第1章 | 夜明けへ、私は夢から目覚める (第二幕)
第二幕:叔父パスハルの違和感
ベラは私に必要な情報をいくつか教えてくれた後、私の膝の上で眠りについてしまった。お姉ちゃんが生きて戻ってきたという嬉しさに、散々泣きじゃくって疲れ果ててしまったのだろう。もし私も、自分の大切な人が生き返る場面に立ち会ったら同じ反応をするはずだ。それだけに、私は本当の自分が「お姉ちゃん」ではないという事実を、彼女に伝えることなんてできなかった。
記憶喪失のフリをすることで、私は人生のリセットボタンを押し込んだ。これから私は、この私のものとなったディアナの体として、彼女の人生を歩んでいく。ただし、それは「かつてのディアナ」としてではなく、「新しいディアナ」としてだ。悪女という最悪の烙印を押されているディアナのイメージを、これから払拭していくことだってできるかもしれない。この世界で生きていく上で、ずっと悪女と呼ばれ続けるのは色々と不都合が多すぎるから。
それにしても、死体に憑依するという異世界転生の当事者になったというのに、なぜ自分がこれほど冷静でいられるのか不思議でならなかった。この場所にどことなく見覚えがあるような気がするからか、あるいは、前世でこういう転生や転移の物語を読み漁っていたからだろうか。
……待って。私、その「トランスミグレーション」なんて言葉、どこで知ったんだっけ?
そもそも……私は前世で、一体誰だったのだろう?
妙だ。前世の具体的な記憶が、何一つとして思い出せない。自分が誰で、なぜ死んで、どうしてディアナの体に憑依することになったのか、その経緯がさっぱり分からないのだ。前世の形見のような記憶が、この死んだ体に保存されているのかと思ったが――どうやら違うらしい。もしそうなら、ディアナの記憶にもアクセスできるはずなのに、現実にはそれも不可能なのだ。これでは本当に、ただの初期化ではないか。
「……まぁ、だからこそ、こんなに落ち着いていられるのかもね」
私は眠るベラの髪を優しく撫でながら、ぽつりと呟いた。
今のところは、前世の記憶と現在の同期が遅れているだけだと解釈することにしよう。時間が経てば、自分の記憶も、運が良ければ本物のディアナの記憶も戻ってくるかもしれない。今の私は、ただの一枚の白い紙として生きていくしかないのだ。
ただ、ディアナがどうして死んでしまったのかは純粋に気になった。ベラが言っていた「周りの人から悪女だと思われていた」という言葉は、彼女の死の真相に繋がる重要な手がかりかもしれない。それにしても、ディアナは一体どれほど悪い子だったのだろう?
「おや、誰か目が覚めたみたい」
一人の男の体が動き出すのを見て、私は小さく声を漏らした。
さっきまで気絶していた、スーツを着た痩せ型の男が周囲を見回し、私と視線が交わったところでピタリと動きを止めた。
「デ、ディアナ……なのか?」
私は軽く手を振り、愛想よく挨拶をしてみる。
「あの、どちら様でしょうか?」
ここが葬儀の場である以上、この痩せた男もディアナの親族であることは間違いない。ただ、彼が従兄なのか、叔父なのか、あるいは父親なのか、その関係性が分からない。同世代の従兄にしては老けすぎているし、ディアナの叔父や父親にしては若すぎるように見えた。
「私、私のことが分からないのか?」
私は静かに首を横に振った。
「どうやら私、記憶を失ってしまったみたいなんです」
その言葉を口にした瞬間、男の赤黒い唇に、どこか安堵したような笑みが浮かんだ。
「そうか、そうなのか。私の可哀想な姪よ、本当に気の毒に……」
(……何かが、おかしい)
私は直感した。彼は、私の記憶が「知っているディアナ」のものでないことに、あからさまに救われたような顔をしたのだ。私は今しがた蘇ったばかりの死体だというのに、彼の目には恐怖の色が見当たらない。呼吸こそ整い始めていたが、その心臓は今も異常な早さで脈打っている。冷静を装ってはいるが、内心では私を激しく警戒している証拠だ。
男は手を差し出してきた。その手の指は、なぜか四本しか残っていなかった。
「私は君の父親の弟――パスハル・ライラだ」
頭の中にいくつもの疑問が湧き上がった。特に、その失われた一本の指の理由について。けれど、今のところはそれを胸の内に仕舞い込んでおくことにした。私は彼の握手に応じ、心からの笑みを浮かべる。
「お会いできて嬉しいです、パスハル叔父様」
そこで一つ、気づいたことがある。彼の掌が、異常なほど汗で濡れていたのだ。まるで、水と油を混ぜた液体に手をごっそり浸してきたのではないかと思うほどに。
「叔父様……もしかして、私のことが怖いのですか?」
私は単刀直入に切り出した。
私には、彼の異常な心音まではっきりと聞こえていたのだ。最初はそれが本当に叔父の心臓の音なのか確信が持てなかったが、握手を交わし、その手首の脈拍を直に確かめたことで確信に変わった。おまけにこの異常なまでの手汗だ。彼は明らかに、私に怯えている。
「ば、バカなことを言うな。私が自分の姪を怖がるわけがないだろう?」
言葉を詰まらせ、パスハルの呼吸が途端に乱れ始める。質問に質問で返し、挙句の果てには私の顔を見ようともしない。彼の視線は泳ぎ、必死に私と目を合わせないようにしていた。
口にこそ出さないものの、彼が怯える理由は容易に想像がついた。ディアナの悪評、そして今、目の前にいるのは死の淵から蘇った遺体そのものなのだから。
「き、君はもう休んだ方がいい。疲れているんだろう?」パスハル叔父様は話題を逸らそうと、焦ったように言葉を重ねた。「部屋まで送り届けてあげようか?」
彼の言う通りかもしれない。話題を逸らそうとする彼の意図はともかく、その提案には乗ることにした。「そうですね。叔父様、案内をお願いできますか?」
パスハル叔父様にベラを抱きかかえてもらい、私はその後ろについて、暗く長い廊下を歩き出した。彼は最初、ベラを抱くのを躊躇っていたようだが、私に体力が残っていないことを見て取り、自ら進んで抱き上げてくれた。屋敷の廊下には電気も蝋燭も灯されておらず、私たちは叔父様が持っていた一本の懐中電灯の明かりだけを頼りに進んだ。
暗い廊下を歩きながら、私はふと、先ほどまでいた部屋が「物置小屋」だったことに気づいた。葬儀がそんな保管庫のような場所で行われていたなんて、彼らはディアナの死をこれっぽっちも尊重していなかったのだ。ディアナが悪女だったというのなら仕方のないことかもしれないが、それにしても物置で葬儀を執り行うなんて、あまりにも不自然すぎる。
「お父様とお母様はどこにいるのですか?」
沈黙に耐えかねて、私は尋ねた。娘が亡くなったというのに、ディアナの両親がどこで何をしているのかを知りたかったのだ。
「ん? ああ……ジャヴァンとセリーヌかい? 二人は今、海外へビジネス出張に出かけていてね」パスハル叔父様は淡々と答えた。「君が生きていたことは、後で私から連絡を入れておくよ」
(娘が死んだというのに海外出張へ行くなんて、一体どんな親よ……っ!?)
他の親族は葬儀に参列しているというのに、実の両親が不在だなんて。この状況から導き出される結論は一つ――ディアナは、実の親すら葬儀への出席を拒むほどの、正真正銘の「最悪の悪女」だったということ。あるいは、最初から両親に全く愛されていなかったかだ。もし後者であるなら、ディアナが悪女になってしまった原因は、両親の無関心にあるのかもしれない。
「ここが、君の部屋だ」
パスハル叔父様が、木製の扉の前で足を止めた。そこには『ディアナ・ライラ』と書かれたネームプレートが掲げられており、ここが彼女の部屋であることを示していた。部屋は二階の廊下の突き当たり、他の部屋から完全に孤立した場所にあった。これを見る限り、ディアナは自ら他人との距離を置いていたのかもしれない。この広い屋敷の中に無数の部屋があるというのに、わざわざ他の部屋から一番遠い場所を選んでいるのだから。
ギィィ……。
パスハル叔父様の手によって扉が開かれた。叔父様が先に部屋に入り、腕の中で眠るベラをそっとベッドに横たえる。私はその後を追い、部屋の隅にあるソファに腰を下ろした。眠っているベラの愛らしい寝顔を見つめていると、自然と笑みがこぼれてくる。ディアナがどれほど性格の悪い悪女だったとしても、これほど美しくて可愛い妹がいるなんて、彼女は本当に果報者だ。一体、この二人がどうやってこれほど仲良くなったのか、不思議でならなかった。
「……何か、他に必要なものはあるかい?」
ベッドにベラを寝かせ終えたパスハル叔父様が、振り返って尋ねてきた。
私は首を横に振る。「いいえ、十分です。ありがとうございました、叔父様」
叔父様は部屋を出ようと歩き出したが、ちょうど扉の境界のところで、ピタリと足を止めた。その視線は、ベッドの上のベラへと向けられており、そこには明らかな「懸念」の色が混じっていた。
「君がその子と一緒にいたから、あえてその場では聞かなかったのだがね……」
叔父様は低く、どこか緊迫した声で言った。
「――君は、その少女が『誰』なのか、本当に分かっているのかい?」




