黒猫と磐座
「あら、招き猫の真似?」
手招きをする本物の猫なんて初めてみた。面白い仕草をするけど、誰かの飼い猫なのかもしれない。あるいは、だったのか。
「お前、そんな芸をするなら人気者なんじゃない?」
毎日の食事のために、猫も媚を売らなければ生きづらいのか。ちょっと面白くなってその猫についていく。振り返り、振り返り、私がちゃんとついてきているのかを気にしている様子。どこへ連れていくのか、ちょっとホラーな映画を思い出して頭を横にふる。誰も住まない古い民家とかお堂とかに連れて行かれたら、一目散に逃げようと心の中で呟いた。
しかしながら、連れて行かれたのは道の横に鎮座する小さな岩。苔むして、しめ縄だったのか、藁っぽい紐が周囲に散らばっていた。
「え……なにこれ。なんかあれ、神社にあるやつみたいなんだけど」
磐座のようだけど、それにしてはかなり小さい。座れるのは猿くらいではないだろうか、とふと思ったものの、神様が鎮座するものだったらバチが当たりそうなので、口には出さない。
黒猫はその岩の上に飛び乗り、もう一度「にゃあん」と鳴いた。
「どうしろっていうのよ、これ…?私しめ縄なんて持ってないし。苔とか落としてもいいものなの?」
当然バックパックに掃除道具なんか入れていない。苔を落とすならタワシとかいるだろうし、ウェットティッシュじゃ意味がない。
「ちょっと猫ちゃん。これは私じゃなくて、この辺の神社とかお寺の住職さんに頼んだ方がいいんじゃないかしら」
「にゃあん」
「にゃあんじゃないのよ、困ったわね」
黒猫はゴロンと腹を見せ、甘えた仕草を披露した。
かわいい。
かわいいけど、意味がわからない。
「ええと、あのね、猫ちゃん。私が勝手に綺麗にするのは違うと思うのよ。だけどそうね、お水をあげてちょっと周りを綺麗にして、ええと、このしめ縄だったかもしれない残骸は纏めて近くの神社に持っていきましょうか」
念のためにね。呪わないでくださいね。ちょっと後で塩を買ってお祓いした方がいいかしら。そんな事を考えつつ、藁の残骸を手でかき集め、コンビニの袋へ詰め込んで。岩にはお清めのつもりで水筒の水をかけて、パンパンと手を打ってお祈りをした。
すると不思議なことに、体がスッとして筋肉痛の痛みが軽くなった気がした。
「あら……ご利益が早速……?」
肩の凝りも足のむくみもちょっと楽になった。リフレッシュした気分である。気がつけば黒猫の姿はそこになく、少しだけゾクリとする。
「神様の御使いだったのかしら」
辺りの静けさが余計に気になり、私は慌ててその場を後にした。何かの番組で、後ろを振り向いてはいけない、と言われていたのを思い出し(なぜこんな時に!)ひたすら元来た道を戻っていった。
とうりゃんせの歌が頭の中で再生されてめっちゃ怖かった。
まさか、その岩がほんのりと光を帯びていたなどと、私は気がつきもしなかった。
その後、山道に入る前のスーパーで1kgの粗塩を買って、子泣き爺もどきのバックパックに詰め込んだ。なんとなく、これからも必要になる気がして。




