見てはいけないもの
聖域の森の奥にある、廃墟と化した勇者の館がダンジョンになったと聞いたため、俺たち冒険者は視察に向かった。以前訪れた時に比べて魔物が多く、魔素が滞っているように感じる。
「やべえな、魔素が多い。この状態じゃダンジョンは間違いなく生まれているだろう」
「今回は偵察だけだもの。無駄に戦うのはやめてさっさと確認に行きましょう」
「勇者の館には聖女の結界魔法が施されていると聞いていたんだがな」
「見てみないことにはわからん。いずれにせよ、ここからはさほど遠くはない」
俺たちの物資もそれほど豊かにあるわけではなく、ぎりぎりのラインだ。遠目に勇者の館が見えてきた時、俺たちは異変に気がついた。
金色の光が、波のように打ち寄せては引いて、ひいては打ち寄せてくる。その度に、魔素が払われ、魔物が蒸発するかのように消えていくのだ。
「な、なんだあれ」
「何が起こってるの!?」
勇者の館の周囲だけが澄んだ空気に覆われ、魔物が逃げていく。途中で魔物が多かったのはこのせいか。皆ここから逃げ惑う魔物たちだったのだ。
「アレって聖女の結界がまだ作動してるってことか?」
「すごいわ……こんな魔力、初めて見る……神殿の聖女のよりもっと強力な、浄化の力よ」
魔法に長けたエルフのエレノアがつぶやく。
恐る恐る近づいてみれば、小さな女がいた。手にしているのは、箒のようなものを手にしている。
「神聖魔法みたいだわ」
「聖女か」
「見たことない格好をしているな」
女は素早く箒を振るうと、ドレッドスパイダーの巣が嘘のように剥がされていく。ドレッドスパイダーの糸は強力な粘着質で触れる物全てが絡み取られ、その細やかな棘によって麻痺毒を注入される。
一度絡まれれば終わり、と呼ばれる死神蜘蛛だ。
それをまるで埃を払うかのようにいとも簡単に浄化していく。扇に巻き付いた糸は素材としてかなり貴重なものだ。それを、女はポイ、とゴミを捨てるかのように隅に放った。
唖然として見ていると、今度入り口に向かい、何かを備え付けている。金色に輝く器は、清らかな水を讃え、その横には惜しみなく積まれた白い結晶。そして黄金の丸い実。
「あ、あれ世界樹の果実じゃない!?」
「は!?世界樹の果実って不老不死のアレか!」
それから彼女はパン、パンと手を叩く。その衝撃波であたりの霧が晴れ、瘴気が消し飛んだ。
「なんて力なの……っ」
そうしてようやく、女は立ち上がる。その屋根の上、クイーン・ドレッドスパイダーがいることに気が付かず。
「まずい!クイーンだ!」
俺が駆け寄ると同時に女が振り返った。視線が絡み合い、俺は雷撃を受けたかのように動けなくなった。心の深淵を覗き見るような黒い瞳。
時間が止まった。
その小さな体から迸る純粋な魔力。俺の喉が上下する。
「■、■■■■■~。■■■■■■■?」
女がとぼけた調子で何かを呟いた。それが一体どこの言語だったのか、全く理解できず俺の視線は彼女に釘付けになり、脂汗がどっと溢れた。心臓が破裂しそうに早い。昔、爺様に「精霊に出会っても、会話をしてはならん。魂を持っていかれるぞ」と言われたのを頭の隅で復唱する。
ちりん、と鈴がなる。
女の姿が掻き消えた。
その途端、金縛りから解けたかのように、俺はクイーン・ドレッドスパイダーに無我夢中で飛びかかった。
あの恐ろしい黒い瞳だけが、脳裏に焼き付いたまま。




