↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アナザー・ノイホーフ〜文明が止まった世界の教育革命録〜  作者: 光合セイ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/32

2頁『召喚先は戦場でした』


「おー、お待たせー……ぇ?」


 その時は一瞬、何が起こったのかわからなかった。


 扉を開いた先で真っ先に聞こえてきたのは、俺の心と鼓膜を盛大に揺らすはずのJ-popではなく、馬の嘶(いなな)きと鉄の擦れる火花の音だった。

 目に見えるものを比喩表現なく伝えるなら、2頭の馬が引っ張る大きな荷台の付いた馬車と、それに向けて攻撃を仕掛ける如何にもな格好をした賊。そして立ち向かう鉄の重装を纏った騎士が4名。

 無数の人に踏み鳴らされて出来たであろう森道で、剣を交える西洋風の光景が広がっている。


 近くには馬が1頭、首から血を流して倒れている。刀剣によって斜めに斬られた傷口から察するに、賊の誰かによって足止めするための標的となったのだろう。かわいそうに。


 しかして俺の困惑は収まらない。肌を照り焼く夏の暑さはどこへやら。水の中にいるように感じる寒冷な森の中で、俺はひとり目を白黒させて頭をフリーズさせていた。


「あー……っと?」


 ボロ雑巾を繋ぎ合わせたような汚い服の賊たちや、剣を構えて呆然とこちらを見ている騎士たちの視線が集まる中、俺はようやく事態を察することに成功した。


「あー、こりゃあれか。異世界召喚ってやつか」


 一周回って冷静になった俺は、指をパチンと鳴らして理解を示した。



◆◇◆◇



「異世界……? まさか、渡り人(わたりびと)か!」


 そんな野太い男の声が、驚愕の感情を孕ませながら俺の耳に届いた。

 どうやら日本語は普通に通じ……いや違う。聞こえる言葉と口の形が微妙に違う。何かしらの力を受けているのか、あるいはそういう世界なのか。

 とはいえ言葉を額面通りに受け取るならば、地球人はそこまで珍しい存在ではなさそうだ。


 しかし、俺の存在を友好的に受け取られているかは未知数かな。こちらから話しかけるには、情報不足が否めない以上遠慮しておきたい。

 日本人が出たね。民族性からシャイなんだよごめんね。


「黒い髪と瞳。『賢人』ハヤトと同じ、ニホン人でしょうか」

「わからん。だが敵意はなさそうだ。どうしますか、隊長?」

「敵意がないのであれば我々と共に来ていただきたいが……」


 騎士側の反応は様々。ひとり金髪の女の子が喋らずに会話が続いているが、それはいいのだろうか。作戦会議をするなら入れてあげればいいのに。

 しかし、俺の他にも日本人がいる、という事実だけはわかった。しかも『賢人』と呼ばれているらしいし、騎士側は割と好意的に見られてそうか。


(……さて)


 問題の賊側といえば。


「アイツ、渡り人なのか!?」

「魔法の敵! 信仰の敵!」

「渡り人は騎士よりも排斥優先度が高い! 殺せ!」


(ああこりゃダメだ)


 おそらくこの賊は、異世界人を目の敵にする宗教に傾倒しているタイプの人間なのだろう。

 経験がある。こういうヤツは基本的に話が通じないのだ。家に来る新興宗教の勧誘とかまさにそれ。まともに取り合っちゃダメなやつだな。

 一も二もなく味方にするべき人間が決まったところで、俺は首と胴体が繋がっている間に動き出す。


「すいませーん! 俺、その渡り人ってやつだと思うんですけどー。たすけてくださーい!」


 事態としては簡潔だ。まずはこの賊をなんとかする。けれど体育の評価が5段階中3な俺では、接近戦最強の片手剣大先生に勝てる見込みは薄い。

 なら少なくとも俺に対して悪感情を抱いていない騎士に助けを求めるのが正解だろう。

 これが絆の力だ食らえー!


「助けを求めておりますが?」

「軽薄な男だ。他国からの間者の可能性もあり、何よりヤツを助け出せるほどこちらの人員は足りていない。我らは我らの命を優先する。無視しろ」

「御意」


 バッドコミュニケーション。終わった。嘘でしょ。普通なら助けに来るでしょこういう時は。えっ、じゃあ何、俺は賊の方に話しかけなきゃいけないの? まじで?


「最悪、魔導書は後でも回収できる! それよりも渡り人を逃すな!」

「「「「応!」」」」


「なるほど。あの男を利用すれば、我々は任務を遂行することができそうだな」

「隊長、それは流石に……」

「なんだ。愚考が聞こえたな。お前を殿(しんがり)にして、あの男を助けに行かせてもいいのだぞ」

「……失礼しました」


「……嘘でしょ……?」


 味方/ZERO。マジかよ。どうする。騎士たちが撤退を始める前に逃げるか? 騎士たちの撤退方法はおそらくあの馬車の荷台に乗り込んで強行突破するしかないだろう。

 ならば時間はあるはず。いま俺が襲われていないのは、騎士と賊が睨み合っているから。つまり2つの勢力の間に均衡があるからだ。どちらかが欠ければ均衡は崩れるだろう。

 つまりあいつらが相対している間なら、その均衡に関与していない俺ひとり程度なら逃げ切ることはできる……と思う。最大のネックは体力だが。うん。そこは賭けだ。賊が消耗してることを願おう。


「――では隊長。わたしが殿(しんがり)を務めます」


(おっ?)


 と。それまで黙っていた金髪の女騎士が、進言するように『隊長』と呼ばれた男に対して進み出た。


「家も持たぬ庶民の分際で、貴族に楯突く気か?」

「いえ。ですが仮にも騎士が民を見捨てて賊に背を向ける事実などあってはなりません。しかし我らの命を優先するのも大事。ならば補欠騎士として代えの利くわたしが、殿として出撃するのが最良かと」


「そうか。ならば死んでこい」

「御意」


 なにその会話怖い。え、人命優先とか言ってるのに自分は部下置いて逃げ出すの? 貴族がどうたら言ってたし、そういう世界なのここ?

 俺がジリジリと後退しながら逃げる隙を窺ってると。髪を陽光に当たった小麦のように金色に輝かせる女騎士が、ジロリと猛禽のような空色の瞳で俺を見た。どうやら本格的に救出の準備に取り掛かったようだ。


「そこの男。死にたくなければ動かないように」

「わかった。動かねぇから助けてくれ」


 後退を取りやめ、両手を上げて降伏のポーズをとる。

 しかし俺に明確な殺意を向ける賊からは目を離さない。隙が生まれ次第、足元の小石を脳天に投げつけてやろう。俺に狙いを変えたことを後悔させてやる。

 俺が肩の調子と小石の位置を確認していると、今度は賊の首領と思しきヴァイキングみたいなツノの生えた兜を被った男が、金髪の女騎士とレスバトルを始めていた。


「女ひとりに何ができる! 家に帰って子供に乳でも吸わせてろ!」


 わお。現代だったら問題発言。セクハラ・パワハラの蠱毒(こどく)みてーな台詞だ。

 しかしそこは場慣れした異世界人女性。こんな罵倒は言われ慣れているのか、猫のように澄ました表情を崩さずに言葉を返す。


「生憎わたしに家族はいなくてな。家で飯を食った経験もないのだ」

「気味の悪い目の色の浮浪児が! ならその生き汚え口ごと叩っ斬ってやろうか!」

「やってみせろ。仁義なき凶刃に倒されるほど柔(ヤワ)ではない」


 その場の大多数がレスバトルに注目している中、他の騎士たちは馬車の荷台に乗り込んだ。御者席に乗った騎士は握る手綱を馬に打って発進する。

 これで状況は俺と女騎士の2人 VS 元から数で優っていた賊団になった。


(……さて。どうするかな)


 俺は剣を持っておらず、武器となり得るのは足元の小石だけ。投げつけるか。あるいはナックル代わりにして殴りつけるか。

 可能なら殺したくはない。21世紀最大の平和国家・日本で育って来ている以上、やはり殺人には抵抗があるのだ。どうしても人を手に掛けるのには心の抵抗がある。


 俺が小石を取るタイミングを窺っていると、女騎士が俺に目を向けて叫ぶ。


「まずは合流だ! 貴様を守らねば話にならん!」

「わかった! すぐに行く!」


 確かに。生きるためには人員が必須。分断された状態で手分けをするよりも、一塊になる方が生存率が高いだろう。

 それに俺は戦い慣れていない。喧嘩慣れもしていない。下手に仕掛けて玉砕するよりは、まずは戦闘経験者と合流するべきだ。


「すぐに? いや待て! それは……!」

「へへっ、焦ったなバカめ!」


 俺の目の前に、賊のひとりが立ち塞がる。見た目からして、賊の若い衆といった感じか。さながら待ってました、とでもいうようなドヤ顔だ。

 俺が突出してくる瞬間をずっと狙っていたのだろう。手に持っているのはカットラスのような曲剣。それを上段で構えて振りかぶっている。


 遠くから、焦ったような女騎士の声が聞こえてくる。


「避けなさい!」

「わかってる!」


 足に力を入れて急ブレーキをかけ、上半身をのけ反らせると、振り下ろされた剣は俺の身体を見事に外した。

 残念だけど、易々と死ぬほど俺は甘くない。


「なにィ!?」

「おー、どーした。なんでカットラスなんて使ってんだ、カッコ付けか?」


 若い賊は再び構え直そうとした手を止めた。驚愕の感情を浮かべながら問うてくる。


「ああ!? なんでこの剣の名前を知っている!?」

「そりゃ知ってるさ。地球(ノンフィクション)舐めてんじゃねぇぞ異世界(フィクション)野郎」


 ……あれ。なんで動きを止めてまで俺の話を聞いてるんだ。そんなに知りたいのか?

 カットラスと俺を順々に見比べている。

 いや、知りたい云々じゃないな。知られていることが怖いのだろう。


 武器というのはなんであれ、長所があれば短所もある。

 そして情報とは武器であり商材だ。

 得体の知れない異世界人がいきなり「その武器知ってるよ」なんて言い出したら、そりゃ恐ろしくもあり……


「……なんにせよチャンスか」


 我を取り戻したらしい若い賊は、離しかけた剣の柄を握り直して唾を飛ばしてきた。


「黙れ殺すぞ!」

「黙ってても殺すだろ。つか、それは船の上で使うために曲げられてんだぜ? 知ってっか? 知らんかったろ? 教養なさそうだもんなぁお前!」


 若い賊の背後で響き合う剣の擦り合う様を見ながら、女騎士の強さを確認する。

 防戦一方だが大丈夫。おそらくあちらは耐えきり、こちらに駆けつけてくるはず。問題はそれまでの時間稼ぎだ。


 ……あくまでポーカーフェイスを崩さずに頭を悩ませていると、若い賊は怒号にも似た声を張り上げた。


「はァ? 何を知った口を!」


 ……明らかに戦闘衣装ではない俺なんていつでも殺せる、とでも思っているのか。或いは何も考えていないのか。戦闘に少しでも慣れているのなら、そんなことは考えないはずなのだが。


「――知ってんだよ」


 教(・)え(・)る(・)こ(・)と(・)が(・)武(・)器(・)に(・)な(・)る(・)なら、俺にとっては好都合だ。

 こちらの言い値で悪いが生存時間を買わせてもらう。等価交換の時間だ。


「教えてやろうか? いいぜ。啓先生の特別授業。青空教室の開講だ! 耳糞かっぽじってよーく聞けよ――!」


 地球では大航海時代の船乗りに愛用されていたカットラスだ。船の上で使うために刀身を曲げられ「何言ってんだ殺――」うるせえ黙って聞け。曲げられたのは甲板という狭い空間で最大火力を出すために鍛造されたものだ。「何をぺちゃくちゃと――」お前の剣が当たるわけねえだろ黙って聞け。……まぁどういう経緯で使っているにせよ。こんな逃げ場所の多い陸上戦で使うには不向きな武器の一種なんだよ。


「……つまり、陸上戦で使うには相当な修練を必要とする武器ってこった。はい、講義(時間稼ぎ)終了!」


 武器も持たず弱そうな男が語気強めに捲し立てる言葉の数々に、混乱と困惑が混濁したような顔をした若い賊が我を取り戻した。


「な、なんなんだテメェ……?」

「ただの教員志望の高校生だ。最後まで攻撃せずに律儀に聞いてくれて、優しいんだなお前。なんか悪いな」


 情報量の暴力。

 あるいは困惑させるともいう。

 これぞ言葉の波状攻撃。量は質に勝るんだ!

 ……まぁ、それがなんであれ、である。

 最低限の仕(・)事(・)は果たした。


「……ちっと面食らったが、もう攻撃していいんだな。間に挟むたびにすげぇ顔しやがって。ご高説には感謝するが、テメェにはここで死んでもらうぞ!」

「ああやってみろ。俺の独壇場(ターン)はおしまいだ。よっしゃ眠らせてやれ暴力担当!」


 俺の息をもつかせぬ怒涛の時間稼ぎに毒気を抜かれたか、或いは戦闘意識を削がれたか。

 完全に俺のペースに呑まれていた若い賊の脇腹に、鋭くも豪快に狙い澄まされた剛剣が、俺の視覚外から振るわれる。


「――シィ!」

「グぎャ!?」


(ッ――!)


 真っ二つ。

 胴体が上と下に切り裂かれ、言葉では言い表せないほど様々な物が飛び散る光景を目の当たりにする。

 ――え、そこまでやる?

 まさかぶった斬るとは思っておらず、背後からの奇襲による昏倒だけを狙っていた俺は、突然のショッキングな光景を目の当たりにして声も出せない吐き気に見舞われる。


「ぅ、っぶ……」

「無事ですか」

「う、ぇ……あ、あぁ……」


 製作者は、あの金髪の女騎士。彼女が狂い咲かせた肉の華は、現物を見るとだいぶスプラッタホラーだ。

 まずい。精神衛生にかなり悪い。迷う間もなく目を逸らし、俺は女騎士に礼をする。


「マジ、助かった。決め手に欠けてた」

「そうですか。それは良かった」

「佐藤啓(サトウケイ)だ。呼び名は、まぁ好きにしてくれ」

「わかりました。では、わたしのことはアスティと呼んでください」

「ああ。よろしくアスティ」

「……それでは、ケイ。これから貴方の守護を開始します」


 ヒュン。

 アスティが一度剣を振るうと、剣身に付着した血液が取れ、ビチャリと大地に赤く染み込んだ。

 血と肉の匂いが鼻腔を刺激し、喉の奥から何か体液が沸々と湧き上がって来ているのがわかる。気分が悪い。


「っ……。……ふぅ」

「まず渡り人である貴方を守る前にひとつ、確認しなくてはならないことがあります」

「なんだ。俺は戦えねーぞ」

「わかっています。元より期待はしていません」


 ……なんでだろう。異世界に召喚されたのに戦えないという無力感。頼られないって悲しい。

 肩を落とす俺を見て女騎士は嘆息すると、懐から薄い直方体の黒い物体を取り出した。


「読めるなら翻訳をお願いします。そして書いてあることを意訳し、わたしに伝えてください」

「……これは」

「この世界では魔導書と呼ばれているものです」

「は……魔導書?」


 魔導書、と彼女は言った。しかし俺の目には、どうしても違う物としか映らない。

 ……いや、もしかしたらそういう趣向なのかもしれないが、現代日本の学生として生活していた俺からしたら――


「冷静さを欠いてるように見えますが……出来ますか?」

「……わかった任せろ。俺はいつだって冷静だ」



 ――手渡されたソレは、A4サイズの横罫(よこけい)ノートだったからだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。