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アナザー・ノイホーフ〜文明が止まった世界の教育革命録〜  作者: 光合セイ


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23頁『A keeper,Roy』


「――猊下!!」


 闇に包まれた聖堂の中、張り上げられた男の声が響き渡る。焦りや苛立ちを孕ませる怒声に、聖堂の中にいた教皇ヨハネス12世は驚くこともなくゆっくりと振り返る。


「なんだい?」

「なんだ、ではありません! なんですか、このクルセイダーズという計画案は!」

「ああ、異端討滅軍(クルセイダーズ)?」


 何事もなさげに宣うヨハネスに、激昂を隠せない司祭の男は唾を飛ばす。


「破門を前提とした他国への強力要請など、発想が狂っているとしか言えません! ただちに御再考を!」

「なんで? 教皇領には軍事力がないんだよ? 自分の身を守る手段を確立するのは、土地を支配するためには必要なことでしょ」

「教典(バイブル)にも書かれた主の教えをお忘れですか! 『争いは不徳であり、これを止めるは美徳である』の言葉を忘れたとは言わせませんぞ!」

「何を考え直す必要がある? 必要ないでしょ、これは名ばかりの軍事計画(ミリタリープラン)なんだから」

「なに……?」


 困惑する司祭に対してケラケラと笑うヨハネスは、司祭が手に持つ紙を指差して再度見るように促した。


「その計画の主目的は兵の徴募(ちょうぼ)じゃない。免罪符(めんざいふ)を売ることにある」

「……なんですと?」

「免罪符は我々の売り物。そこに『主の御加護(ごかご)を見給(みたま)う教皇より発布されし招集の折、汝らは主に目を掛けられ、死後は天国へと昇天することになるだろう』という文を書くだけの話さ」

「教典にそんな教えはないですぞ! 免罪符とやらに書かれたその文は、主の教えを冒涜した詐欺以外の何物でもない!」


 教皇領が広まる宗教は、免罪符などなくとも『信じれば必ず救われる』という教えである。

 しかし教えに反するような『免罪符を買えば必ず救われる』という金で信仰を購(か)う考え方は、教皇領の権威を失墜させるのではないか。

 それが司祭の考えである。


「はぁ……いいかい? 公(・)式(・)は(・)絶(・)対(・)なんだよ。教皇領が出す答えは、黒であろうと白なんだ。盲信的な民衆には、僕らの言葉を疑う機能は備わっていない」

「……っ! 猊下! 今のお言葉だけは取り消しなさい! 民意の尊厳を踏みにじる行為に他なりませんぞ!」

「民意を踏みにじる? ははは、違うね――僕(・)が(・)民(・)意(・)だ(・)」




 さくり。




「ァ――ェ?」


 胸から突起する鉄の腕(かいな)に抱かれる、赤い臓腑(ぞうふ)――血の滴る己の心臓の形を見て、ようやく司祭の緊張はピークに達した。


「民意の逸(はぐ)れ者には、平等なる死を。民意からの逸れ者同士、墓の中で存分に血祭りを愉しむがいい」

「キ……サマ……!」

「教皇領には影ありき――すなわち、影(おれ)である」


 いつの間にか。そう。音もなく、いつの間にか。

 まるで瞬間移動でもしてきたように司祭の背後に立っていた影(・)は、暗い聖堂の中でも鈍い輝きを保つ鉄で出来た義手で、司祭の背中から水平に胸を貫いていた。


「猊下を唆(そそのか)したのはお前か……!」

「唆されてなんかないよ。むしろ……」

「――影は、光の他には影響されぬ。逆もまた、然り」


 ドサリと前のめりに倒れ込み、しかし己の矜持と片膝で完全に倒れ込むのを防いだ司祭。

 そんな彼に目もくれず、ヨハネスは首無し男に悲哀に満ちた視線を向ける。


「……あれ。一応、僕はきみを誘った認識だったんだけどな」

「貴様は、光では、ない」

「なにそれ悲し」


 少しショックを受けて落ち込んだふりをするヨハネスと、その教皇に厳しい視線を送る影。

 よく見てみれば、影の顔に相当する部位がない。

 首から上は、さながら虚空。目も、鼻も、口もないのに声だけはする。現実にあり得てはならない存在だった。


 一言で表すなら、首無し男(デュラハン)。

 そんな首無し男と話すヨハネスの視線が向いてないのを見て、未だに息を保つ司祭は詠唱を始める。


「『来た、れ、神の、息吹。聖域の、残光』」

「……まだ死なぬか。しぶといな」

「こ(・)の(・)世(・)界(・)の(・)人(・)間(・)は心臓を抜かれても5分は生きられるよ。生命の核になってるのは魔導回路だからね」

「『修復せよ(直せ)。修復せよ(治せ)。修復せ(療)』ぶっ……!?」


 シュ、と喉に違和感を覚える。空気が抜けるような不快感が司祭の喉を穿ったのだ。

 今度こそ完全に体力を奪われきった司祭は、聖堂の床に鼻から勢いよく倒れ伏した。


 円形に広がる赤い液体から遠ざかるようにヨハネスは離れ、少し引き気味に体を引いて声を潜(ひそ)める。


「うわ。声帯を潰したのか。エグいことするなぁ……」

「声を出す死人など、民意から外れている」

「それ民意は関係ないと思うけどね。まぁいっか」

「……カ……ァ……ッッッ!?」


 首無し男の右腕が振るわれる。

 正確には男が右手に持つ小振りの鎌(かま)だ。鎌が空を切る音を立てて振るわれるたび、司祭の背が、腕が、脚が傷ついていく。

 徐々に生命力が消えていく気配を感じながらも、司祭は潰れた喉から掠(かす)れた音も出すことは叶わない。


 やがて反応のなくなった肉塊を見た首無し男は、その鋭い視線をヨハネスへと向け直す。


「始末は完了した。次は誰を殺せばいい」

「ん。僕(・)の(・)改(・)革(・)に反感を持ちそうな奴らはまだまだいるからね。その度に、キミの力を借りることになるかな」

「……影は、何人(なんびと)であろうと手を掛けよう」


 いつの間にか、首無し男の右手の鎌は消えていた。どこへしまったのか見逃したが、ヨハネスからすればどうでもいいことでもある。

 ……ただ、少しでも影(こいつ)の情報は得ておきたかったが。


「……あー、空いた司祭の枠を埋めなきゃなぁ……キミ、司祭になってみない?」

「それが民意であるならば」

「大丈夫。僕が民意さ」

「しかれば、不満はない」


 嘆息するように肩を揺らす首無し男。表情がわからないのに、どこか表情豊かに見えるのは気のせいだろうか。


「ん。じゃ、そいつはちゃんと始末しておいてね――影(ロイ)」


「……まだ、生きていたのか」

「……。……?」

「この風貌に疑問を持つか。それは……そうだろうな。……冥土の土産に、我が名を聞いていけ――」


 光を失った目で見上げる、床に這いつくばった司祭の瞳には。右足の裏を向ける首無し男が映されている。


「影(おれ)の名はロイ。歴史上、前例がないらしい――首(・)を(・)持(・)た(・)な(・)い(・)渡(・)り(・)人(・)だ」


 ぐちゃり。

 泥を踏み締めるような音を立てて、今日、一つの命が失われた。



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