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57歳、ナンパされました!

 あの日の出来事は、私の中だけに収めてある。


 誰かに言ったところで、妄想癖のあるイタいバツイチ女と呼ばれるのは必然である。


 神隠し、という言葉が蘇る。


 旅行代理店の人見さんが言ったのだ。


『一人旅は、いろんな面で気をつけなくちゃダメなんです。山道で迷ったり、怪我をしたりした時に、救助が遅れたり。断捨離旅行に出かける人の中には、姿を消す人もいます。それが事故なのか意図的なのか。藤本さんはあまり落ち込んでいるように見えませんから言いますけど、現実に完全に見切りをつけてしまうと、目に見えないものに惹かれやすくなるそうです。神隠しにあったっていう人もいます。まあ、本当か嘘かはわかりませんけど。脅かすようで申し訳ないですけど、こまめに家族でも知り合いでも、ちゃんと連絡を入れてくださいね』


 それは世捨て人になっちゃうってこと?と聞いたら、最近はそういう人が増えてますからとのことだった。増えてるんだ。ちょっと迷信染みてて笑ってしまったけど。


 私には子供も孫もいるので未練たっぷりよ、と言って笑った。





「思った以上にダメージ受けてるのかなぁ」


 37年も一緒に暮らした夫の浮気。私との間には子供が二人、あちらさんは三人。お金だけ出して帰ってこない夫。きっと向こうで暮らしてた。


「私、頑張ったんだけどなぁ」


 重荷にならないように。贅沢はしないように。負担をかけさせないように。そんなことばかり考えて私の人生。


 私には、何もない。


 仕事もなければ、家もない。愛もない。若くもないし、美人でもない。


 でも、子供達は誰よりも愛しているし、二人も生まれて幸運だった。それだけでも結婚は間違いではなかった。ただ、久志とは歩んできた道が分かれただけ。迷子になって遠回りしたように。二度と交わらない道を18年かけて歩み続けて、戻れなくなってしまった。


 悲しいわけではない。悔しい、と言うのもちょっと違う。虚しい、と言うのが一番近い。


 なのに、少しだけ安堵している自分がいる。もう、夜を恐れなくてもいい。自由になったのだ。


 悪夢は終わったのだから。


 そうだ。大蜘蛛の夢は、何かを象徴するのかもしれないわ。


 今度夢事典でもみてみよう。


 軽井沢で温泉に浸かり、おしゃれなビストロでおすすめだという、カクテルを初めて飲んだ。甘い。コレは足にきそう。明日は休息日だから、ちょっとだけ贅沢。一人旅サイコー。


「お姉さん、一人?」


 まさか自分に話しかけられるとは思わず、肩にポンっと手を置かれてハッとする。


「俺、いいところ知ってるんだけど、一緒に行かない?」


「は?」


 何この子。もしかしてナンパ?え?ふざけてるのかしら。


「私に言ってるの?」


「え?やだなあ、もちろん。ねえ、お姉さん旅行中?もしかして傷心旅行だったり?」


「離婚したの。だから断捨離旅行。自分探しの旅行なの。ちなみに私57歳よ。あなたから見たら多分、母親みたいな年齢だけど、それでも一緒する?」


「えぇ?ウッソダァ。せいぜい30代……え、マジで?」


 マジもまじ。


 頷くと、男の子はサーっと顔色をなくして、エビが後退するように去っていった。

 それを見届けて、それから声を上げて笑った。


「30代?うっふふふ。そんなに若返った?やっだ、笑えるわー」


 可笑しい。離婚されたのに。57歳になって初めてナンパを経験した。幾つになっても年より若く見られると結構、嬉しいものなのね。


「人生、何があるかわからないわねぇ」


 なんとなく、吹っ切れた気がする。虚しいとか、悲しいとか、寂しいとか。まだ時々頭にもたげるけど、これもまた人生か。


「ちょっと自信ついちゃうわ」


 神隠しに合うのは、決まって天涯孤独な、俗世に後ろ髪を引かれない人物なんだって。世の中がどうでも良くなって自分を見失ってしまうと、連れていかれてしまうものなのかもしれない。


「私はまだまだ、これから」


 夢であるにしろ、黒猫が見せた幻覚であるにしろ。


 アレは私の中の現実逃避を写したものだったのかもしれないし、あるいは、本当に別の世界だったのかもしれない。でも私はまだここにいる。異世界には渡れない。


「明日は休息日の予定だったけど、どこまで行こうかしら。長野は温泉が多いから贅沢な旅になりそう」


 私はビストロを出て、ちょっとよろめく足を叱咤しながら、おとなしく宿屋へと戻っていった。


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