24頁『銀と串』
「さて……今度こそ。スマホの充電は上手くいったかな?」
アワユキから学生鞄を返却され、2日ほど時間が経過した。容量が空っぽだった太陽光充電器のチャージをし直し、ついでUSBコードを挿入することにした。
しかし上手くいかなかった。
コードがちゃんと挿入されていなかったのか。あるいは太陽光発電が完璧ではなかったのか。電子機器に疎い俺は、そんな恐怖に駆られながらもう一度繋ぎ直す。
ここからは運だ。繋がれば天国。繋がらなければ地獄。頼むから電源点いてくれ。
「頼む頼むお願いします神様これから毎日祈りでもなんでもしますからどうか電源を付けてくださいほんとくたばれ」
かみはしんだ。
何で? 充電コードが上手く挿さってなかったのか? それとも充電器が壊れてたとか?
コードはちゃんとカチッと音が鳴るまで差し込んでるし、充電器も5時間ほど天日の下に放置した。
結果がこれである
「なんで電子機器類が軒並みお釈迦になってんだよ!」
すごく……すごく悲しいです。
インターネットを必要とするアプリはともかく、カメラや時計や辞書アプリは役に立ってくれるとウキウキしてたのだがこのザマである。
全身に脱力感の錘がズンとのしかかってきた。
「くそぅ……最後の希望は辞書くらいなもんだぞこれ……」
アプリはないけど本物はある。
入れててよかった英和辞典。英語に限られた話ではあるのだが、これで魔導書の翻訳が楽になった。
「……あとは何の役にも立たない財布、ハンカチ、ティッシュ、絆創膏……日常品ばっかでマジ役に立たねー……」
ちなみに教科書は学校のロッカーに入れてきた。これに関しては重いし、いつも入れてるから仕方ない。
異世界に召喚された時のために、嵩張って重い教科書を鞄の中に入れておく馬鹿がどこにいるんだよチクショー。
「……さて。俺の秘めたる知識チートがお蔵入りになったのはいいとして、これからどうすっかなー……」
アスティは近衛騎士職を剥奪され、候補騎士として騎士屯所へと戻って行った。
この静かな『星の館』で独り、俺は天井についたシミを見上げながら思考する。
「正直、この異世界で俺ひとりが生きていくのは不可能だ。最低限、何某かの力の傘に入らないと、多分すぐに死んでしまう。……ここまでは確定事項だな」
口に出して、自身の現状を振り返る。
『星の館』を出て、王宮に戻るか。あるいは騎士屯所に行くか。または別の国へ逃避するか。
王国を出れば刺客を仕向けられることは間違いないが、それでもナシと断言できる選択肢でもない。
(そもそもアスティが近衛騎士を剥奪された理由が説明されてないかんな。アスティは俺をこの国に縛り付けておくために派遣されてきた監査役でもあると思ってたんだが……いますぐにアスティの力が必要な事態に陥っている、ということか?)
アスティの力が必要な事態ってなんだ?
考えられる可能性は2つ。
アスティが覚えた【フライ】を筆頭とする魔術を、他騎士団員に指導するための教官としての再編。
説は2つあるが、有力となるのはこちらだろう。戦力および国力の増強は必須となる。国の方針で免職されたのだとしたら、これが最大の理由となるはず。
あるいは……戦争。そんな話は聞かないが。
いきなり役職の変更が起きるということは、何かしら大きな動きが起こっていることの証左でもある。
あまり考えたくないことではあるが、やはり可能性を捨てることはできない。
「……とにかく、国を出るのは最終手段だな。戦争が起こるかもしれないなら、多分どこに行っても一緒だしな」
国を出た後、今より懸念するべきなのは宗教だ。
特に俺……渡り人を目の敵にしている輩が、この世界のどこにいるのかわからない。
もしかしたら渡り人に対して厳しい国があるかもわからん。情報が足りない中で世界を旅する、なんて分の悪い賭けはできない。
(これ。もしかして、俺がここまで考えるのは読まれてアスティが免職された、なんてことはないよな)
……。それは深読みしすぎか?
とはいえ、油断はできない、現状、俺には信頼できる味方が周りにいないのだ。
アスティが俺に関する情報を、俺の見えないところで流していたからこそ、今回の件になってる可能性だって――
『―― アスティのことを、信じてあげてほしいです』
「……。ふー……」
危ない。またヒステリックになるところだった。落ち着け、佐藤啓。お前にできるのは考えることだけだろう。
思考の中こそ俺の戦場。一度取り乱して対応を間違えば、ドミノ倒しの如く倒れて命も落としかねないんだ。
場合によっては戦場より危うい。それが俺の戦いだろ。
「……散歩、行くか」
一度、外の空気を吸おう。もしかしたら、あの少年とも会えるかもしれない。
◆◇◆◇
「さあさあ皆様お立ち合い! 遠い南の地から伝来した人形劇の時間だ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
「塩が安いよ! 保存もできるよ! 買うなら今のうちだよー!」
「そこのお兄さん、間食に焼き鳥串はどうだい!」
香ばしい焼き鳥の匂いに釣られ、俺は屋台の前で足を止める。炭火の熱に当てられ、ローストされた大きな鳥肉を前に、俺の口内は肉汁を求める唾液でいっぱいになる。
「……じゃ、じゃあ、ください」
「あいよ! 2本でいいかい?」
「え? いや1本でいい……」
「うん! 2本で!」
俺の注文に文字通りの横入りが入る。隣には銀髪のあの少年……ユリウスがいた。
「何してくれてんだお前……」
「ケバブ、美味しいよね!」
「いや美味しいけども……」
「知ってる? この肉って南方でしか狩れない魔鳥の肉を使ってるんだってさ。コカトリスって言ったっけ?」
「あいよ! 串2本お待ち!」
大きな串に刺さった鳥肉から少量を剥ぎ取り、折りたたんで小さな串に刺す。
いわゆる焼き鳥串にスパイスを振りかけたものが、俺と少年の手にそれぞれ手渡された。
「いや知らコカトリス!? 大丈夫? これ食ったら石になったりしないよな?」
2本分のお金払っちゃったんだけど。それ聞いたらちょっと食べたくなくなったんだけど。
「喉を食べなきゃ大丈夫でしょ……おいし〜!」
「……そんなに美味いなら俺の分もやるよ」
「え、いいの? なに? 口説いてる?」
「ははは、俺にそんな勇気はない」
勇気があったら彼女の1人くらい作ってるだろ、って話だ。残念なことに彼女いない歴=年齢な俺は、脳内でリア充を爆発させるので一杯一杯なんだよ。
「誇らしげに言うことじゃないよねそれ」
「知ってるか。男は30まで貞操を守ると、魔法使いになるって話だぞ。渡り人の俺も、晴れて魔法が使えるんだ」
「悲しい妄想だね」
「やかましい。お前も、まぁ、何歳だか知らんが、早めに結婚相手を探しとけよ。俺みたいになるぞ」
言うてもそんな年を食ってるわけでもないが。とはいえ魔法使いになるまでの折り返し地点はとうに過ぎている。
魔法使いがたくさんいるこの世界で、魔法使いを名乗っても真顔を返されるだけだ。
いろんな意味で、冗談にもならない。
「そんな悲しいお兄さんには、これを進呈しよう」
「は……? ……むぐっ」
鳥肉串をそのまま突っ込む……わけでもなく、指でひとつまみしたアツアツのケバブが、俺の口の中に突っ込まれた。
やけに線が細く柔らかい指を口の中に突っ込まれ、突然のことに俺の頭の中はケバブ色になった。
「ほら、美味しいでしょケバブ」
「……うまい」
コカトリスのもも肉の旨味が、いろんなスパイスの辛味や酸味をを伴ってじゅわあと口の中に広がる。
うん、旨い。コカトリスって結構旨いのな。
「でしょ? おじさん、もう4本追加!」
「あいよ!」
「勝手に頼むなよ、俺の金だぞ」
「払ってくれるんだ?」
「……墓穴を掘ったか」
まぁ年下には優しくしてこその年上だからな。仕方ない。ここは俺が払ってやろう。
「はいよ、ケバブ4本お待ち!」
「ありがとおじさん! お兄さん、場所変えて食べない? ここはちょっと人が多すぎるよ」
「……おう、そうだな」
確かにここは人が多い。物を食べるにしても、話をするにしても――
――ちょっと不適格だ。
◆◇◆◇
「はい、お兄さん。ケバブ2本!」
「ああ、ありが……俺が感謝するのはおかしいよな。俺の金で買ったケバブだぞこれ」
「バレたか」
鳥肉を口の中へと放り込みながらケラケラと笑う少年の顔を見て、俺は胸に溜まった息を吐き出しながら串に齧り付いた。
「ん〜! 美味し〜!」
「うん……まぁ、焼き鳥だな、こりゃ」
「え〜、お兄さんってもしかして、焼き鳥とケバブの違いを知らないの? ソースで味付けしたのが焼き鳥、スパイスを振りかけるのがケバブなんだよ?」
「……それはマジで知らなかった」
そうなんだ。本当に知らなかった。
もしかしてこの世界の焼き鳥って、タレ味しかなかったりする? 塩も有名なスパイスだし、焼き鳥の塩もケバブ扱いになってたりしないよな……?
「……そういや、知ってるか? ケバブってさ、とある事情で有名なトルコ語なんだよな」
「とるこご?」
「あぁ。もちろん、この、今食べてるケバブも俺のいた世界ではかなり有名な食べ物なんだがな。トルコや……近くの国では別の意味でも有名なんだよ」
「……? 渡り人の世界の話?」
「ああ。俺が生まれるより500年くらい前、ワラキア公国って国に、串刺し公爵って呼ばれた人がいたんだ」
その名を、ヴラド・ツェペシュ。
ドラキュラ公、または串刺し公と呼ばれ、恐れられたワラキア公国の国民的英雄の話。
当時、征服王が治めていたオスマン帝国内では、人を串刺しにして処刑する公爵がいると恐れられていたという。
「捕えた敵を串刺しにして、森の木みたいに並べてな。その光景を見た敵国の皇帝は、身がすくむ思いを経験したらしいぞ」
「ふーん。で、それがどうしたの?」
「多分、それに影響して【シーシュ・カバブ】なんて魔術が作られたんだろうな。まんまシシカバブ……シシュ・ケバブと語感が同じだもんな」
「……ふーん……」
俺の言いたいことを察したのか、ユリウスを名乗る少年は口を閉ざしている。
手に持ったケバブ串から立ち昇る湯気だけが、彼の周りで唯一動いている物質となった。
そんな彼……いや彼女に、俺は痺れを切らす。
「――もう、俺が言いたいことはわかってんだろ。お前がアスティに使った魔術の名前の語源だよ、ユリア・オキデニシウス」
刹那、陽炎が晴れるように少年の周囲の空間が揺れ動き始める。
同じベンチで隣に座っている俺でさえ、彼女の変身に目を疑うほど、あるいは目の錯覚かと思ってしまうほどの速さで。
「そう、わかってたのね。だから貴方は私を、意地でもユリウスと呼ばなかったってワケ?」
いつの間にか彼は、彼女になっていた。
「ああ、そういうワケだ。ちなみに、一応お前の本当の名前の見当は付いてるんだがな。念のため、名前を聞いてもいいか?」
彼女は銀髪と、赤と黄色のオッドアイを持っている。
色のイメージは少年とは変わらず。しかし骨格や顔つきはまるで少年とは言えないほど、滑らかで柔らかな顔つきだ。
「ご推察通り、私はユリア・オキデニシウスよ。これで満足かしら、渡り人のお兄さん?」
正体が看破された少女は、それでも不敵に笑っていた。




