準備は万全に
今日で街道歩きも二週間になる。
「思えば遠くへ来たもんだ」
距離にしては、現代日本にて大したことはない。されど二週間。歩き続けた私に胸を張りたい。最初の頃は、10kmでヒーヒー行っていた私も、今は一日20km歩けるようになった。
人生、なんでも慣れである。
ここにきて、かなり脂肪が落ちたらしく、服がぶかぶかになってしまった。腹はまだまだタプタプしてるけど、お尻と背中の肉がスッキリしてきた。顔のたるみもちょっと締まってきたみたいで、小顔かな。ここのところ温泉やら薬草風呂が多かったからかもしれない。ちょっと肌艶も良くなって、自分的には見た目49歳。ナンパ君の言葉はナンパなため信用しない。歳を感じるのは白髪くらい。
「別にいいのよ、白髪くらい。おしゃれなハイライトだと思えば」
お宿の風呂場で、旅に出る前は62キロあった体重がなんと56キロに。
ヒャッホイ。
なので、昨日は軽井沢で取らなかった休息日をとって、町でお買い物。念願のハイキングパンツが安かったので2枚購入した。さらばだ、ゴム入りXXLサイズ!
中山道もこの辺りは車道の横。小さな祠や神社も見たけれど、どれも綺麗にされていたせいか、黒猫とは出会っていない。ここに来る途中で福寿猫という道祖神を見かけた。普通に民家の真前にちんまりとあったので、拝んでおいた。
旅路が平穏で、ついでに腹の肉が落ちますように。
明日の挑戦は難所と言われる和田峠である。宿からは約30kmの山道で、コンビニも自販機もないらしい。
なので、事前に準備する。目指すは下諏訪の温泉地。
がんばるぞ。おー。
昨夜のお宿で、食べ物の匂いがすると熊や野生の動物がくるから気をつけてね、と笑っていた。
が。
「今の時期は月輪熊がいるから、獣道に入り込まないようにしなさいよ」
「熊」
買い物に来たお店の前で、着物を着たおばあちゃんが缶コーヒーを飲みながら、そう言った。
「熊鈴は持ってたほうがいい」
「熊鈴、ですか?」
「そう。大きい音がするやつ。でも食べ歩きで鈴を鳴らすと、寄ってくるから注意」
「ええ?熊鈴鳴らしても寄ってくるんですか?」
「最近はね、熊鈴鳴らすから、餌があると思って寄って来ることもあるよ。あと香水はダメ。鹿も寄ってくるから。若い子はいつも何かしらいい匂いがするでしょ。あれがね、余計なものを呼び寄せる。鹿がくれば熊も来る、事もある」
熊にとって鹿はご飯になるのね。鹿肉…食べた事ないけど、グルメらしいし。
「私、香水つけてないし、大丈夫だとは思うけど、お菓子と果物はだめかなぁ」
おばあちゃんは、じっと私を見て顔を近づけると、クンクンと匂いを嗅いだ。
「あんた、熊よりも変なのに目ェつけられてるから、十分気をつけなさい」
「へ、変なの?」
「ん。たまに居る。一人旅の、地に足つけてない人がね。浮いたまんまだと、神隠しにあうよ」
浮き足立ってるってこと?なんか前にも聞いたわ、神隠し。中山道って心霊スポットか何かなの?
「ちょ、ちょっと脅かさないでくださいよ~」
「……鈴、持っていきなさい。魔除けにもなるからね」
おばあちゃんはコーヒーを飲み終えると、じゃあ頑張ってね、と手を振って帰って行ってしまった。
「魔除け……って。そういえば、夢辞典で確認するの忘れてた。蜘蛛って確か不吉な意味だった気がする。外人の男の夢って、意味があったのかしら」
……欲求不満です、とか言われそうね。
「そういえば、鈴…この前拾ったあれ、使える……?」
碓氷峠で手にした鈴はまだカバンの中に突っ込んだままだ。風鈴のような涼やかな音がして、心が落ち着く音色だった。カラビナを付けてバッグにつけておこう。
「ちゃんと、準備整えてから登ろう」
そう言って、私は熊鈴を握りしめた。




