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悲劇の舞の開幕(後)

一部、過酷な描写を含みます。




 なんて事。


 なんで、何が理由で。


 王冠の男は、女をメチャクチャにした。


 死んだ騎士の目の前で。愛する男の目の前で。


「やめて!やめて!なんて事するのよ!」


 私の叫びは聞こえない。私の声が届かないところで、すでに起こってしまった出来事なのだと気づく。


 お芝居ではない。これは、記憶だ。


 塚の上で舞う女性は、血の涙を流しながらも騎士への思いを告げ続けた。



 忘れるものか。

 愛しているのは、あなただけ。

 たとえ時が何年過ぎようとも、

 木々が朽ち果て、海が枯れても。

 わたくしにはあなただけ。あなただけ。


 たとえこの身が穢れようと、

 踏み躙られようと。


 この心だけは、誰にも渡さない。



 騎士の切り離された頭は、串に刺されて野晒しになった。まるで、罪人のように。そして女は閉じ込められた。ただ一つの窓から見えるのは、死んだ愛する男の頭だけ。



 狂ってしまいそう。

 もう、狂ってしまいたい。



 夜な夜な、王がやってくる。騎士の頭の前で、王が女を辱めた。そうして女が身籠るまで、と。騎士に見せつけるように。王の顔は欲と嫉妬に塗れた醜い顔をしていた。


 お前は、神が私に与えた唯一のものだ。王が女の耳元で囁く。


 神は、お前の裏切りを知り、我に下げ渡したのだ。

 お前に神の愛を説く権利はない。

 我が子を産め。

 その後で、お前の騎士の元へと送ってやる。


 私の腹の中に、黒く蠢く感情が生まれた。


「なんて穢らわしい……人でなし!」


 女性としての尊厳も、人としての誇りも踏みにじられた女は、王を呪う。国を、大地を、神を、この世界そのものを。




 滅びてしまえ!

 人間などシラミのように惨めに踏み潰されて、

 みんな死んでしまえばいい。

 神など要らぬ!

 慈悲など要らぬ!

 誰一人として、天に迎えられず、

 この穢れた世界の地べたに這いつくばって、

 ウジのように生きるがいい!


 嗚呼、神よ。

 親からもわたくしの生きた場所からも引き離され、

 あなたの花嫁となるべく選ばれ、

 この世界に舞い降りたわたくしが、

 あなたを裏切った罰がこれなのか。

 なれば、我が声を聞き願い給え。

 願わくば、神を呪ったわたくしの魂を、

 騎士様《あの人》と同じ苦痛の世界へと、送り給え。

 わたくしをスズと呼ぶ、

 愛しき彼の人の元へと堕とし給え。


 そうでなければ、わたくしのこの激情は、

 いずれこの世界を呪い尽くすであろう。





 雨の音だけが、私の耳に戻ってきた。


 気がつけば塚の上に人はいない。


 ただ一つ。


 扇子だけが雨に濡れて塚の上に落ちていた。




 震える手で、それを拾い上げる。ボロボロになった扇子だった。でもここにある。


「今見たのは……一体何?」


 一体、何を見せられているの?


 これまでの、不思議な出来事は、みんな関係しているの……?


「猫ちゃん……あなた一体。何を知っているの?」


 猫の返事はない。


 ただ、雨が全てを狂わせていく。

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