第十節:河北の戦神の庇護
老陳は、目をぎょろぎょろと動かしながら、何かを思いついたようだった。
次の瞬間、泥に足を取られそうになりながらも、転がるようにして顔良の馬前へ駆け寄った。
そして、黄皮がどれほど俺を妬んでいたか、日頃からどんな嫌がらせをしていたか、食糧をどれほど不当に減らしていたか、さらには俺が苦労して救い出した負傷兵たちを、強引に解散させようとしたことまで、一気に報告した。
話には多少の誇張も混じっていたが、肝心なところは一つ残らず事実だった。
顔良は黙って聞いていた。
やがて、その鷹のように鋭い眼差しが、ゆっくりと俺の方へ移る。
腕に残る、血のにじんだ鞭の傷。
そして俺の背後に立つ、五、六十人の兵士たち。
衣服はぼろぼろで、顔にも疲労の色が濃い。それでも、彼らの目には、ここで生き抜こうとする強い意志が宿っていた。
顔良はその様子をしばらく眺めていたが、やがて胸の奥にたまった息を吐き出すように、ゆっくりと息をついた。
それから、地面にひれ伏し、震え上がっている黄皮を見下ろし、冷ややかな声で言った。
「なるほどな。袁本初はもう俺を必要としていない。大行台にも、俺は厄介者扱いされている。ならば、俺の手元に残った四、五千の兵にも、まともな収尸隊が一つくらい必要だろう」
そこで顔良は、再び俺の方を見た。
「龍。お前は、その五、六十人を連れて、今日から俺の中軍大帳のそばへ移ってこい」
俺は一瞬、言葉を失った。
顔良はそれ以上、何も説明しなかった。
馬から降りることさえせず、手にした馬鞭で黄皮を指し示す。
「お前たちの、千夫長になったばかりの徐進に伝えておけ。龍と、こいつの五、六十人は、俺、顔良が引き取るとな」
それだけ言うと、顔良は馬首を巡らせた。
数十騎の精鋭が一斉に動き出し、まるで風が吹き抜けるような勢いで、その一団は遠ざかっていった。
泥水の中にひざまずいた黄皮は、顔良の背中が朝霧の向こうへ完全に消えるまで、顔を上げることさえできなかった。
やがて、ようやく緊張の糸が切れたのか、その場にへたり込んだ。
俺は血のにじむ腕を押さえながら、遠ざかる騎兵たちの姿を見送った。
どうやら、俺たちの居場所が変わるらしい。
しかも、軍中で最も恐れられる将軍のすぐそばへ。
顔良の軍営は、袁紹軍の大営の中でも、最も辺鄙な西北の一角にあった。
日が暮れるにつれて、他の軍営から聞こえてくる喧騒も次第に遠ざかっていく。ここには、かつて河北の戦場を席巻した猛将の軍営とは思えないほど、寂しく沈んだ空気が漂っていた。
英雄も、時勢に見放されればこうなるのか。
顔良は中軍大帳で袁紹から冷淡な扱いを受け、あからさまな冷遇と嘲弄を味わったあと、満身創痍の体を引きずるようにして、かつての自分の軍営へ戻ってきたのだ。
もっとも、名目上は冷遇されているとはいえ、顔良はつい最近まで袁紹軍を代表する大将の一人だった。
その名声と、長年積み上げてきた軍功は、簡単に消えるものではない。
彼の手元には、今も三、四千ほどの兵が残っていた。かつての勢いには及ばないものの、軍営としての規模はまだ十分に保たれている。
その日のうちに、収尸隊の千夫長・徐進から新たな人事の命令が下った。
顔良の威光に加え、徐進も俺に恩を売っておこうと考えたのだろう。俺は正式に収尸隊の小隊長へ昇進し、顔良の軍営に派遣されることになった。
小隊長にふさわしい鎧も支給された。
そして、何より嬉しかったのは、以前から欲しがっていた便器付きの天幕まで与えられたことだ。
ようやく、俺も一人前の小隊長らしい待遇を受けられるようになったらしい。
本来なら、収尸小隊の駐屯地は、他の収尸隊と同じ場所に置かれるはずだった。
しかし、顔良の一言があったこと、そして徐進が意図的に便宜を図ってくれたこともあり、俺たちは顔良の中軍大帳に隣接する、軍営の中でも重要な場所に天幕を張ることになった。
表向きは、顔良の軍中に所属する収尸小隊としての配置である。
だが、実際には別の意味もあった。
顔良の傷を秘密裏に確認し、必要があれば薬を取り替え、経過を観察する。そのためには、いつでも彼のそばへ行ける場所にいる方が都合がいい。
一方で、顔良が俺たちを自分の中軍大帳のすぐ隣に置いたという事実は、軍中の者たちにも分かるはずだった。
それは、河北の戦神と、俺たちとの間に結ばれた、言葉にしない信頼の証でもあった。
この頃、袁紹の大軍は依然として官渡で曹操と対峙していた。
兵力だけを見れば、袁紹軍は依然として圧倒的だった。
だが、俺の目には、その巨大な軍隊の足元が、すでに少しずつ腐り始めているように見えていた。
上層部の不和、無責任な指揮、軍中に蔓延する不正と派閥争い。
兵士たちは疲弊し、将軍たちは互いを疑い、組織の中では責任を押しつけ合うことばかりが優先されている。
このままでは、いずれ大きな崩壊が起きる。
しかし、今の俺には、それを止める力などない。
俺たちができるのは、まず生き残ること。そして、いずれ来るかもしれない大混乱に備えて、自分たちの足場を築くことだった。
その夜、顔良の軍営に移って最初の晩を迎えた。
俺の天幕には、自然と三人の男が集まっていた。




