25頁『社長と姫様』
「それで、お兄さんはぼくがユリア・オキデニシウスだ、って、いつ気付いたの?」
「違和感を持ったのは最初の接触からだ。ユリウスが持つ特徴が、アスティから聞いてた物と酷似していたからな」
鈍い輝きを放つ銀髪に、赤と黄色のオッドアイ。違うのは性別くらいで、後の外見的特徴がユリアの外見と一致してる。
そうなれば、まずユリアの変装であるか、あるいは関係者であることを疑うのは当然だろう。俺もその慣例に則ったというだけの話だ。
「ふ〜ん。確かに、見た目の色は変えられないのよね。やっぱり安易に近づくべきではなかったかしら」
「お前の……ユリアの特徴を聞いた大多数が気づくと思うぞ。まぁ、その時の俺は完全に看破してた、ってわけじゃないけどな」
「そうなの?」
「言っただろ、違和感が鮮明化しただけだってな。――確信したのはついさっき、お前が肉を俺の口に入れた時だ」
まるで女の子のように、やけに線が細く柔らかい指を口の中に突っ込まれた。
頭は肉の味一色になって、思考はフリーズしてしまったが。しかしお陰でその時、ようやく状況を理解することができた。
「あの時、少なくともお前の生物学的な種別は、見た目通りの男ではなく、変装している女だとわかった。だから【シーシュ・カバブ】の話を振った。鎌をかける目的でな」
「……鎌をかける?」
「ああ。間違っているかもしれない、って不安はあったからな。お前が自己紹介をしてくれて助かったぜ」
釣り餌を撒いて釣り糸を垂らす。いわゆる心理戦というやつだ。
相手が自分から正体を明かすよう誘導する。誘導尋問といえばそうだが、自分から正体を明かす場合は誤謬もクソもないだろう。
「それで? 見事、私の正体を当てたお兄さんは、これからどうするつもり? 騎士に引き渡してみる?」
「……それも、ひとつの手かもしれないな」
「出来ると思ってるの? だったら思い上がりが激しい、とだけ言っておくわね。私、貴方を殺せる自信があるの」
ベンチに座る俺を逃すまい、としてだろうか。俺の目の前に壁のように立たれ、容易に動けなくされた。
それだけで俺の心臓は鼓動を早くなる。一言でも言葉を間違えれば、俺の命は危うい。
「安心しろ。あくまでもお前がこの国に……特に俺に危害を加えようと思ってれば、の話だよ」
「……この国の騎士を襲撃した人間に、何を言っているのかしら」
確かに、出自不明のユリア・オキデニシウスは、カール王国の騎士アストリッド・ヌーベルを襲撃した。
しかし、だからと言って、俺個人に対して恨みを持って攻撃する、なんてことを断言することはできない。
「お前は俺に対して攻撃を仕掛けよう、なんて思ってないだろ。思ってたら、前回の時に俺は死んでるはずだ」
「……今と前回では状況が違うわ。あの時はユリウス、今はユリアとして貴方と対峙してるのよ」
「そうだな。けど俺からしたら同じなんだよ。お前は俺を傷つけることはないって確信がある」
「なんのために? 私はいま貴方から、正体をバラすぞ、って脅されてるわけだけど?」
「――この世界の初代ローマ皇帝……プリムス大帝って、偉大なヒトだよな」
俺の急な問い掛けに、ユリアは目を白黒させた。しかし流石というべきか、すぐに立ち直って顔に笑みを取り戻す。
「ええ、そうね。でも、それが? 私となんの――」
「――プリムス・オキデニシウス、だっけか」
「っ……! もうそこまで……」
ユリアが目を剥いて驚愕を露わにする。これ以上、情報の波を畳み掛けるのは危険か。
「教師志望を舐めるなよ。調査や推察ならお手のものだぜ」
調べるだけなら大得意だからな。王宮から書物をたくさん貸し出されてる環境も相まって、情報源なら埋もれるほどあるんだ。
この世界の歴史なら、ある程度は知っている。
「……アストリッド・ヌーベルには、それは、もう……?」
「言ってない。……言えるわけないだろ」
「……そう」
露骨に表情に余裕を取り戻したユリアは、それでも警戒心を解くことはなく目を細く厳しくする。
「それで? その情報を持って、私を脅すつもり?」
「いいや。むしろ俺たちは協力し合える、って話がしたい。この事実から、アンタの目的はなんとなくわかるからな」
古来より、滅びた国の後継者は、自身の国が再び地図上に現れることを熱望していた。
復興を成し遂げた例は、地球の歴史でも数少ない……それこそ後漢の光武帝くらいだろうか。
ユリア・オキデニシウスをこれと同類と考えるなら、考えることなんてだいたいわかる、というだけの話だ。
「ただ、ここで一つ疑問が残る。なんでアスティ個人を襲ったのか、だ。帝国の復興と、アスティは関係ないだろ?」
「それは完全に私怨よ。……何世代も股をかけた、ね」
……家系間の因縁か?
ヌーベル家に対してなのか、それともアスティが天涯孤独の孤児になる前の家か……
まぁ、ここは考えても答えは出ないな。
「私怨、ね。じゃあ帝国の復興とは別の問題って考えてもいいんだな?」
「ええ。……ローマ帝国の復興こそ、我らオキデニシウス家の最終目標よ」
この世界のローマ帝国。
発祥はここより南のそのまた南。大陸のほぼ最南端に位置する『ルビコン川』に沿って建てられた都市『ローマ』を首都とする、かつてこの大陸を制覇した帝国だ。
400年ほど前に大規模な反乱が起きた結果、大陸の版図は大きく分裂して崩壊したと聞いたが……
「じゃあ、なんでカール王国を狙う? 首都は大陸の南にあったはずだろ」
「旧領土を狙うのは当然でしょう?」
「……また、大陸を制覇をするつもりか」
「当然。……ああ、そういえば貴方、私に協力できる、って言ってたわよね?
――私に付きなさい。待遇は保証するわよ?」
俺の口元を指で撫で、蠱惑的に勧誘の言葉を紡いだ。
「貴方、この国から酷い扱いを受けているのでしょう。ならこの国に思い入れなんかないわよね?」
湧き出てくるのは情欲よりも背筋を駆け巡る恐怖だ。この指を通して、魔法を使われたら俺は一溜まりもない。
だから言葉を間違えることはできない。
「無理だ。少なくとも今は、悪いな」
「……本気で言ってるの? この状況で? 貴方、いま私に全ての権利を握られているのよ?」
「マジだよ。大マジだ。俺はお前の側に付くことはできない」
心底不快だ、とでも言いたげにユリアは表情を曇らせる。それだけで俺の寿命が減ったのを直感する。
けどこれだけは引き下がれない。佐藤啓は、ユリア・オキデニシウスの側に付くことはできない。
「理由を教えなさい。貴方を縛り付けているものはなに? 愛国心? それとも恐怖? 名誉や金なら用意できるわよ? 上手くいったら土地だってあげる。王国は何もくれないでしょう。だから――ね?」
金、名誉、土地。あと交渉で出されるとしたら、恐らく女や権利だろうか。なるほど、確かに悪くない。今の何もない俺にとっては、喉から手が出るほど欲しい品々だ。
でも……すまんな。
「――この世界で、誰よりも信じたい人がいる」
そして「悪いな」と返す。
本当に、それだけの話だ。信じる人がいる場所を、俺は守りたいと思っている。
少なくとも、俺にとってのユリア・オキデニシウスは、信じれるような人間じゃない。
「ああ、そう。ならこの話はこれでお終いね。私も貴方に用は無くなったし――もういいかしら?」
「まぁ話は最後まで聞いてけよ。言ったろ、俺たちは協力できる。たとえ所属する陣営が違かったとしてもな」
「……ジャヌービーみたいなことをいうのね」
ジャヌービー?
そういやアスティからの報告を聞いた時に、自分のことをジャヌービーと呼ばれた、みたいなこと言ってたっけ。
……アスティの前世の記憶とやらに関係があるのか? 少し話を振ってみても良さそうだな。
「なんだ、ジャヌービーって? 人の名前か?」
「ええ、そうよ。でも貴方には関係ない話だわ」
「む……まぁ、いいか」
変に深掘っても不信感を生むだけだ。これ以上踏み込むことはしない方がいいかな。人名ならどこかの資料に載っているだろう。あとで探してみるか。
「まず、俺はお前に知識を提供できる。政治から歴史、地政学までなら俺の得意分野だ。そこは頼って欲しい」
「ふ〜ん、なるほど。つまり相談役を引き受けるってことね。……で、私が提供しなきゃいけないものはなに?」
「俺の身の安全の保証。つまり護衛任務だな。俺を物理的に守って欲しい」
俺の近くにアスティはいない。この事実だけは変えることができない。ならば俺はどうするべきか。
「……経済的な取引から、もっと実務的な取引へ鞍替えしたい、という話ね。悪くない……いえ、願ってもないわ」
まずは自分の身の安全の確保をするために、信用云々は置いといて、少なくとも腕の立つ人を近くに置いておきたい。
ユリア・オキデニシウスは、アスティを圧倒したとアスティ本人から聞いた。彼女なら申し分はないだろう。
「……なら、私からの条件を2つだけ呑みなさい。それを呑まなければ、この話は破談とさせてもらうわ」
「なんだ?」
「まず、住む場所を寄越しなさい。具体的には、貴方が住んでる館の一室。そこで貴方の身を守るわ」
「アスティと同じ、住み込み護衛ってことか。わかった。……で、もう一つは?」
俺の再度の問い掛けを聞きながら、ユリアは俺の背後に回って俺の首に腕を回す。
まるで「いつでも殺せるんだぞ」とでも脅しているようだ。……つまり、こっちのが本命か?
「住む場所やご飯とは別に、給料も寄こしなさい。これは絶対条件よ」
「……お前、金とか必要なのか?」
「当たり前でしょ。私も色々と入用なのよ」
なんだ金か。なら別に割と余ってるし、そもそも魔法の知識を王宮に売り渡せば沢山貰えるし。あまり重要ではないかな。
「ああ、わかった。銀貨を5枚用意しよう。それで文句ないか?」
「銀貨5枚……せめて金貨と同じ価値の10枚は寄越しなさい。なに貴方、貧乏なの?」
「絶賛! 現在進行形で! 価格交渉を仕掛けてきてる! お前にだけは言われたくねえよ!」
なんだコイツ。自分のことを棚に上げて何言ってんだ。金がないって言ってるのはそっちだろう。
「……はぁ。まぁ銀貨10枚でもいいよ。期間は俺の専属護衛が帰ってくるまで。つまり契約社員だな」
「ふ〜ん。なら、貴方のことはなんて呼ぶのがいいかしら?」
「俺たちは相互雇用のパートナーみたいなもんだからな……ま、適当に呼んでくれて構わない」
どうせアスティを取り戻すまでの繋ぎだしな。そこまで深く考えなくてもいいだろう。
……当面の問題は、アスティと出会った時に発生しかねない修羅場に備えることだろう。そっちの方が問題だ。
「そ。なら社長とでも呼ぶわね」
「……好きにしてくれ」
いやまぁ多分間違ってはいないんだろうけど。というか、この世界にも会社って概念があったんだな。概念があるだけで存在はしない、って可能性もあるか。
「私のことも好きに呼んでくれて構わないわ。とはいえ、貴方が懇意にしている騎士団内で悪評が広まってるだろうし、そこは配慮しなさいな」
メンドくさい彼女かよ。
呆気に取られて溜息を吐く俺を、歯牙にも掛けずに腕の裾を引っ張って先導を始める。
「さ。こんなところで呑気にしてられないわ。さっさと帰って帝国復興……アストリッドの暗殺計画を立てるわよ、社長」
「それはそっちで勝手にやってくれないかな。じゃ、行こうか――姫様」
帝国の復興には寄与してやろう。けどアスティの暗殺に俺を巻き込むな。
そんな軽口を交わしながら帰路に着く。
その2人の背中を見つめる黒色の目線がひとつ、公園の木の裏から覗いていることに俺たちは気づくことができなかった。
◆◇◆◇
「……やはり、そうなるのですね」
木の裏から発された、諦めの篭ったような低音の吐息。やつれたような声にもならない溜息は、誰に聞かれることもなく虚空へと吸い込まれていった。
だが彼女は諦めたわけではない。その黒い瞳には、黒い炎のような光がメラメラと燃えたぎっている。
「けど、その女は許してはいけない。なんせ、その女は――お母さんを殺し、お父さんが死ぬ遠因を作ったのですから……度し難い」
憎々しげな言葉の切れ端を発する女の声は、公園の木の幹へと染み入り、他の誰にも聞かれることはない。
まるで世界から隔絶されたような空間で女は独り、火に薪をくべるように言葉へ熱を灯す。
「ですが、種は蒔きました。この世界線が、あんな未来へ向かわないよう、娘である私がしっかりしないと」




