に元通りというわけにはいかないが、骨がうまくつながれば、再び歩ける可能性は十分にありそうだった。
全身に受けた矢傷も、まだいくつか残っているものの、化膿の兆候は落ち着き、少しずつ回復に向かっている。
俺は三七の粉末など、用意できる薬材を整理しながら、傷の具合を確かめた。現代の医療と比べればできることは限られている。それでも、清潔な布と水、適切な処置を続けるだけで、救える命は確実に増えていた。
「将軍、今日は具合はいかがですか」
「見ての通りだ。お前のおかげで、ずいぶん楽になった」
顔良はそう言って、軽く笑った。
だが、俺の頭の中には、先ほど遭遇した隻眼の将軍の姿が残っていた。
「将軍、一つ気になることがあります」
「何だ?」
「独眼の将軍といえば……夏侯惇ではないでしょうか」
顔良は少し考えた後、うなずいた。
「夏侯惇か。確かに、あの男ならあり得る。曹孟徳の腹心であり、数々の戦場を渡り歩いた猛将だ」
「鉄牛は互角に近いところまで戦いました」
「何だと?」顔良は眉を上げた。
顔良は思わず身を起こしかけた。すぐに傷を気にして横になったが、その顔には驚きが浮かんでいた。
「お前の部下の鉄牛が、夏侯惇と互角に戦ったのか……。あの男も、なかなかの逸材らしいな」
「ただ、武器の柄が折れてしまいました。最後は危なかったです」
「ふむ。いずれ、まともな武器を用意してやらねばな」
話題は、やがて夏侯惇が去っていった方角へ移った。
「将軍、あの騎兵隊は南東へ向かっていました。あちらにあるのは延津ではありませんか?」
「そうだな」
「最近、袁紹軍が延津方面で何か動いているという話を聞きました。曹操軍の後方を突くため、奇兵を送り込むという噂です」
俺は少し言葉を選んでから続けた。
「もしそれが本当なら、曹操の罠に誘い込まれる可能性はありませんか?」
顔良は、あっさりと首を振った。
「お前は少し心配しすぎだ。主公や軍師たちが考えた策には、それなりの理由がある。俺たちが余計な心配をすることではない」
「しかし……」
「龍」
顔良は俺の言葉を遮った。
「お前の慎重さは悪くない。だが、まだ見えていないことまで考えすぎれば、目の前の仕事がおろそかになるぞ」
そう言ってから、顔良は少し表情を和らげた。
「それにしても、お前はよくやっている。数百人もの兵を手当てし、消毒し、救い出した。今日も危険を顧みず、仲間を連れ戻した。あの勇気は大したものだ」
「いえ、俺一人の力ではありません。老陳や鉄牛、顧墨、それに皆が動いてくれたからです」
「そうだな。最近、俺の大営にもようやく活気が戻ってきた。お前が小隊長になってからというもの、まるで主将のように皆を動かしている」
顔良は、どこか皮肉めいた口調で言った。
だが、その表情は無邪気で、俺をからかっているようにも見えた。
「将軍、俺はただの小隊長ですよ」
「分かっている。だからこそ面白いのだ」
俺は苦笑しながら、顔良の天幕を後にした。
外はすっかり暗くなっていた。
もう一度、負傷兵たちの様子を見て回る。まだ苦しそうにうめく者もいれば、粥を口にして眠りについた者もいる。俺は何人かの傷を確かめ、包帯を交換するよう指示した。
顧墨はまだ現場に残っていた。手元の記録を確認しながら、薬材や布の残量を数えている。
「顧墨、まだやっていたのか」
「はい。今日の負傷者と薬材の使用量を整理しています。ですが、今の備蓄では長く持ちません」
「そうだろうな」
俺は周囲を見回した。
負傷者を運ぶための馬車や担架、薬材を保管する箱、煮沸用の大鍋、清潔な布、そして記録を残すための紙や筆。必要なものを挙げれば、きりがない。
「運搬用具は必須だな。負傷者を人の背中だけで運ぶわけにはいかない。薬も足りない。紙も必要だ。記録を残さなければ、誰がどこで何を使ったのかさえ分からなくなる」
俺は一つずつ頭の中で整理した。
延津のことは気になる。
夏侯惇が向かった先も、袁紹軍が進めようとしている作戦も、どうにも胸騒ぎがする。
だが、今の俺たちには、まだ何もできない。
兵も足りない。道具も足りない。負傷者を運ぶ手段さえ十分ではない。
今、手を伸ばしても届かないものに焦るより、まず自分たちの足元を固めるべきだ。
「顧墨、明日から運搬用具の調達を始めよう。馬車、荷車、担架。それから薬材と保管箱もだ。必要なものを全部書き出してくれ」
「分かりました」
俺はもう一度、負傷兵たちを見渡した。
救える命を救う。そのためには、勇気だけでは足りない。
人も、道具も、薬も、記録も必要だ。
延津のことは、ひとまず胸にしまっておこう。
まずは、俺たちの手が届く場所から変えていく。




