16頁『「ティー・オーディー」』
「……さて。何から話したものだろうな、セバス」
「まずは、あの白い光について詳細を求めればよろしいのではないでしょうか」
執事の意見に「ふぅむ」と頷いたフォルケ王子は、数回の首肯をした後に問うてくる。
「で、あれは何なのだ?」
「……俺には、」
「わからない、と? つまらん答えを口にするなよ」
先回りするようなフォルケの問答に、俺は言葉を失って絶句する。
「貴様が魔導書を通して知識を得ているのは知っているのだ。魔法の一つや二つ、隠していてもおかしくはないことは知っている」
「……隠していたとしても、それには相応の理由があり、ましてや王子様であろうと隠し通すのが守秘義務の真価なのでは?」
「勘違いしているな。貴様が得た知識は王宮から貴様に貸し出された物だ。如何なる物であろうと、それを享受する権利は我らにある。違うか?」
……個人的には、俺もそう思う。
俺が持っている魔導書は王宮から貸し出された物であり、確かに元を辿れば本の所有権は王族にあるのだろう。
「例えばの話、魔導書に書かれている魔法や魔術で、国が滅んでいたとしたら、フォルケ王子ならどうします?」
「む」
だが忘れてはならない。
その天秤に掛けられているのは、無数の人命だ。
「国家を滅ぼしかねない魔法や魔術を、俺が知識として持っているなら王子はどうします?」
「……今すぐにでも貴様を捕え、尋問……果ては拷問の末に貴様から情報を引き出すだろう」
「その後は?」
力を持てば人は増長する。例え、それが俺であっても、きっとそうなるだろう。
抑止力といえば聞こえはいいが、それはつまり脅しの道具でしかない。
俺は語彙を強くしてさらに問う。
「手始めに隣国でも滅ぼしに行きますか? 王国の国体維持のためには、隣国って邪魔ですもんね。勢力を広げ、害意を排除するのが一番手っ取り早い」
「確かにそうだが……先程から貴様、まるで国を滅ぼす方法を知っているような口振りだな?」
「――いくらでも知ってますよ」
まさかの答えだったのだろう。
俺の言葉に、王子は眉を動かした。
「経済封鎖や農村破壊、虐殺、民族浄化。国を滅ぼす方法なんて、いくらでもある」
「……言葉の意味はあまり理解できなかったが、つまり貴様は国を滅ぼせる魔術の知識を持っている、ということだな?」
「どうでしょうね。あるかもしれませんし、ないかもしれません」
容易に判別が付けられるなら苦労はしない。
だが間違いなく【マテリアス・コンバート】という知識は持っている。
【フライ】という魔法も王国の力となった。この王国は世界で唯一、空を飛べる国になったのだ。
「俺は歴代の渡り人のように、考えなしに知識を広めることはしません。中身を伴わない知識は劇薬ですからね」
「我々に信が置けない、と?」
「包み隠さず言うなら、ですが……」
俺の首肯に、ヒュンと鋭い音が返ってきた。
魔導灯の光が反射した鉄色の短剣が、俺の右目を反射して映し出している。
「公務である。邪魔をするな、ラグナル騎士団長殿」
「ならば当方も公務です、執事殿。これは如何なる意味の攻撃か?」
ナイフが俺の目に刺さる刹那、ラグナルさんの制止により失明を免れたのだ。
早まる心臓の音に俺は呼吸を荒くし、しかしあくまでも平静を装う。なにこの人いきなり……こわー……
「先程から聞いていれば、殿下に対してなんと無礼な口の利き方か。これは紛う事なき不敬罪である。そうであろう?」
「やめろセバス。サトウ・ケイの言っていることは、少なくとも間違ってはいない」
「お言葉ですが殿下。ここは王国に属する騎士の屯所です。その管理権が王族にある以上、屯所に匿われている者は如何なる理由があろうと王族に従わなければなりません」
権利、権利。また権利か。貴族社会ってのは本当に面倒くさい。
いつまでもまとわり付いてくる中世的な価値観にうんざりする。権威主義ってのは、どうしてこうも短気なのだろう。短気は損気だぞ。
「貴様の行いは、貴様を庇護する王国への侮辱に他ならない。それを理解しているのか?」
「セバス」
「サトウ・ケイよ。貴様がしていることは知識の先導だ。それはつまり、王国そのものを操っていることに変わりはない。それに気付いているのか?」
「……」
「声を出せ。そして答えろ。貴様は、知識の神にでもなったつもりか?」
気迫のこもったセバスさんの声に、俺は言葉を出すことができなかった。
もちろん、言いたいことはある。
だがそれ以上に、俺はセバスさんの言葉に凍りついてしまったのだ。
だが引いてはいけない。
引けば最後。俺はこの『異世界』という怪物に呑み込まれ、自制を他者に委ねるだけの無価値な存在になってしまう。
閉じた喉を無理やり開き、俺は、自分の言葉を捻り出す。
「……知識の神なんて、とんでもない。俺はこれを、共栄だと考えてます」
「共栄だと? 貴様の一方的な情報統制にしか見えないが?」
「共栄とは、互いに助け合い、繁栄することを言います。王国は俺を国家という籠の中に入れ、対して俺は危険な知識を識別する鉱山のカナリアになる。相互依存もまた、一つの共栄の形じゃないですか」
俺を保護する名目で軟禁しているのだから、俺もやり返したっていいだろう。
そんな非難を言外に伝えた言葉に反応したのは、議論の外にいたフォルケ王子だった。
「セバス、もういいだろう」
「……しかし殿下」
「これまでの言葉が王族への忠誠心からきていることを、この俺が知っている。それだけで俺は満足だ」
「ふん」と強く鼻息を吐き出したフォルケ王子は、しかしすぐに目を細くしてセバスさんを睨みつける。
「ゆえにセバス、俺に口答えをするな。此度の来訪はあくまでもお忍びだ。権威を振りかざしにきたワケではないことを忘れるな」
「…………御意」
どうやら王子の側近も一枚岩ではなさそうだな。制御はできているが、完璧ではない。そんな印象を受ける。
……これが次代の王様か。大丈夫かな、この国。
「……さて。此度の口喧嘩は貴様が発端なのだ。謝罪はしないぞ、サトウ・ケイ」
「必要ないですよ。国に雇われてるのに、隠し事をしてるかもしれない俺にも非がありますからね」
「…………」
「睨むな、セバス。この者の相手は俺がする。手を出すな」
「……御意」
当面の命の危機は去ったか。貴族ってのは怖いな本当に。考え方が俺とは全く別の生き物みたいだ。
とはいえ、これから俺が相手をしていくのはこんな短気な既得権益者ばっかだ。少しずつ慣れてかないとなー……
「……はぁ」
「疲れたか、サトウ・ケイ?」
「少しだけ。俺は弱いので、命の危機には脆いんですよ」
「そうかそうか! ならば騎士には頑張ってもらわねばな! なぁ、ラグナル!」
「心得ております」
豪快に笑うフォルケ王子に、ラグナルさんは首を下げる。
その首筋には一滴の汗が垣間見える。
ラグナルさんからしても、今のやり取りには危機感を覚えていたのだろう。
――しかし、だ。
少なくともこの王子は【マテリアス・コンバート】について知っている様子はなかった。
ということは、アスティは【マテリアス・コンバート】の詳細を王宮側に伝えていない可能性がある、ということになる。
――何のために?
俺はアスティが……アストリッド・ヌーベルがわからない。
改めて、彼女が怖いと……その一端でも知らなければならないと、心から感じた。
◆◇◆◇
大地に霜が付き、見える範囲の草木が氷結した世界の中で、白い息を「ほぅ」と小さく一息吐いた。
手に持っていた剣は酸素に変わって消えてしまい、手持ち無沙汰に座っていたアスティは、膝に手を突いて立ち上がる。
(まさか、これほどとは……)
最初は、狙いを腐肉竜にだけ絞ったつもりだった。
空中から鋭く斬り込み、腐肉竜の体内に入り込んだアスティは、竜の内側から肉体を消失させる見積をしていた。
しかし現実は甘くなかった。
素の威力は申し分なかったが、助走不足による貫通力の足りなさや、肩甲骨に刺さったことによる傷の浅さが目立ってしまった。
不甲斐ない。完全に自身のミスだ。
「……鍛錬不足ですね。帰ったらラグナル騎士団長に稽古を付けてもらわねば」
そう愚痴を溢して【フライ】で飛び立とうとしたその瞬間――
――揺らぎを見た。
「何者だ!」
ゆらりと揺れる蜃気楼。
頭、首、胴体、腕、脚。人の五体の形をした揺らぎが、近くに立っていることに気付いたアスティは警戒心を跳ね上げる。
「答えない、とでも言う気か。……ならばさらに問おう。貴様がアンデッド・ドラゴンを連れてきた術者か?」
……答えはない。
揺らぎが人の形をしているのは、本当に偶々その形をしているだけなのか。
そんな一瞬の迷いが脳裏を駆け巡った刹那――
「……ッ!」
ぎらり。鈍い鉄色の光がアスティの目を焼いた。
攻撃の意志あり。
そう判断したアスティはすぐさま抜剣しようとするが、しかし腰に提げた剣は酸素化してもうない。
「チッ……!」
姿勢を低くする。するとヒラリと数本の糸が舞う。
金色の髪。アスティの髪がチリ、と飛んだ。
避けれたと思ったナイフが髪を掠め取ったのだ。
だが、やられっぱなしのアスティではない。
飛んできた短剣を掴み、返す刀で揺らぎに向けて投擲する。
投擲され返した短剣を避けた揺らぎは、無駄のない動きでアスティへと肉薄する。
(……この動き……!?)
間違いない。対人に特化された戦闘巧者の動きだ。
騎士である自分だからこそわかる。
この揺らぎは、自分のことを殺しに来ている。
「今一度問おう、貴様は何者だ!」
突き出された一撃の拳を躱し、無防備になった腕を左手で掴んで離すまいと力を込める。
相手から感じる問答無用の意志を受けず、アスティは叫ぶように問うた。
「――敵よ、ジャヌービー」
そこで初めて、揺らぎの中から声がする。
不満や怒気、様々な感情が混じり合ったような声音が、アスティの鼓膜を不快に揺らした。
「……ッ、【フライ】!」
背筋を駆け巡る冷たい嫌悪感で肩が跳ね、アスティは即座に【フライ】で退避する。
空中に逃げたアスティを眺めながら、揺らぎは耐えきれずに「ふっ」と吹き出した。
「逃げたって、もう遅いわ」
……言葉の通りだった。
ズキン、と左手に奔る痛みに驚いた。見ると手のひらに鋭い突起のような物が浮かび上がっている。
それが、ぐぐぐ……っ、とさらに突き出てこようとするのだから尚更だ。すぐに手のひらを外にやると、同時に巨大な串のような出来物が出来上がった。
「ガッ……痛ッ……!?」
「【シーシュ・カバブ】。私の肉が触れた部分に鋭利な突起を発生させる魔術よ」
軋みをあげる骨に肉を突き破られるような痛みだ。漏れる痛覚からの悲鳴を、アスティは歯を食いしばって堪える。
しかし【フライ】の出力は落ち、浮かんでいた身体は段々と地上へ沈んでいく。
「わた、しを……殺す気、ですか……?」
流れそうになる涙を我慢しながら、当然の疑問を投げかける。
アスティからしてみれば、ねらわれる理由なんてものはない。強いて挙げれば、騎士団を目の敵にする貴族か、王国の軍事力弱体を狙う他国からの暗殺くらいか。
だがどれもこれも、アストリッド・ヌーベルをねらう大きな理由になりえない。
「殺す……? その程度で終わると本気で思っているの、ジャヌービー?」
「……先程から、いったい誰と間違えているのですか。わたしはアストリッド・ヌーベルだ! ジャヌービーなどではない!」
毅然とした物言いに、揺らぎから「はっ」と嗤うような嘲笑の鼻息が聞こえてきた。
「そう。お前は記憶がないのね」
蜃気楼が晴れた。
そこにいたのは、女の子。
刃物のように鈍い銀色の髪。左右で不揃いな赤と黄色のオッドアイ。黒い軍服に身を包んだ彼女は、子猫のように小さな口を開いた。
「憎いからよ」
それぞれ色の違う瞳に、等しく映るのは憎悪の色彩。
さながらアスティを非難するために開かれた口は、彼女の抱える感情の全てを物語るキリキリと軋みのような音を上げる。
「私はユリア。ユリア・オキデニシウス。……アストリッド・ヌーベル、憎き貴女の死をもって、この世界を救う者よ」




