第1章 | 夜明けへ、私は夢から目覚める (第一幕)
第一幕:憑依
(私……誰かの体に憑依しちゃったの……!?)
目を覚ました瞬間、感じたのは圧倒的な暗闇と狭さだった。息をするのも苦しくて、このままじゃ本当に死んでしまう。私は必死に、右側にある壁を力任せに叩いた。外から誰かの話し声が聞こえるのに、誰も反応してくれない。
(ここ、もしかして棺桶……!?)
この狭苦しい場所が棺だと気づいた。だけど、なぜ私がこんなところにいるのか――そんな疑問に浸っている時間はなかった。私はかなり重たい棺の蓋を押し開けようとする。まるで上に大きな岩でも乗せられているかのようだ。いや、違う。私のこの体が、恐ろしく動かしにくいのだ。まるで油の切れた蝶番を持つ、干からびた木の操り人形にでもなったかのように。
「……開いたっ!」
じわり、と蓋を押し出すことに成功し、私は小さく呟いた。
冷たい。
蓋を開けて最初に感じたのは、その寒さだった。真っ赤な厚手のドレスを身にまとっているというのに、冷烈な夜風が容赦なく肌を突き刺してくる。開け放たれた窓の向こうには、不気味なほどに美しい紅い月が浮かんでいた。
バキキッ!
体を動かそうとした瞬間、まるで枯れ木が折れるような音が響いた。この体、骨の髄まで完全に強張っている。ほんの1センチ動かすだけでも、骨格がすべて砕け散りそうな激痛(というか違和感)が走る。それでも私は、この新しい体に馴染もうと無理やり四肢を動かした。
そして、どうにか上体を起こして座る姿勢になる。
部屋の中を見渡すと、そこには驚くほど多くの人が集まっていた。スーツを着た痩せ型の男は恐怖に目を見開き、その隣の太った女性は男の手をがたがたと激しく震わせながら握りしめている。
中でも私の目を引いたのは、聖職者の服をまとった一人の神父だった。彼は声が枯れるのも構わず、必死に祈祷の言葉を唱え続けている。その手は狂ったように震えていたが、まるでその祈りに応える存在に自分の命綱が握られているかのように、決して祈りを止めようとはしなかった。
この時、私はようやくある事実に思い至った。
(私、死んだばかりの『遺体』に憑依したんだ……)
道理で体がこれほど硬く、肌が死人のように青白いわけだ。ゾンビさながらに腐敗が始まっているのかもしれない。みんなが怯え、震え上がっている理由もよく分かった。知っているはずの死体が、突然棺の中から起き上がってきたのだ。恐怖のどん底に突き落とされて当然である。
とはいえ、なぜ私が死体の器に収まってしまったのかは謎だ。不幸中の幸いは、まだ土の中に埋められる前だったこと。もしすでに墓穴に埋められた後だったら、私は目覚めて早々に二度目の死を迎える羽目になっていただろう。
(一体、この体は誰のものなの?)
頭の中に疑問が浮かぶ。器となった体は完全に空っぽで、元の持ち主の記憶を掘り起こすことができなかった。こうなれば、選択肢はただ一つ。誰かに尋ねるしかない。
もう一度、体を動かしてみる。少しは馴染んできたのか、さっきよりはスムーズに動かせるようになった。まだ重苦しい硬さは残っているけれど、先ほどのような枯れ木が折れるような不気味な骨鳴りはしなくなっていた。
重い足を一歩、踏み出してみる。いや、「踏み出す」というよりは「引きずる」と言った方が正しい。私は再び部屋を見回し、ターゲットを絞り込んだ。目指すは、棺からそう遠くない場所にいる神父だ。椅子に座っていた親族たちはすでに全員気絶しており、さっきまで震えていた太った女性に至っては、激しく痙攣した後に白目を剥いて倒れていた。つまり、意識があって会話ができそうなのは、今も祈りを捧げ続けている神父だけだった。
「あの、私の名前を教えていただけませんか?」
神父の目の前まで歩み寄り、精一杯の親しみやすい笑みを浮かべて問いかける。
「ひぎゃああああああああーーっ!!!」
視線が交わった瞬間、神父は発狂せんばかりの悲鳴を上げた。数珠のついた十字架のネックレスをこちらに突きつけながら、這うようにして私から距離を取る。激しく息を荒らげ、滝のような冷や汗を流す姿は、まさに本物の幽霊でも見たかのよう。一応「生きて」動いている私に対して、いくら何でも失礼極まりないリアクションだ。
「だ、誰だお前はっ……!? あ、悪魔か……っ!」
神父は悲鳴を上げながら、左手でズボンのポケットを探り、右手で十字架を突きつけてくる。
「地獄へ帰れ、この悪魔め!」
バシャッ!
神父はポケットから取り出した小さな小瓶から、何かを私に向けて勢いよく振りまいた。冷たい液体が肌にかかる。夜風に濡れた部分が冷やされ、私は思わず身震いした。
「くしゅんっ!」
くしゃみをした瞬間、胸の奥に鋭い痛みが走った。まるで肺が飛び出してしまいそうな感覚。乾燥していて、空っぽ。私は、自分の呼吸が異常なほど重く、掠れていることに今更ながら気づいた。
「ひぃっ……!」神父はさらに後ずさり、怯えきった声を上げる。「来るな! 立ち去れ、悪魔め!」
「人に水をかけるなんて失礼じゃないですか! 私は人間です!」
「聖水すら効かない悪魔相手に、礼儀など知るかぁ!」
距離を縮めようとすると、彼は蜘蛛の子を散らすように這いつくばって逃げていく。私はただ質問をしたいだけなのに、全力で拒絶されてしまう。この体がもっと自由に動かせれば、とっくに捕まえられていたのに。というか本当に、なぜ彼はここまで狂乱しているのだろう?
「お姉ちゃん!」
その時、静寂を切り裂くような、少し甲高い少女の声が響き渡った。
(……私を呼んだの? それとも、このビビリの神父のこと?)
少女の声に私の意識が逸れた隙を見計らい、神父は残されたすべての力を振り絞って、部屋から脱兎のごとく逃げ出していった。
扉の境界に立っていたのは、目を真っ赤に腫らした十歳ほどの小さな女の子だった。彼女は一直線に駆け寄ってくると、私の体に思いきり抱きついた。その衝撃で私の何本かの骨が軋み、砕けるかと思った。けれど、私の肩口に触れた彼女の涙は温かく、冷え切ったこの体に確かな熱を伝えてくれた。
「べ、ベラ、お姉ちゃんが死んじゃったと思って……っ!」
少女――ベラは堰を切ったように泣き出し、私の首にしがみついた。その小さな肩を激しく震わせながら、私の着ている厚手の赤いドレスを涙で濡らしていく。
「もうベラを置いていかないで、お姉ちゃん!」
どう返事をするべきか、私は激しく混乱した。もし「あなたのお姉ちゃんはもう死んでいて、私はその体を使わせてもらっているだけの別人だよ」なんて事実を伝えたら、この子は今以上の絶望に打ちひしがれてしまうだろう。大切な人を失う痛みを、彼女はこれほどまでに背負っているのだ。ぎゅっと抱きしめてくる力強さが、元の身体の持ち主がどれほど妹に愛されていたかを物語っていた。
かと言って、「私があなたのお姉ちゃんよ」と嘘をついてしまえば、これからの人生をずっと偽りの自分で生き続けなければならなくなる。
真実か、嘘か――。私はその中間を取ることにした。
「……あの、どちら様ですか?」
最も安全な切り札。それは『記憶喪失のフリ』をすることだ。まあ、フリというか、私自身この体の記憶なんて本当に1ミリも持っていないのだから、ある意味では事実である。これなら「私はお姉ちゃんではない」という問題も、「私はお姉ちゃんである」という矛盾も、同時にクリアできる。いわば、人格の初期化と言い訳すればいい。
私の言葉を聞いたベラは、ぽろりと腕を解き、信じられないと言わんばかりの表情を浮かべた。その瞳から、先ほどよりも大粒の涙が溢れ出す。
「お姉ちゃん、ベラのこと忘れちゃったの……? ベラだよ、お姉ちゃんの妹のベラ。お姉ちゃん、ベラを忘れないで……っ」
私は困ったように笑いながら、頭の後ろを軽く掻いた。
「ご、ごめんなさい。どうやら記憶を失ってしまったみたいで……。本当に申し訳ないけれど、あなたが誰なのか分からないの」
ベラは再び私を強く抱きしめた。現実を受け入れられないように小さく息を詰め、それから、観念したようにぽつりぽつりと話し始めた。
「お姉ちゃんの名前は、ディアナ・ライラ。パパの最初の娘で、そして……ベラ・セレスタの、世界で一番大切なお姉ちゃん。パパはお姉ちゃんが『遠くへ行った』って言ってたけど、どうして居なくなったのか、ベラには教えてくれなかったの」
「じゃあ……『私』の名前は、ディアナっていうのね?」
確認するように尋ねる。
ベラは何度も大きく首を振って頷いた。
「うん、お姉ちゃんはディアナ。ベラにとって最高のお姉ちゃんだよ。たとえ他の人たちが、お姉ちゃんのことを『性格が悪い悪女』だって悪口を言っていたとしても、ベラの中ではずっと、お姉ちゃんが一番なんだから!」
(……へ? ディ、ディアナって……性格の悪い、悪女なの!?)




