14頁『ドラゴン・シュールストレミング』
「――近衛騎士アストリッド・ヌーベル、到着しました!」
「む。来たか、アスティ。……ケイも良く来た」
「そりゃ要請が来ましたからね」
怒声や叫声、様々な声が飛び交う騎士屯所。
到着した俺たちは、アスティに案内されてラグナルさんのところへやって来た。
「アンデッド・ドラゴンは!?」
「北部森林方面からクレスコーグに向けて進行中だ。到着まで後2時間といったところだろう」
「2時間……明らかに時間が不足していますね。それに森、ですか……」
「……あの。アンデッド・ドラゴンってなんですか?」
かなり緊迫した空気感の中、申し訳なく思いながらも手を挙げる。
仕方ないだろう俺はアンデッド・ドラゴンを知らないんだ。いや名前とかこの緊迫感とか、ある程度どんな生物なのかはわかるけどね。
……というかアンデッドて。生命体でもなさそうな名前なんだけど。
「簡単に言うと竜の死骸です」
俺の質問に答えてくれたのは、なんか何処かで見たことのある男だった。
歴戦を感じさせる眉間の皺や、華奢な体付きなのに服の下に筋肉を見せる男。……どっかで見たような?
「竜の死骸に【アンデッド・ラン】……死骸の筋肉を支配下に置く魔法を掛けて作られる人工魔獣。人に掛ければアンデッドと呼ばれますが、竜の場合はアンデッド・ドラゴンと呼ばれています」
「へー、自然発生はしないの?」
「はい」
何者かからの攻撃であることは確定ってことか。教皇領とやらの攻撃かな?
なんか俺だけじゃなくて王国とも仲が悪そうだし。まぁ仲が悪くなきゃ魔導書なんて奪わ……あ。
「アンタ、あん時の隊長か!」
「ぐっ……」
「はい。召喚直後のケイを見捨てた隊長です」
「やかましいぞアストリッド候補……近衛騎士!」
あー、いたいた。思い出した。
あの時は余裕がなかったから顔を見ることがなかったけど、なんというか……
「……休みは適度に取った方がいいですよ」
「なぜ渡り人に心配されねばならんのだ!?」
だって目の周りの隈がすごいし。絶対に苦労してるよこの人。まぁ理由はなんとなくわからんでもないが。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ隊長の肩をポンと軽く叩いて宥めていると、ラグナル団長が力強い咳払いをした。
「……歓談中申し訳ないが、こちらも時間が押してるのでね。アスティ、この作戦に出てもらうが問題ないな?」
「……そうですね。わたしが不在の間、ケイは屯所で保護してもらうということで合ってますか?」
「ああ。そのつもりだ」
「なら問題ないです」
「え、そうだったの?」
確かに騎士のアスティは兎も角、戦闘では何の役にも立たない俺まで呼ばれたのは不思議だったけど。
「当然です。わたし、アストリッド・ヌーベル近衛騎士が優先すべきは、護衛対象であるサトウ・ケイの近衛ですから」
「近衛騎士に別の任務が与えられる時は、だいたい他の騎士が護衛の任務に就くだけなのだがな。きみの場合は事が事だ。最悪、我らが国と教皇領の戦争に発展しかねん」
それってつまり……アスティ1人の戦闘力って、屯所に常駐する騎士数名分と同等ってこと?
めっちゃ強いじゃんアスティ。なんでこの皺だらけな隊長の下で働いてたの? 若いから?
もしかして騎士団って実力至上主義ってだけじゃないのかしら。
こんな傲慢な皺だらけが隊長になれるんだもんな。大なり小なり血統主義の概念があったりするんだろーか。
アンデッド・ドラゴンを撃退するための会議を開いてる横で、戦闘は完全に管轄外の俺は、隊長の皺の本数を数えて暇潰しをしていたのだが。
「森林地帯に火を放つ、というのは如何でしょう」
「ダメだ。我らが国に【再生魔法】を使用できる魔法使いはいない。一度火を放てば面倒なことになる」
ふと、気になることばが耳に入った。
「アンデッド・ドラゴンって火に弱いんですか?」
「はい。というより、アンデッド自体が火に弱い特性を持っています。動いていても所詮は腐肉ですから、焼かれると機能を停止するのです」
ふーん。地球のゾンビと似てるのな。……いや、むしろ同じだったりしないか?
この魔法がある世界の発展には、地球人が深く関わっていると考えられる。
魔法少女アニメを再現しようとする日本人がいるんだ。ゾンビを再現できる魔法を作ってる地球人がいてもおかしくはない。
……というより『アンデッド・ドラゴン』という名前から、英語圏に所縁のある地球人が命名に絡んでることは薄々察せられるのだ。
「ケイ。何か案が?」
「え、いや全然……」
戦闘なんて本当に管轄外だしな。それに情報が足りない。
「アンデッド・ドラゴンについて、もう少し詳しく教えてくれるか?」
「では前例として、とある港町を襲った時の話をしましょう」
その港町は海運の要衝のような場所で、周辺諸国がこぞって支配を狙っていたとか。ある日、曇天模様の波の高い日に街の近くに腐り落ちて緑色になった竜の肉が現れた。
当時は死肉を操る魔術【アンデッド・ラン】は知られていなかったため、いつも通りの魔獣の襲撃だと思われていた。しかし打撃も斬撃も効かず、炎の魔法を使ったら竜の腐肉は後退を始めた。
その後、海岸線まで追い詰めた港町の戦士たちは、海水に足を浸した瞬間にドロドロと身体を溶かしていく竜の腐肉を最後に見たのだとか。
「――とまぁ、奇怪な竜退治の話です」
「炎、海水……なるほどな」
ゾンビの弱点として有名なのは聖水。あるいは聖なる物に連なる物資。
塩を撒くという言葉の通り、ゾンビに塩が効果覿面になるゾンビ映画もある。
海水が効いたのなら、塩か水がその要因。まぁ恐らく塩がゾンビに効果があるのだろう。
「……この前も似たような話をした気がするな」
「なんの話ですか?」
「ん。いや何、お腹が空いたなって話だよ」
「そういえば夕飯を食べ損ねましたからね」
家に帰ったらシチューはもう冷めてんだろーな。
せっかく作ってもらったのにもったいない。
早く帰って温め直さなければいけないよな。
「……知ってっか、アスティ。シチューに塩を入れると疲労回復効果が出るらしいぞ」
「シチューに塩、ですか。なぜ今その話を?」
「これから塩をたくさん使うからな。余った塩を貰えるかもしれない」
塩シチューなんていう料理もあったはずだ。作り方は全然知らないけど。
「この前、塩漬けの話をしただろ。あれをやる」
「……ふむ。詳しく聞かせてもらおうか」
アスティとの会話に、ラグナル団長が割り込んできた。
自然と、騎士たちの目が俺に集まる。
その視線の圧に押されて息が詰まるが、しかし負けてはいられない。
「――作戦名は『ドラゴン・シュールストレミング』。竜の塩漬け作戦です」
◆◇◆◇
「【フライ】」
小袋を持ったアスティが飛び立った。
袋に包んでいるのは、何の変哲もない塩。
金髪の塩の妖精が竜退治に向かった。
「しかし、少量の塩で足りるのか? 確かにアンデッドには塩が効く、なんて話は聞いたことがあるが……」
そんなラグナルの疑問符に溢れた声が聞こえてくる。
今まで火を使って撃退してきた竜が、塩を撒くだけで退治できるという雰囲気になっているのだ。
警備組織の長として疑問に思うのは当然だろう。
「まぁ、あんまり効かないでしょうね」
「なに? では何のための作戦なんだ?」
「……すいません。効かない、と言ったのは言葉の綾です」
ラグナルの視線が厳しくなり、俺は即座に訂正を入れる。するとラグナルの目は少し柔らかくなった。
「アスティの話を聞いた感じ、海水……塩か水は効いてるっぽいので、それは確実です」
「そうだな。なるほど。実験をするからこそ、塩を少量に抑えたというわけか」
さすがは歴戦の猛者。こと戦闘においては話が早い。
テルマエで俺にアスティを勧めてきた親バカと同じとは思えないぜ。
とはいえ不足部分は補足させてもらうけど。
「それもありますが、いちばんの理由は戦場ですね」
「戦場? 森であることが、か?」
「戦闘の後に始まるのは、薙ぎ倒された自然の復興……つまり植林ですよね。ですけど、多量の塩分は草木にとって毒なんです」
「そうなのか?」
人間も塩を致死量取れば死ぬ。人より塩分に耐性がない草木にとっては、少量でも毒になるだろう。
今回の戦闘で撒かれる塩も、いずれは草木の毒になるだろう。じゃあ抑えられる部分は抑えないとね。
「ふむ。自然環境に配慮したわけか」
「そゆことです。教師を目指してる以上、道徳倫理に欠けた行動は慎むべきなので」
「ほう。言葉ではなく歴史で常道を示す、か。ケイは良い教師になりそうだな」
「そ、そうですか……?」
「ああ。心からそう思う」
なんだか照れ臭いな。
王宮で貴族から死ぬほど褒められ媚びを売られてきたが、こうした言葉は慣れてない。
「ありがとうございます。けど一つ訂正しますね」
「……? 訂正?」
首を傾げるラグナルに、俺は諭すようにゆっくりと告げる。
「言葉とは歴史、歴史とは人です」
「ふむ……?」
「人は歴史という名の前例が無ければ、勇気を出して前を向けない生き物です。それは人類史一万年の歴史を知っている俺が保証します」
「けど」と更に言葉を続ける。
「人は言葉無くして世界を動かせません。だから俺は強欲に両方使います。それが俺の学校――俺の教育革命論です」




