9頁『籠の中の鶏』
「つ、追放……ですか?」
「うむ。追放である」
困惑で表情筋が上手く制御できない俺の顔を見て、陛下が「ああ」と説明不足を思い出したかのように言葉を付け足す。
「勘違いしてほしくはないぞ。朕が言っておるのは『この王宮からの追放』であって、この国からの追放ではない」
アドルフ宰相に視線を向けると、彼はしかめ面ながら何か納得したように「フン」と頷いていた。
「アドルフから聞いておるぞ。魔導書の翻訳があまり進んでいないようだな」
「う……まぁ、はい」
「原因は多岐に渡るが、その多くが王宮貴族たちに絡まれるせいで時間の確保が難しくなっていると。難儀だな」
……ああ。アドルフ宰相への猛抗議が陛下の耳に入ったのか。
まー仕方ないよな。毎夜のように部屋に来る女性を部屋から閉め出す作業なんかしてたら、その日のうちに作業が終わるわけがない。
既婚女性に手を出そうとは思えねーよ。
「……理解した。苦労を掛けているのだな」
まぁ既婚女性が俺に声を掛けてくるのも仕方のないというもの。この国では、結婚相手が多いという事実が箔になるのである。
しかも重婚ができる人物というのは社会的・経済的に立場の強い者に限られる……つまり嫁や夫を自分の周りに囲うことが自分の名誉に繋がるのである。
俺を第二夫君に加えるということは、陛下からの関心を引き、自身に箔を付け、さらに魔導書の情報を一気に握れる。
言ってしまえば一石三鳥なのである。
そりゃ貴族の女共は目の色を変えて俺を狙うわ。はたから見たら超優良物件だもん。クッソ迷惑。
「はは、ははは……」
ゲッソリとした顔でもはや愛想笑いしかできない俺に、陛下も何か思うところがあったのか……恐らく似たような経験をしたことがあるのだろう……俺と同じやつれた顔で首肯した。
「……ということで、だ。先も言ったがサトウ・ケイが王宮にいては魔導書翻訳の作業に支障をきたす。ならば王宮から離れた場所に生活基盤を移した方が良いとアドルフと話しおうたわけだ」
「ええ。魔導書の翻訳は表面上は文化の再興と伝えておりますが。その内実は魔法の解読……一切の隠し事なく言ってしまえば軍備の増強である。我が国にとっては何よりも秘匿し、何よりも優先して取り組んでもらわねば困るな」
そりゃそうだ。……この人たちが一切口にしないせいで、俺からも言えないあの魔法……【マテリアス・コンバート】の威力を実際に体験したからよくわかる。
――魔法が文明を停滞させかねない。
いや寧ろもう停滞しているのだろう。
だから地球由来の文化や技術が生み出されては、発展を遂げずに現在まで残っている。
どんな魔法でも転用方法があり、普及している魔法が多ければ多いほど文化や技術の発展が遅れる。
アスティに存在を教えてもらった【翻訳魔法】も、見方を変えれば『文盲を多く生み出す文化破壊魔法』になる。
……実際、『普通は文字が読めない』そうだからな。
「……なるほど」
だから字を読める渡り人を頼っているわけだ。
「ではこれから俺は何処に住めばよろしいのでしょうか?」
「住む場所は此方で用意する。何、金の心配はしなくてもいい。渡り人である貴殿が一文無しだというのは心得ている。そのために魔導書翻訳という仕事を与えたのだからな」
これには俺も内心ガッツポーズである。
「……?」
が、すぐに「仕事」という言葉が違和感に変貌して心のつっかえとなる。
「……あ。それって。つまり」
「貴殿に対する給料から差し引かせてもらう」
飄々とした顔をしてアドルフ宰相が言う。
でしょーね。ちくしょう、財布の紐まで国に管理されることになんのかよ。こんなの飼い殺しみたいなもんじゃねーか。
……。……いや。実際に飼い殺しにしようとしているんじゃないか?
俺は自分の力を知っている。運動は平凡、勉強もそこそこ出来る程度の平凡。コミュニケーション能力はなくはない。そんな一般的な高校生だ。
だが異世界人からしてみれば、歴代の渡り人がやらかしてきた歴史の延長線上に立つ『世界の偉人候補』であるのが俺なのだ。国という名の鳥籠で飼い殺しにしたいと思うのが普通だろう。
廷臣という立場が俺と相性が悪かったというだけで、陛下や宰相がやろうとしていることは王宮に住まわせるのと何も変わらない。
俺はこの『王国』というケージの中で飼われているんだ。
「……そしてもうひとつ。此度アストリッド候補騎士に同席してもらったわけだが」
「は、はい!」
「君には候補騎士としての仕事を免除し、これよりはサトウ・ケイの護衛任務に付いてもらう。つまりサトウ・ケイ直属の近衛騎士であるな」
「え。いやアスティは……」
「無論、この件はラグナル騎士団長にも報告済みだし、何よりアストリッド元候補騎士はサトウ・ケイの護衛任務を請け負っている騎士だ。何か不満があるか、サトウ・ケイ?」
あるに決まってんだろ。王宮から離れた生活場所で女の子とひとつ屋根の下で生活とか。
俺みたいな普通の思春期真っ盛りな高校生には刺激が強すぎるんだよ。
……でもここで文句を言うわけには……いや言うべきか? けど言ったらアスティにも飛び火するかもしれないし。もしかしたら立場にも影響が……あ。だからアスティが同席して……
「…………いえ。ありません」
見事に埋め立てられた外堀を再び掘り起こす手段を持ち合わせない俺は、下唇を噛み締めながらこれからは気をつけようと自分を戒めながら首肯する。
くそぅ。西洋風の王宮での立ち回りは本当に苦手だ。一刻も早くこの環境から逃げ出したい。
「うむ。ならば引っ越しの準備を進めねばな。ケイよ、お主には我がヨハン・マティアス=オーディソンの名において退出を許可する」
「はい」
今の俺はどうやっても籠の中の鳥でしかない。
しかも下手したら裏切りかねない風見鶏のようなものなのだろう。
精々、この技術や文明の停滞した王国の夜明けを知らせる雄鶏の役目を果たしてほしい。
彼らの思惑を推測するなら、こんな感じか。
いいだろう。やってやる。
高らかに鳴いてみせようじゃないか。
「アストリッド近衛騎士! 貴殿にはまだ退出の許可が出されていないぞ!」
「は? あ、いえ。はい!」
俺と共に玉座の間から退席しようとしていたアスティが、困惑したような表情で再び膝を突く。
……何かあるんだろうか?
気にはなるが陛下の言う通り引っ越しの準備を終わらせたいので、俺はアスティを残して玉座の間を出た。
◆◇◆◇
「……さて。サトウ・ケイは出ましたな」
「ああ。アストリッド近衛騎士。昨夜、アドルフ宰相から話は通っているだろう。その件だ」
「昨夜の……あ」
ケイの部屋に訪れた人を待たせるわけにもいかず、仕方なく出た時に訪問者であるアドルフ宰相に勘違いされた件。
「へ、陛下。あの件はですね……」
「言っておくが勘違いなどしておらんぞ」
「は……へ?」
先回りされたような感覚に陥って呆けた顔をしてしまうアスティを見て、陛下は「クク」と笑いを噛み殺す。
一方、表情筋が一切動かないアドルフ宰相が呆れたようにこめかみを押さえた。
「アストリッド近衛騎士。貴様がサトウ・ケイと恋仲であるかなど、此方としては些細な問題でしかない。最たる所は貴様がサトウ・ケイの部屋に入ったということなのだ」
「あ、え?」
「ここ5日間、朕らはサトウ・ケイにいくつか誘惑を仕掛けていてな。そこから彼を試していた。これで容易に女に手を出していたなら、朕らは現状維持を選んでいただろうな」
無論、別口にアプローチを掛けていた貴族もいたのだが。そんなことは陛下たちにとっては些細な問題なのだった。
「あれは硬派な男だ。忠義もあり、生半可な条件では朕らを裏切るとは思えん」
「だが王国に縛りつける楔が必要ないかと言われればそうではない。そこで貴様の出番となるのだ、アストリッド近衛騎士」
「わ、わたしですか」
最早何からツッコんでいいのか。というか、陛下たちに対してツッコミを入れてもいいのかという見当違いな疑問が頭を駆け巡るアスティは、頼らない返事しかできなかった。
「ああ。貴様を彼に付けたのは、サトウ・ケイにとって馴染みのある人物だからというのが表面的な理由だ。だが無論、打算がないわけではない」
「打算ですか」
「そうとも」
陛下は背中を預けていた玉座の背もたれから前傾姿勢になり、肘を膝の上に突いて両手の指を交差させる。
そして圧のある眼力でアスティを睨みつけた。
「ヨハン・マティアス=オーディソンの名において、アストリッド=ヌーベル近衛騎士に命じる。
――どんな手を使っても良い。サトウ・ケイを永久に我が国へ縛りつける楔となれ」
◆◇◆◇
「ケイを我らが国に縛りつける楔……ですか」
「うむ。重要な任務だ。やってくれるな?」
そういう陛下の瞳に冗談の色はない。
この王は本気で、そう言っているのだ。
「理由を、お聞かせ願ってもよろしいでしょうか」
「貴様! 答えによっては受けないと申すか!」
「逸るな、アドルフ。アストリッド近衛騎士よ、その問いは我が命を受理することを前提とした問いであるな?」
「無論です。わたしは陛下の国の騎士でございます」
アスティの答えに満足そうに頷いた。
「答えてやれ、アドルフ」
「……御意。いくら裏切らないだろうと高を括っても、サトウ・ケイも所詮は渡り人。この国に対する忠誠心など欠片も持ち合わせていないだろう」
「そうでしょうか……?」
「土地に根付いた忠誠があるなら兎も角、彼の故郷はこの世界にはない。より良い条件を提示されれば、彼はすぐに裏切ることだろうな」
そういうものなのだろうか。
王に忠誠を捧げた騎士であるアスティからしてみれば、よくわからない考え方だ。
「加えて彼は国家にとっての有益であり……少しであろうとも我らの機密を握っている。そんな者を野放しにするほど、我らは勇敢ではないのだよ」
「なるほど……ですが、お付きがわたし一人である理由はなんでしょうか? いくらケイから警戒されようとも、一人より二人の方が……」
「そう。最たる問題はそこだ、アストリッド近衛騎士」
アスティの話に頷いた陛下に、アスティは萎縮して縮こまってしまう。
「我らが真に警戒しているのは、彼に対する他国からの謀略……すなわちハニートラップだ」
「はにー、とらっぷ、ですか?」
「女が男に仕掛ける罠……つまり性交渉を通した謀略だな」
「んんっ!?」
アスティは顔を真っ赤にさせる。
スラムでも性交渉を通した金銭の受け渡し……つまり売春が行われてはいたが、金銭ではなく政治の舞台でも似たようなことが行われているとは思わなかった。
「グッ……! ……ククッ」
初心なアスティの反応を見て、遂に笑いのツボにハマった陛下は大笑い。
そんな陛下に呆れたように、アドルフ宰相は頭を抱えながらアスティに言った。
「……アストリッド近衛騎士には、これを防ぐ役割を担ってもらう。具体的にはサトウ・ケイが、安易に夜の繁華街に行かないようにするための監視だな」
「なる、ほど……」
「行くなとは言わん。だが繁華街に行けば誘惑は王宮以上にある。酒、賭博、女……男の心が傾く物はそこらにある。そうだろう?」
「……はい」
スラムから近い繁華街には酒屋や風俗店なんかが沢山あった。夜は危ない人もいる。それから逃げる方法を必死になって覚えたものだ。
「アストリッド近衛騎士はスラム育ちの元浮浪児であるなら、この任務にこれ以上ないほど適任であると判断した。
……こう言うのもなんだが。いざとなれば、その体を張れることだしな」
同棲の騎士は絶対に不適格だ。そう言うアドルフ宰相の言葉に、深くながら納得してしまった。
なるほど。身近な物であればあるほど、人はそれに対して惹かれなくなる。
女に騙されないようにするためには、普段から近くに女を置いておけばいいのか。
「理解しました。不肖、このアストリッド近衛騎士。サトウ・ケイが他国に行かないよう見張りましょう」
「……っ。うむ、頼むぞ」
「御意」
「……アドルフ・ニコラウス=オーディソンの名において、アストリッド近衛騎士に退出の許可を出す」
笑いのツボから抜き出せてもなお、肩を揺らして笑っている陛下の言葉に呆れ果て、自身の名で退出許可を出したアドルフの声を得てアスティは退出する。
残ったのは笑いを堪えているヨハン3世と、白けたような目で主君を見ているアドルフ宰相だけだった。
「くくくっ。すまんなっ、アドルフ」
「……。あんな生娘は王宮では珍しいですからな」
「ああ。だが昨日のうちにサトウ・ケイの貞操を奪っていると思っていたが。そうではなかったようだ」
「ですな。昨夜のうちに子を孕んでいた方がやりやすかったのですが……そうは問屋は降ろさないようで」
貴族社会の波に揉まれて生きてきた2人にとって、貴族ではないケイもアスティの関係性は目に新しい物だった。
政治的な思惑で行われる恋愛も、利益を第一とした結婚も。この王宮内では頻繁に行われている。
そんな中において青臭い2人の関係性は、泥中に咲いた花の蕾のようなものだった。
「あれが王宮からいなくなるのは、朕にとっては残念だが……まぁ呼び戻す機会はいくらでもあるだろうな」
「……ですな。だが、やはり危惧するべきは……」
「どうした、アドルフ?」
「いえ。なんでもございません」
そう言うアドルフの目は、それでも鷹のように細まっているままだ。
そんなアドルフを置いてヨハン3世は玉座を立つ。自分の部屋へと戻るためだ。
「……。」
――彼女が彼に肩入れし過ぎなければいいが。
〈豆知識〉
鶏は基本、鶏あるいは鶏と読むことが多いですが、鶏と読むこともあります。闘鶏なんかがそうですね。




