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熊鈴と黒猫

 というわけで。


 再び店に入り、念入りに登山準備を整えた。


 おにぎりは必需品だけど、梅干し入り。なんとなく獣が嫌いそうだから。甘いものはゼリーパウチで、マスカット味。猫缶は買いません。防寒具、カッパ、ヘッドライトはすでに持ってる。ハイキングパンツ購入しておいてよかった。熊よけスプレーなるものが売っていたので、念のためそれも購入。


 峠の途中で水は確保できるらしいので、バックバックに仕込まれているブラダー水筒2Lだけでも行けるかな。


 結局、念入りに吟味したのは食料だった件。


 この熊よけスプレーというのは、接近しないと使えないということに気がついた。


「え、熊が突進してきて、こんなの使う余裕あるの?無理でしょ!早撃ちガンマンじゃあるまいし!」



 そして翌朝。


 最初からいきなり山道なのかと思いきや、そうでもない。とはいえ、途中は急な勾配で息が切れそうだ。


 苔の茂った丸っこい石を脇目に木立の真ん中を歩いていくと、どこからか有名なアニメに出てくるカタカタ頭をゆする白い精霊が湧いて出てきそう。


「わぁ、大自然って感じだわ」


 チリーン、チリーンとバッグにつけた鈴が鳴った。


 はた、と気づく。


 さっきまで聞こえていなかった鈴の音が、なぜ今になって。


「にゃあん」


 ぎくりとして、振り返ると。


 出た、黒猫。


 苔の生えた橋の真ん中で顔を洗っている。


 ついこの前まで可愛いと思っていた黒猫が、ここまでくるとちょっと不気味な存在に見えてきた。埼玉からここまで、まさか私についてきているなんて思えない。


『一人旅の、地に足つけてない人がね。浮いたまんまだと、神隠しにあうよ』


 昨夜のおばあちゃんの言葉が頭に浮かぶ。


 神隠し。魔除け。


「ぐるぅにゃあん」


 金色の目が私を見つめる。


 リーンと鈴がなる。


「私、そっちにはいかないわよ?」


 足を地につけて踏ん張る。


 おばあちゃんの言ってるのはそういう意味じゃないのはわかってるけど。


 私の足は、しっかり大地についてる。


 あなたの見せた大きな蜘蛛のいるヘンテコな世界には行きません、と意志をはっきり見せつけて。


「にゃあん」


 黒猫がころりと転がり腹を見せる。


 ーーくっ、可愛い。


 でもあんたはなんだか不気味だから、そっちにはいかない。


「今日は猫缶もないの。残念だけど、またにしてちょうだい」


「ぐるぅ……うーぐるぅぅぅ」


 猫の鳴き声が変わった。


 まるで威嚇をするかのような。


 毛を全身逆立てて、前屈みの姿勢に……。



「ゴアァァ…」


 一瞬の静寂。


 突然音が消えたように感じた。風も、虫の鳴き声も聞こえない。


 ゴクリ、と喉が上下して、ゆっくり振り向くと。



 片目が潰れた熊がいた。



「く、熊でた…………マジで?」


 ふんふん、と鼻息荒くこちらを見ている。


 その距離……何メートル?わかんないわよ!


 でかいのよ!


 何、クマってこんなにでかいものなの!?お、おにぎり差し出すべき!?違うわ、ダメよ。そんなことしたら襲われちゃう!えっとえっと、やだ、怖い!


 お巡りさん!助けてぇ!


 内心ものすごいパニックになりながら、ジリジリと後ずさると、猫が鳴いた。


 何がどうなったのかわからないけれど、黒猫が私の前に飛び出して、全身で熊を威嚇している。


 ーーま、守ってくれてるの……!?


 ジリジリと後ずさる猫に合わせて、私もジリジリと後ずさる。


 本当は背を向けて走り去りたいけど、それはやっちゃダメだってガイドブックにも書いてあった。背中を向けずに敵前逃亡。必須。行きたくないと思っていた苔の生え茂る橋の上を、図らずも後退していく。橋を渡り切ったあたりで、熊は突如興味を失ったように踵を返し、引き下がっていった。


 全身から汗が吹き出しで、私の腰が抜けた。


 ゴロリと横になる。


 全身の倦怠感が尋常じゃない。


「……うわん、もう。ちびりそう」


 こ、怖かった。野生の熊、めちゃくちゃ怖い。野生って目つきがもう「コロス」って言ってるんだわ。


 巨大な蜘蛛も嫌だったけど、クマも嫌。


「猫ちゃん……ありがとう。お前、小さいのに勇気あるのね」


「にゃあん」


 黒猫に助けられた。これって猫の恩返しってやつ?


 なんだっけ、一食の恩は犬も忘れぬだっけ。猫にも通じるものがあるのよ、きっと。あげててよかった猫缶。でもね。今日は猫缶ないのよ。


 おにぎりも梅にぎりだから、お前きっと食べられないわ。


 塩昆布食べる?もっと無理よね。


「はぁ……どっと疲れたわ」


 そういえば、クマスプレー。やっぱり使えなかったわ。あんな状態でバッグから取り出して、安全ピン取って、風向き考えてプシューなんて、できるわけないじゃない!!


 もっと万人向けにしてよ!


 いつまでも腰砕けで寝転んでる場合じゃない。いつまたあの熊が戻ってくるかわからないし。だって、犯人は殺人現場に戻ってくるっての鉄則よね?まだ殺されてないけど!


 とっとと、逃げないと。でもその前に。


「……助けてもらったんだもの。今日はどこへ連れていくつもり?」


 私は、諦めて猫に話しかけた。


 旅は道連れ世は情けっていうものね。


読んでいただきありがとうございます。感想・ブクマもお待ちしています。

毎日一話、朝6時に投稿します。時々増えるかもしれません。

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― 新着の感想 ―
この猫は露骨に怪しいけど、忠告してくれたお婆さんも人間だったのかな?
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