↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アナザー・ノイホーフ〜文明が止まった世界の教育革命録〜  作者: 光合セイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/32

6頁『湯に入りて湯に入らざれ』


 テルマエ。またの名を、古代ローマの公衆浴場。

 それは人類の文化史に大きな影響を与えた施設であり、日本では顔の濃い日本人俳優がローマ人を演じたドラマ映画の主題(テルマエ・ロマエ)として注目されたことでも有名である。


 この世界……というよりはこの国には良く似た施設が備わっており、貴族から奴隷まで身分差を隔てることなく同じ浴槽に浸かることができるのだ。

 つまり「中世版スーパー銭湯」である。めっちゃおっきいおふろ。


 この大浴場を作ったやつ、絶対に俺より前に召喚された日本人かローマ人だろ。

 異世界に公衆浴場を作ろうって思考回路がモロなんだよ。


 とはいえ完全にコピー出来ているわけではないらしい。

 体を洗うための石鹸やオリーブ油が貴重なため、入浴前に体を洗う習慣がなく、蒸し風呂(サウナ)で皮脂や垢を浮き上がらせて拭き取るしか汚れを落とす方法がないようだ。


 ……というわけで。


「あの」

「なんだ?」

「俺はなんで騎士団長さんとサウナに入ってるんでしょーか?」


 ただでさえ窮屈な蒸し空間の中に、アホみたいにデカい筋肉の塊が入って来たせいで、他のテルマエ利用客から怨嗟の声が聞こえてくる。

 一刻も早く出たいところなのだが、いかんせんラグナルの体が大きすぎて出られない。


 ラグナルの圧に押されて次々と客が出ていくのを見送りながら、俺は仕方なく筋肉で圧迫死しないようにもがいていた。


「私も王に拝謁する場にいる予定だからな。きみとアスティに湯浴みをさせておきながら、同席する私だけ入らないわけにもいかないのだよ」


 淡々と作業のようにラグナルは言ってくる。邪魔なんだよ。保護者同伴で銭湯とか久々すぎるわ。何年振りだ。


「……。」

「……。」


 ……。気まずっ……。

 なんだこの神経を直に押されるような圧迫感は。

 早く出て湯に浸かりたいと思いながら手をそわそわとさせていると、ぽんと俺の肩を岩のように硬い手が叩いた。


「ところでケイ。アスティとは何かあったのかな?」

「……? 何か、とは?」

「アスティがきみを見る目がやたら優しいと思ってな。あれは私に拾われてからずっと騎士として生きて来た。だからきっときみの事も警戒してるばかりだと思っていたが……どうやら目の色は少し違うように感じてな」


 下世話な話……いや違うのか?

 ……もしかして【マテリアス・コンバート】関連で俺を問い詰めようとしているのだろうか?

 確かに俺は魔導書『神と法の書』を翻訳した。だから他の魔法に関する知識を持っていてもおかしくはない。


 これは慎重に話を進めるべきか。


「確かにそうですね。俺は途中気絶していたので、何があったのか詳細はアスティに聞いていただきたいのですが」

「そうだな、後でアスティにも聞くとしよう。だがここは男湯。男同士でしか出来ない話を楽しもうではないか」


 バンバンと背中を叩いてくる。痛ったいんだが。

 だが俺から口にすることはしない。

 アスティが何か言うことを止められなかったのだから、せめて俺からの情報提供を留めておく。


 あの魔法だけは……核兵器のような存在だけは生み出させない。


「いやいやいや。俺から話せることなんて、絶対にアスティからの方が詳しく聞けますって」

「確かにアスティは男にも負けないように鍛えたが、根は年頃の少女。そして私は彼女にとって父のような存在だ。話したくないことの一つや二つもあるだろう」


 なんかちょっと話が雑になってきてないか?

 魔導書関連の報告でアスティが隠すことなんてないだろ。


「ならば聞き方を変えよう。アスティのことを娶ってはくれないか?」

「……はい?」


 目が点になったが、俺は思考を止めない。

 あれ。これって遠回しに【マテリアス・コンバート】のことを聞き出そうとしてきてるんじゃないの?

 もしかして本当にただの下世話な話?


「な〜んだ〜……」

「む。どうした。のぼせたか?」

「似たようなもんです……」


 一気に毒気と熱が抜かれて、俺は壁にドッとへたり込む。

 いきなりなんなんだよこの人。

 蒸し風呂の暑さも相まって疲れが気怠く体を支配した。


「アスティは私の養子……つまり娘みたいなものでな。父親としては娘の恋路の心配をするのは当然、なのだろう?」

「なぜそこで疑問符……というか恋路って。下世話すぎますよ……」

「そうなのか。副団長から親とは子供を心配してなんぼと言われたのだが……」


 過干渉すぎるパパほど娘に嫌われる父親像もない。むしろ典型例と言えるだろう。それでよくあんな高潔な女性に育っ……そういえば養子って言ってたな。


「養子というと……やっぱりラグナルさんとアスティって血が繋がってなかったり?」

「そうだな。アスティは元々スラム出身の浮浪児でな。詳細は省くが、天涯孤独になっていたところを私が拾ったんだ」

「スラムなんてあるんだ……」


 そういえばアスティも『家がない』とか言ってたっけ。……ん? 『家で飯を食ったことがない』だったか? ラグナルはアスティを養子として引き取ったんじゃなかったのか?

 俺が問いかけようとして見ると、彼は少し寂しそうな顔をしていた。


「……ああ。私も多くの浮浪児を拾って修道院じみたことをしているが、それでも手は足りない。お陰で家内は浮浪児嫌いになってしまってな。……アスティには本当に悪いことをした」

「もしかして奥さんと上手くいってないんですか?」

「……。……そう、なんだろうな」


 ……あー……。これ以上は詳しく聞かない方が良さそうだ。聞いたところで俺に何かできるわけでもなし。家庭内の事情に土足で上がり込むのは藪蛇というものだ。

 若干、気が付くのが遅かった気がしないでもないが。


「そろそろ水風呂で汚れを落としに行くとするか」

「はい。……あー、疲れた」



◆◇◆◇



「湯には浸かるか?」

「そんな気分じゃないです……」


 ざっぱーん。頭から被った冷水で頭を冷やす。ひんやりとした感触が血管や神経を狭くして、そのストレスで俺の呼吸が細くなる。


「はー……」


 しかしアスティを異性として、か。

 アスティは見てくれも性格も良い。将来はきっと良妻賢母な女性になることだろう。

 ……だけど。


「ラグナルさん。少し聞きたいんですけど」

「なんだ? 答えられることなら答えよう」

「渡り人が元の世界に帰った例ってあります?」


 俺には帰りたいと思える世界がある。

 家族や友達、住む場所、夢の在処を日本に置いて来たのだ。帰れるのなら帰りたい。

 俺の質問にラグナルは困ったように目を逸らして言い淀む。……つまりそれが答えだろう。


「わかりました。俺はもう帰れないんですね」

「……いや。諦めるのは早いぞ。私の知識にはないだけで前例になった渡り人だっているかもしれない」

「その渡り人が帰ったってことは、そこでその方法は失(・)伝(・)し(・)て(・)る(・)はずですから」


 それが技術であれ魔法であれ。形として渡り人を送り返す方法が知られていないのなら、それは失伝していると言っても過言じゃない。

 その方法を探し出そうとも、やはり利権やら宗教やらの政治闘争を繰り広げる者たちが湧いてくるだろう。政治闘争の火種を消して回る体力なんて、超人ではない俺にはない。


 加えて、その渡り人が帰れたかどうかを確かめる術がない。もしかしたら全く別の世界に飛ばされる、なんてことになるかもしれない。俺はファーストペンギンになるつもりはないぞ。


「随分と早く割り切れるのだな」

「実はこの世界に来た時に、すぐに諦めが付いてたんで」


 というか元の世界に帰れる機構が作られているのなら、そもそも召喚者は俺をこの世界に呼ぶような愚行はしないだろう。

 俺を呼んだ時点で俺を帰すための機構を焼却、あるいは隠蔽に成功しているということに他ならない。だって目的を持って呼んでもすぐに帰ってしまうなら召喚したって仕方ないからな。


「それにラグナルさんもわかってるでしょう。俺たち渡り人を嫌ってる連中がいるってこと」

「ああ。渡り人がいない時代の世界に戻す、とか抜かしてる魔法原理主義の過激派のやつらか」

「嫌うって行為は相手がいないと成立しません。口では殺せだのなんだの言ってますが、そいつらからしても結局のところ、俺たちにはいてもらわないと困るんですよ」


 だってそういう文化なんだから、と。

 俺が本気で帰還するための魔法を探そうとすれば『渡り人が怪しいことをしてる』と言って妨害してくるだろう。

 地球でも似たような例がたくさんある。かつてのユダヤ人の歴史が、まさに俺たちの現状に似ているだろう。


 近現代ではシオニズムを達成してイスラエルを建国し、様々な因縁が絡んでやたらと嫌われている彼らだが。彼らが歴史上にいなければキリスト教世界は経済破綻を起こしていた。


 つまり俺はそれと同じ。嫌われるべくして召喚された。

 俺を召喚したやつは、きっとこれ以上なく性格が悪いに違いない。


「憎まれっ子世にはばかる、なんて言いますけど。憎まれるようなことをした覚えはないんですよね」

「最近この世界に来た渡り人からすれば、確かにそうだろうな」


 こちらは望んで来たわけではないのに。ともあれ渡り人がいなければこの世界はまったく別の文明を歩んでいただろう。

 その先のもしもがどうなっていたのかはわからないが、しかし現状この世界の法は渡り人が持ち込んだ物で動いてしまっている。


「こうやって今も風呂を楽しんでるんですから。同罪といえば同罪なんですかね」

「それは流石に詭弁だな。蛙の子は蛙ではなくオタマジャクシだ。たとえ何か不都合を渡り人が持って来ていたのだとしても、関係のないきみのせいにしようとは思わんよ」


 国家・宗教・言葉・王族・騎士・鍛冶・風呂。どれを見ても地球由来の文化や技術。その模造品だ。この世界はすでに第二の地球文明となってしまっている。

 その代償として、地(・)球(・)文(・)明(・)人(・)の不足している世界の文明は停滞してしまっているのだが。これを放置して遊び歩けるほど、俺は薄情になりきれない。


「まぁ色々言いましたけど。帰れる時には帰りますからね」

「そうか。……アスティを任せるのは少し不安か?」

「ですね。アスティには俺より良い人がいると思いますよ」


 俺は超絶忍耐力を持つ聖人などではない。だが現状、自分を俯瞰して見れば割と詰んでいるというのは周知の事実だ。それは先人の渡り人たちが、文化や技術を遺すという形で証明してくれている。


「ラグナルさん。俺の世界には『湯に入りて湯に入らざれ』って言葉があるんですよ」

「おおよその意味の見当はつくが、知らない言葉だな」

「何事もほどほどにって意味ですよ」

「ほう。ラーゴム……我らの国にも似たような言葉があるな」


 健康のために入る風呂も、度が過ぎれば害を為す。

 この異世界は『地球文明』という湯に浸りすぎた。心地よすぎる浴槽でのぼせて気怠くなっても、周囲に助けてくれる人がいないから抜け出せないような状態だ。

 技術や文化だけが普及して、その後継者を生み出す手段がない。地球には普通にあるような一般的な教養が普及していないからだ。まさに手も足も出ないのだろう。


 湯を作って水にする行為。まさに地球人……知識継承を怠った渡り人の責任だ。


「そんなわけで、この世界の湯に触れた以上は、その責任を取ろうと思っています」

「その責任とはきみが担うべきものなのか?」

「……さあ? でも幸い、今の俺には目的なんてものはない。元の世界だったら、教員免許が当面の目標だったんですけどね。だったら俺が夢として掲げるにはちょうどいいんですよ」


 この世界で俺が何を為せるのかわからない。普通の異世界召喚なら最低限のチートを貰っていてもいいのだろうが、俺を呼んだ召喚者はケチだったようだ。

 俺には現状チートなんてものはない。持ち込んでいるはずの鞄はどこかへと消え、纏っているものは防御力皆無な学生服だけ。手持ちは日本で培った知識のみ。


「ならば問おう。きみはこの世界で何をする――?」

「そうですね。じゃあ、俺は――」



「――そうか。ならば私もケイの目標を応援しよう」



◆◇◆◇



「……あっ。出て来ましたか」

「遅くなって悪いな、アスティ」


 ようやくテルマエから出て来た俺とラグナルを見て、アスティは安堵したような息を漏らした。

 ずっと待っていたのだろうか。俺とラグナルの体から立ち昇る湯気はアスティにはなく、すっかり湯冷めしているようだった。


「ふむ、アスティ。髪をしっかり拭いていないようだが?」

「候補騎士が騎士団長よりも遅く浴槽を出ることがあってはなりませんので」


 女の子としての矜持に欠けた物言いをするアスティに、ラグナルはこめかみを抑えて頭を抱えた。

 目を逸らして逃げようとするな……あんたが騎士として育てた結果だぞ。


「……ケイ。先ほどの話、やはり受けてはもらえんか?」

「俺より良い人がいますって」

「きみほど教養があって性格も良(・)い(・)人(・)は少ないと私はもちろん、アスティも思っているはずだがね」


 この世界には俺よりも未来の地球人だって来ることはあるだろうし、別に俺は善良な性格をしているわけじゃない。

 時と場合と自己保身の欲求に従った結果が、ラグナルやアスティにとって善良に見えているだけに過ぎない。


 ……加えて、地球に帰還する方法が見つかったらそれに縋り付くつもりでもある。

 いつ蒸発するかもわからない男に娘を任せる父親がどこにいるんですかラグナルパパ。


「なんの話ですか?」

「なんでもないぞ」

「あー、なんでもない」

「……? そうですか?」


 知らぬが仏とは言うが。この話は墓の下まで持っていくことにしよう。……墓を暴かれても問題ないように、いつか絶対にこの見合い話を焚書することにした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。