人助けのはずだった
黒猫について霧の中を歩いていく。
熊鈴は歩くたびにリーン、リーンと涼しい音色を響かせて、私の気持ちもちょっと落ち着いた。一人旅ってこういうときかなり不安になるわよね。クマに襲われても、誰にも知られないかもしれないって、ちょっと良くないわ。
やっぱりスマホは必要だ。
「こんなに人が少ないとも思わなかったのよね」
山歩きって人気があるから、もっといっぱい人が歩いているもんだと思っていたけど、案外いない。大きいお寺や神社には車できてる人も結構いたけど、山道は驚くほど人と出会わない。
しばらく歩くと、沢があった。そして人が、3人。お父さんと子供が二人、だろうか。女の子は縁で横たわったまま、お父さんっぽい男の人も怪我しているみたいだ。目についたのはお父さんらしき人の服。ベストが3本の爪痕で引き裂かれていた。
私の前にクマに遭遇したのだとわかった。私と同じように逃げたのだろうけど。
「大変!大丈夫ですか?!」
よく見ると、またしても外国人。遭遇率が高いわ。怯えた様子だけど、クマに襲われて落ち着いていられるわけがない。
「猫ちゃん、怪我人がいるならもっと早く言いなさいよ!」
なんて当たり散らしても仕方がないけど、救助犬ならぬ救助猫。褒めてあげなくては。
「えっと、とりあえず救急セット持ってますから!傷を見せて」
とにかく、放っておける状態じゃなさそうなので近付いて、救急セットを取り出した。
念の為に持っててよかった。男の子は足を挫いたみたいで足首が腫れていたので、沢の水で冷やしたあと湿布を貼ってテーピングで固定。
お父さんは幸いなことに、怪我は引っ掻き傷程度のようで大したことは無さそう。
ホッと息を吐く。
よくもまあ、あの熊から逃げられたものだ。もしかして熊よけスプレーとか持ってたのかしら。
ベストは酷いことになってるけど、肌はそれほどでもなさそう。
とはいえ、血が出てるから消毒しないと。
タオルを沢で濡らして患部を抑えるようにして拭いた。ぎゅっと抑えながら拭き取ると、服の惨状に比べて皮膚は引っ掻き傷程度だ。よかった。きっとこの革製っぽいベストだから助かったのね。ワセリンを塗りつけて包帯を巻いておく。腕の擦り傷は消毒して絆創膏だ。
されるがままになって、放心状態の親子(多分)に、緊急用に持っていたペットボトルの水と梅干しのおにぎりを一個ずつ渡す。
色々パニクってる時は、食べるのが一番。落ち着きを取り戻すのよ。はい、食べて、食べて。
さて、女の子の方はぐったりしたまま動かない。やばいかも。顔色を見ると、青白い。でも手足は折れてる様子もなし、痛み止めの薬をあげたいけど意識がないんじゃ無理か。
とりあえず、話しかけてみると、うっすら目を開けて、痛みに眉を寄せる。
「どこが痛い?」
聞いてはみたが、言葉がやっぱりわからない。英語じゃないどこかの言葉だ。ドイツ語?っぽいけど、全くわからん。仕方ないので、肩やら脚やら触ってみると、背中が痛いようだった。慌てて滑って、沢に落ちたのかもしれない。ちょっとごめんねと、断ってから背中を見ると大きな擦り傷と青あざを作っていた。
「うーん」
これワセリン塗っても大丈夫かな。アザには効かないけど、傷口からばい菌入ると怖いし。ひとまずやっぱりタオルで水洗い。ワセリンを塗りたくると、女の子はキョトンとした顔をして起き上がり、私の顔を見た。
「大丈夫かな?」
ペットボトルはお父さんに渡してしまったので、女の子には栄養補給ゼリーをあげた。私のおやつマスカット味のやつ。まあ人命救助に役立ったんだから、おやつ一回抜いたところで大丈夫。
下山したらまた買えばいいもん。
全員が食べ終わるのを待って、街道に戻ることにした。男の子は自分で歩けるようになったみたいで、ちょっと足を庇う形だけどゆっくりと歩く。女の子はゼリーを食べた後安心したのか眠ってしまったようで、お父さんが肩に俵を担ぐように雑に女の子を担ぎ上げた。
ええ?せめておんぶにしてあげなさいよ、ちょっと。
外国人はお姫様抱っこというイメージだったけど、やっぱり本の中だけなのね。現実は厳しいわ。まあバッグを片方の肩にかけているし、両手が塞がってると危険だもの。仕方ないのか。
言葉が通じないから会話もない。黒猫は少し離れたところでこちらをみていた。今回はあたりを警戒しているのか、とっとといなくなることはしなかったみたいだ。また熊が寄ってくるかも知れないので、わざと鈴を鳴らす。霧が出てきているから鈴の音は誘導に効く。
「街道はこっちですよ、一緒に行きましょう」
家族は少し離れた後ろからついてくる。そんなに警戒しなくても、悪さなんてしないわよ?
元きた道を戻って、苔むした石橋を渡る。
「大丈夫ですか?こちらに……」
と振り向いたら、そこには誰もいない。
「……え、あれ?」




