11頁『魔法にかけられて』
「……それで、何をするのでしょうか?」
「これからアスティには魔法少女になってもらう」
「魔法少女……?」
「あー。魔法少女だ」
ラクダのコブのような勾配がいくつもある広大な庭に出た俺は、改めて『プラひま』の二次創作本を見返していた。
書いてある文字はもちろん日本語。印欧祖語とは関わりが少ない言語ゆえか、これまで読み解かれなかったと思われるオタクの黒歴史の頁をめくる。
悪いな。俺の明日の糧になってくれ。
「これから教える魔法は、正直かなり危険だ。けどアスティなら使える。……というか、使えてもらわないと困る」
「矛盾してますね。危険なのに使えないと困るとは?」
俺は魔法には疎い。どれが本当に魔法で、どれが魔法ではないかの見分けは正直つかない。
だから見分けるためには試すしかない。何事も試行実験は欠かせない。人体実験じみてしまうのも仕方ないんだ。
「魔法の名前は【フライ】。効果を簡単に言えば空を飛ぶ魔法だ」
「空を飛ぶ……?」
「あー。これからアスティには空を飛んでもらう」
空を飛ぶための魔法【フライ】。
『魔法少女プラチナ☆ひまり』では、説明もなくキャラクターが空を飛ぶ。
だがこのオタクは魔法名を【フライ】であると定義して開発に臨んだのだろう。
……異世界で何してんだよマジで。
「魔法少女とは、空を飛べる生き物なのですか?」
「あー、そうだ。魔法少女は飛べるんだ」
「飛べるのですか。魔法少女とはいったい……?」
(……説明がめんどくせー……)
魔法が実際にある世界で魔法少女の説明をしなきゃいけないとかどんな拷問だよ。
「魔法を使う少女……? いえそれだと普通すぎますよね。プラチナは鉱石のことですし、ひまりとはいったい……?」
「あー……えっと。魔法少女は一旦置いておくぞ。先に【フライ】の説明に入っていいか?」
「あ。はい」
よし。もう2度と魔法少女の話題は振らない。
「【フライ】は超短文詠唱で起動できる魔法らしい。その代わりに詠唱と同時に指で印を作る必要が……」
「詠唱が必要な魔法?」
「あ? おー、そう書いてあるな」
「では、それは魔術ですね」
「……?」
……魔術? 魔法と何が違うの?
頭上に疑問符を抱える俺を察したのか、アスティはさらに補足してくれる。
「……魔術は詠唱を必要としますが、魔法はしません。大きな違いといえばこれですね」
「あー……アドルフ宰相が詠唱せずに自白魔法? を使ってきたのはこれだったのか」
「あれは【告白魔法】です」
【マテリアス・コンバート】や【アマラ】は詠唱を必要としているから魔術。
アドルフ宰相の推定【自白魔法】やアスティの【睡眠魔法】なんかは詠唱を必要としていないから魔法と。
……ん? 詠唱せずに使える魔法って、魔法関連に疎い俺からしてみれば天敵では?
「……しかし超短文詠唱ですか。魔力の吸収量が低くて、たいした効果は期待できないのでは?」
「あー。それは指で印を作ることで外の魔力……? の吸収効率を上げて対応するらしいな。……書いてあることの意味は正直わからんけど」
試しに印を作ってみる。
親指だけを折り、それ以外の指をくっつけて伸ばす。……なんか仏教とかで見そうな形だな。
「印の形はこう。そんで【フライ】と唱えりゃ……」
「なるほど、これが【フライ】の――」
「……あっ」
「――えっ」
俺が言葉を続ける間もなく、アスティの体がふわりと浮かんだ。さながら持ち手を離した風船のように、早い速度で空へと上昇を始めた。
「バカ! 危ないっつったろ! なんで大人しく聞いてらんねーんだ!?」
「なん……ケイ、これはどういうことですか! わたしは詠唱なんてしてないですよ!?」
「【フライ】はその名前自体が詠唱文になってんだよ!」
「そういうことは先に言ってください!?」
ちょっと半泣きになってるアスティがぐうの音も出ない正論をぶつけてくる。
確かにアスティは危機管理能力が高そうだし、放っておいても大丈夫だろうと考えてる節はあったのは事実だ。
何の言い返しようもなく俺の過失である。
「これはどうやって降りるのですか!? まさか降りるための手段がない……なんてことはないですよね!?」
「そのまさかだ! 効果が切れたら落ち始める。だからその前に【フライ】を、手印を作らない低出力で発動させるしかない!」
「……な、なるほど」
目を丸くして首肯するアスティ。
本当に彼女は飲み込みが早い。
話も早いから最低限の説明だけでいい。
……だから説明不足になって失敗したんだよなぁ。
しかしこうなったら俺にできることはない。魔法の説明なら兎も角、魔法の発動に関してはど素人……いや、あったか。
「アスティ! 【フライ】は足の裏に反重力の力場を発生させる……あ、えっと。つまり今のアスティにとって頭の上に地面があるような状態だ! 間違っても頭からここに落ちてくるなよ! すごい勢いで頭を……」
「頭上に地面がある状態……その地面とは、わたしの意志で制御下に置くことはできるのでしょうか?」
せめて頭を地面にぶつけないように。逆子みたいな体勢になったら死んでも立て直せ。
……そんな俺の心配を他所に、アスティは何かを思いついたように小粒の涙を拭った。
「え? ……あ、おう。できると思うぞ。足を動かせんなら力場も動いて、浮かぶ方向を変えられると――」
「――ほう。それは良いことを聞きました」
そう言って前傾姿勢になったアスティは、つま先を地上へと向けて足首を伸ばした。そして両手で印を――おい待て。
「【フライ】」
「おい、アスティ!?」
反重力の力場は足裏に発生する。なら足裏を横に向ければどうなるか。
キュイン。魔法が躍動する音がした。
「まじか! ジェット噴射!?」
――答えは横への推進力確保である。
しかも両手で手印を作ったからか、魔力の吸収率が上がったようで力場の出力も高く、ボシュッという音すら聞こえてきた。
「どこでそんな発想を……? ……というかあいつ、どこまで行く気だ……!? おい! 戻ってこいアスティ! アスティ――!」
ヒュンヒュンと自由に空を飛び回るアスティに驚嘆しながらも、いつ降りてくるのか俺はハラハラと見守っていた。
◆◇◆◇
恐らくこの国で初の飛行を一通り楽しんだアスティが、最後はふわりと降りてきたのを見届けて、俺はやっと胸を撫で下ろした。
そして一も二もなくアスティを地面に座らせ、空を飛ぶことの危なさをクドクドと説教した後に溜息を吐いた。
「ったく。術者が魔法にかけられてどうすんだよ。というかそもそも、遊んで良いなんて言ってないんだがな」
プンスカと怒る俺の膝下で正座するアスティは、シュンと反省したように空を仰いでいた。
「申し訳ありません……」
「……まぁ、今回は夕飯前ってことで許してやるよ。飯の種も持ってないのにこれ以上怒って疲れたくない」
額の青筋を落ち着かせる。
そう。俺たちは今日の夕飯を食べるためのお金すら持っていないのだ。
早急にこれをなんとかしなければならない。
「……急いで馬車を手配しなきゃな」
「何故です? 必要ないでしょう」
「は? 馬車がなきゃ王宮まで行けねーだろ」
「なくても行けるでしょう」
ん……?
どこかで噛み合わない会話にキョトンとした顔で、俺はアスティと視線を交差させ、俺は猛烈に嫌な予感に苛まれた。
「……俺たち渡り人って魔法が使えないんだぞ」
「わたしが背負います」
「女の子に背負われる趣味はない」
「ですが馬車よりも早い移動手段です。王宮に行ってもアドルフ宰相と会えるかすらわからないのです。でしたら可能な限り、早く行くのが良いのでは?」
目をキラッキラさせてアスティは論破を試みてくる。……かなり楽しかったんだろーな。空を飛ぶなんて経験は、こんな世界じゃ普通はないもんな。
……俺も空を飛ぶなんて飛行機以来なんだけど。
「でもなぁ……」
「そんなに背負われるのが嫌なのでしたら、趣向を少し変えましょうか」
「へ?」
俺に近づいたアスティは右手で俺の足を持ち上げ、左手で俺の背中を支えた。
俗に言うお姫様抱っこというやつだ。
「これなら文句はないでしょう」
「ある! 大いにあるから降ろせ!」
「【フライ】」
――コイツ!
背中と足を支える手の指の形が変わったのを、肌越しに何となく感じた。
あれだけ説教したのに反省してねーな!?
「――では、行きます!」
「行くな行くなやめ……いやぁぁぁああ!?」
バビューン。
某Zな戦士の如き舞空術で自由に空を舞うことができるようになったアスティに抱えられた俺は、心臓をバクバク鳴らしながら着陸の無事を願うことしかできなかった。
◆◇◆◇
「おう。見張り交代の時間だぞ」
「あぁ、もうそんな時間だったか」
王宮の警備兵も一日中休みなく働いているわけではない。3時間ごとに交代の兵がやってきては、仮眠を取ったり家に帰って自由な時間を満喫したり。
割と身辺の自由度が高いだけでなく、きちんと給料が高く設定されていてやり甲斐のある仕事になっている。
その分、1年に1度の身元調査があったり、クビになるハードルがかなり低かったりと業務内規定が厳しい仕事でもあるのだが。
「今日は大事ないよな?」
「ないな。強いて言えば渡り人が候補騎士……じゃなかった。護衛騎士を1人連れて王宮を出て行ったくらいだな」
「なんだ。結局出て行ったのか。1週間も保たなかったな」
「だから言ったろ? 貴族でもないやつが王宮なんか入っても碌な目に遭わねえってよ」
初めて会った時の渡り人……サトウ・ケイと言ったか。あの男は一目見て自分たちと同じだと確信した。
キチンとしているアウターの中に、ヨレヨレのインナーが見え隠れしており、表面だけを気にしているような素振りだった。
間違いなく自分たち庶民と価値観が近い。庶民如きが王宮に入れば最後、貴族という肉食動物たちに骨までしゃぶり尽くされるのがオチだ。
「可哀想なもんだよな。渡り人が何をできるのか知らんが、能力だけ買われた庶民にとっちゃ、良い迷惑だってのによ」
「本当にな。せめて外では良い暮らし……とまでは言えないが、普通に暮らせるといいな」
「ああ、そうだな。それじゃあ俺は帰らせてもらうぞ。愛する女たちが家で待ってるんだ」
「ハッ。お前の娘さんは何歳になったんだ?」
「ああ。今年で――」
「――お、おい。あれはなんだ?」
ザワめき始める見張り兵たちに釣られ、2人も指の指す方へと視線を向ける。
「……は?」
「空を飛んでる……だと?」
まっすぐ。まっすぐだ。
まっすぐ王宮の方に飛行している物体……鳥ではない。人間大の大きさを持つ光の幕が雲を作りながら向かってきていた。
「伝令――! ラグナル騎士団長にこの事を伝令せよ――!」
「……いや! 待て、見てみろ! あれは――」
その言葉に伝令に向かおうとしている見張り兵も立ち止まり、再び飛行物体へと視線を向ける。
夕焼けに金髪を輝かせ、普段とは違う整った私服姿の女と。その女に抱えられ顔を覆い隠している男が、光の幕に包まれながら飛んでいる。
「――アスティだ!」
キーン、と凄まじい轟音を立てながら飛来したアスティは、ふわりとゆっくり着地したかと思うと光の幕――【アマラ】を閉じ、腕に抱えた男を地面へと降ろした。
男は顔を真っ青にしてグロッキーになりながら、今にも吐瀉物を出しそうな声で「うぇぇぇ……」と呻いた。
「もうやだ……もう、2度とやらない……」
「風は確かにすごかったですね。ですがある程度【アマラ】で防いだでしょう?」
アスティの言葉にもはや反論する気力もなさそうな男は、その場で屈伸して長い長い溜息を吐き出した。
そんな2人に圧倒されながらも、見張り兵の1人が近づいて行く。
「アスティ近衛騎士と……サトウ・ケイ様で、しょうか?」
「はい。アドルフ宰相に少々話があり、ケイと共に参りました」
「さ、左様ですか……話は通しますが、その前に休憩なされますか?」
「お願いします!」
若干食い気味にサトウ・ケイ……渡り人が声を張り上げたのを見て、アスティも「お願いします」と同調する。
「わかりました。では客間へと案内しますので、こちらへお越しください」
ケイは情けなくもアスティに肩を借り、ヨロヨロと王宮内へと入って行くのだった。
「……じゃ、後は頑張れよ。俺は俺を待つ嫁と娘がいるんだ」
「あ、テメェ逃げるな!」
◆◇◆◇
「……ふぅむ、なるほど。ニホンの渡り人が我が国に来た、と……」
カール王国の王都クレスコーグに聳える王宮にて。
鮮血のように赤いワイングラスを片手に、自身の手元に渡された報告書を読み込んでいた。
「はい。賢人ハヤトと同じ地の者ですね」
「賢人ハヤト……サツマ・ハヤトか」
「ええ。驚くことに街中ではなく森の中に召喚されたようですよ」
「……ほぉう? 前例とは違う方法で召喚された渡り人か」
渡り人は街の中に召喚される。
この説が提唱され、覆されることがなく1500年の時間がこの世界で経過した。
しかし今回の渡り人の来訪で、この歴史に幕が閉じたのである。
「ふははは、かの帝国の努力は無駄だったわけだ! 愉快だと思わんかセバス!」
「お言葉ですがフォルケ様。かの帝国は懸命な街作りにより強靭となったのです」
「セバス」と呼ばれた男が「フォルケ」と呼んだ男に対し反論する。
フォルケは彼の言葉にフンと鼻を鳴らしながらも、続けるように顎を少し上げる。
「分裂して亡国となったとはいえ、かつてない力を誇り、今もなおその影響が大きいのは『植民都市政策』の功労が大きいかと」
「そうだなセバス。だが、もはや時代が違うのだ時代が! 神に頼る時代は終わった! 新たに街を作る時代は終わった。これよりは街を発展させる時代……つまりは人の努力の時代だ!」
ガタリと席を立つと、フォルケは紫色のマントを羽織ってセバスに向けて一喝入れた。
「俺はその人間に会いに行くぞセバス! 居場所を教えろ!」
「……御意。ですがフォルケ様。その色のマントはおやめください。紫色は高貴なお色。すぐに身元が割れてしまいます」
「別に良かろう! 我が会いに行くのは渡り人だけだ!」
「あちょっと! 誰か! 誰かフォルケ様を止めろ! 紫マントを引っぺがせ!」
――この男、フォルケ・アドルフ=オーディソン。
廷臣筆頭である従兄弟のセバスによって取り押さえられているが。
カール王国の王位法定推定相続人。つまり次期カール王国の王である。




