30頁『思惑乂思慮』
「あら、騎士団長。ご機嫌よう」
「おや。珍しいですな、王宮に何用で?」
「……フォルケ王太子に用がありましてな」
がっちりとした巨大な筋肉を踊らせながら、ズンズンと無造作な歩みで王宮内を進むラグナル騎士団長。
話しかけてくる貴族への礼をほどほどに、目的地であるフォルケ王太子の部屋へと足を早くする。
「……ラグナル騎士団長」
「セバスチャンか」
「お待ちしておりました。どうそこちらへ」
「……待っていた?」
どういうことだ、と首を傾げるラグナルを背に、セバスはさっさと歩き始める。
その背に語りかける形で、ラグナルは疑問を口にする。
「アポは取っていないはずだが、なぜ私が来ると?」
「……フォルケ様は、こう仰られました。『王宮で騎士団を見かけたら連れてこい。ソイツは必ず、このフォルケに用があるはずだ』と」
「私が来ることは見越されていた、ということか」
「どうでしょう。我が主には、適当を言う性分もありますから。あるいは、別件で王宮を訪れた騎士を連れていく可能性もあり得ました。今回は助かりましたが」
適当で騎士を王太子の部屋に連れていくのは勘弁してもらいたい。
とはいえ、助かったのは此方もだ。フォルケ王子の側近であるセバスに先導されていれば、面倒な貴族のお喋りをいちいち断らなくても良い。
「それで、ラグナル騎士団長。此度は何用での来訪でしょうか」
「騎士団中で私の知らない人事があってな。動かしたのがフォルケ王子らしいと聞き、何故そんなことをしたのか聞きに来ただけだ」
「ああ、そのことですか」
何か知っていそうなセバスに疑念を抱きつつ、王子に飼われた狂犬とも呼ばれる彼の前での失言は避けようと、ラグナルは口を閉ざした。
そんなラグナルの心中を知ってか知らずか。セバスは俯きながら、何かを考えるように顎に手を当てる。
「我が主は、騎士団との対話を所望しております。……騎士を招くということは、そういうことでしょう」
「ああ……」
問い詰められると分かっていながら、今回の蛮行に及んだということか。
ラグナルはますますフォルケ王太子の真意を読み取ることが出来なくなった。
現状が鮮明化すればするほど、謎は深まるばかり。あの次期王位継承者は、一体何を考えているというのだ。
そうこう考えていると、あっという間にフォルケ王子がいる、茶色の扉の部屋へと案内された。
部屋の前に付くとセバスはラグナルへ、「少し待て」と言外に伝える目配せをした後、3回ノックして声を上げる。
「セバスチャンです。騎士団長であるラグナル様をお連れしました」
「――いいぞ、入れ」
そして扉は開かれる。
窓外から照らす陽光を背に受けながら、此方に視線を向ける影一つ。一冊の本を片手に読書に耽っている様子の、フォルケ王太子がいた。
フォルケは読んでいた本を置いて、机上に肘をついて指を組み、さも王族の貫禄を見せつけるような立ち居振る舞いをしながらラグナルへ柔い視線を向ける。
「すまないな、ラグナル騎士団長。部屋が片付いてなくて」
「殿下。先程、私が片付けましたが」
「うるさいぞセバス。来客時の会話は、自分を低く見せるところから始まるのだよ」
「はあ。そういうものですか」
よくわかってなさそうなセバスとは対照的に、ラグナルは小綺麗に片付いた部屋を見回してセバスに同情する。
まぁ主人を立てるのが側近の役目なのだから、この理不尽もある種の役割なのかもしれないが。
「それは兎も角。殿下、ラグナル騎士団長は、アストリッド・ヌーベル候補騎士の件について話があると」
「ふむ。来るとは思っていた。さて、何から話したものかな」
顎に手をつけて考える素振りをするフォルケ王太子。昔から彼を知っているラグナルからすれば、この仕草は既に決まっている答えを焦らしている時のもの。
彼が侍従に悪戯を咎められた際、のらりくらりと言論を躱そうとする時の癖みたいなものだ。
「何故私への断りもなく、アストリッド・ヌーベル近衛騎士を免職し、ヴィスビーへと移動させたのです」
「簡単な話だよ、ラグナル。――国境の向こうに異変があった。つまりはそういう話さ」
異変。異変と来たか。ラグナルは地理を思い出しながら、笑顔から一切表情が変わらないフォルケ王子に問う。
「ルーシア共和国連邦ですか。確かに主義や主張で我々と対立する間柄ですが……政変でも?」
「いや。異変があったのは教皇領だ。この意味がわかるな?」
あっけらかんと言うフォルケ王太子。
しかし言葉とは裏腹に、煮え立つ怒りを抑えられないのか、握る拳には強い力が篭っている。
相当に憤っている様子だ。未来のこの国を背負っている自覚があるからこそ、真っ当な怒りとも言える。
「アスティの移動は、その対策の一環、と言うことでしょうか?」
「ああ。戦場で最も重要なのは、一刻も早い情報の取得だからな。前線で【飛行魔術】が使える者を量産、配置するのは当然だと思わないか?」
「そうですな……」
納得はする。しかし重要なのはそこじゃない。
今、最も大事なのは、王太子が独断で騎士団の人事を行ったのかということだ。
下手なことをされれば、騎士団全体の士気にも関わる。いくら王族とはいえ、やっていいことと悪いことがあるのだ。
「また不満を持っている、といった顔だな?」
「……いくら殿下といえど騎士団の人事に関わるのは如何なものかと。騎士団内の人事権は、このラグナルに全権を委任されている、ということをお忘れですかな」
「ああ、もちろん忘れてはいないとも。だが至急の要件だった故な。そこは許してくれ」
まるで答えになってない。のらりくらりと躱すつもりなのだろう。
こうなると、この人はどんな手を使っても自供しない。まったく、厄介な主人を持ったものだ、とラグナルは深く溜息を吐いた。
「……わかりました。では私はこれにて。……ところで、また珍しい書物を持っておいでですな」
ラグナルが入室した時に、フォルケが読んでいた本に目を移す。
書かれている文字は、古くこの地で使われていたという言語らしいが、ラグナルは読むことはできない。
「ああ、これか? 魔導書の一冊として図書室に眠っていた物なのだがな。あの渡り人が翻訳してくれたのだよ」
「ほう。しかし我が国の言語とは違うようですが、まさか、殿下も原文を読めるようになったのですかな?」
「少しだけ、だがな。これでも努力しているのだぞ」
悪戯めいた笑顔で言うフォルケ王太子。昔のように小柄ではなくなってしまったが、その顔には間違いなく、昔のような少年の笑みが孕んでいた。
◆◇◆◇
「さっさと起きなさーい!!」
「うごげっ……!?」
鳩尾から全身へと伝わる強烈な地響き……いや肉響き。
車に轢かれた蛙のような声を出しながら、俺は強制的に起床を促された。
……見ると、全体重を俺の腹の上に乗っけて座るユリィが、短刀の柄を鳩尾に押し当てていた。
殺す気か。
「げほっ、ごほっ……朝からなんだよ。……危うく死にかけたぞ」
「おはよう、お兄さん。朝食を強請りにきたわよ」
「あぁ……だから重いのか」
食って寝てばかりの生活をしていたら、誰だって肉体の重さは増すばかりになる。
俺よりも小柄なはずのユリィのプレスで、俺が潰されかけるなんてよっぽどだろう。
そんな俺の言葉が不満だったのか、ユリィはあくまでもにこやかに、しかし頭に青筋を立てて言う。
「私が重い、とでも言いたいのかしら?」
「人間誰しも錘を持って生きてるんだよ。お前は特段、たくさんの持ってるってだけの話だ」
「つまり体重の話じゃない。殺すわよ」
「いま殺されかけたから、文句を垂れてんだよ!」
朝から響く自分の大声に、自身の耳を覆って防音する。思ったよりもうるさかった。
とはいえ気持ち、冷静になれた。
「で、なに? 朝ごはん?」
「そうよ。早くしないと、その頭に角を早くわよ」
「なんでそう、お前はいちいちバイオレンスなんだ。もうちょっとマイルドにできない?」
「そんなことより朝ごはんを作りなさい。でないと骨を砕くわよ」
朝飯作らないと、骨を砕かれんのかよ俺。
骨を砕かれないためにも、朝ごはんだけは作っておくか。
「何を食べたい?」
「肉」
「肉? 朝から? 普通の女の子って、サラダとかフルーツとかを食べるもんじゃねえの?」
「まるで私が、普通の女の子ではない、みたいに言うのね」
普通の女の子ではないだろ、と漏れ出そうになった言葉を噤んでベッドから起き上がる。
俺の腹上に座っていたユリィが転げ落ち、床に着地すると同時に不満そうな表情で俺を睨んだ。
「まぁ、朝から肉は俺が無理なんで。パンでいいか」
「許されると思ってるの?」
「……ベーコン挟めばいいんだろ」
「許すわ」
許されたみたいだ、良かった。
フライパンの上に油を敷いて、魔導コンロで下から弱めに火を通す。パチパチと油が跳ねてきたら、ベーコンを4枚引く。すると香しい肉の匂いが家の中に充満して――
「あら、4枚? そんなに食べられないわよ、私」
「お前のだけじゃねぇよ。俺の分も入ってる……待って。お前、食べられないモンを要求してたのか?」
「貴方が食べてくれるでしょう?」
「こんのクソガキ……」
ビュッフェ中の子供かよ。
食べきれなかった残飯を父親に渡して、自分はデザートを食べ始めるんだよなあれ。
わかるとも、俺もそうだったもん。
「まぁベーコンパン2切れなら食えるだろ。食い切ってくれ」
「切実ね。大丈夫、残しても少しだけよ」
「残すなっつってんだよ」
なんで残す前提で話が進んでんだよ……と、今日で数えて何回目かもわからない溜息を吐く。
「……ん?」
一瞬、訪れた静寂。
パチパチと跳ねる油とは別の、この館近辺では少し異質な音が鼓膜を揺らす。
ぱからぱからと整ったテンポで響く足音が段々と大きくなって、久しぶりにドップラー効果を実感させる。
来客か。
そう察した俺は焼いていたベーコンをパンに挟み、皿に乗せたものを押し付けるようにユリィへ渡す。
「……誰か来たわね」
「だな。……これ持って部屋に篭ってろ」
「ええ、わかったわ。……まったく、何よこんな朝っぱらから」
安易に人前で顔を出さないもどかしさからか、苛ついた様子ユリィが愚痴をこぼして自室へと戻っていった。
人混みの中ならまだしも、こんな対面人数が限られている家の中では、特に騎士団員に対して顔は出せない。
まぁ自業自得ではある。ドンマイ。
「……俺がいいって言うまで出てくんなよ」
「わかってるわよ。そんなに子供っぽいかしら私」
「うん」
「ぐぬ……」
うんともすんとも言えないらしいユリィを他所に、自分のベーコンパンを皿に乗せて椅子に座る。
あとは何もなかったかのように振舞うだけだ。誰が来たとしても、ユリィがこの館にいると思えないようにと心掛ける。
平常心でいようと自分に暗示を掛けていると、蹄の音が大きくなりきったところで止まる。
ぶるるん、と嘶きが一つ聞こえたあと、カツカツと軍靴が石畳を鳴らし、扉の前まで歩いてきたところで声が上がった。
「すまない。ケイはいるか」
「……ラグナル騎士団長?」
「話がある」




