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アナザー・ノイホーフ〜文明が止まった世界の教育革命録〜  作者: 光合セイ


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1頁『〈送信に失敗しました〉』



[――ここより遠い惑星に、送信を]



◆◇◆◇



「ほえ〜……またか」


 朝からブルーライトとにらめっこ。

 ニュース画面のトップ記事を見ながら、俺はポツリとぼやいた。


 最近、日本で急増している行方不明事件。

 まことしやかに囁かれる『神隠し事件』。ただしどうやら、これは日本に限った話じゃないらしい。

 世界各地で起こるこの現象は、ただの誘拐事件として片付けるには手口が計画的らしく、消息はおろか手掛かりすら現場に残されてないらしい。


「仮に人為的な犯行だったら辻褄が合わねぇんだよな。こんなバカみてーな猛暑の夏なら、沿岸の避暑地にたっぷり人はいんだろ。なんでそっちを狙わねー?」


 特定の人物をねらうなら兎も角。

 こんな大規模な犯罪に発展してるなら、もうちょっとやりようはあるはずだ。


 俺はニュース記事をにらみながら悪態をつく。

 そもそも他国の誘拐犯が関連してくるなら、犯行場所として選ぶ地域が船を着港しやすい沿岸ではなく、内陸の奈良って時点で辻褄が合わなくなるのだけれど――




「――おい。おいっ。ケイっ!」

「……んぁ? どった?」

「どった。じゃねえよ。ほら……」


 ひんやりと冷涼な空気で満たされた教室。

 そしてヒュ、と背筋を凍らせる、教壇に立つ教師の笑顔。

 表情筋の柔らかいおばちゃん先生のはずなのに、なんでこうも恐ろしい笑顔なのだろう。

 俺、佐藤啓(さとうけい)は顔を上げて先生と視線を合わせる。


 先生は「うん」と頷いて、元は何かしら書いてあったのだろう黒板の空白を指差しながら問うてくる。


「では佐藤くん。534年、ユスティニアヌス大帝が編纂させた法典の名前は?」

「はい。ローマ法大全です」

「正解です。では、この法典は何語で書かれていますか?」

「前の3書がラテン語で、最後の1書がギリシャ語です」

「はいこれも正解です。次は没収しますので、携帯端末は開かないようにしなさい」


 そういってニコリと笑う先生に、俺は苦笑いを返すしかなかった。

 優しいのか厳しいのか、判断に迷う対応だ。

 俺が席に座り直すと、隣の席に座る金髪が肩を叩いてきた。


「ケイ、よく答えられるな」

「まー、原文読んだことあるしな」

「げんぶん。えっ、てかケイって、ラテン語とギリシャ語できんの?」

「辞書ありゃ誰でも読めんだろ」

「読めねえよ。やっぱおかしいよお前」

「なぜいまディスる?」


 そりゃ確かに面倒臭いけども。

 けどそれ以上に面白いんだよ。

 言葉とは歴史、歴史とは人だ。人が世界を作る以上、言葉には必ず意味がある。

 これを解き明かし、後世の糧にする学者に俺はなりたい。


「えっ、他に何語読めんの?」

「あん? あー、っと。そうだな、色々読めるぞ」


 ヨーロッパ由来の語族は全部はいける。漢文とかハングルはまだちょっと苦手なんだが、この前『論語』をやっと読み切ることができたから、今度はアジア圏を飛び出してフィンランドのカレワラ読んでみようと思っててな――」


「――ケイ? ケイー? わかった。わかったから。ケイの情熱で肌が焼けそうだ。途中から何言ってんのかわかんなかったしな」

「ん? 俺なんか言ってたか?」

「無自覚かよ怖えな。頭ん中で何が起こったらフィンランドの話が出てくんだよ」

「え? 世界一周……」

「本当に何が……いや。まぁいい。お前がとにかくすげえってのがわかった、っつー話だよ。てか息継ぎくらいしろ」


 俺、なんか変なこと言ってたか?

 首を傾げて理由を問うも、俺の問いは華麗にスルーされ、代わりに教室の前方を指差した。


「それよりほら、先生がすごい顔してんだぜ。流石に無視はできないってか……な?」

「あー……?」


 そういわれて、ようやく気がついた。

 先生の目がまた、俺の方へと向いている。

 なるほど。少しはしゃぎ過ぎたようだ。


「すいませんでした」



◆◇◆◇



[――魔法により発展した世界に、技術を]



◆◇◆◇



「じゃあ、先に駅前のカラオケ行ってんぞ」

「早くこいよケイ〜」

「おー」


 いまだに青空の広がる夏の放課後。

 6時間にも及ぶ授業から解放された、白いワイシャツ姿の高校生たちが教室から出ていく中で、俺は掃除当番として複数の生徒と共に残されていた。

 黒板の拭き掃除を終わらせたあと、俺は教室後ろに移動させていた机を並べ直す作業へと参加する。並べ直したら掃除は終わりだ。


「お疲れ、ケー」

「啓くん、お疲れさまー」

「おー、2人は今日もデートか? 彼女持ちも大変だな」

「啓くんは彼女いないの?」

「えっ」


 思春期真っ盛り男子(彼女のいない俺)は ダメージ を 受けた!

 こうか は ばつぐん だ!


「すっげぇ。いきなり心ぶっ刺してくるじゃん」

「うん、刺してみたっ」

「おい大丈夫かよお前の彼女。フツーに怖いぞ」

「ははは、面白いだろ?」

「面白さのベクトルが性悪すぎんだろーが。どうにかしろ彼氏」

「そこが可愛いんだよ」

「やだもぉ、啓くんの前でもぅ」

「え。うざっ。俺もう帰っていい?」

「まぁまぁ。ゴミ出しじゃんけんが終わってないだろ。ちょっと待っててくれよ」

「ストレス過多で憤死しそうだから遠慮しときたいんだが」


 この前の授業でも習ったろ。憤死。知らないとは言わせない。人は怒って死ぬんだよ。

 うん、前例があるだけまずい。このカップルと一緒にいると、本当に頭に血が昇って死にそうだ。


「ほらテメェら、出血大サービスのゴミ出しデート権だ。さっさと行ってこいや」

「お、気を遣ってくれてありがたいな。けどこれは真剣勝負のじゃんけんだ。俺はパーを出す、だから……」

「私はチョキを出すね!」

「えっ、2対1? ちょっと待てズルじゃんなにそれ」

「ズルじゃないぞ、はいじゃーんけーん――」



◆◇◆◇



[――万能に媚びた世界に、文化を]



◆◇◆◇



 じゃんけんのチョキは、3つある手の形の中でも最難関の形だという。

 あそこでチョキを出していれば、俺はじゃんけんに勝てていたのだろうが、結果として俺が出したのはパーだった。


 示し合わせたように2人が出したチョキに、俺のパーは無惨にも敗れた。

 『『先に帰るぞ(ね)ー♡』』と2人並んで歩いていったカップルの背を見送り、俺は1人寂しく両手に抱えた袋と共に、ゴミ捨て場へと向かうことになった。

 なんだよ。この得も言われぬ敗北感。


 肌に粘りつくような夏のクソ暑さも相まって、俺の頬は烈火の如き朱色に達していた。


(ちくしょうあのカップル、明日は覚えてろよ……!)


 リベンジの機会は今週いっぱいある。どうせどちらか一人を負かせば、2人で一緒に行くようなやつらなのだ。次は絶対に負けねぇ……!


 とはいえ、このあとの予定はカップルへの報復ではなく、友人たちが待つ駅前のカラオケへの移動だ。今日のところは許してやろう。だが明日の俺が許すかな。


『本日午後1時ごろ、千葉県九十九里浜のビーチで遊泳中だった男性が、行方不明になる事件が発生しました。男性は複数の友人と共にサーフィンを楽しんでいる最中、波に攫われて流されていたと思われ、千葉県警は房総半島沖海上での捜査を継続しています』


 街頭テレビから聞こえるニュースから、またもや行方不明のニュースが流れる。

 おそらく水難事故だとは思うが、やはり行方不明と聞くと気になってしまう。最近、本当に多すぎないか?



[――汝、異世界の住人よ――]



「あ?」


 やけに耳の近くで声が聞こえ、俺は反射的に周囲を見回した。

 しかし俺の耳元で囁けるような距離には人影はない。

 空耳か? それにしてははっきりくっきり聞こえたような気がしたが……


「……?」


 なんだ、今のスパムメッセみたいな……?

 と、その時。ピコン、とスマホが鳴った。


『まだ掛かりそうか? 遅くなりそうなら、もう入ってるぞ』

「あー……外クソ暑いし、先に入っててくれ」

『わかった。早くしろよ』

「おう。わかった」


 別に書いた文章を口に出す必要もないが、このクソ暑い街中を歩いてる最中に、口を閉じたままだと息切れを起こしてしまう。

 カラオケの中なら、ガンガンにクーラー回ってんだろ。さっさと行って涼むとしよう。



◆◇◆◇



[――停滞した世界に、進展を]



◆◇◆◇



『地下のいっちゃん奥の部屋にいっから』


 カラオケ店に入るとキンキンに冷たいクーラーの効いた風が、髪をベタベタに濡らす汗を冷やした。

 このまま放置していると風邪を引くかもしれないが、幸い、子供は風の子である。この程度で風邪を引くほど柔な体はしていない。


(あー……すずし……)


 パタパタとワイシャツを扇いで汗を乾かしながら、俺は目的の部屋へと向かう。

 どうせ今も全力で歌っていることだろうし、外からでも一発で見つけられるだろう。


「ん。あー、ここか」


 聞き覚えのある声が聞こえ、中には見覚えのあるブレザー……我が校の制服が、中の様子が見えにくい型板ガラス越しに透けて見えた。


「おー、お待たせー」



◆◇◆◇



[汝、異世界の住人よ。願わくば、我が世界に繁栄を]

[倫理を][道徳を][社会を][教育を][技術を][国家を][武器を][建築を][通貨を][味覚を][宗教を][学問を][愛憎を][言語を][規範を][律法を][経済を][軍隊を][時代を][英雄を]

[魔法に苦しむ世界に、持続可能な文明を齎したまえ]



◆◇◆◇



 ワイワイガヤガヤ。

 男子高校生しかいないカラオケの個室で、下ネタ満載の歌が響く中、タンバリンを叩いて騒ぐひとりは、ガチャリと扉が開いたのを聴いた。

 カラオケに集う予定のメンバーのうち、残っているのは、掃除当番で学校に残ってる佐藤啓だけだ。

 彼は扉の方へと目を向けて、啓の到着を歓迎した。


「お? ケイやっと来たか――」


 誰もいないのに開いた扉。

 誰が開けたわけでもないのに、クローザーで固定されてロックされている。

 扉が開いたのを察知した、個室の中の一人が気がつき振り返るも、人の影がないことに気がついて疑問を口にする。


「あれ? 誰もいねえ……」

「おい誰だよ扉開けっぱにしたやつ! 俺の歌がだだ漏れじゃねえか!」

「いいだろ別にネタなんだから」

「誰がネタ枠だ!」

「んで? 誰か出てったん?」

「全員いるぞー」

「あ? じゃあ誰が扉を――」


 ふと思う。カラオケの個室から出る理由なんて、トイレにしろドリンクバーにしろいくらでもある。

 加えて、誰かが間違えて開けたかもしれない。いちいち気にする必要なんてない。


「――もっかい、連絡入れとくか」



〈送信に失敗しました〉



 その連絡が、啓の携帯端末に届くことはなかった。



◆◇◆◇



[――善悪は問わない、文明を願う]



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