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アナザー・ノイホーフ〜文明が止まった世界の教育革命録〜  作者: 光合セイ


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15頁『独りぼっちの竜退治』


 その飛行は閃光の如く。

 この世界で唯一空を飛べる人間であるアスティは、空に飛行機雲を描きながら。

 耳鳴りがするほどの速度を保ちながら、王都へと進撃するという腐肉竜を捜索していた。


(――いたッ!)


 朽ち果てた深(アンデッド)緑色の肉塊(・ドラゴン)が、木々を薙ぎ倒しながら歩いているのを目視する。

 すぐさま渡された小袋を手に持ち、袋の口の結び目を解いた。

 中の塩は飛行の空気圧で硬くなっていたが、作戦になんら支障はない。


「さぁ。土に還る時間ですよ」


 腐肉竜へと近付くと、小袋の中の塩を一握りし、振りかけるようにバッと投げた。空中に展開された塩は重力に従って腐肉竜に降りかかる。

 しかしこの量では皮を溶かす程度しか効果がないのか、皮の表面がジュワッと音を立てるばかりで、腐肉竜は気にした様子もなく歩みを止めない。


「尚も進撃を止めませんか。ならば――ッ!」


 小袋を振り翳し、中の塩をすべて降りかける。


「な……っ!?」


 塩が降りかかった部分は溶解し、ジュワジュワと音を立てながら背中から腹までを貫通させる。

 しかし腐肉竜の歩みは止まらない。


 効果はあるが、効果がない。

 腐肉竜はさながら体の欠損を気にする様子もなく、ただ歩く屍(リビング・デッド)として行動し続けている。


「すべてを溶かし尽くすしか……!」


 そのためにはもっと塩が必要だ。歩みを止める効果はないが、腐肉竜を倒せる効果はあるのだ。

 一度、王都に戻って塩の再調達を――


「――――ッッッ!!」



 ――咆哮。


 その声に音はなく、しかし甲高い音の波がアスティの鼓膜を大きく揺るがした。


「ッ……!?」


 アンデッド・ドラゴンが吼えた。

 思わず両手で耳を塞ぎ、自然と片目を閉じる一方。閉じなかった方の目は、ズシンと強く足踏みする腐肉竜を捉えた。


「……加速……!?」


 バタバタと4本の足を動かして、腐肉竜は先程よりも早く木々を薙ぎ倒し始める。

 より速く走れるなんて聞いてない……!


「まさか……」


 周囲を見回す。


 もしかして近くに術者いるのでは。今の状況を見ているからこそ、腐肉竜に先を急がせたのではないか。

 一抹の疑念が脳裏をよぎったが、しかし裏付ける証拠もなければ、そんなことを考えている余裕もない。


 今は、塩が腐肉竜を刺激したと割り切るしかない。


(今から塩を再調達のため往復しても間に合わない……かと言って、今のわたしにはアンデッド・ドラゴンを倒す方法が……)


 このままでは、騎士団と腐肉竜の戦闘になる。腐肉竜は足を止めない。

 最悪、クレスコーグに被害が生まれる可能性も……!



『このくらいの量でも、脚をもぐとか、心臓を破壊するとかは出来んだろ。頼むぞ、アスティ』


(申し訳ありません、ケイ……!)



 ――『ドラゴンの塩漬け』作戦、失敗。



 今すぐに帰投して報告しなければ。

 ……いや。今帰っても、アンデッド・ドラゴンは凄まじい速さに勝ることはできるのか?

 討伐隊を編成する時間。王都から離れる時間。込み込みで考えても間に合うとは思えない。


「……いや、」


 ――ひとつだけ手はある。

 きっと……いや、必ず腐肉竜を仕留められる魔(・)法(・)。

 しかしこれを使えば……恐らくアスティは、サトウ・ケイに嫌われてしまう事になるだろう。


(わたしは、近衛騎士……アストリッド・ヌーベルだ。護衛対象に臆して、皆を守れる手段を使わないのは許されない)


「……【フライ】」


 腐肉竜を追って推進力をつける。

 追いつくだけなら簡単だ。

 腐肉竜の上を飛ぶだけでいい。


 問題はその後、どうやってこの巨体を止めるか。


「……すぅ」


 早鐘を打つ心臓を落ち着けるため、少しばかりの深呼吸。吸った息をそのままに、アスティは詠唱を始める。


「『聖息(せいき)懸かりし聖なる盾よ、か弱き我らを護りたまえ』――【アマラ】」


 光の幕を展開し、自らの身を庇う。

 比較的開けた場所に【フライ】を解いて着陸し、眼前に迫り来る腐肉竜へと高らかに告げる。


「我が名はアストリッド・ヌーベル! カール王国に忠誠を捧げた騎士である!」


 死体に言葉は伝わらない。

 しかしきっと術者が聞いているだろうと踏んで声量を高くした。


「竜の遺骸、何する物ぞ! 勝利の女神の微笑みは、常に我らと共に在らん!」


 腰に提げた剣を抜剣。

 太陽光に照らされた剣身がきらりと輝いた。


 ――光は、段々大きくなる。


 アスティを包む金色の光を埋め尽くすほどの大きな光。


「『この世凡(すべ)てを見守りし大いなる天よ』」


 その詩(うた)は、声を小さく。

 しかし確実に魔法の発動を聞き届けられるように。

 静かに、されど雄々しく


「『慈悲深くも荒れ狂う母なる海よ』!」


 次の詩は、声高らかに。

 まるで誰かに聞かせるように。

 猛禽の如く細めた視線を竜に固定する。


「――、ッ!」


 走り出す。走り出せ。走り抜け!

 突貫してくる腐肉竜に向け、アスティは剣を両手で構えながら疾走する。


 ――ギロリ。


 腐肉竜の赤く充血した瞳が、間違いなく走るアスティを貫いた。

 狙いが逸れたのだ。理由はわからない。けれど重畳。このまま意識を此方へ逸らし切ってやる!


「『刮目せよ、刮目せよ、刮目せよ』」


 繰り返す都度に3度。

 太刀を浴びせた数も3度。

 3度のリフレイン。3度の斬撃。

 首元右鎖骨、左前足、胸骨前部。

 しかしどれもすぐに再生してしまう。


(――見えた!)


 竜の肉体を切りつけながら、目標地点を発見する。鳩尾辺りにある、塩で溶かした穴。

 塩による攻撃は再生していない。おおよそで覚えていた穴の場所を、肉体にマークを付けながら探していたのだ。


 剥がれ落ちた肉に手と足をかけ、竜という名の崖を登るボロボロの体表へと躍り出る。

 そして肉に強く踏み込み、空へと跳躍する。


「――はぁ……! 【フライ】!」


 止めていた呼吸を再開し、足下で歩く腐肉竜を睥睨する。

 腐肉竜の意識は一時的にアスティを見たが、しかし足りないらしい。

 当然だ。自分を倒すことが出来ない虫など、気を惑わすだけの物でしかないのだから。



 なら、見られていないうちに倒してしまおう。


「――『来たる、来たるは有翼(ゆうよく)の風』」


 二重詠唱(ダブルスペル)、開始。

 魔法の詠唱中に、別の魔法を詠唱する。

 意識してやれば容易に出来る物ではあるが――しかし、それが【アマラ】と【飛行魔法】の発動中という前提であれば話は別だ。


「『我が身は大時化(おおしけ)、我が身は嵐(あらし)、我が身は暴風(ぼうふう)なぞ也(なり)や』」


 アスティが成そうとしている偉業は、4つの魔法の同時行使に他ならない。

 本来なら思考回路がごちゃごちゃになって上手く発動出来ないか、或いは魔導神経に負荷が掛かって体内で魔法が暴発してしまう可能性のある物だ。


 しかし彼女は多重詠唱者(マルチスペル)。

 複数の魔法を同時に行使しても、まったく問題ないほど強靭な魔導神経を持つ者なのだ。


「【アースィファ】!」


 光の幕の下、アスティの背に大きな翼が現れる。

 空間が捻じ曲がるほど強大な乱気流で編まれた翼は、背中でひとつに纏まると……


 ――バァン!


 鼓膜を破りかねない大きな音を立て、風船が割れるように破裂した。

 衝撃で、空間がミシリと軋みを立てて乱れる。

 破裂した風の球体は、凄まじい衝撃をアスティに託して消え去った。


「ッ……!」


 重力、【飛行魔術】の推進力、そして風の爆発。

 3つの力が合わさることで、アスティは飛行機雲の尾を引きながら、彗星(すいせい)のような突進力を持つ。

 狙いは腐肉竜の頭蓋に一直線。剣の鋒(きっさき)を突き立てた――!



 ――ズガン! そんな音と共に腐肉竜の顎は地に突いた。

 強い衝撃が加わったからか、腐肉竜は起きる気配がない。


 しかし倒れたわけではない。

 すぐに身体を修復し、再びクレスコーグに向けて歩き出すだろう。


 倒すには……倒し切るには、消(・)失(・)さ(・)せ(・)る(・)しか方法はない。


「『――どうか、人の業を目されよ』」


 詠唱、完了。

 光の幕は途切れ、中から白い光が現出される。

 腐肉竜が逃げることはない。

 外して、無駄に被害を出すこともないだろう。


 ならば、今が使いどきだ。



「【マテリアス・コンバート】――ッ!」



◆◇◆◇



 ――光を見た。


 朝焼けのように白い光だ。

 空をも断つような光が収まった後、今度は北風のような寒風が吹き荒れる。

 見る人が見れば異常気象だ。しかし俺はこの現象を知っている。


 ……いや。より正確には、経験したことがある。


「なんだ、これは……?」

「っ……」


 まさか、とは思ったが声には出さない。隣のラグナルが怪訝な顔をしているが、俺はこの疑問に答えることができない。


 【マテリアス・コンバート】。

 手のひらから照射した光線が触れた物質を、すべて酸素に書き換えてしまうという超大規模破壊魔法だ。


(……使ったのか)


 塩が足りなかったのなら、帰還してもう一度やり直せばいい。

 効かなかったのなら、帰還して討伐隊を編成すればいい。

 帰還すればいいのに、それをしなかったということは……


「……寒いな」


 ……戦場の推測はここまでにしておくか。

 戦闘は俺の管轄じゃない。

 俺には予想し得ない不測の事態が起こった可能性もある。


 そもそも俺は【マテリアス・コンバート】について箝口令を敷いてるわけじゃないしな。

 ……使われることが好きではないってだけで。



「そうだ。これは一体なんなのだ? 説明せよ、ラグナル騎士団長!」


 何処からともなく現れたその言葉に、ラグナルさんは目を剥いて、その声のする方向へと視線を移した。

 そしてすぐさま膝を突き、頭を垂れて敬意を態度に露わにする。


 その先にいたのは、紫色のマントを羽織った金髪の青年。

 そして背後には執事服を着た茶髪の青年……男? 女? 中性的な顔立ちの執事だった。


「ラグナルさん、この人は?」

「ケイ、悪いことは言わん。早く膝を突け」

「え……?」

「紫色は高貴なお色。その色を身に纏えるのは、この国では王族に連なる方々だけだ」


 ロイヤルカラーってことか。

 つまり目の前にいる男は、説明通りなら王族……お家族様ってことか。

 俺はラグナルさんに倣い、片膝を突いて頭を下げる。


「そしてこの御方こそ、フォルケ・アドルフ=オーディソン王太子殿下。カール王国次期国王にして、我ら騎士を含む国家軍部の元帥に当たる方だ」



 ……王子様かよ!



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