第1章 | 夜明けへ、私は夢から目覚める (第三幕)
第三幕:人ならざるもの
パスハルは、今日執り行われるのがごく普通の葬儀だと思っていた。物置小屋のような場所で密葬が行われることに奇妙な違和感を覚えながらも、彼は姪の葬儀に参列したのだ。しかし、そこにはあまりにも多くの「異常」が転がっていた。
「アディナ姉さん、ディアナの身に一体何があったんだ?」
パスハルは、今だに白衣を身にまとったままの太った女性――アディナ・ライラに尋ねた。
アディナは力なく首を横に振る。
「分からないわ。私のこれまでの医者としてのキャリアの中で、これほど不可解な死体は見たことがないもの」
「ジャヴァンとセリーヌには、愛娘の死をどう伝えるつもりだ?」
アディナの隣に座る男、彼女の夫であるカエル・ライラが口を開いた。彼の眉間には深い皺が刻まれ、唇は乾ききっている。精神安定剤代わりに、手元のタバコを狂ったようにふかし続けていた。
パスハルの脳裏には、答えの出ない疑問が渦巻いていた。彼は、かつての記憶を辿るように、小指の失われた己の右手を見つめる。この本家一族に留まり続けるという選択自体、間違いだったのかもしれない。それでも、彼がこの家に残ったのは、幼い頃のディアナの愛らしい笑顔を近くで見守ることができたからだった。それだけが、彼の救いだった。
「これより、葬儀を執り行います」
部屋に入ってきた神父のその声を合図に、式が始まった。
一族の者が一人、また一人と故人へ最後の別れを告げる。だが、誰一人として涙を流す者はいない。それもそのはず、他の親族たちにとって、本家の正当な後継者であるディアナの死は、むしろ喜ばしい事態だったのだ。彼らは一族の財産を貪り、私欲を満たすことしか頭にない薄汚いハイエナどもだった。パスハル自身も、すでにこの一族との絆を断ち切りつつあったため、涙は出なかった。アディナとカエルも同様だった。
すべては、棺を運び出す係員たちが部屋に入ってくるまでは、正常に進んでいたはずだった。
だが、そこから怪異が始まった。棺の内側から響く不気味なノック音、そしてひとりでに開け放たれた窓。呼吸困難を覚えるほどに、部屋の空気は重く、濃密に変質していく。何より恐ろしかったのは、「その場から一歩でも動けば、取り返しのつかない災厄が降りかかる」と、本能が全力で警鐘を鳴らしていたことだ。パスハルは人生で初めて、魂が凍りつくような本物の恐怖を味わっていた。
ギチ、ギチ……。
棺の蓋が開く。パスハルの視線は、ゆっくりと這い出てくる青白い死手ではなく、窓の外の月に釘付けになった。
血のように真っ赤な月。美しいが、底知れぬ悍ましさを孕んだ光。その月光がもたらすものが祝福なのか呪いなのかは分からないが、光は起き上がったディアナの遺体へと正確に降り注いでいた。
「――っ!?」
胸が締め付けられ、呼吸が荒くなり、滝のような冷や汗が吹き出す。
それはディアナの乱れた髪のせいでも、その紅い瞳のせいでも、あるいは蘇った青白い死体のせいでもなかった。彼女の背後に「付き従うもの」のせいだった。
月が、こちらを『見つめて』いたのだ。
底のない奈落のような、漆黒の瞳。その眼差しと視線が交わった瞬間、パスハルの精神のすべてが狂気へと引きずり込まれそうになる。頭かき乱され、発狂する寸前――彼の意識は暗転し、床へと崩れ落ちた。
……
目。
彼はすべてを見た。嘘も、真実も。
耳。
彼はすべてを聞いた。混沌も、調和も。
手。
彼はすべてを掴んだ。抱きしめ、夢の中へ堕ちていく。
……。
奇妙な夢から目覚めたパスハルは、荒い息を吐きながら飛び起きた。周囲を見渡すと、親族たちは全員床に倒れて気絶している。神父の姿はどこにもなく、棺の蓋は開け放たれたままだ。外の月は、すでに太陽から背を向ける役割を終えたかのように、本来の白い輝きを取り戻していた。
「デ、ディアナ……?」
視線が交わった瞬間、パスハルの心臓が跳ね上がった。
兄の愛娘が生き返ったことを喜ぶべきなのか、彼には分からなかった。なぜなら、目の前にいる存在は、自分が知っている姪の皮を被った「別の何か」かもしれないからだ。
記憶喪失――。
それを聞いた瞬間、パスハルは引きつった笑みを浮かべた。自らの恐怖を覆い隠すための、精一杯の偽りの笑みだ。なぜなら、自分の記憶がないなどと平然と言ってのけるこの少女は、断じて彼の知る姪などではないと直感したからだ。
事実を察しながらも、パスハルは話を合わせてその場をやり過ごすしかなかった。彼は再び自己紹介をしたが、その視線はディアナの膝の上で眠る少女へと釘付けになった。
(あの子供は、一体誰だ……?)
彼の記憶にある限り、親族の中にあの年齢の子供は一人もいない。それ以上に、その少女からは異常なほどに不吉な気配が漂っていた。あの少女を見つめていると、数分前にあの紅い月を見上げた時と全く同じ、魂を削られるような恐怖が呼び起こされるのだ。まさか、これは……。
「叔父様……もしかして、私のことが怖いのですか?」
ディアナがそう問いかけてきた、その時だった。
ディアナの肩越しに、その幼い子供が突然、その瞼を開いたのだ。
一対の虹彩は、ディアナのものと完全に一致する「血の赤」。だが、パスハルの心臓を瞬間的に停止させたのは、それだけではなかった。
少女の頭部の周囲の空間が、歪むように『空白』と化していた。
右、上、左、下――。
数え切れないほどの無数の「紅い目」が、空間に浮かび上がり、パスハルを鋭く睨みつけていたのだ。
『――恐れるな』
誰かが、パスハルの耳元でそう囁いた。
パスハルは狂ったように周囲を見回し、声の主を探した。だが、そこには誰もいない。彼の本能は、今すぐこの場から、ディアナから逃げ出せと限界突破の悲鳴を上げている。しかし、彼はその選択肢を辛うじて踏みとどまらせた。
「き、君はもう休んだ方がいい。疲れているんだろう?」パスハルは必死に声を絞り出し、話題を逸らした。「部屋まで送り届けてあげようか?」
ディアナは案内を求め、その少女を抱きかかえようとした。だが、病み上がりの体には力が入らない。パスハル自身はその化け物を抱きたくなどなかったが、少女の無数の「目」が再び彼を捉えたため、恐怖に駆られて自ら抱き上げるしかなかった。
部屋へ向かう道中、パスハルは自分のすべての一挙手一投足が、誰かに監視されているような濃厚な視線を感じていた。もしここで少しでも選択を誤れば、自分がどうなるか分からない。今の彼にできる最善の策は、ディアナと、その腕の中の少女を絶対に怒らせないことだけだった。
「お父様とお母様はどこにいるのですか?」
まるで、実の両親の存在を知っているかのようにディアナが尋ねてきた。
ジャヴァンとセリーヌは今も海外で一族のビジネスを切り盛りしており、自分たちの唯一の娘が一度死に、そして今また蘇ったことなど知る由もない。いや、正確に言えば、誰も彼らに伝えたがらなかったため、二人は何も知らずに仕事に没頭しているのだ。
やがて、彼らはディアナの部屋に到着した。
十七年前から何一つ変わっていない部屋。二階の廊下の最果てに位置するその部屋は、この屋敷の中で最も安全で、最も広大な空間だった。元々はジャヴァンとセリーヌの寝室だったが、二人がディアナに譲った部屋だ。
パスハルは少女をベッドに慎重に横たえ、すぐに部屋を出ようとした。しかし、ベッドの上の少女をじっと見つめるディアナの姿を見て、彼の恐怖と好奇心は限界に達した。
「君がその子と一緒にいたから、あえてその場では聞かなかったのだがね……君は、その少女が『誰』なのか、本当に分かっているのかい?」
彼は直接問いかけた。そして即座に、その質問を投げてしまったことを激しく後悔した。
「ええ、私の妹よ。ベラ・セレスタ、私の大切なお妹ちゃん」
ディアナは、それが世界の真理であるかのように、当然のトーンで答えた。
パスハルは引きつった笑みを浮かべるしかなかった。ディアナは、あの怪物を自分の「妹」だと言い張っている。ジャヴァンとセリーヌにはディアナという一人娘しかいないという厳然たる事実に加え、この一族には『セレスタ』などという名の人間は存在しない。ライラ、レイラ、ライラ――この一族の者はすべて、その名に「夜」を意味する言葉を根幹に持っているのだ。
ベラ・セレスタと名乗るあの少女は、断じて人間などではない。
これ以上の恐怖に耐えかね、パスハルはこの部屋から逃げ出すことを選んだ。
「……そうか。それなら、私はもう行くよ。おやすみ、ディアナ」
ガチャリ。
静かに扉を閉めた後、パスハルは廊下の突き当たりに、一匹のウサギがじっと佇んでいるのを目撃した。彼の記憶では、この屋敷でウサギなどを飼っている者は誰一人としていない。一体、誰のウサギだ?
懐中電灯の明かりが照らす暗い廊下の中で、そのウサギのすぐ真後ろに、一つの「影」が這い出てきた。
真っ黒で、輪郭しかなく、色を持たない――だが、それは確かに小さな少女の形をしていた。その影はウサギの頭を優しく撫でると、そのまま空気中に溶けるように消え去った。
パスハルは、なりふり構わず物置小屋(霊安室)へと向かって全速力で走った。物理的な目は見当たらないのに、依然として全身をねっとりとした視線が這い回っている。一刻も早くここから脱出しなければならない。だが、彼の姉がまだあの部屋で気絶したままだ。
「姉さん! 起きてくれ! 早くこの屋敷から出るんだ!」
パスハルはアディナの体を激しく揺さぶり、必死に彼女の意識を呼び戻そうとした。
「……ん、ぅ……?」アディナがようやく目を覚まし、ズキズキと痛む頭を押さえた。「どうしたの、パスハル?」
「今すぐこの家を出るんだ! ここに居ちゃいけない!」
パスハルは今すぐ状況を説明したかったが、言えなかった。あの『目』が、今もこの屋敷のどこかで開いているのを知っているからだ。
「あの生き物は……人間じゃない……っ!!」




