第十四節:曹操騎兵に遭遇されても、仲間を見捨てない
負傷兵の救助を始めてから、数日が過ぎた。
俺たちの収尸小隊では、少しずつ仕事のやり方が変わり始めていた。
負傷者を見つけたら、まず容体を確かめる。すぐに運べる者、手当てをしてから運ぶ者、動かすこと自体が危険な者。それぞれを見極め、担架や人手を割り振る。回収した武器や甲冑も、使えるものと修理が必要なものに分け、顧墨が帳簿に記録するようになった。
まだまだ小さな変化だ。だが、少なくとも俺たちの陣地では、負傷した兵士が以前のように簡単に見捨てられることはなくなっていた。
それでも、俺にはどうしても釈然としないことがあった。
曹操軍の騎兵が、ときおり巡回してくる一帯がある。
そこは細長く伸びた地形で、白馬の戦いの後も、両軍の小部隊が何度も衝突していた。大規模な戦闘こそ起きていないものの、騎兵が通り過ぎるたびに小競り合いが起き、双方に死傷者が出ているらしい。
その周辺には、まだ回収されていない死体の山が、何か所も残っていた。
遠目に見ただけでも、数十人分はあるだろう。
しかし、曹操軍の遊騎兵が頻繁に現れるため、袁紹軍の兵士たちは誰も近づこうとしなかった。
「小隊長、あそこはやめておいた方がいいですよ」
ある日、老陳が地図を広げながら言った。
「以前、別の収尸隊が近づいたことがあるんですが、曹操軍の騎兵に見つかって、ひどい目に遭ったそうです。死体を拾いに行って、自分たちまで死んでしまったら、何のための仕事か分かりませんからね」
「そうだな」
俺は地図の上に目を落としたまま答えた。
「だが、あそこに倒れているのは、敵の兵士だけじゃないだろう」
「それは、まあ……」
「まだ息のある者だっているかもしれない」
老陳は困ったように眉を寄せた。
「小隊長。気持ちは分かりますが、相手は曹操軍ですよ。あの連中の騎兵は、かなり手強い。こちらは戦闘部隊じゃありません」
「分かっている」
俺は地図から目を上げた。
「だから、大勢は連れていかない。見張りを置き、周囲を確認しながら、短時間で救助する。危険が大きければ、すぐに撤退する」
「本当に行くんですか?」
「行く」
俺は迷わなかった。
戦場に残された兵士たちは、俺たちが行かなければ、そのまま死んでいくかもしれない。
彼らが百夫長であろうと、伍長であろうと、名前も知られていない一兵卒であろうと、それは変わらない。
俺たちの仕事は、死体を拾うことだけではない。
まだ生きている者を見つけたなら、救い出すことだ。
翌朝、俺は穆鉄牛をはじめ、十数人の仲間を連れて出発した。
「頭儿、今日はずいぶん遠くまで行くんだな」
鉄牛は、いつものように大きな荷物を肩に担いでいた。
「少し危険な場所だ。周囲をよく見てくれ。曹操軍の騎兵が現れたら、すぐに知らせろ」
「おう。任せてくれ!」
鉄牛は笑って答えたが、俺は彼の肩を軽く叩いた。
「いいか。敵を倒すことが目的じゃない。負傷者を連れて帰ることが目的だ。無理に戦うな。俺たちが帰れなくなったら、助けられる者も助けられなくなる」
「分かってるって。俺だって、もう一度死にかけるのはごめんだ」
そう言って鉄牛は豪快に笑った。
だが、その手は腰に差した武器の位置を何度も確かめていた。
目的の場所に近づくと、俺たちは歩く速度を落とした。
地面には馬の蹄跡がいくつも残っている。折れた槍や矢、砕けた盾も散乱していた。少し離れた場所には、まだ血の乾いていない土が広がっている。
曹操軍の騎兵が、ここを巡回しているのは間違いなかった。
「二人ずつに分かれろ。遠くまで離れるな。負傷者を見つけたら、まず声をかけて生死を確かめる。息がある者は優先して運ぶ。武器や装備は後回しだ」
俺の指示に、皆がうなずいた。
しばらくして、鉄牛が少し離れた場所から手を振った。
「頭儿! こっちだ!」
駆け寄ってみると、そこには三人の兵士が倒れていた。
いずれも傷は深く、衣服は血と泥にまみれている。一人は腹部を押さえ、もう一人は腕を不自然な方向に曲げていた。残る一人は、意識があるのかどうかも分からないほど衰弱している。
「息はあるか?」
「三人とも、まだ生きてる。だが、かなり危ないぞ」
鉄牛がしゃがみ込んで答えた。
俺は一人ずつ呼吸と脈を確かめた。
三人とも、いつ命を落としてもおかしくない状態だった。
「急げ。まず止血できるところを押さえろ。無理に立たせるな。担架を作って運ぶ」
仲間たちはすぐに動き始めた。
負傷者の衣服を調べると、身分を示す札が見つかった。三人とも、ただの兵卒ではない。百夫長の身分を示すものだった。
「百夫長か……」
俺は札を見つめた。
百人を率いる立場の人間でさえ、戦場に取り残されれば、こうして誰にも気づかれず死んでいく。
ましてや、名もない兵士たちはどうなるのだろう。
「この三人を先に連れて帰る。残りの者は周囲を確認しろ。ただし、時間をかけるな」
そう言って立ち上がろうとしたとき、鉄牛が少し離れた場所で何かを見つけた。
「頭儿、こいつは何だ?」
そこには曹操軍の将官らしい男が倒れていた。
すでに息はなかった。周囲には折れた槍と盾が散らばり、甲冑にも激しい戦闘の跡が残っている。どうやら、先ほどの三人の百夫長と戦い、最後には命を落としたらしい。
俺は敵将の装備を確認した。
袁紹軍の一般兵とは違い、甲冑には青銅の装飾金具が施され、胸や肩の防具もしっかりと作られている。馬具にも細かな細工があり、部隊の中でも相当に身分の高い将官だったのだろう。
そして、その男の手には、奇妙な武器が握られていた。
全長は二メートルほど。柄の先には、大きな鉄塊が取り付けられている。片手で振るには相当な腕力が必要そうな、単柄の鉄鎚だった。
その先端は、まるで大きな西瓜ほどの大きさがある。
俺は思わず鉄牛を見た。
「鉄牛。これを使ってみるか?」
「おおっ!」
鉄牛の目が輝いた。
彼は鉄鎚を両手で持ち上げ、重さを確かめるように何度か振ってみた。
「こいつはいい! 俺の今まで使っていた武器より、ずっと頑丈そうだ!」
「重さはどうだ?」
「ちょうどいい。これなら、敵の盾ごと叩き潰せそうだ!」
「だからといって、振り回しすぎるなよ」
「分かってるって!」
鉄牛は満足そうに笑い、鉄鎚を肩に担いだ。
俺たちは三人の負傷兵を運ぶ準備を整え、帰路についた。
しかし、ここからが問題だった。
俺たちは負傷者を背負い、担架を持ち、回収した装備も抱えている。足取りはどうしても遅くなる。もし曹操軍の騎兵に追いつかれれば、逃げ切るのは難しい。
「頭儿、俺が一人背負うぞ」
鉄牛は、鉄鎚を片手に持ったまま、もう一人の負傷兵を背負おうとしていた。
「お前は鉄鎚を持っているだろう。俺が代わる」
俺は彼の背中から負傷兵を受け取り、自分で背負った。
「鉄牛。お前は十人を連れて後方につけ。曹操軍の騎兵が追ってきたら、俺たちが負傷者を運ぶ時間を稼ぐんだ。ただし、絶対に深追いするな」
「分かった。俺たちが後ろを守る」
鉄牛は真剣な顔で答えた。
俺たちは周囲を警戒しながら、陣地へ向かった。
そのときだった。
背後から、馬の蹄が地面を打つ音が聞こえてきた。
最初は遠かったが、すぐに音が大きくなってくる。




