26頁『対する2人』
照りつけるような秋晴れの日差しを受けながら、アスティは気もそぞろに上の空を見上げていた。
場所はカール王国の首都クレスコーグから南方にある村・ヴィスビー。
街の政処に隣接した騎士屯所の屋外に用意された椅子に座り、空を自在に飛び回る重い甲冑を身につけた騎士たちを眺めていた。
「……」
反重力の力場が足裏に発生する制御の難しさに、悪戦苦闘する騎士たちに向けられたアスティの目は、どこか遠いところにある何かを見ているようで。
口を半開きにして、無気力に背中から全体重を背もたれに預けて座っていた。
その光景を見かねたのか、眉間に皺を寄せた騎士の男が一人、ぼぅと呆けるアスティに歩み寄った。
「アストリッド・ヌーベル候補騎士」
「……隊長ですか。如何されました?」
教皇領からの魔導書強奪作戦の際。アスティたち4人を指揮下に置き、作戦を主導した隊長。
冷酷な一面を持っており、部下からの評価はあまり芳しくないが、一部の取り巻きとしている部下から厚い支持を受けている、と記憶している。
ちなみに、悲しきかな、アスティからの評価は割と散々な男である。
「【飛行魔術】訓練の調子はどうだ。誰か見所のある者はいたか?」
「見ての通りです」
「……だろうな。愚問だった」
見所、という意味で目を掛けられる者はいない。
空中制御が上手くいかない者、出力が足りずに低空飛行となっている者、集中力が足りずに頭から落ちてくる者。
皆、一様に何か足りないものを持ち、【飛行魔術】……【フライ】の習得訓練は難航している。
「なんで出来ないのでしょうか……」
「習得難易度が高いからだろう」
「わたしは一度も失敗したことないですよ」
頭痛がするのかこめかみを押さえる隊長を見て、アスティは疑問符を頭上な乗せて首を傾げる。
「隊長も、3回目には飛行を成功させていたではないですか。習得難易度は、決して高くないはずです」
「制御の仕方を覚えれば、あとは流れだったからな。3回で成功させたのは幸運だった」
頭から落ちて解放される騎士を見ながら、隊長はしみじみと語る。
心底、あんな無様を晒さなくて良かったと安堵した。
「……ケイなら、どう教えたのでしょうか」
「ヤツは魔法を使えん。聞いても無駄だろう」
「それでもです。ケイに意見を求めれば、必ずや良い答えを返してくれるでしょう」
「……何が貴様をそこまでヤツに肩入れさせるのだ」
「……。……さあ……?」
それはアスティ自身にもわからない。だが不自然なことではない。人の感情とは不自然な方が自然なのだ。
嬉しくて泣き、悲しくて笑う。初めて会うのに無性に嫌いな人もいれば、胡散臭い行動ばかりするのに好感を抱いてしまう人もいる。
ケイの場合は後者だったというだけの話だ。
「アストリッド・ヌーベル候補騎士」
「はい?」
「剣を取れ。そこのグラウンドで試合うぞ」
「……はい?」
◆◇◆◇
そんなわけで、グラウンドの上に立つのは木剣を持った騎士2人。
周囲を取り囲むような、他騎士たちの大きな円陣の中で、アスティは困惑を顔に露わにしていた。
「ルールは一本勝負。相手が参ったと言うまで試合は続行。殺傷は禁止だが、魔法の使用は可能とする」
もはや何が何だかわからない。
戦う理由もわからなければ、なんでいきなり試合を吹っ掛けられたのかもわからない。
なんか最近、こういうの多い気がする。あの銀髪の少女……ユリアの時も、いきなり戦いを吹っ掛けられ、今回もそうだ。今年は厄年か何かなのだろう。
「なんでですか……?」
「いいから構えろ。何も考えず、掛かってくるといい」
「隊長、わたしに勝ったことがないでしょう。なんでこんな負け戦を……」
「ぶっ飛ばす」
踏み込み、先陣を切ったのは隊長からだった。
大きな一歩で肉薄し、右上段に構えた木剣を振りかぶっている。
いわゆる『チェストの構え』だ。工程数は2工程。振りかぶった剣を下ろすためには、一度止まらなければいけない。
一撃の威力が大きい反動で、その後の隙が大きくなってしまうため、初撃が大事な一本勝負ではあまり好んで使われない型である。
「……渋いですね」
避けてしまえば問題ない。避けたら背後に回り、首元に木剣を突きつけて終わり。アスティは剣を構えて受け流す準備をし――
(……? 一歩が大きい?)
――違和感を、感じた。
人の歩幅なら3歩は必要な間を、踏み込みからようやく2歩目で半分ほどに到達している。
それだけじゃない。移動が異様に速い。異様というより、これは異常だ。
明らかに何か魔法を使っている。筋力増強、あるいは速度上昇か。どちらにしても、今は考えてる暇はない。
この構えは間違いなく罠だ。これを避けるのは危険、ここは受けるしかない……!
「ッ……!」
「さすがに受けるか」
「斬り返しを狙っていたのなら、残念でした。試合で、分の悪い賭けは、しません!」
受け止めた木剣を押し戻す。軽やかな動きで飛び、後退した隊長を見て、アスティはようやく魔術の正体に辿り着いた。
「【フライ】か……」
「どうだ。面白い使い方だろう?」
「ええ。擬似的な身体能力の向上ですか」
【飛行魔術】は確かに飛行するための魔術ではあるが、その実態は反重力の力場を生み出すことにある。
足裏に生まれた力場を調整して、アクロバティックな機動戦術も可能とするこの魔術ならば、油断した敵を出し抜くにはちょうどいい魔物となるだろう。
「これは油断できませんね」
「魔術の使用はありだ、と最初に言ったからな。存分に使わせてもらおうか」
そう言ってふわりと浮かんでいく隊長を見上げながら、アスティも続くように上昇を開始する。
やがて隊長のいる高度まで上がると、腰の下まで下げていた剣の刃を胸前まで持ち上げる。
「ならば、わたしも相応に全力を出しましょう。何が目的か知りませんが、覚悟はいいですね、隊長」
「臨むところだ。貴様が騎士団で、団長の次に強いというデマを、ここで払拭してやろう」
◆◇◆◇
「ねー! お兄さんの生活って、こんなに退屈なのー!?」
「うるっせえな! 俺だってゲームの一つくらい欲しいんだよ! 仕事中なんだから黙ってろ!」
『星の館』に響き渡る駄々をこねる少女の声。
俺の首に腕を回して叫ぶ彼女は、正体を表した時の恐ろしさは何処へやら。
見た目通りの子供のように、わーわーと喚いて余暇を苦しんでいた。こっちは仕事中なのにお構いなし。
「ゲームが欲しいなら作りなさい! あるでしょ。地球にだって娯楽のいくつか!」
「俺はそんなに器用じゃないし、そもそも作る道具がねえよ! そんなに暇なら本でも読んでろ! 魔導書なら腐るほどあるから!」
「読んじゃダメに決まってるでしょ。お兄さん、馬鹿なの? 馬鹿でしょ? 魔導書っていったら国家機密でしょ。私は個人で国家と敵対するほどバカではないわ。自覚のないバカなんじゃない、このばーか!」
イッラァァァ。
いーっ、と舌を出しておちょくってくるユリアに、俺は心の底から腹を立てる。
人の善意を無碍にしやがって。そもそも見えるところに積んである魔導書なんて、解読し終わっても面白みがなかったものに決まってるだろ。
「バカバカうるせえな! はっ! どうせこんな仕事バカには面白いゲームの知識なんてねーよ!」
「そんなに拗ねないでよ。子供みたいだよ、お兄さん」
「どっちが!」
なんか今なら、自宅勤務で仕事をしてる最中に、子供から構えコールをされる、親の気持ちが理解できる気がする。
年もあまり離れてなさそうだし、可愛げもないから鬱陶しさが倍増している。
腹立つぅ……。
「……。あ、そうだ」
「ん。何かいい暇つぶしあるのかしら?」
「ない」
「じゃあ何よ、今の閃いた、みたいな顔は……なにそれ」
俺はキッチンの横に掛かっていた、なかなか落ちない油のシミが付着したエプロンを手渡した。
「なにこのエプロン」
「アスティのだ。飯作ってくれ」
「死ね!」
「死ね!?」
バチーン! と音が出そうな勢いで、エプロンを俺の顔面にぶつけてきた。
暇だって言うから仕事を作ってやったんじゃないか。なんだその言い草は。
顔面を覆うエプロンをどかしながら、俺は言葉に苛立ちを込める。
「じゃあ何ができんだよお前。遊んで飯食って寝るぷー太郎か? この家で暮らすなら、家事を一つはやってもらうぞ!」
「なによ私に守ってもらってる分際で! ここで貴方を殺したっていいのよ!」
なにおう。
「俺は別に住み込みで守れって言ってるわけじゃないぞ。毎日この館に出勤して、指定した時間までいてくれればいい。そしたら給金が発生するんだから、町で宿でも借りればいいだろ」
「こんの、弱いくせに何を強気に……! 今すぐに殺して、この館を乗っ取ってやってもいいのよ!」
「やれるもんならやってみろ。俺を殺したら次の相手はカール王国だな、この指名手配犯!」
サトウ・ケイは『星の館』に住み、そこで国から依頼されて魔導書を解読している。この事実がある限り、俺という存在が国の目を外れることはない。
そんな俺が消息を絶てば、捜査を始める騎士団はおろか、『星の館』に魔導書という機密を集めていた国家まで動き出しかねないだろう。
つまりここが俺とユリアにとっての四方の海ということだ。残念だったなバーカ!
「うぐ……やればいいんでしょやれば! 精々、私が作る料理の味に咽び泣くといいわ!」
「あっ、風呂掃除もよろしく」
「自分でやれ!」
その後、目尻に涙を溜めたユリアが、真っ黒に焦げた……肉? 果実?
元が何かわからないほど炭化した暗黒物質を皿に乗せ、卓の上にまで持ってくるまでに、俺はようやく仕事を片付けることができた。
「まっじぃ……」
「ころす」




