21頁『カタリストF』
「へー、ここがお兄さんの家?」
「あぁ。まぁ、そうだな」
「街からすごい遠いんだね」
俺は少年を連れ立って……うん。ここは少年に護衛されながら、といった方がいいか。
少年に護衛されながら、俺は『星の館』へと帰ってきていた。
館は郊外にあるからか静かで、けれど静かすぎるがゆえに耳鳴りがするほどだ。
いつもなら隣にアスティがいるのだが、今日は代わりに少年が歩いている。
「じゃあ俺は金を取ってくるから待っててくれ」
「えー、入れてくれないの?」
「他人を家の中に入れられるほど片付いてないんだよ。我慢して少し待っててくれ」
言って少年に踵を返し、俺は館の中へと入る。
その時、柔らかな風が吹いた。
扉からテラスへ抜ける風が、俺の背中を押す。
中もまた静かだ。扉から見える食事処の机には、外出前は座っていたアスティはいない。
テラスかと思ってみてもいない。じゃあ自室に入ったか、と扉をノックしても出てこない。
「アスティ? いないのか?」
アスティに会いたい。会って話をしたい。
出る前に投げた会話をやり直したい。
その一心で探し続け――床に手紙が落ちているのを見つけた。
「……置き手紙?」
扉を開けた時に吹いた風に飛ばされたのだろう。拾うとそこには、アリの隊列のように汚い文が書かれている。
読み取るに、文字はスウェーデン語。間違いなくアスティが書いたものだろう。
俺は手紙を手に取って目を通す――
◆◇◆◇
――時は遡り、数刻前の『星の館』。
「お茶を淹れてまいりますので、陛下はお先にお座りくだ――」
「いえ。茶は私が。アストリッド・ヌーベル近衛騎士は先に陛下との話を始めてくださいませ」
「うむ。茶はセバスに任せておけ。其奴の淹れる茶は旨いぞ」
「恐縮です」
王子が言うなら仕方ない。茶を淹れる栄誉は執事……セバスに任せておこう、とアスティは席へと向かう。
フォルケ王子が着席したのを見て、アスティも続くように対面の席へと座る。
浮浪児出身で教養のないアスティだが、こういうマナーだけはヌーベル家で叩き込まれたのである。
「それで、話というのは……?」
「うむ。近頃、何やら物騒な事件が続いているそうじゃないか」
「物騒な事件、と言いますと……」
心当たりが多くてわからない。
首を傾げるアスティに対し、フォルケ王子は指を折りながら例を挙げる。
「酒屋での乱闘騒ぎ、アンデッド・ドラゴンの襲撃、そして白い光の魔術の正体……白い光については、アストリッド近衛騎士も、何か知っているんじゃないかな?」
「……」
アスティは答えない。これを沈黙の是と取らえたフォルケ王子は追求を加速する。
「教えてくれないか。あの白い光はなんなのか。答えられないのなら、王国にとって危険な物であるのかだけでもいい」
「……不敬罪と取られたとしても、これを答えるわけにはいきません」
「それは何故だ? せめて理由を教えてくれてもいいだろう?」
アスティは首を振って拒否の意を示す。
フォルケ王子は幼い頃から王としての気質を叩き込まれ、実に聡明な御人であると聞いている。
軽率な一挙手一投足だけで、何か思いもよらない事を察してしまうかもしれない。
頭の質では負けているならば、こちらが渡せる言葉はない。教えを乞うなら、より出来のいい人に頼んで欲しい。
「わたしが答えられることはありません。そも、それに関しては未知の部分も多いのです」
「解明が進んでいないということか。それはサトウ・ケイと同様か?」
「……」
言葉の切れ端から探究してくるこの王子の姿勢は、もはや気味が悪いとさえ感じてしまう。
「答えたらどうだ、アストリッド・ヌーベル」
「セバス。今は口を出すな」
「殿下。渡り人であるならいざ知らず、王国に所属する騎士が、殿下の言葉に首を振るなどあってはならないことです」
「わかっている。だが彼女は『不敬罪と取られたとしても答えない』と言った。この一言への対話者として、お前は少々過激すぎる」
忠誠からくる義憤なのだろう。セバス、と呼ばれた男の気持ちはアスティにも良く理解ができる。
「御意」と答えて口を閉ざしたセバスへの敬意を胸に秘めながら、アスティは頭を下げる。
「この首が欲しければ切られると良いでしょう」
「女の首を取るなんて、嗜虐的な趣味はない。それよりも建設的な話をしよう。今日は別に、白い光の話だけをしに来たわけじゃないんだ」
改まって席に深く腰を据えたフォルケ王子は、アスティの空色の瞳を真剣に見つめながら言った。
「――近く、王国は戦争に巻き込まれる」
その一言で、アスティの表情は凍りついた。
「ラグナル騎士団長からは、何も……」
「当然だ。恐らく今頃出回っている情報だからな。鮮度が最高品質で高い情報だよ。」
「……それを何故、殿下直々にわたしへ?」
「質問の意図がわからないな。もうわかっているのだろう、この国で唯一、空を飛べる騎士なのだから」
「……っ」
『空を飛べる騎士』という部分を、わざわざ強調したあたり、戦略に組み込む気が満々ということだ。
一般教養ならいざ知らず、戦闘関連の知識で遅れを取るアスティではない。
フォルケ王子はセバスへと視線を移し、それに頷いたセバスは声を張り上げた。
「アストリッド・ヌーベル近衛騎士の参戦を命令し、現時刻をもって近衛騎士職を剥奪! 従来通り、候補騎士としての任を命ずる! 尚、これは王命であると心得よ」
「剥だ……!? それでは、ケイの護衛はどうするのです!」
「王国が持つ全力を出す予定だ。サトウ・ケイ個人に掛けられる力は、彼には申し訳ないが……」
「っ……!」
困り顔で言葉を濁すフォルケ王子に、アスティは青筋を立てながら言葉を詰まらせる。
王命の2文字がどうしても脳裏によぎり、アスティは反論することができない。
騎士は王には逆らえないのだ。
「……御意」
従うしかない。
急な話で不平不満はあるが、それもこれも国防のため、人民のためと言われてしまえば何も言えない。
人を守るのが騎士の役目。その対象がケイ個人から、ケイを含めた多数の人民へと変わるだけの話だ。
「それでは荷物を纏めなさい。きみは近衛騎士ではないのだから、この館にいる理由はないだろう?」
「はい……ですが、手紙を書く時間はいただいてもよろしいでしょうか」
アスティの願いを聞いたフォルケ王子は首肯し、「しかし」と言葉に付け加える。
「良かろう。しかし戦争の情報は軍事機密だ。市井に伝われば、いらぬ混乱を招く恐れがある。それはわかるな?」
「……はい」
余すことなく伝えることはできない。けどそれは魔術も軍事機密も同じこと。
罪悪感は募るが、これも今までと経験としては、アスティにとっては同じようなことなのである。
すみません、ケイ。わたしは貴方を守れそうにありません。
◆◇◆◇
「アドルフ宰相の懸念通りでしたね」
「ああ、まったくだな」
セバスの囁きを耳にしながら、馬車の荷台に乗り込むフォルケ王子は「ふぅ」と息を吐いた。
どこか疲れたようにも見える彼は、あとで荷台に乗り込んでくる女騎士の顔を思い出しながら言う。
「近衛騎士が護衛対象に肩入れする可能性がある。と言っていたが、思っていたよりも傾倒していたな」
「はっ……しかし、似たような立場から言わせてもらえれば、気持ちはわからないでもないです」
「そうなのか?」
「従者は主人に行動が似るものです。アストリッド・ヌーベル騎士もまた、常に近くにいたサトウ・ケイに似たのでしょう」
そんなセバスの言葉に、フォルケは「うん?」と小首を傾げて疑問を呈する。
「私は父上にそこまで熱狂的ではないぞ?」
「それはそうでしょう。殿下が真に仕えておられるのは、陛下ではなく王国なのですから」
「ははっ、上手いことを言う」
「賢人ハヤトの受け売りです」
いかなる主従も、王族と国家以上の関係性にはない。
これはかつてこの国で名を馳せた渡り人、賢人ハヤトの言葉である。
王と王子は扶養者と被扶養者の関係性であり、この2人に主従の関係性は存在しないのだ。
「そうか。やはり渡り人は面白いことをいう。ますます、サトウ・ケイが欲しくなったぞ。よくやった、セバスチャン」
「褒められることは何もしていませんが」
「それでもだ。……お陰で、今回のアスティ引き戻しの目的を思い出せた。忘れていたわけではないがな」
セバスが御者台に座った重みを、荷台の揺れで感じながら、御者窓から覗く頭に向けてニヒルに口角を上げた。
「サトウ・ケイの取り込みを急ぐぞ。我が王冠の下には、彼の存在が必要不可欠だ」
◆◇◆◇
置き手紙に書かれていたのは、近衛騎士職を免職された旨、理由は言えないが候補騎士として騎士の駐屯所へと戻る旨だった。
どう見ても「実家へ帰ります」宣言にしか見えない手紙を見て、俺の心は突風になびく野原のようにザワついた。
(話し合いは? まだ途中だっただろ。なんでこうも色々と上手くいかないんだよ俺は……!)
ギリ、と不快な歯軋りの音を立てながら、精神が早いテンポで荒んでいくのを自覚する。
……落ち着け。手紙の内容が本当なら、アスティは駐屯所にいるはずだ。話し合いならそこでもできる。場所が変わるだけだ。そこでなら――!
「ねー、お兄さん。お金まだー?」
「……! 行き先変更だ! 俺を……!」
「――落ち着いて」
「――ッ!? 誰だッッ!?」
扉に向いた視線と身体の後ろから、聞き覚えのない声が聞こえてきた。
思わず張り上げた怒声が飛び出し、俺の心は焦りから怒りと警戒心へと変貌する。
振り向くとそこには、昼間の噴水公園で俺を睨んでいた……
「赤いガウンの女――!?」
心臓が、最大級の警戒を知らせるように高鳴る。
息も荒く、目も焦点が定まらず、ただ無造作に足を引いていつでも逃げ出せるように体勢だけを整える。
そんな俺を見て、赤いガウンの女は腰に提げた剣を鞘ごと床に置いて
「焦りは禁物です。落ち着いて。警戒しないで。あの少年は放っておいて、まずは話をしよう。ね、佐藤啓」
女は、落ち着くように説得してくる。
けれど心臓の音は鳴り止まなかった。




